個人が暴走する不正はなぜ起こり、どう防ぐか

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近年、企業における不祥事・不正としてしばしばニュースになるのは、特定の個人による大規模な不正である。大手企業の事案の場合、大きく報道されることも多い。パーソル総合研究所の調査「企業の不正・不祥事に関する定量調査」では、個人が不正行動へと引き寄せられる要素は、組織的な不正要因とは異なったメカニズムが見えてきた。本コラムでは、そうした個人の不正リスクを上げる要因と、それを防止する処方箋について議論したい。

  1. 業績好調の企業でも起こる不正
  2. なぜ個人は不正に甘くなってしまうのか
  3. 「個人の不正許容度」を分解する
  4. 社内ネットワークの4つのパターン
  5. 社内ネットワークと不正リスクの関係
  6. ネットワークの「網目」で個人の暴走を抑える
  7. まとめ

業績好調の企業でも起こる不正

個人の不正リスクを論じる前に、パーソル総合研究所の調査から、まずは企業の状況と不正の関係について見てみよう(「企業の不正・不祥事に関する定量調査」)。業績が「好調」な会社と「不調」な会社では、どちらで不正が多く発生しているのだろうか。直感的には、「不調」組織のほうが、組織の末端に歪が生じ、不正を誘発しやすくなりそうな仮説も立てられよう。実際、不正事案の第三者委員会報告などでもそうした苦境に立たされた状況を不正の背景として論じるものも多い。

しかし、不正発生率を企業の業績別に比較すると、業績が悪い組織も好調な組織もともに高い、「U字」になる興味深い傾向が見られた。ちなみに、このU字傾向は、より人間関係に特化したハラスメントの調査でも同様の結果が見られている(参考:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」

図:企業の業績別 不正発生比率

図:企業の業績別 不正発生比率

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」


不正・不祥事調査では、自社は不正が起こっても対処しないだろうとする「組織の不正黙認度」と、個人が不正を許容する「個人の不正許容度」を区別し、不正のリスクを複合的に分析している。これを、先程の傾向と重ね合わせると、好調組織では「個人の不正許容度」がわずかに高めで、不調組織では「組織の不正黙認度」が高い傾向が見られた。この業績に対する真逆の傾向は、本コラムの関心からは注目すべきポイントだ。

図:企業の業績別「個人の不正許容度」と「組織の黙認度」

図:企業の業績別「個人の不正許容度」と「組織の黙認度」

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」

なぜ個人は不正に甘くなってしまうのか

こうした不正の許容度・黙認度について、それぞれを高めていた組織や個人の特性をさらに詳しく分析し、まとめたのが以下の図である。左側の「個人の不正許容度」を高める要素を見てみると、先程の好業績の他に、自由闊達で開放的な組織風土や、スピード感や迅速さを重視するような組織であることなどが並んでいる。

図:不正の許容度・黙認度を促進する要因

図:不正の許容度・黙認度を促進する要因

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」


ここで、個人の不正リスクを上げる要因の一つとして、「昇進・昇格の見通し」がある。そこで、役職と不正の関与・目撃率を見てみよう。すると、不正の関与・目撃率は、一般社員より係長、課長が高く、部長相当でピークになっている。役員相当への昇格者はかなり数が限られることを考えれば、「まだ昇格できる」とする見通しがあると個人の不正リスクが上がるという傾向と合致するデータであろう。

図:職位別 不正関与・目撃率

図:職位別 不正関与・目撃率

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」

「個人の不正許容度」を分解する

さて、「個人の不正許容度」をさらに深く理解するために、その背景にある不正に対する意識を見てみよう。「個人の不正許容度」と相関の高い意識は、自分で不正を制御できるとする「コントロール幻想」や誰かのために不正をすることを許容する「利他的不正」までいくつかの要素が明らかになっている。

図:「個人の不正許容度」と相関が高い不正に対する個人の意識

図:「個人の不正許容度」と相関が高い不正に対する個人の意識

※各要素の聴取項目は「企業の不正・不祥事に関する定量調査」報告書のAppendix参照

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」


こうした個人の不正に対する意識と組織特徴との関連を分析してみると、より多角的な理解が可能だ。下図では、矢印で影響関係を示しているが、本コラムの関心から注目すべきは、右側の要素「自社サービスの優位性」や「昇進・昇格見通し」との関連である。優れた自社サービスがあったり、昇進見通しが立ったりといった、組織や個人がポジティブな状況は、「不正へのスリル・快感」へのプラスの影響が見られる。こうした「調子のよい」状況で自己効力感が高まり、不正への罪悪感が薄れてしまうことが示唆される結果だ。

図:組織の特徴が不正に対する個人の意識に及ぼす影響

図:組織の特徴が不正に対する個人の意識に及ぼす影響

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」

社内ネットワークの4つのパターン

 さて、組織や個人がポジティブな状況においても、不正発生のリスクが上がってしまういくつかの要因が見えてきた。業績が良く、スピード感をもって良いサービスが展開できているようなときに、その裏では不正が生まれやすい風土が醸成されているかもしれない。そうでなくても詐欺や横領、盗難といった不正は個人主体で完結することも多く、組織的な防止策を完全に講じることは困難だ。さて、企業としては、どうやってこのような個人の不正、個人の暴走を防げるのだろうか。

一般的なコンプライアンス対策の注意点については、すでに他のコラムでも詳しく触れている。簡単にまとめれば、企業が行う現場感の欠如したコンプライアンス対策の多くは、従業員に形式的に「こなされている」ために効果が見込めない。従業員は、教えればその通り動くロボットでも、ルール化すれば完璧に守るプログラムでもない。コンプライアンス対策は会社から従業員への一方通行ではなく、従業員の意見や対話機会などの双方向性があることで有効性が高まる(コラム:組織は不祥事からいかに立ち直るのか) 。こうしたポイントは、一般的な対策の方針としても変わらず重要であろう。

ここで、もう一つの要素として注目したいのは、社内の人間関係のネットワークの在り方である。社内、社外における人と人との情報共有やコミュニケーションの量などのつながりを増やすことが、不正対策になりうるという点である。

例えば、不正研究者である稲葉陽二は、 社内と社外とのネットワーク(社会関係資本)の在り方に注目して企業の不正事案を分析している。「社内の結びつき」と「社外との結びつき」の強弱から、下記のような4つの象限を用いているので紹介したい。(※)

※稲葉陽二、2017、『企業不祥事は なぜ起きるのか ソーシャル・キャピタルから読み解く組織風土』、中央公論新社。

図:社内外との結びつきの強弱

図:社内外との結びつきの強弱

出所:※稲葉(2017)を参照に筆者作成


稲葉は、コーポレート・ガバナンスの在り方をこうした社内外ネットワーク(結びつき)の在り方から分類し、その変遷を説明している。まず、不正リスクの観点から最悪なのは、「社内はバラバラ、社外とのつながりも無し」の【A】である。社内も社外もつながりがないために、トップが勝手な行為をいくらでもできてしまう状態だ。創業社長がそのままどこからもモニタリングされずに経営している場合などに見られる。

また、「社内はバラバラだが社外とのつながりは豊富」にある【B】は、例えばコンサルティング会社や個人への業務委託の多い営業会社などに多く見られる形態である。ガバナンス観点でいえば、社外取締役などで内部にも外部の目線が行き届き、機関投資家や会計監査人などの外部ネットワークにも開かれている形態はこの象限にあてはまる。

「社内の結束は強く、外部ともつながる」【D】は、社内外でネットワークがつながっている形態である。自動車や家電など、大量生産型の下請け依存型の産業に見られる形態だ。一見して外に開かれているが、外部の下請け・協力企業群もまたつながり合っているので、実態としては社内外で結束してしまっており、複数企業をまたいだ不正が起こるリスクがある。

そして大手企業でも多いと稲葉が指摘するのが、左下の【C】「社内の結束は強いが、社外とのつながりも希薄」だ。形式上は所有・経営が分離していても、監査役や社外取締役といった社外ネットワークのモニタリングが十分に機能しないパターンだ。社長が退任後も相談役や顧問として経営に口を出し、権力集中型のインフォーマルな内部グループを作ったり、専門化集団の閉じたネットワークを社内に作って他の部署からのアドバイスや監視を遮断するサイロ作りに励んだりする。

社内ネットワークと不正リスクの関係

こうした社会ネットワークの知見から指摘できるのは、社内に閉じすぎた閉鎖的なネットワークも、バラバラすぎるネットワークの欠如も、ともに不正へのリスクを高める方向に作用するという点だ。前者は社外からのモニタリングの欠如、後者は社内モニタリングの欠如を生むリスクがある。【D】の「社内の結束が強く、外部ともつながる」は「社外に開いているように見えて、社外のプレイヤー同志がつながっている」という複合的なパターンだ。

また、近年よりミクロなレベルでこうした社会ネットワークに影響を与えているのは、「テレワーク」の普及だ。テレワークは、コロナ禍によって都市部中心に定着しつつあるが、当然ながら職場の個々人の仕事ぶりが他のメンバーからは見えにくくなる働き方だ。これはまさに外部ネットワークを遮断したり、内部の相互モニタリングを寸断し、個人の不正リスクを上げてしまったりする可能性がある。

そこで、今回の不正に関する調査データにおいて、個人が「相談ができるメンバーの人数」が多いことを、社会ネットワークのつながりとして捉えた分析を行った。すると、同じ部署内のネットワーク(相談可能な人数)が多いほど、「個人の不正許容度」も、「組織の不正黙認度」も低くなっていた。同部署内のネットワークの多さは、目撃者の不正対応率も高めていることが分かった。関係者に声をかけたり、不正をやめるように促したりといった関与者への直接行動や、上司や同僚への相談・報告などの社内での報告行動が高まっている様子が見られたのだ。社内ネットワークの緊密さは、やはり内部モニタリングの不正予防効果と同時に社内での不正対応を増やす効果がありそうだ。

図:同部署内での社会関係資本別 目撃者の対応状況

図:同部署内での社会関係資本別 目撃者の対応状況

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」


一方で、今回の分析からは確認できなかったが、社内ネットワークだけ分厚ければ良いということでは決してない。社会ネットワークの負の側面としてしばしば指摘されるように、犯罪者集団のような組織的な不正は、不正の意図を持った個人同士がつながり、協力することによって助長される。社外取締役設置のようなボードメンバーのレベルのみならず、従業員もやはり社内だけでなく社外ともつながり、外部の目が入りやすくしておくことは必要だろう。

ネットワークの「網目」で個人の暴走を抑える

こうしたデータや知見から筆者が提議したいのは、個人の仕事の「ブラックボックス」を「人のネットワーク」で埋めていくことで不正を防ぐという発想だ。個人の暴走を、人のつながりという「網目」を広げることによって防止する方向性である。コーポレート・ガバナンスの議論では主に経営陣における社内外モニタリングが中心になるが、現場レベルにおいてもそうしたネットワークの「開かれ」をいかに作っていくかが、構造的な不正防止策としてもっと検討されてよい。

従業員のつながりの創出やネットワークの強化には、多様な実務的方法がある。役職者向けであればマネジメント・ピッチのような定例の議論の機会や対話機会の拡大ももちろんのこと、社内外の研修訓練といった学びやリスキリングの機会も、フォーマルな形で人のネットワークを広げる手段の一つである。社内に閉じがちなベテラン社員向けに越境学習の機会を与えることも、外部への「開かれ」を促すことができる。他企業との共同研修などの機会も、仕事の進め方の違いや不正に対する意識について、「内輪の基準」に留まらせないためのいい機会だろう。

また、新型コロナウイルス感染症の5類感染症への移行により、繁華街では懇親会や歓送迎会などもかなり復活してきている。社内外や他部署のメンバーとも積極的に繋がりを持てるようなインフォーマルな場を設定することも、やはり選択肢の一つだろう。こうしたネットワークづくりをコンプライアンス対策として行っている企業は少ないが、潜在的に不正リスクを抑えることができるだろう。

近年、テレワークにおけるネットワークの「閉じ」を危惧して、個人パソコン向けの監視ツールを導入する企業も増えた。しかし、デジタルによる監視は、デジタルな活動のモニタリングを可能にする反面、それでも見えないブラックボックスはいつまでも残り続けるし、メンバーと会社との間に相互の不信感を広げるリスクもある。「人のネットワーク」をつなげることによって不正を防ぐ方向性は、不信ベースの監視ではない、より建設的なやり方として検討に値しよう。

まとめ

個人の不正がなぜ起こりどう防ぐかという観点から、データを用いて議論してきた。個人が不正を許容する「個人の不正許容度」を高めるおそれがある要素には、昇格の見通しがあったり、業績が好調だったり、サービスに優位性があるなどのポジティブな状況も多く含まれていた。こうしたデータがわれわれに改めて伝えてくれるのは、企業や組織が「調子がいいときこそ、気を引き締めるべきだ」という警鐘だろう。

また、個人主導の不正を防ぐ処方箋として、社内外のネットワークについての知見を紹介した。外に対して閉鎖的なネットワークしかもたない組織や、社内においてもバラバラでつながりのない組織は、ともにモニタリング機能が低下し、不正リスクが高まる可能性がある。ネットワークの強化・拡大は、そもそも不正が発覚する頻度を増やしたり、相互監視による予防効果も期待できたりする。特にテレワーク普及後のコンプライアンス対策には、個人の仕事のブラックボックスを、人のネットワークで埋めていくことによって不正を予防する、こうしたネットワークの発想も求められる。

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題 日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)など多数。


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