ジョブ型の長所と自社らしさを活かす 「KDDI版ジョブ型人事制度」

公開日 2021/04/01

2020年7月、KDDIはニューノーマル時代に社員一人ひとりが時間や場所にとらわれず成果を出す働き方を実現することを軸とする「新働き方宣言」の策定とともに、働いた時間ではなく成果や挑戦および能力を評価し、処遇に反映することを目的とした「KDDI版ジョブ型人事制度」の導入を発表した。翌8月から導入された新しい人事制度の狙いと内容はどのようなものか。同社の白岩徹執行役員にお話を伺った。

  1. 事業領域の拡大・変化に合わせ人事制度をフルモデルチェンジ
  2. 管理職の在り方を再定義し年功ではなくパフォーマンスで入れ替え
  3. 新制度導入のカギは社内の理解と浸透 多種多様な手段で対話を実施

事業領域の拡大・変化に合わせ人事制度をフルモデルチェンジ

――KDDIでは2020年8月から導入された「KDDI版ジョブ型人事制度」の背景について教えてください。

白岩氏:KDDIは2000年にDDI、KDD、IDOの3社が合併して発足しましたが、現在の経営環境は当時とは大きく異なります。日本の人口は減少傾向で、携帯市場はすでに飽和し、強力な競合が登場するという逆風の中で持続的成長を実現していかなければなりません。この激変する環境に対応しうる経営基盤を構築するために、KDDIでは「新働き方宣言」「新人事制度」「社内DX」からなる三本柱の変革を20年7月に発表しました。これは20年3月期から始まる中期経営計画のベースに位置付けられています。

4Gによってスマホでインターネットにつながるのが当たり前になり、社会やビジネスが劇的に変わったように、5Gのスタートでさまざまな業界や利用シーンでDX(デジタルトランスフォーメーション)が進み、社会やビジネスは大きく変わっていきます。通信事業を生業としてきた当社でも事業領域が拡がっています。例えば20年12月、交通と通信の融合による新しい分散型まちづくりの実現に向け、鉄道会社と基本合意書を締結しました。これは一例で、地方創生や物流、教育、医療、生産販売など、さまざまな産業の皆さまとコラボレーションをしながら、我々の事業領域はますます拡大しています。

白岩氏

それに伴い今後、持続的成長を実現するにはさまざまな専門性を持った多種多様な人財が必要であり、通信事業で成功した従来のリソースだけでは成り立ちません。異業種からプロ人材を積極的に受け入れていく必要があります。一方ではKDDIの技術を用いた社外からのDXへのニーズも高まっていくでしょう。事業領域の拡大は、社員一人ひとりが活躍するフィールドの拡大でもあります。そうなれば当然、人事制度も通信事業仕様からフルモデルチェンジが必要になっていきます。

――「KDDI版ジョブ型人事制度」とはどのようなものですか。

白岩氏:「プロを創り、育てる制度」をコンセプトに、「市場価値重視、成果に基づく報酬」、「職務領域を明確化し、成果、挑戦、能力を評価」、「Willと努力を尊重したキャリア形成」、「KDDIの広範な事業領域をフル活用した多様な成長機会の提供」、「『企業の持続的成長』と『ともに働く人の成長』」、という5つの柱で構成しています。「ジョブ型」は、もともとアメリカの自動車産業の工場で働く方々をモデルにしたものですが、その定義は独り歩きしていると感じています。どれが正しく何が間違っているというものではありませんが、弊社におけるジョブ型を定義する中で、ジョブ型の良さとKDDIの強み、KDDIらしさをハイブリッドにしたものが「KDDI版ジョブ型人事制度」であると捉えています。

我々が持つ多様な事業の中で、社員が自分の得意分野を見つけていけるのがKDDIの強みであり、新人事制度では専門能力に加え組織を成功に導く「人間力」の高さを評価します。人間力の定義は難しいですが、2000年の合併以降ずっと大切にしているKDDIフィロソフィーがあり、この考え方を今回の人事制度に取り入れました。また、専門能力を評価するといっても一匹狼のプロになればよいというものではありませんから、評価軸の中にチームビルディングやリーダーシップ、フォロワーシップなどといった要素を取り入れ、これをKDDIらしさであると定義しました。

一方、ジョブ型の良さとして、目指す社員像に基づく実力主義の新グレード制と、成果・挑戦、能力に応じてダイレクトに報いる報酬体系、そして職務・スキルを明確化し全社員が専門性を深耕できるようなジョブディスクリプション(職務記述書)を作成し、取り入れています。

管理職の在り方を再定義し年功ではなくパフォーマンスで入れ替え

――従来の人事制度との違いや特徴はどんな点にありますか。

白岩氏:今回、我々はいわゆる管理職を廃止し、「経営基幹職」を新たに定義しました。経営基幹職の要件は2つあります。1つは組織を率いるリーダーで、当社でいえば本部長や部長、グループリーダーといった組織をマネジメントする人たちです。もう1つはエキスパート。これは何らかの資格の有無ではなく、会社に貢献できる得意分野を磨いていると認められるかどうかを要件としています。経営基幹職は一度認定されても、そのパフォーマンスによっては入れ替わりがあり得ます。つまり、社員みんなが長く勤めていれば経営基幹職になるというものではなく、それぞれが自分のジョブスキルを磨き、さらに貢献していかなければ循環が生じるようになっています。

もう1つ、従来と大きく変わったのが評価の在り方です。これまではMBO(目標管理制度)で期首に目標管理シートを書き、基本的には半年後に評価が行われました。しかし世の中の動きが極めて速くなった現在は、期首に作成した目標が半年後に的外れになっていることが往々にして生じます。そこで、期首の目標設定に労力や時間を割くのではなく、期中における1on1の対話により目標をフレキシブルに変更できるようにするとともに、目標を達成するまでのプロセスにおけるチャレンジ行動やコラボレーションなど、達成されたパフォーマンスを見て、評価のひとつの軸とすることにしました。

先ほど人間力というお話をしましたが、もう一方の評価軸は360度評価による能力評価です。この2つを縦軸と横軸として人財評価を行うように変更しました。これは上司と部下のコミュニケーションを高めていくことにつながり、対話を通じて組織強化も促されていくと考えています。

――「プロを創り、育てる制度」が新人事制度のコンセプトというお話がありましたが、人材開発はどのように行っていきますか。

白岩氏:人財開発については、自律と責任をキーワードにして、本人が考えるキャリアデザインを重視していきます。それを支えるためWeb上にキャリアポータルサイトを設置しました。そこでは、社内のさまざまな事業や部門のプロファイルを公開し、活躍しているロールモデルのインタビューなどをいつでも見られるようにしました。社員はそれらを参考にしながら、自分はどんな世界で活躍したいのか、そのためにはどのようなスキルを形成すればよいのか、あるいは自分が保持しているスキルと照らし合わせながら考え、キャリアプランを申告していきます。

個々のキャリアプランは能力評価や1on1の対話によって現状とのギャップを可視化し、自分に足りないものを自己研鑽するようにしてもらいます。会社側はそれに対し、従来のように入社年次によって行う一律的な研修ではなく、研修のラインナップを拡充し社員が自ら受けたい研修を受けられるようにしていきます。今後はこうした自己啓発と自己研鑽に基づく社内育成がメインになります。

白岩氏

しかし「自分の得意分野は何か」を考えるために、たくさん存在する部署のプロファイルを見ているだけではわかりません。やはり実際に働いてみないとわからない、という面があります。そこで社内・グループ内副業で、概ね自分の時間の20%を最大として副業をすることで、さまざまな経験ができるようにしました。例えば同じ営業でも個人営業と法人営業はまったく異質なので、副業により両方を経験することで相互のノウハウを獲得したり、RPA導入が進んでいる部署の人が別部署で浸透させたりといった成功事例がすでに生まれています。

「大切な部下の時間の20%を持っていかれた」と上司からのクレームがないわけではないですが、こういう形で社員にいろいろな成長の機会を作っていきたい。副業はまだ法的整備も十分できていないので、企業としては勤務時間管理を徹底して守らなければなりませんから、まずは社内・グループ内副業からスタートし、最終的には社外とのコラボレーションに繋げたいと考えています。

新制度導入のカギは社内の理解と浸透 多種多様な手段で対話を実施

――タレントマネジメントシステムなどの整備は行っていますか。

白岩氏:21年4月にリリースする予定で現在、準備を進めています。これは一人ひとりの社員の保持スキルと業務経験歴、保有資格、自己PR、海外留学経験などのキャリア情報を集積した高度人財データベースです。実はすでにあるものですが、データベースの中を見られるのは上司だけ。それを4月からは、情報開示を希望する社員は社内すべての人にオープンにできます。そうすると社員は自分のやりたいことを全社員に向けて公開し、それを見た部門側とインタラクティブに対話ができるようになり、人事や上長による人事異動だけではない社内の人の流動が活発化していくことを狙っています。その中で社員は、自身のジョブが明確になり、それを磨いていくことが期待されます。

――人財育成についてはどんな取り組みを行っていますか。

白岩氏:持続的成長を牽引する優れた専門力と人間力を兼ね備えた人財の育成を目的に、さまざまな取り組みを行っています。一般社員向けには、自律促進のために共通スキル研修を行い、自己啓発化でやる気のある社員をさらにサポートすると同時に、専門性を強化するため、社内でエキスパートと認定された人たちが講師になって自分のスキルや経験を教えていくEX講座を開設しています。

人事制度がフルモデルチェンジしマネジメントのやり方が変わる中、リーダー強化は極めて重要であると考え、新制度の理解や1on1のやり方などを学び実践するリーダー研修を昨年7月から現在進行形で開催しています。ほかにも、次期経営層の育成として部長層が対象の「経営塾」と、将来の経営層となる社員の早期発掘と育成を行う「経営塾Jr」というサクセッションプランを実施しています。また、KDDIのコア事業となるDX事業と社内DXを推進するDX人財については、「KDDI DX University」を開設し、23年度には500人のDX人財を育成する予定です。

さらに東京都心からアクセスがよく緑豊かな多摩市に宿泊研修施設「LINK FOREST」を20年4月に開業しました。この施設は多目的に利用できる研修施設となっており、1,500人を収容できるホールもあります。本当は20年度の入社式もここで開催する予定でしたが、残念ながらコロナの影響で実現には至りませんでした。しかし、こうした学習に集中できる施設を活用して、社員の学びの機会を作っていきたいと考えています。

――人事制度改革を成功させる上で、カギとなるポイントは何とお考えですか。

白岩氏:最も重要なのは社内浸透です。もちろん制度のプランニングも経営陣のコンセンサスを得るのも大変でしたが、「KDDI版ジョブ型人事制度」を社員の皆さんがきちんと理解し、ワークさせていくことが極めて重要で、現在はそのフェーズの真っただ中にあります。新人事制度をリリースした20年7月以降、本部長、部長、グループリーダー、管理職とレイヤーごとに説明会を実施したほか、32ある本部すべてを回り、特徴がそれぞれ異なる各本部でこの制度を浸透させるにはどういうやり方が必要なのかを対話していきました。

さらには社長と副社長2人の代表取締役3名で、とくに非管理職を対象にした説明会を全6回実施しました。「ワクワクツアー」と呼んでいるこの説明会はオンラインとオフラインを併用し、1回あたりLINK FORESTに約500人が集まったほか、ネットで約1,500人が視聴したので、2,000人×6回でおよそ12,000人に対して経営陣自ら新人事制度について説明した計算になります。非管理職については、労働組合の中でも制度説明会を実施しています。

新人事制度で必ずしも全社員がハッピーになるということはあり得ません。これまで会社を支えてきた40代、50代の人たちがいきなり「ジョブを持て」と言われても困惑し、戸惑いの声があるのも事実です。しかし、KDDIが持続的に成長するには人事制度を変える必要があると理解してもらうことが非常に重要です。経営層と各本部、労働組合が一緒になって対話を行い、新人事制度を浸透させ、将来、世の中のモデルケースとなるようワークさせていきたいと考えています。

プロフィール

白岩 徹のプロフィール写真

KDDI株式会社 執行役員 コーポレート統括本部 人事本部長

白岩 徹 氏

1991年、第二電電株式会社(DDI, 現 KDDI)に入社。支社、支店での直販営業、代理店営業、本社営業企画部、営業推進部、カスタマーサービス企画部長など営業/CS 部門の経験を経て2013年人事部長、16年総務・人事本部 副本部長、19年4月より 現職。

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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