国内外共通のジョブ型人事制度導入のポイントとは?

公開日 2020/11/12

パーソル総合研究所は「日本的ジョブ型雇用」を新たに定義し、転換へのステップ及びそれを支える政策基盤を示す必要があると考え『「日本的ジョブ型雇用」転換への道』プロジェクトを立ち上げた。本プロジェクトにおいて、日本型雇用の現状や課題、日本的ジョブ型雇用転換のためのロードマップに関して、有識者の方々と全6回の議論を実施する。

第3回目議論は、りそな銀行、HOYA、AIUにおいて職務等級や評価制度の導入、運用を行い、現在はカゴメで人事面におけるグローバル化の統括責任者として全世界共通のジョブ型人事制度の構築を行っている有沢正人常務執行役員CHO(最高人事責任者)に、グローバル人事制度・評価の導入プロセスや考え方についてお話を伺った。

  1. 全世界共通の「グローバル・ジョブ・グレード」を導入
  2. 職務等級の導入は会社によって向き・不向きがある
  3. 職務等級の導入で重要なのは職務記述書でなく「評価」と「報酬」
  4. まとめ

全世界共通の「グローバル・ジョブ・グレード」を導入

――カゴメでは旧来の人事制度を廃し、グローバルに職務等級を中心としたジョブ型人事制度を導入されています。その概要について教えてください。

有沢氏:もともとカゴメは人事戦略にあまり積極的ではない会社でしたが、企業戦略において人事戦略は最も重要であると認識し、かつそのことを社員に分かりやすく提示してほしいとトップを説得し、2013-2015年度の中期計画「NEXT50」において最重点課題の筆頭に「グローバル人事制度の導入」を掲げてもらいました。これが人事制度改革のファーストステップです。

グローバル人事制度は全世界の従業員が自分に合うキャリアを自分で選択するテーラーメイド型の人事制度で、世界中どこにいてどんな仕事をしようとも公平な基準で評価され、公正な処遇を受けられることを目指しています。ポイントは「『年功型』から『職務型』等級制度への移行(Pay for Job)」、「より業績・評価と連動した報酬制度への改革(Pay for Performance)」、「メリハリを付けた明確な処遇の実現(Pay for Differentiation)」です。

――導入はどのように進めましたか。

有沢氏:導入プロセスは、まずは海外子会社から職務等級を導入しました。国内から着手すれば必ず反対されるだろうし、海外はむしろ理解されやすい。海外が先行すれば「日本でもできないはずがない」と説得が容易になります。

日本ではまず2013年7月より「取締役評価・報酬制度」を施行しました。つまり、最初に社長と役員から評価制度を導入したのです。これに伴い従来よりも取締役の報酬構成は変動報酬の割合が増え、業績に連動して負う責任の割合が厚くなりました。評価も全部定量評価で、定性評価は一切ありません。

次に2014年7月から「執行役員・コミットメントスタッフ評価・報酬制度」を施行するとともに、職務の大きさと市場価値を考慮してグレードを設定し、それに応じて各種の人事施策を行う「グローバル・ジョブ・グレード」を取締役・役員・コミットメントスタッフ職(部長職)に施行。さらに2015年4月から「グローバル・ジョブ・グレード」を課長職に適用するとともに、「課長職評価・報酬制度」を施行しました。

――経営層から管理職層へとジョブ・グレードを導入された形ですが、キャリア途中からの移行に難しさはありませんでしたか。

有沢氏:私はこれまで4社で導入に携わりましたが、どの企業も難しかったのが現実です。キャリアの途中で人事制度変更があれば、「不利益変更だ」と反発を受けるからです。それに対しては現場に行き、直接話すことが大切です。カゴメでは説明会を10数回行い、最初に社長からジョブ・グレードを導入する必要性について10分くらい話してもらった上で説明を行うとともに、指摘があればきちんと聞いて「直さなければいけないことは修正します」と話をしていきました。

実際に不利益変更は生じ、給与が下がった方が数十人いましたが、2年間の激変緩和措置を講じ、段階的に下げていきました。もちろん反発はありましたが、一人ひとりに対しジョブ・グレードを導入する理由の説明と、「一度ジョブ・グレードが下がったらもう上がれないのではなく、下がるということは今あなたの置かれている状況にぴったりの仕事がわかる制度です。自分の職域や役割を広げることで、またジョブ・グレードが上がります」と説得していきました。

大事なのは説得だけに留まらず、実際に再び昇格、昇給する事例を作っていくことです。実例が出てくるとみんな「会社はちゃんと運用しているのだな」と納得していきます。

職務等級の導入は会社によって向き・不向きがある

――グローバル・ジョブ・グレードを一般社員に拡大する計画はありますか。

有沢氏:一般社員への拡大は最初から考えていません。なぜかというと、担当職(一般社員)は横の連携でさまざまな仕事を行うからです。例えば営業担当者が商品開発と一緒に仕事をしたり、生産部門と一緒に見積もりを取ったり。その時、職務等級があると弊害になってしまいます。職務記述書に代表されるように、職務等級はその職務だけを行えばよいとの誤解を招く可能性があり、担当職はある意味、ゼネラリスト志向で仕事の幅を広げてもらいたいという意図もあります。そして、管理職になったら職務等級を入れ始めていく。

私が一般社員に職務等級を導入した経験があるのは、銀行だけです。銀行は融資係や外為係など、係ごとに仕事の内容はだいたい決まっており、小さな支店の融資係から大きな支店の融資係に異動すると任される仕事や資金量が大きくなるので職務等級を導入すべき、という考えになるわけです。ただし、その時は入行3年目まではジョブローテーションで回し、その後に職務等級を入れる仕組みにしました。要するに、特に一般社員を対象とした職務等級の導入は企業によって向き不向きがあります。

――人事制度改革でグローバル標準を進めるために、人事部門をどのように変え、またグローバル子会社経営陣の意思統一をどう図りましたか。

有沢氏:新たな制度を構築するための実務部隊が必要になるので、グローバル人事グループを2013年4月に旗揚げしました。グローバル化を推進するための基盤づくりとして、中期計画「Next 50」の2013-2015年度は第一ステージと位置付け、ジョブ・グレードや評価基準の統一、コア人材のサクセッションプランの策定、グローバル教育体制の確立に取り組みました。

今、グローバル子会社の経営者は数人いますが、私は必ず1対1の面談を年4回実施し、かつ年に1回現地に行きます。その際は業績まで介入し、お客様の所へ一緒に足を運びます。「日本から人事担当役員が何の用?」と驚かれますが、「カゴメがお客様の役に立っているのか人事の目で確認したい」と伝えると100%OKが出て納得してくれます。グローバルHR会議も頻繁に行っており、こうした取り組みを小まめに実施することで、「日本本社はグローバルを平等に見ている」と理解されます。

――新しい人事制度の導入を成功に導くには、どのようなポイントが重要ですか。

有沢氏:「人事制度を変更します」と言った時、万歳と叫んで提灯行列をする人はいません。まず90%の従業員はネガティブです。ではどうすればよいかといえば、トップの強い意志と関与を見せ、スモールサクセスを積み上げて「これは私たちにとって良い制度だ」と思ってもらうことが大事です。

社長と役員から評価・報酬制度とジョブ・グレードを導入したのはそのためです。私が2012年にカゴメに入社した時、会長と社長の報酬は固定報酬が80%、変動報酬が20%でした。業績が横ばいの中、これではステークホルダーに申し訳が立ちません。そこで固定報酬を50%、変動報酬を50%に変えました。この変更案を取締役会に付議した時、私が説明しようとすると当時の西秀訓社長が「ちょっと待って」と押しとどめ、「今から役員の評価・報酬制度についてカゴメで初めての取り組みを行う。我々三役は完全に納得している。もし皆さんがこの案を否決するなら、我々の代表権をはく奪すると同時に取締役を解任してください」と言い切りました。この瞬間、私は「カゴメは変わる」と思いました。グローバル化を目指す強い意志と覚悟をトップが示したのです

職務等級の導入で重要なのは職務記述書でなく「評価」と「報酬」

――社内にはどう広報していきましたか。

有沢氏:社内報で「社長の年収大公開」という特集を組みました、実額を入れて。社長の年収は今まで月額〇万円でしたが、これから〇万円に減ります。その代わり変動報酬がこれだけになり、業績がここまで上がると最大〇万円、ここまで下がるとゼロになります、と。社内報が一斉に配られると、みんなから「いいのですか、こんなものを出して」と言われましたが、正しいことを透明性を持ってやろうとしているのですから何も問題はありません。このあたりから、社内がだんだん変わってきました。やはり、トップの考えと覚悟を伝えることが一番のポイントです。

――雇用契約の合意解約(自己都合退職)のプログラムは実施していますか。

有沢氏:プログラムはあります。「自由定年」という制度があり、自己都合退職で割増退職金を支払うのですが、活用する社員は年に1人か2人です。カゴメの離職率は1.6%で、今まで降格、降職で辞めた人は1人もいません。皆さんカゴメが好きで、会社や商品にとても愛着を持っており、そこが他社と大きく違う点であり、それを尊重してプログラムを作っています。自分のキャリアがカゴメにないと思った人はどうぞ転職して下さい。自由定年で割増の退職金を支払います、と。しかも、戻りたくなったら以前と同等のポジションを確約する再雇用制度も用意しています。

――ジョブ型雇用は今後の日本企業全体にとって、優れた選択肢となるとお考えでしょうか。

有沢氏:政府の後押しがあるので、ジョブ型への転換が進むのは間違いないと思います。ただし、先ほど申し上げたように企業によって向き不向きがあるので、自社はジョブ型に向いているかどうか、よく検討する必要があると思います。また、ベーシックな職務記述書を作成して組織を動かすことをジョブ型への移行ととらえるなら、私は反対です。日本企業は職務記述書で動く習慣がないので、向いていないのです。

カゴメでは職務記述書の導入は行っていません。作成してもミッションがいろいろ変化するため、無駄になるからです。一方、グローバル・ジョブ・グレードの中のキーポジションについて、求められる人材要件を設定しており、これが職務記述書に代わるものとして機能しています。グローバル・ジョブ・グレードは全世界共通で、かつ全員が社員全員の職務等級を見られるようになっているので、異動の際にその人が昇格か降格かもわかります。

職務面では、経営層や関連会社を含む全社員のKPIシートを、部門や職位に関係なくイントラネットからワンクリックで見られるように公開しています。もちろん、私のKPIシートも誰でも自由に確認できます。KPIシートには、その人のミッションとアカウンタビリティ、そして、すべて定量的に評価できるKPIが記載されています。どのような仕事であっても、KPIは数値化できます。目標設定時期は、まず経営層がKPIシートを作成し公開。次いで部長・課長と段階的に上位職のKPIに基づいて一般社員のKPIを設定していきます。すると約2週間で会社全体の目標と「漏れなく」「重なった」全社員分のKPIができあがります。これも職務記述書に代わるものとして機能しています。

――ジョブ型への転換にあたり、ほかに留意することはありますか。

職務等級を導入する際に重要なのは、評価と報酬です。職務等級を入れただけでは納得が得られず、絶対にうまくいきません。職務等級に合った評価と報酬体系があり、みんなが納得できることが不可欠です。コロナ禍で「評価ができなくなった」という悩みをよく聞くようになりましたが、なぜできないのかと問い返すと「部下に会えないから」と答えが返ってきます。直接会わないと評価できないというのは思い込みですから、パフォーマンスで評価すればよいのです。

しかし、単に短期のパフォーマンスだけを見ているといわゆる成果主義の悪弊に陥りがちなので、短期・中期・長期のパフォーマンスでバランスよく目標を設定し、何をしたらどう評価されるのか、目盛りを明確にして開示することが大切です。

まとめ

「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長 湯元 健治

国内外で共通のジョブ型雇用制度を導入することは、グローバル企業にとって不可欠の課題だ。導入に当たっては、従業員の納得をいかに得るかが重要で、①公正かつ透明な仕組みづくり、②海外と国内トップからの段階的改革、③経営トップの強い意志と関与が必要だとの指摘は、参考になる。

ジョブ型雇用を管理職以上に限定して導入するか、一般社員も含めて全社員に適用するかは、業種・企業によって考え方が異なってもよい。業務の横の連携を重視するカゴメは前者のタイプだ。

単に職務記述書を作り、職務等級制度を入れるだけでは、ジョブ型雇用は機能しない。求められる人材要件を明確にし、定量的な目標設定とセットになった納得感の高い評価・報酬制度の構築こそが成功の鍵を握る。

有識者紹介


有沢 正人のプロフィール写真

カゴメ株式会社 常務執行役員 CHO(最高人事責任者)

有沢 正人 氏

1984年慶應義塾大学商学部卒業後、協和銀行(現りそな銀行)入行。営業、総合企画、人事を経験。92年ワシントン大学MBA取得。2004年HOYAに入社し人事・戦略最高責任者に就任。08年AIU保険会社(現AIG損害保険株式会社)に入社し、人事担当執行役員。12年カゴメに特別顧問として入社。人事面におけるグローバル化の統括責任者として全世界共通の人事制度の構築を行っている。

湯元 健治 氏のプロフィール写真

「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長/前・日本総合研究所 副理事長

湯元 健治 氏

1957年福井県生まれ。京都大学卒業後、住友銀行へ入行。94年日本総合研究所調査部次長兼主任研究員に就任。2007年経済財政諮問会議の事務局として規制改革、労働市場改革、成長戦略などを担当。14年人民大学主催セミナーなどにパネリストとして招聘され、中国研究にも注力。日本総合研究所退職後、20年「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長に就任。

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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