公開日 2019/02/22
今回、パーソル総合研究所とベネッセ シニア・介護研究所が実施した「介護人材の離職実態調査2017」では、過去10年以内に介護職を辞めた人の3割程度が入社1年未満、6割程度が入社3年未満で離職しており、早期での離職が多いことがわかります(図1)。
言うまでもなく、早期離職によるロスは甚大であり、採用コストやそれまでの育成コストが無駄になるだけでなく、欠員が出た職場に大きな身体的・心理的負荷がかかります。人材を安定的に確保するには、早期離職を防ぐことこそが、最も重要な対策になってくるといえるでしょう。
では、介護職が長く働き続けるためには何が必要なのでしょうか。今回のコラムでは、介護職の成長とキャリアの観点から介護職の定着に向けたヒントを探っていきたいと思います。
まずは、キャリアの問題に起因する介護職の離職の実態について見ていきましょう。介護職を離職した人に離職理由を聞いたところ、21.3%が「給与の低さ」、17.3%が「キャリアの見通しのなさ」を理由として挙げていました(図2)。
また、働いた期間別に「給与の低さ」や「キャリアの見通しのなさ」を理由として辞めた人の割合を見てみると、図2に示したように、特に入社1年以上5年未満で「キャリアの見通しのなさ」を離職理由として挙げる人の割合が大きく増えており、入社後1年を過ぎるとキャリアを不安視するようになる様相が見てとれます。
入社5年以上になると給与やキャリアを理由とした離職者の割合がやや減っていますが、これは、給与やキャリアを不安視する人の一部が入社後5年までに辞めてしまっていることに加えて、他の理由で辞めることが多くなっていくことが一因として考えられます。
性年代別に見てみると、30代男性で「給与の低さ」「キャリアの見通しのなさ」を離職理由として挙げる割合が高くなっていました(図3)。厚生労働省の『人口動態調査』(2016)によると男性の平均初婚年齢は31.1歳、第一子出生時の平均年齢は32.8歳であり、男性においては、30代で多くなる結婚などのライフステージ変化の時期に、キャリアの見通しを立てることが重要だと言えます。
介護職の給与水準の低さは社会的な重要課題であり、これまでにも介護報酬改定を通じた待遇改善がおこなわれてきましたし、今後さらなる給与水準の改善も勿論必要です。ただ、花岡(2010)が介護労働者の早期離職要因に関する実証分析のなかで示したように、賃金が離職に与える影響は、施設形態や就労期間、就労形態によって異なり([注1])、単純に給与を上げればよいという問題ではありません。
給与の問題を今回の調査データの分析で紐解いてみると、「給与の低さ」による離職には、「給与・報酬が上がらない」という要因の他にも、「仕事ぶりが正当に評価されていない」「評価面談の機会がない」といった職場要因が影響を与えていることがわかりました(図4)。
「給与の低さ」に影響を与える職場の状況として「自分の仕事ぶりが正当に評価されていない」「評価面談の機会がない」ことが挙がっていることから、「給与の低さ」は、単純に低いことが問題であるというよりも、成長やキャリアとの関係性のなかで問題視されていることが分かります。
「正当な評価」や「評価面談」には、職場における上長とのコミュニケーションが重要です。介護現場の上長は、個々の介護職に対して「育成プロセスの設計」をおこない、「相談する機会」や「日頃の仕事に対するフィードバックの機会」を設けながら継続的に「成長実感」を持たせていくこと、そして、成長と処遇の間の橋渡しをする役割が求められているといえるでしょう。
では、キャリアの観点から見たもう1つの離職理由である「キャリアの見通しのなさ」はどこからくるのでしょうか。職場のどのような要因がキャリアの見通しのなさによる離職につながっているかを分析したところ、図4に示したように、「仕事内容が変わらず、飽きてしまった」「給与・報酬が上がらない」「ロールモデルがいない」ことが影響を与えていました。
ここから見てとれるのは、この先の仕事における成長やキャリアパスが見えず、給与・報酬アップも期待できないと感じている介護職の姿です。そして、図2に示したように、そうした見通しのなさが入社1年後からという比較的早い段階で現れていることが着目すべき点であると考えられます。
仕事における成長の面から見ると、「仕事内容が変わらず、飽きてしまった」というのは、介護の仕事の専門性や深化が感じられていないことを示唆しています。
一般に、「介護」というと、排泄介助や入浴介助といった身体介助のイメージを持たれることが多く、専門性がなくてもできると捉えられてしまうこともいまだにあるようです。しかし実際には、介護の仕事は利用者一人ひとりを「全人的」に捉えてケアしていく必要性のある、実に奥深く、専門性を問われる仕事です。身体介助ひとつとっても、利用者にとって安心・快適な介助を行うには相応の知識とスキルが必要ですし、利用者の身体機能や生活、行動習慣、さらには、その時々の状態をきちんと把握することが欠かせません。
認知症ケアにおいては、生活歴や性格といった利用者自身の情報も詳細に把握し、認知症に関する知識を持った上で、利用者がその人らしく生活できるにはどうすれば良いかを考える必要があります。
そして、多職種が連携したチームケアにおいては、介護職が日々のケアのなかで得た情報を、専門的見地から医師や看護師に適切に伝えることが、ケアの方向性を決める上で大変重要です。
パーソル総合研究所が実施した「働く1万人の就業・成長定点調査2018」において、介護職は自身の成長を非常に重視する傾向が出ており、役職・等級が上がることよりも、専門性を高めることやより広い視野で仕事ができるようになることを成長として捉えていることがわかっています([注2])。
このように専門志向・成長志向をもっている介護職が専門性を高めながらキャリアを積み重ねていくには、介護の仕事の「専門性」を確立・周知すること、そして個々の現場の介護職が成長を実感しながら専門性を高め、それが役職以外で専門性と連動する職位や給与とつながるキャリアパスがあることが肝要です。
介護職のキャリアパスは、初任者研修から介護福祉士に至るまでは明確ですが、その先は、現場で働き続けるとすれば、リーダー・主任や施設長になるといった数少ない役職上昇に限定されがちです。高い成長志向をもつ介護職にとって、今後の成長や専門性を高めるキャリアパスが見えないまま給与も上がらないと「この先ずっとこのままでいいのだろうか」という不安が芽生えるのだと思われます。さらに、今回の調査では、在籍わずか1年でキャリア不安が強まっていることも示されており、早い段階から先のキャリアにつながる見通しを持てるようにすることの重要性が示唆されます。したがって、現場に入った段階から仕事ぶりや専門性の向上をきちんと評価し、これを給与にも反映することが、介護職が長く働き続けることにつながると考えられます。
個々の介護職の専門性を高め、かつそれを「可視化」し「実感」できるものにしていくには、どのようなことが考えられるでしょうか。
早い段階においては、ケア提供に必要な知識やスキル、実践力などを細かく評価しフィードバックすることが一つの方法であると考えられます。出来たことが評価されることで本人は成長を実感することができますし、出来ていないことについてはそれを修得することが次の目標となります。周りが修得を支援する体制を作ることも重要です。お互いが教えあうことで、目線合わせができ、より高い知識やスキルを共有することにもつながります。ある程度のレベルに達している介護職については、認定介護福祉士や認知症ケア専門士といった、より高度な上位資格の取得・更新も一つのアプローチです。それに加え、「達人」「匠」と言われるような介護職の持つスキル、とりわけ一人ひとりの利用者のそのときの状態に合わせたケア内容の検討と実践にかかわるスキルを体系化し、評価できる仕組みを作ることも必要かもしれません。
一方で、現場で成長を実感できるような環境を整えていく上で、たとえばベテランスタッフがロールモデルとしての役割を担うなど、「ロールモデルがいない」と感じられている現状を是正することも大切です。
また、医師や看護師が事例共有を通じて各々の専門性を高めるように、他施設や他事業所の介護職同士が日々の仕事のなかでの各々の実践や経験を共有する場を設け、介護分野の「専門性」を確立すること、そして、現場の介護職一人ひとりが介護の奥深さを感じながら専門性を高めていくことも有効であると考えられます。
上記を踏まえると、「人事制度」に「専門性」をきちんと紐付けることも、より専門性を高めることにつながりそうです。
今回の調査結果からは、介護職の離職の背景として「キャリア」に対する不安が深く関わっている様子がうかがえました。
メンバーの専門性向上と連動した処遇が実現できるように仕組みを整えるとともに、現場の事例共有を通じて専門性の棚卸しをおこない、現場の上長が個々の介護職とコミュニケーションを取る機会を設けながら「成長実感」をもたせていくことが、介護職の定着に向けたキャリア支援の一つの切り札となるのではないでしょうか。
業界を挙げてこのような取り組みを行いながらキャリアパスを作っていくことで、介護職の専門性が社会に認められ、さらなる処遇改善につながるかもしれません。介護の世界に入ったときの高い志を介護職が持ち続けることができるような仕組みが求められています。
[注1]花岡智恵[2010]「介護労働者の早期離職要因に関する実証分析」,PIE/CIS Discussion Paper 472, Center for Intergenerational Studies, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University.
[注2]パーソル総合研究所「働く1万人の就業・成長定点調査2018」
株式会社パーソル総合研究所/ベネッセ シニア・介護研究所「介護人材の離職実態調査2017」 | |
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調査方法 | 個人に対するインターネット調査 |
調査対象者 | 介護業界の現場職を過去10年以内に離職した20~65歳:1,600名 ※離職理由の1位・2位がともに不可避退職(転居・事業閉鎖、出産など)の者は除外 ※施設形態(訪問介護・通所介護・有料老人ホーム等)/企業/雇用形態/勤務時間 すべて条件不問 |
調査日程 | 2017年12月~2018年1月 |
※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所・ベネッセ シニア・介護研究所「介護人材の離職実態調査2017」
シンクタンク本部
研究員
砂川 和泉
Izumi Sunakawa
大手市場調査会社にて10年以上にわたり調査・分析業務に従事。定量・定性調査や顧客企業のID付きPOSデータ分析を担当した他、自社内の社員意識調査と社員データの統合分析や働き方改革プロジェクトにも参画。2018年より現職。現在の主な調査・研究領域は、女性の就労、キャリアなど。
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