公開日 2020/08/06
パーソル総合研究所が実施した独自調査データから、従業員の定着率が高い大企業において、日本人と比べると外国人が入社後に定着しないことが明らかになっています。それでは、日本企業のどのような特徴が、外国人の就労意欲を下げるのでしょうか。調査データから日本の人事管理の問題が見えてきました。
※1::パーソル総合研究所「外国人雇用に関する企業の意識・実態調査」
こうした「外国人は定着しない」という課題は、その数字以上に深刻な課題をはらんでいる。「外国人を採りにいってもどうせ定着しない」と考えた企業は、外国人の採用そのものに消極的になっていく。かねてから女性の多くが晒されてきたこのような差別を、経済学では「統計的差別Statistical discrimination」と呼ぶ。これは企業からみれば短期的には合理的な判断に見えてしまうので、差別の中でも非常に厄介なものだ。
実際、今のほとんどの企業の採用活動は、外国人に対して「同じ門を開けておく」にすぎない。日本の就活情報は「日本語」で埋め尽くされており、多言語対応したサイトはほとんどない。就職活動という極めて日本独特の風習を維持しつつ、「その風習に合った」外国人しか採用しようとしない企業が大勢を占める。入社後の定着についても同様だ。特に外国人材向けのサポートは実施せず、日本人と「同じ扱い」をすることによってよしとしている。
企業からのサポートについてデータを確認しても「母国語を話せる指導者」がついている割合は18.0%、「社内の掲示が日本語以外で書かれている」は10.5%、日本語以外の相談窓口は7.5%にとどまる。すでに外国人を雇用している日本の職場においても圧倒的な「日本語優位」の状況だ。果たして外国人材の定着は、そうした「日本人に最適化された」人事管理でうまくいくのだろうか。そこで今回は、日本で正規雇用として就職した外国人の新入社員を対象とした調査データから、早期離職の根本的な原因について探ってみたい。
出所:パーソル総合研究所×CAMP共同調査「留学生の就職活動と入社後の実態に関する定量調査」 。以下同様。
まず、外国人従業員についてしばしば聞かれるのが、「キャリアへの独立心が強いので定着しない」というものだ。これは半分当たっていて、半分間違っている。我々の調査でも自律的なキャリアへの意識は、日本の大学生と比べて極めて高いことが明らかになっている。しかし、かといって、日本の大学に来ている外国人留学生は、最初から「すぐ辞めよう」と思って入社を決めているわけではない。むしろ、日本人よりも内定承諾満足度や入社直後における企業への満足度は高い。下図に見るように、内定時から徐々に満足度は「下がっていく」線を描く。その下降の度合いまで、日本人と同様だ。
また、同調査では、外国人の若手社員(入社3年以内)が日本で働き続けることを希望する年数は、平均で11.6年だった。平均で10年を超えるということは、永住権や帰化の選択肢が視野に入る年数まで日本で働き続けたいと考えている外国人が多いということだ。その一方で、「今の会社で働き続けたい」と考えている平均年数は6.7年にとどまり、4人に3人が5年以内の転職を想定している。シンプルに換言すれば、多くの外国人従業員は「日本で長く働き続けたい」と考えており、入社後にそれが「この会社では働き続けたくないが、日本では働き続けたい」に変化してしまうのだ。しかも、外国人の多くが会社への不満を口にせず、隠れ不満として孤独感を高めていることも明らかになっている。このことを企業組織側の問題ではなく、外国人側の問題にしてしまうのは、問題のすり替えに他ならない。
では、日本企業のどのような特徴が、外国人労働者の就労意欲を下げるのだろうか。かねてより、日本の雇用を国際的に見たときの特異性として、「遅い昇進」という特徴が長らく指摘されてきた(小池1981)。入社後に(正規雇用であれば)広く幹部層候補までのキャリアパスへの参加権を与えつつ、「同期」という入社年次の職務横断的なコミュニティに埋め込んでいく。その後、異動をいくつか繰り返しながら少しずつ同期の中で評価に差がつく「隠微な選抜」(八代2002)を経て、次のリーダー候補者を絞り込んでいく。「職域ごと」ではなく「学年ごと」の集団で塊を作りながら、ゆっくりと長いレースを走って差がついていくこの平等主義的かつ競争主義的な人事管理を、筆者はしばしば「校内マラソン型」人事管理と呼んできた。
小池和男,1981,『日本の熟練』有斐閣
八代充史 (2002) 「日本のホワイトカラーの昇進は本当に 「遅い」 のか」 『日本労働研究雑誌』 No. 501, pp. 41-42.
こうした人事管理を行う伝統的日本企業では、年度初めの4月に一斉に新入社員を入社させ、白板に近い状態から研修を一斉に実施する。この組織社会化プロセスのなかで想定されているのは、先程のデータで見たとおり、「日本人」か「日本人並み」の外国人だ。就活と同様に、「郷に入れば郷に従え」型の育成しか行われていない。
しかし、日本のような成熟経済において、こうした「既存の成員構成」に準拠した人材育成がビジネスに対して新しい価値を生み出しにくいものであることは自明だろう。「郷に入れば郷に従え」型の組織参入とは、すでにあるビジネスを「うまく回し続けてくれる」人材を生み出し続けることに最適化されたやり方だ。そして、そうした「遅い昇進」と「郷に入れば郷に従え」型の人事管理は、外国人の意識と真っ向からハレーションを起こす。
データを確認しても、労働時間やサービス残業の多さなど働き方周りの不満に次いで、「給与報酬が上がらない」「昇進・昇格しない」「与えられている裁量や権限が小さい」といった不満は高い。これらのデータは、(日本人に比して)キャリアの自律性が高く、自らの市場価値を早めに上げたい外国人にとって、その組織で働くことによって得られるメリットが感じられないということを示唆している。外国人労働者の就業不満は、こうした日本の伝統的な人事管理そのものに根ざしているようだ。
さて、外国人にまつわるこうした課題を解決するにあたり、企業はどうしたらよいだろうか。外国人労働者受け入れへと大きく舵を切った日本史の「先端」として現在を眺めてみれば、外国人労働者に対しても、やはり特別なリテンション・マネジメントが施されるべき段階に来ているといえよう。データからは、言語サポート、定期的な面談や同僚との交流機会など、コミュニケーション支援を手厚く行うことによって、外国人の定着が促進されていることも明らかになっている。これらを見ても、外国人材は「もともとのキャリア意識が異なるから定着しない」という認識は誤りだ。
職場で働くのは日本人が多数なのだから、少数のために多言語対応や特別なサポートを用意するのは、「わざわざすることではない」ように見えるし、「手間がかかる」ことだ。しかしそれは、今後も人口減少が続くこの国の中で、「何も変えない」ことによって長期的な最適化の機会を逸し続けていることに他ならない。
多くの日本企業で見られる「遅い昇進」の特徴は、各企業が人事スローガンとしてしばしば掲げる「早期選抜」や「若手登用」の流れによって、解消に向かいつつあるように見える。その一方で、管理職ポストの減少と組織の高齢化によって、管理職への昇進速度は全体として早まってきてはおらず、部長級においてはむしろ遅くなってきている傾向も確認されている(大井2005)。このような複合的な状況の中で、選抜の構造を変革させるには、各企業はかなり強力なポリシーメイキングを行う必要があるといえよう。
総合的に見れば、「留学生は定着しない」といった現象は、外国人へのステレオタイプを凝り固めるための素材ではなく、日本人に最適化された自社の人事管理を見直す「機会」として捉えることが賢明だろう。そうした視点は、自社の既存のビジネス・モデルに合わせた人材戦略の限界をどこに見るか、という長期的な視座と響き合う。「早い昇進」の特徴を持つ企業の方が、女性活躍も進んでいるという実証研究もあり(脇坂2018)、こうした人事管理の影響範囲は外国人だけに留まらないことも付言できる。
コロナ・ショックによって一旦止まってしまった外国人労働者受け入れだが、そのことは外国人労働力の重要性の低下を意味しない。外国人労働者を、「使い捨て」的な低賃金労働者としてではなく、「扱いにくく、すぐ辞める」というステレオタイプの反映先でもなく、自社の人事戦略の転換へのきっかけとして見る視点の先に、真の共生はあるだろう。
脇坂明,2018,『女性労働に関する基礎的研究 女性の働き方が示す日本企業の現状と将来』日本評論社.
大井方子,2005, "数字で見る管理職像の変化." 日本労働研究雑誌 545 .
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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