公開日 2018/12/06
世界に先駆けて、超・高齢化社会を迎える日本。今後ほぼ間違いなく起こってくる要介護者の急増に対して、それを支える介護業界の人手不足の状況は、多くのメディアでも報道されているとおりです。この介護業界の問題は、決して「介護業界」や「日本社会」だけに閉じた問題ではありません。世界の先進国は程度の差こそあれ高齢化が進んでおり、日本はその中でも先んじて深刻な状況に直面します。また、介護のプロフェッショナルが十分に確保できないことは、一般企業における「介護離職」の問題にも暗に明に影響していきます。つまりこの問題は、社会において必須の機能である介護の領域を「誰が・どうやって担っていくのか」という社会全体にまたがる大きな問題です。
こうした課題の解決の糸口を探り、実践的な打ち手への実践を生み出していくため、昨年、パーソル総合研究所ではベネッセ シニア・介護研究所との共同プロジェクトを立ち上げ、議論とリサーチを重ねてきました。本連載では、そこから得られた調査・研究の成果をお届けしていきます。
その第一回となる本コラムではまず、1.介護業界の人の流れを概括し、人材流出の全体状況を整理したあと、2.介護職の仕事を通じた「成長」というトピックについて見ていきます。そこでは、「クリエイティビティ」と「他者」という2つのキーワードを挙げ、成長を促進する環境のためのヒントを探っていきたいと思います。
まずは、介護人材の人の流れを見ていきましょう。【図1】は、我々が行った「介護人材 離職実態調査 2017」のデータから、介護業界の大まかな人の流れを1枚にまとめたものです。回答者は20~65歳で介護業界の現場職を過去10年以内に離職した方計1,600名で、うち介護職だった方は954名です。
【図1】
これを見ると、介護職離職者のうち、1年未満離職が3割程度、3年以内が6割を超えてしまっており、残念ながら入職者が定着しやすい状況とは言えそうにありません。さらに、離職者の55%は介護業界にとどまっておらず、業界外への流出が多く起こっていることがわかります。また、辞めてしまったあとの介護への「復職」の意思の低さ(6%)は、一つの職場への定着のみならず、「介護の担い手」という業界全体の視点でみたとき、改善の余地が多くありそうです。(※データは介護業界を10年以内に離職した経験のある者が対象。n= 正規雇用・非正規雇用・施設合算のデータ。3年未満の離職割合は、介護労働安定センター平成29年度 介護労働実態調査でも65.2%となっており、データの安定性としては信憑性があります。)
人手不足解消の手立ては、いくつかの方向から考えられます。たとえば一般的な介護イメージの向上や、介護報酬・賃金の上昇、外国人労働者の活用は活発に議論されています。それらはどれも重要な論点ですが、上の全体像を見ると、現場に入った介護職が、安定して中長期的なキャリアを築いていけることの重要性は明白です。また、キャリア構築において大切なのは、単に「長く勤める」ことだけではありません。業界内の転職促進や、復職の意向を上げていくためには、働いている職場で一人ひとりが専門職としての「成長の実感」を積み重ねていくことが重要だと、我々は考えています。それは、専門職である介護職としての成長が、たとえその職場は離れたとしても、介護業界内の他の職場でのステップアップや、離れたあとの復職の可能性を少しでも増やすことへと繋がるからです。
前述のことを踏まえ、以下では、キャリアを築いていくための、「成長」にフォーカスして議論を進めていきます。まず前提として重要なことは、介護職として働く人たちの「成長志向」は他の職種と比べてもかなり高い、ということです。パーソル総合研究所が行っている「働く1万人の就業・成長定点調査2018」の結果を見ると、介護職は他の職種と比べても、「働くことを通じた成長が重要だと思う」という回答が86.2%と高くなっています(全体は79.7%)。また、【図2】にてオレンジ色で示したように、仕事観についても「自分を成長させるため」という項目が全体と比べて高くなっています(5%水準で有意)。その他、「社会のために役立ちたい」「やりがいや達成感を得る」なども高く、内発的な動機づけに強く牽引されている仕事観が浮かび上がってきます。
【図2】
ただ、一口に「仕事を通じた成長」とは言っても様々な形があります。成長の具体的なイメージは、人によって大きく異なるからです。その内容を詳細に見るために、「成長のイメージ」の内容を尋ねた設問の結果を比較してみます【図3】。
【図3】
一見して、「専門性の高い仕事ができるようになる」「より広い視野で仕事ができるようになる」などが成長イメージとして強いことがわかります(オレンジの棒グラフ)。その一方で、「新しい知識や経験を得ること」「仕事の効率・スピードが上がること」「役職・等級が上がること」は低くなっていること(青の棒グラフ)は興味深い点です。さらに他のデータからも、介護職は管理職を目指す志向が低いことがわかっています。現状の介護職は仕事の「効率・新規性」や「組織から与えられる肩書」よりも、プロフェッショナルとしての深化や対人スキルの向上の方により関心があるようです。
仕事状況によってこうした傾向が強化されるのか、それとも元々こうした志向を持つ求職者が介護職に惹きつけられるのかは今回のデータからは明らかではありませんが(そしておそらく共に正しいのですが)、解決するべき問題は、このような自身の内発性に動かされて仕事をしているらしい介護職が、「いかに成長を実感していけるか」です。先程の「成長・就業調査」からは、介護職が成長を実感している割合は62.8%。「成長を重要」と思う割合(86.2%)からは23ポイントほどのギャップが存在しています。このギャップを埋めることこそが、介護職が中長期的なキャリアを築いていけることの一歩となりうるはずです。
さて、こうした強い内発性に引き寄せられる介護職にとって、より「成長」を感じながら働くためには何が必要なのでしょうか。
ここでは、昨今の人材開発研究の潮流から、いくつかのキーワードを引きつつヒントを探っていきます。一つ目のキーワードは、「他者」です。
介護職において「他者」と言うと、サービスの「利用者・入居者」が思い浮かぶかもしれませんが、ここで注目したいのは、利用者ではなく、「職場内・外における他者」です。他者がなぜ大切なのでしょうか。議論を整理するために、人材開発で着目されている「経験学習サイクル」のモデルを参照しましょう。
デヴィッド・コルブによって提唱された「経験学習サイクル」とは、人々がいかに日々の業務経験から成長していくかのプロセスを循環モデルによって示したものです。大きく言えば「経験」→「省察」→「概念化」→「実践」を回していくことで人はより深く経験から学んでいく、というモデルです。具体的な経験をし、それを自身で振り返り、内省を行い、持論に落とし込み、さらなる実践に活用していく...という流れです。現場の経験、OJTを軸として人材育成を行ってきた日本企業の考え方にフィットし、一般的にも広く知られています。
「他者」という要素が重要になるポイントは、このサイクルの中における「内省」、日常語でいえば「振り返り」のフェーズです。自分では気がつきにくい事柄や、他人の視点から見た意見など、この内省の機会を与え、深めてくれる大きなファクターが「他者」になります。職場内では、例えば同僚、管理職、サービス提供責任者、看護師、事務職など、他の視点を経由したフィードバックや声掛けが行われること、また、そうしたコミュニケーションが自然と起こるような雰囲気が、学習サイクルの中でより深い「成長」や「学び」を促します。
そうした重要な「他者」は、職場内にとどまりません。「職場外」の他者との出会いを広げることを狙いとして、今、人事・人材開発の業界では通常の仕事とは違う「アウェイ」での経験を積もうとする「越境学習」が着目されています。「留職」や「社内兼業」などの公的な制度で、そうした機会を提供する企業も増えつつあります。介護現場は、オフィス勤務と比べると、職場外の人々との出会いが生まれにくい環境であり、職場も一定の空間・スペースに限られがちなように思います。施設・事務所の位置もビジネス街にあることは少なく、多くは住宅地や郊外に点在しています。上で述べた「職場内」の他者とのコミュニケーションに加え、「職場の外」の他者と出会う場をセットしていけるか、が肝になると考えられます。
会社・事業者視点で見た場合、従業員を「職場外」へ開いていく機会を提供するには、どのような方法が考えられるでしょうか。職務特性上「兼業」は難しいかもしれませんが、例えば、外部研修への参加サポート、他拠点の同僚との懇親会の支援、介護職を目指す学生との対話の場のセットなど、「職場外」に開いていく小さな工夫はいくつも考えられます。先程データで見たように「新規性」よりも特定の領域への深化を重視する介護職ですが、ともすると視野と行動の範囲が狭くなってしまいがちです。事業者は、こうした「外へ開いていく」ようなサポートを現場介護職へ積極的に行うことが求められそうです。
【図4】
もう一つのキーワードに移りましょう。【図4】は、「成長できた理由」を直接尋ねた質問の回答です。先ほど述べた「他者」の要素も上位にランクインしていますが、1位にあたる「仕事にやりがい・意義を感じることができた」かどうか、が極めて高くなっています。
仕事の「やりがい」とは抽象的なものです。どうすればやりがいを得られるのか、本人ですらうまく言語化できないこともしばしばあります。そこで、もう少しヒントを得るために、次の【図5】に示したように、「やりがいを感じている人が、どういった職場環境で働いているか」へと分析を進めていきます。すると、成長を実感した人/していない人の職場状況で「やりがい」の有無に大きく差がでたのは、「独自性・創造性が求められる職場で働いているかどうか」でした。左のグラフは、成長できた人の中でのやりがいの有無、右は成長できなかった人の中でのやりがいの有無を示しており、創造性が求められる職場か否かでそれぞれ9.1ポイント、30.8ポイントの差がついていました。
【図5】
※分析の頑強性を確認するため、成長を実感した人ベースで、年齢などの基礎属性を統制し「やりがいを感じる/感じない」を結果変数とした二項ロジスティック回帰を行った結果でも、「独自性・創造性が求められる職場」であることが有意であった。
どうやら、「創造性=クリエイティビティ」という要素が、やりがいを感じられることに強く相関していそうです。では、日々の介護職の業務の中で、その人自身の創造性=「クリエイティビティ」を発揮するシーンはあるのでしょうか。ここで改めて、介護職の職務がどういったものであるか、【図6】のデータで見てみましょう。
【図6】
データから見えてくるのは、総合的かつ専門性の高い仕事をチームで行い、突発的な業務に対応していく...という介護現場の姿です。介護職は、「一人で黙々と行う単純作業」などとはかけ離れており、むしろ柔軟な判断とその場に応じたクリエイティビティが大いに求められる仕事なのです。
例えば、利用者との会話は、フォーマルでビジネスライクな対話と違い、「名刺」や「肩書」、「営業マニュアル」のようなものに頼るようなことはできません。一人ひとりの個性に合わせたコミュニケーションを臨機応変にとっていくことが求められるものであり、それだけでも創造性の余地は広いように思います。また、特に入居系施設では季節に応じた「イベント」がつきものです。こういったイベントの内容の考案 や、その場でのコミュニケーションの設計などは、「型通り」の業務ではありません。
さらに今、介護の領域では、ITやデジタルといったビジネスとのコラボレーションも盛んに生まれてきています。他に埋もれない個性的な施設運営や独自のビジョンをもって施設を運営している経営者も目立ってきました。介護を「ビジネス」として捉えることに抵抗がある人もいるかもしれませんが、介護の領域に派生的なマーケットが健全に育っていくことは、人材の流れを生む上できわめて重要なことです。ここにもすでに、創造的で新しい仕事が生まれてきています。介護の世界は、これからもますます「クリエイティビティ」を発揮できる業種であり、その可能性を最大化することが、働く人々の「やりがい」へとつながっていくはずです。
これまで一般に、「介護のやりがい」が語られるとき、その中心にあるのはそうした「クリエイティビティ」ではなく、「ホスピタリティ」という言葉でした。目の前のサービス利用者のために誠意を持って尽くすこと、その人への思いやりや共感性などが強く求められてきましたし、そうしたホスピタリティを大切にすることが、介護という職業の「やりがい」として語られることが多かったように感じます。確かに、いくら機械化やシステム化が進んだとしても、こうしたホスピタリティの重要性が減ずることはこれからも無いでしょう。
しかし、データから示唆されたのは、成長に資する要素としての「クリエイティビティ」の要素でした。また、その意味に気づき、内省し、成長を実感していくために重要になるのが、先程述べた職場内外の「他者」とのコミュニケーションになります。あえてスローガンとしてまとめるのであれば、ホスピタリティに加えて、「クリエイティビティ×他者」、これらの要素をいかに介護の職場に設計しビルトインしていくかが、介護職の成長をさらに促進し、長くキャリアを築いていくためのヒントになるかもしれません。
株式会社パーソル総合研究所「働く1万人の就業・成長定点調査2018」 | |
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調査方法 | 個人に対するインターネット調査 |
調査対象者 | 全国男女15歳~69歳 有職者(派遣・契約社員・自営業含む):10,000名 ※性別及び年代は国勢調査(就業人口構成比)に従う |
調査日程 | 2018年2月 |
株式会社パーソル総合研究所/ベネッセ シニア・介護研究所「介護人材の離職実態調査2017」 | |
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調査方法 | 個人に対するインターネット調査 |
調査対象者 | 介護業界の現場職を過去10年以内に離職した20~65歳:1,600名 ※離職理由の1位・2位がともに不可避退職(転居・事業閉鎖など)の者は除外 ※その他、施設形態/企業/雇用形態/勤務時間 すべて条件不問 |
調査日程 | 2017年12月~2018年1月 |
※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所・ベネッセ シニア・介護研究所「介護人材の離職実態調査2017」
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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