公開日 2019/03/29
仕事における成長とキャリアにおいて、教育研修は重要な要素の1つであると考えられます。特に深刻な人材不足を抱える介護業界においては、できるだけ短期間での人材育成が望まれているといえます。
しかし、介護の仕事は複雑かつ人の命にもかかわるものであるため、確実に知識・技能を身につけられるよう、丁寧な育成が求められるのも事実です。中でも、職場内教育(OJT)は個別性の高い介護の仕事において重要であり、定着に与える影響も大きいものと推測されます。
そこで今回は、OJTと定着の関係性について探っていきます。
パーソル総合研究所とベネッセ シニア・介護研究所が実施した「介護人材の離職実態調査2017」においては、入社時の研修とOJTについて聞いています。その結果、入社時の研修については、55.3%が「受けていない」と回答しました(図1)。受けた場合、その期間として最も多かったのは3日未満(20.8%)であり、最初のOff-JTは比較的短いケースが多い様子が窺えます。
このデータは、そもそも会社側から入社時研修の機会を与えられていなかった人の割合が半数を超えていたことを示しています。
Off-JT全般については今回の調査では触れていませんが、事業者側が実施していても、現場の介護職がシフトの都合(当日の突然のシフト変更も含む)などで参加できないケースもあり、受けることそのものが他業種に比べて難しいという側面もあるのが現状です。そのような状況で、入社時の研修なしに現場に配属される介護職が今回の調査対象の中で半数以上を占めていたことは、現在の介護業界の人材育成の課題を示しているようにも思えます。
図1:入社時研修の状況(介護職離職者ベース、n=954)
OJTについては、「受けていない」という回答は41.1%でした(図2)。入社時研修よりは割合は低いものの、それでも4割以上の人がOJTを受けずに介護の仕事に従事していたことになります。受けた場合の期間は、最も多かったのが3日未満(16.1%)、次いで3日~1週間(12.6%)、1週間~2週間(6.3%)でした。入社時研修よりは期間も多少長めですが、ばらつきも大きくなっています。OJTが各職場にゆだねられることも多いのが、その背景であると推測されます。
図2:OJTの状況(介護職離職者ベース、n=954)
入社時研修を受けていない人もOJTを受けていない人も多いことから、両方とも受けていない人の割合を出したところ、全体の34.1%にのぼることがわかりました。
厚生労働省の「平成29年度能力開発基本調査」によれば、「医療・福祉」業界においては、計画的なOJTの実施率は正職員で71.7%、正職員以外で42.2%、Off-JTの実施率は正職員で82.1%、正職員以外で58.9%と、全業種平均(計画的OJT:正職員63.3%、正職員以外30.1%、Off-JT:正職員75.4%、正職員以外38.6%)より高くなっており([注1])、図1・図2に示した結果とはかなりかけ離れています。
その背景は、能力開発基本調査のデータが「医療・福祉」というカテゴリのものであるうえ、研修・教育を実施している側の事業者が回答しているのに対し、今回の調査では研修・教育を受ける側の介護職の個々人のうち、介護の仕事を辞めた方々が回答していることであると考えられます。
したがって、単純な比較をすることはできませんが、入社した途端に現場に配属され、特段の指導もないままに介護の仕事に従事していた人が今回の回答者の3分の1を超えていたということは、そもそも教育・研修を受けられなかったことが介護の仕事を辞めることに何らかの影響を与えていたことを示唆しているのかもしれません。これらの入社時研修とOJTの両方とも受けていない人のうち、介護関係の学科・学校で学んだ経験も介護業界で働いた経験もない人が半数を占めていた(図3)ことからも、その不安は推して知るべしと言ってよいでしょう。
図3:入社時研修とOJTの両方を受けていない人の、入社前の介護に関する経験
(介護職離職者ベース、n=325)
なお、これらの数字を正職員と正職員以外で比較したところ、正職員以外の方が研修・OJTともに受けている割合は低く、期間も僅かではありますが短い傾向にあることがわかりました。これは、介護サービス従事者の半数近くを占める正職員以外( [注2])に、研修・OJTの機会の少なさや短さゆえに正職員よりも成長が遅れる可能性があるということを示唆しているとも考えられます。
図4は、最初に職場での教育を受けたときの印象について聞いた結果を示したものです。「仕事でわからないことの相談にのってくれた」「利用者の情報を詳細に教えてくれた」という人の割合が高い一方で、「プライベートな相談にのってくれた」「自分のキャリアの相談にのってくれた」という人の割合は低いことがわかりました。
OJTが職場での実践を通して個別ケースへの対応方法等を学ぶ場であることをふまえれば、その目的はある程度達せられていると考えられます。しかし、キャリアという、より長期的な視点に立った相談には、OJTの中では必ずしも応じられていないようです。このことも、今回の「介護人材の離職実態調査2017」で離職の大きな理由として示された「キャリアの見通しのなさ」に繋がっているのかもしれません。
図4:最初に職場での教育を受けたときの印象(介護職離職者ベース、n=954)
そこで、OJTの満足度と離職理由の関係をさらに分析してみました。その結果、「トレーニング担当者の指導・教育が不十分だった」ことを離職理由に挙げた人の割合は、最初に職場での教育を受けたときの印象に大きく影響を受けることがわかりました。
図5に示したように、「一つ一つ丁寧に仕事を教えてくれた」など、OJTを丁寧にしてもらえたと思えるかどうかが、その後の「トレーニング担当者の指導・教育が不十分だった」ことを理由とした離職にも大きく影響することは想像に難くないでしょう。しかし、「自分のキャリアの相談にのってくれた」というように、目の前のトレーニングだけでなく、キャリアの先の見通しについて助言を得られたかどうかも、同様の理由での離職に影響していることが示されました。前述のように、「自分のキャリアの相談にのってくれた」という人の割合は低かったことから、OJT期間のみならず、その先までのフォローがあったと早期から感じられるようにすることが、離職を防ぐ1つの鍵となりそうです。
図5:「トレーニング担当者の指導・教育が不十分だった」ことを理由に離職した人の割合
(介護職離職者ベース、nはグラフ中に表示)
介護事業者においては、それぞれの施設・ホームが状況に合わせてOJTを実施していますが、OJTの仕方は各施設・ホームに委ねられていることも多く、試行錯誤を繰り返しているのが現状であると思われます。
OJTにおける課題は、担当する側の負担感と受ける側の不安感に大別できます。担当する側については、相応の知識・スキルを持つことや、OJTを受ける人への指導や進捗状況の把握、さらには上長への進捗状況の報告など、通常業務内で行うこととはいえ、かかる時間やエネルギーは相当のものです。これを1人の担当者が抱え込むのでは負担感も大きくなり、心の余裕がなくなると、人への接し方にも影響を与えてしまいそうです。第3回のコラム「成長とキャリアをサポートする人間関係」では、リーダー・主任やベテランスタッフの自分への態度が高圧的だったことが、特に早期の離職理由として顕著であることを示しましたが、OJTの場面においてもそのような状況が生じていたことが推測されます。
このような状況では、指導を受ける側の不安が募るのは言うまでもありません。経験なしで介護の仕事に就いた人にとってはなおさらです。また、経験がある介護職であっても、新しく着任したホームではスタッフもご入居者も異なるので、たとえ同じ介護事業者の運営するホームでも新人とほとんど同じ状況だという話も耳にします。そのような状況で、「経験があるから出来てあたりまえ」と十分なOJTをしてもらえないと、仕事は立ち行かなくなります。トレーニング担当者の態度が高圧的であれば、なおのこと新任者は追い込まれてしまいます。
さらに、OJT期間が終わり「一人立ち」したときの心細さも不安につながります。一度OJTを受けてはいるものの、いざ1人でそのシフトに入ったときに教えてもらったとおりに出来るかどうか、そしてわからないことは相談出来るかどうかなど不安は尽きません。OJTの組み方についても、さまざまなシフトについて一通りOJTを受け、すべてのシフトのOJTが終わったら一人立ちというやり方では、最初のほうで経験したシフトについて思い出すのが難しくなるかもしれません。
上記のような課題をふまえると、たとえば以下のような点に留意してOJTに取り組むことが有効であると考えられます。
OJTを、トレーニング担当者が新任者と一緒のシフトに入るダブルシフトの期間として捉えるのではなく、一人立ちした後も、ホームのすべての先輩が計画的に新任者をフォローする期間と捉えることが肝要です。
このようなOJTを受けた新任者は、担当者やその他のスタッフにいろいろ質問したりしながら、着実に仕事を覚えていくことが出来るでしょう。一人立ちしてからも、他のスタッフにサポートしてもらっている実感を持てるだけでなく、OJTで身につけたケアの知識や技術を活かしてご入居者の役に立てていることを感じられ、成長実感も持つことが多くなると期待できます。
一方、OJTを担当する側も、新任者の相談にのったり復習に付き合ったりする中で、何に困っているかを知ることが出来、それに対し、相手の立場に立ってさまざまな工夫をすれば、新任者の不安を低減、あるいは解消できるはずです。また、教える中で、自分が何となくやっていたことや、理解が曖昧だった部分に気づき、自ら学び直すきっかけになるという側面もあり、新人がベテランから学ぶだけでなく、ベテランもまた新人から学ぶことができそうです。
このようなOJTのやり方が定着に繋がるかどうかは今後も検証が必要ですが、成長実感にも影響が及ぶことが示されたことは、パーソル総合研究所の「働く1万人成長実態調査 2017」([注3])において成長実感が就業継続意向と関連していることが示されていることを鑑みると、その先の就業継続意向にも良い影響を与える可能性があることを示唆しているといえるでしょう。
今回の調査の回答者であった、介護の仕事を辞めた方々は、入社時研修やOJTといった教育・研修の機会を必ずしも十分得ることが出来ておらず、そのことが離職の背景の一端となっていることが示唆されました。OJTの機会を上手に利用し、丁寧なOJTを実施すれば、新任者の効果的な育成につながることはもちろん、良い人間関係の醸成にも繋がると考えられます。
教える側は、頭の中を整理し、ケアの根拠やポイントを理解してOJTに臨むために、普段のケアを振り返って学ぶことで成長します。そして、丁寧なOJTを受けた新任者は、その姿をロールモデルとし、自分がOJTを実施する際には同様に丁寧なOJTをすることでしょう。このように双方が学びあいながら高めていくことは、お互いを尊敬・尊重することにも繋がりますので、人間関係の課題の大部分は、解決することも可能なのではと思われます。
[注1] 厚生労働省「平成29年度能力開発基本調査」(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11801500-Shokugyounouryokukaihatsukyoku-Kibansetsubishitsu/0000118619_8.pdf)
[注2] 公益財団法人介護労働安定センター「介護労働の状況について:平成29年度介護労働実態調査」(http://www.kaigo-center.or.jp/report/pdf/h29_roudou_genjyou.pdf)
[注3] パーソル総合研究所「働く1万人成長実態調査2017」(https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/research/activity/spe/pgs2017/)
介護人材の成長とキャリアに関する研究プロジェクト
福田 亮子
2004年より慶應義塾大学にて人間工学やジェロンテクノロジーの研究・教育に従事。実験・調査に基づく、高齢者にとって快適な環境設計要因の分析を中心に実施。2014年より研究の場を介護現場に移し、社会福祉法人こうほうえんにて介護士の気づきの可視化に従事。2015年10月より現職。介護現場に蓄積されたノウハウ・データの体系化や介護人材の成長とキャリアなど、介護と高齢社会に関する幅広い研究テーマを扱っている。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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