公開日 2021/12/03
2019年4月に働き方改革関連法が施行され、多様な人材の活躍に向けて、企業では長時間労働の是正や労働生産性の向上、同一労働同一賃金、柔軟な働き方の推進といった取り組みが進められている。そして、2020年3月からは新型コロナウイルス感染症への対応として、都市部を中心にテレワークが急速に普及した。ここ数年で、企業における「働き方」は大きな変節点を迎えている。
本コラムでは、働き方改革やコロナ禍による働き方の変化の実態と、それに伴う従業員の心的状態の変化について、「働く10,000人の就業・成長定点調査」の調査データから考察する。
2017年に働き方改革実行計画が策定、2019年4月に働き方改革関連法が施行され、1年あたり5日の年次有給休暇の確実な取得や残業時間の上限規制といった労働時間法制の見直し、正社員と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇格差を禁止した同一労働同一賃金の実施などが企業に義務付けられた。
「働く10,000人の就業・成長定点調査」では、2019年より、過去1年間の働き方改革に関連する組織の取り組みの導入・強化状況を聴取している(図1)。
図1:企業における各年の働き方改革に関する施策導入・強化率(正社員)
※調査時点は、各年とも2-3月(以降同様)
※()内はn数(以降同様)
まず「長時間労働の是正」について、2020年にピークを迎え2021年に下降している。長時間労働対策は従来から多くの企業で取り組まれていたが、残業時間の上限規制が、2019年4月に大企業に、2020年4月に中小企業に適用されたことを受け、これまで以上に取り組みが強化されたことが反映されていると考えられる(本調査は就業者個人を対象としているため、100名以上企業の正社員が約6割を占めており、大企業に結果が偏っている)。
実際の残業時間についても、2019年をピークに減少傾向にある。2020年度の減少分については、コロナ禍による休業要請や営業自粛の影響も含まれていると考えられるものの、正社員に限定した残業時間は、2019年の16.5時間/月から2021年には14.4時間/月と、約2.1時間も減少している(図2)。政府統計においても、5人以上の事業所におけるフルタイム労働者の所定外労働時間は、2018年度は14.4時間/月だったが、2019年度には14.1時間/月、2020年度は12.2時間/月と大幅に減少している(厚生労働省「毎月勤労統計」)。また、働き方改革で残業が規制されたことでサービス残業が増えてしまうケースも聞かれるが、サービス残業時間も2017年以降減少の一途をたどっている。
図2:月平均残業時間・月平均サービス残業時間の推移(正社員)
「在宅勤務・オフィス外勤務の促進」「副業・兼業に関する制度導入」といった柔軟な働き方の推進についても、年々導入・強化企業が増加している。特に、在宅勤務・オフィス外勤務の促進は、コロナ禍の影響で2021年に大幅に増加し、32.6%が導入・強化を経験したと回答している。副業・兼業については、2018年の副業解禁後、制度を導入・強化する企業が年々増えている。
コロナ禍でのテレワークの急速な普及により、働き方改革の進展が加速した側面もあることが調査データから見えてきた。2020年度に在宅勤務・オフィス外勤務を導入または強化した企業は、それ以外の企業に比べ、「長時間労働の是正」や「業務の見直し(業務の標準化、業務プロセスの簡素化、業務の廃止・統合など)」「業務プロセスのシステム化・IT化」、「子育て・介護等と仕事の両立支援」「女性・若者が活躍しやすい環境整備」を同時に導入・強化する傾向があった(図3)。
図3:2020年度の在宅勤務導入状況別働き方改革に関する施策導入・強化率(正社員)
特に業務の見直しや業務プロセスのシステム化・IT化で顕著であり、2割以上で在宅勤務と同時に施策が打たれていた。テレワークの導入にあたり、業務のデジタル化や、通信機器・セキュリティの整備、テレワークで行える業務を切り出すといった作業が生じたためだろう。
また、長時間労働の是正については、テレワークにより時間管理がしづらくなる、長時間労働が増えてしまうといった問題が生じたため、対応を強化した企業があったと考えられる。
以上のように、ここ数年で正社員の残業時間の削減や柔軟な働き方の実現、労働生産性の向上に向けた取組みが強化されてきている。では、これらの変化を受けて、日本の会社員の仕事における心的状態はどのように変化しているのだろうか。
調査データを見ると、「会社全体について満足」している社員は2018年から2021年にかけて+8.0ptと大幅に増加している(図4)。特に情報・通信、営業職で顕著である。
会社満足度に影響する要因を分析すると、図1の施策のうち、「長時間労働是正」や「在宅勤務の促進」「副業・兼業の制度導入」といった柔軟な働き方、「子育て・介護との両立支援」、「女性・若者が活躍しやすい環境整備」が会社満足度を高めていた(※2021年の正社員を対象にした重回帰分析結果、性年代・業職種・企業規模で統制)。このことから、働き方改革で進められていた一連の施策が、ここ4年の会社満足度の向上に寄与したと推測される。情報・通信や営業職で特に満足度が高まっている点も、従来過重労働が多かった情報通信職の待遇改善や、コロナ禍により営業職の残業時間が減少したことが反映されているものと考えられる。
図4:会社満足度の経年変化 正社員全体・職種別
しかし、従業員の満足度は仕事に対する動機付けを必ずしも高めるものではなく、労働生産性への影響はないとされている。労働生産性を高める従業員の心的状態を表す概念としては、エンゲージメント(好業績につながる企業と個人の強い結びつき)やワーク・エンゲイジメント(仕事に対するポジティブで充実した心理状態)がある。政府から「働き方改革フェーズⅡ」としてエンゲージメントの向上が掲げられるなど、労働時間の削減といった「働きやすさ」の改善だけでなく、「働きがい」を高め、労働生産性も同時に向上させていくことが叫ばれている(※1)。さらに、かねてから国際的に見て日本の従業員はエンゲージメントが低いことが指摘されてきた(※2)。では、このような労働生産性に影響する指標は経年でどのように変化しているのか。
本調査ではワーク・エンゲイジメントを聴取しているが、経年で変化が見られないという結果だった(図5)。全国的なトレンドとしては、満足度は高まったが、仕事への意欲は高まっていないということだ。
図5:ワーク・エンゲイジメントの経年変化(正社員)
ワーク・エンゲイジメントの要因としては、企業と従業員の価値の一致や、上司や同僚からの支援、個人の自己効力感、仕事の裁量の高さなどが先行研究で明らかになっている(※3)。また、パーソル総合研究所が行った幸福学研究では、従業員のはたらく幸せを高め不幸せを低減する14の因子(チームワーク、自己成長、役割認識など)が明らかになっており、これらを改善することで結果としてワーク・エンゲイジメントも高まり労働生産性が高まることが示されている。これらの要因は、残業規制や在宅勤務、育児・介護休業等の制度導入といったハード面の改革では変わりづらい要素であり、ソフト面の改革が必要な要素と言える。働き方改革では、特にここ数年はハード面の改革が先行し、組織風土改革などのソフト面の改革の実施率は停滞している(※4)。つまり、前述のような働き方改革による変化がワーク・エンゲイジメントの要因を高めていないために、ワーク・エンゲイジメントが高まっていないと考えられる。
ワーク・エンゲイジメントを高めていくには、企業理念の浸透やマネジメント方法の変革、職場の風土改革といったソフト面の改革が必要になる。法令改正やコロナ禍への対応が続いていたためにこういった施策に割くリソースが不足していたと考えられるが、働きがいも高める働き方改革にするには、ソフト面の施策にも注力することが求められる。
働き方改革やコロナ禍により、ここ数年で残業時間の削減や柔軟な働き方、労働生産性の向上に向けた取組みが強化され、会社に対する満足度が向上している。一方で、ワーク・エンゲイジメントは高まっていない。会社満足度は高まったが、仕事への意欲が高まっていない要因は、働き方改革において主に残業規制や在宅勤務、育児・介護休業等の制度導入といったワーク・エンゲイジメントの規定要因ではないハード面の改革が先行したからだと考えられる。今後は、企業理念の浸透やマネジメント変革、職場の風土改革といったソフト面の改革を通じて、働きやすさだけではなく働きがいを高めていくことが求められる。
※1 内閣府(2020)経済財政運営と改革の基本方針2020~危機の克服、そして新しい未来へ~(令和2年7月17日閣議決定)2020_basicpolicies_ja.pdf (cao.go.jp)
経団連(2021)副業・兼業の促進 働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して副業・兼業の促進 (keidanren.or.jp)
※2 Gallup, Inc.(2021)State of the Global Workplace: 2021 Report
※3 島津明人(2019)職場のメンタルヘルスとワーク・エンゲイジメント 医療経済研究,31(1),15-26.
※4 デロイト・トーマツ・グループ(2020)働き方改革の実態調査2020
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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