不正を防止するコンプライアンス対策とは

公開日 2023/06/09

執筆者:シンクタンク本部 研究員 中俣 良太

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近年、企業の不正・不祥事が頻発することに伴い、コンプライアンスの重要性も高まり続けている。コンプライアンス対策については、真面目に取り組んでいる企業も少なくないだろうが、それにもかかわらず、いまだ企業の不正は減少していないのが実情だ。なぜ、コンプライアンス対策を徹底しても不正を防ぐことができないのだろうか。また、有効なコンプライアンス対策とは何なのか。本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「企業の不正・不祥事に関する定量調査」のデータを基に、不正を防止するコンプライアンス対策の在り方について考えてみたい。

  1. コンプライアンス対策に真面目な日本企業
  2. コンプライアンス対策を「こなす」意識の醸成
  3. 不正を防止する「共感型」のコンプライアンス対策
  4. 「共感」を生み出すコンプライアンス対策のポイント
  5. まとめ:不正問題の「自分ゴト化」を促し、就業者を「巻き込んだ」コンプライアンス対策を

コンプライアンス対策に真面目な日本企業

まずは企業が取り組んでいるコンプライアンス対策の実態について見ていこう(図1)。就業者4,000名に対して、自身の勤め先で不正防止施策が実施されているかを問うたところ、36.6%が「実施されている」と回答。本調査は就業者を対象にしているため、実際の実施率はこれよりも高いものと考えられるが、その実施内容を見てみると、「個人情報・機密情報の取り扱いルール作成」「労働時間・ストレス状況の定期的チェック」などが上位を占める。企業1社当たりでは、約4.2項目ものコンプライアンス対策を講じている結果であり、今回の結果だけ見ても、コンプライアンス対策に真面目に向き合っている企業の多さがうかがえるのではなかろうか。

図1:コンプライアンス対策の実施状況

図1:コンプライアンス対策の実施状況

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」

コンプライアンス対策を「こなす」意識

続いて、コンプライアンス対策に対する就業者の意識を見ていこう。われわれの分析から見えてきたのは、コンプライアンス対策を多くこなすことで生じる負担感や「現場の実態をよく理解していない」という意識などが、コンプライアンス対策を形式的に「こなす」意識を高めていき、不正発生リスクが高まるという構図である。

「コンプライアンス対策の『こなし』意識」を測定する際の聴取項目は、以下の通りである。
 ・不正対策は、形式的に行われているだけだ
 ・担当者が話を聞きにくるが、実際には何も変える気がない
 ・会社からのヒアリングに、正直に答える気にならない

図2を見ると、上記の項目で構成された「こなし」意識が、不正発生の要因である「個人の不正許容度」(個人が「不正してもある程度は大丈夫だろう」と思う意識)や「組織の不正黙認度」(「組織は不正に対して黙認するだろう」と思う意識)を高めてしまっていることが分かる。また、「こなし」意識の背景には、コンプライアンス対策における「現場感の欠如」「対処の不徹底」「量的な負担感」の意識があるが、講じる施策の数が多くなるほど「量的な負担感」は高まる。

企業がコンプライアンス対策を徹底しても不正を防ぐことができないのは、就業者の「コンプライアンス疲れ」であったり、コンプライアンスに嫌気がさしたりすることで、形式的な「こなし」意識が醸成されるためと考えられる。

図2:コンプライアンス対策の「こなし」意識との関係性

図2:コンプライアンス対策の「こなし」意識との関係性況

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」

不正を防止する「共感型」のコンプライアンス対策

それでは、不正を防止する上で有効なコンプライアンス対策とは何か。本調査では、コンプライアンス対策の中でも「研修」に着目し、分析を行ったところ、就業者の「共感」を呼ぶ対策が非常に有効であることが分かった。

研修の評価について、二重過程理論の考えに基づき、「研修内容の認知的理解」と「研修への情緒的共感」という2つの観点を聴取した。二重過程理論とは、「人の情報処理には以下2つの処理モードがあり、それぞれの処理が同時に行われる」ことを指す理論枠組みである。リスク認知研究においても、「Risk-as-feeling」の枠組みが提唱され※1、リスク認知における感情の重要性を指摘されて以降、関心を集めている考えだ。

処理モード1:分析的・思考的なシステム。理性的で、論理に基づいた意識的な対象評価を行う。
処理モード2:経験的・感情的なシステム。感情的で、連想により直感的な対象評価を行う。

※1 Loewenstein et al.(2001)「Risk as Feelings」 Psychological Bulletin, 127(2), pp267-286

「認知的理解」と「情緒的共感」の評価を組み合わせて、就業者を「理解・共感ともにしていない層」「理解のみしている層」「理解・共感ともにしている層」に分けた※2。先ほど紹介した不正発生リスクの要因に対して、これら3層を比較したところ、いずれも「理解・共感ともにしている層」が際立って低い結果であった(図3)。不正防止の観点で、「認知的理解」よりも「情緒的共感」の方が、はるかに効果が大きいことが分かる。

※2 『共感のみしている層』はn数少のため、本分析からは除外した。

図3:研修評価タイプと不正への許容意識・対策の「こなし」意識の関係

図3:研修評価タイプと不正への許容意識・対策の「こなし」意識の関係

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」


また、研修を反映する行動(「私は、仕事上で判断に迷ったとき、研修の内容に立ち返ることがある」)についても、「理解・共感ともにしている層」の実施率が、他と比べて50pt以上高い結果となっている(図4)。このことからも、単に知識を提供し、理解促進を目的とするような座学的研修では不正防止につながらない。理解促進と合わせて、就業者の納得感を醸成し、「共感」を高めていくことが肝要といえよう。表面的なeラーニングをいくら行っても、不正防止の効果は薄いということである。

図4:研修の評価タイプと研修を反映する行動実施率の関係

図4:研修の評価タイプと研修を反映する行動実施率の関係

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」

「共感」を生み出すコンプライアンス対策のポイント

それでは、実際にこうした「共感」を生み出すコンプライアンス対策とはどのようなものだろうか。より詳細なコンプライアンス研修の内容と研修内容への情緒的共感の関係を分析することでその示唆が得られた。情緒的共感にプラスの影響を与える内容として、「不祥事や不正に関する判例や事例の紹介・解説」「性や人種など多様性に関する説明」「参加者同士の議論・ワークショップ」の3つがあがった(図5)。

図5:研修内容の実施率と、情緒的共感への影響

図5:研修内容の実施率と、情緒的共感への影響

出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」


研修の中で、不正事例を紹介したり、最近注目を集める関心が強いテーマを解説したりすることは、前提の要素と考えられるが、今回の結果で特に注目したいのが「参加者同士による議論・ワークショップ」である。紹介・解説といった内容は、いずれも研修講師などが参加者に対して行う「一方通行のコミュニケーション」の要素であるが、議論・ワークショップは「参加者⇔参加者」や「参加者⇔研修講師」などの「双方向のコミュニケーション」の要素だ。すなわち、自分と他者の考えを照らし合わせて内省する機会や、自分の意見を吐き出す機会の提供が、より強固な納得感の醸成や共感の高まりに寄与すると考えられる。しかし、その一方で議論・ワークショップの実施率が33.0%と低いことも分かっている。今後、企業がコンプライアンス対策をより有効なものにしていく上で、優先的に強化を図りたい要素といえよう。

また、それと同時に「研修内容に対して、いかに当事者意識を持ってもらえるか」にも注視したい。参加者が意見を吐き出せる機会があっても、そのような意見がそもそも出てこないと元も子もない。研修の場合であれば、事前にアンケートを送付し、コンプライアンスに関する自分なりの意識・問題点を洗い出してもらうというのも策のひとつだ。また、eラーニング形式の研修のような場合は、ケーススタディをより臨場感をもって考えることができるよう、シナリオを漫画化し、主人公の行動が正しいと思うか否かを回答してもらうといった形式をとることも効果的かもしれない。

まとめ:不正問題の「自分ゴト化」を促し、就業者を「巻き込んだ」コンプライアンス対策を

ここまで、「企業の不正・不祥事に関する定量調査」のデータを基に、有効性の高いコンプライアンス対策のポイントについて見てきた。研修の文脈においては、就業者に共感してもらえる研修が有効であり、そのためには、議論・ワークショップなどの「双方向のコミュニケーション」が特に重要であることが分かった。

本調査の結果では、説明・紹介・解説といった項目の実施率が高い傾向であったが、研修の中で説明ばかりに時間をどれだけ費やそうとも、 不正防止の効果が薄いことは容易に想像がつくであろう。今後は、そのような「一方通行」な対策ではなく、参加者にも積極的に意見を吐き出して、考えてもらえるような「巻き込み型」の対策を行っていくべきではないだろうか。

また、その際には、企業の不正・不祥事の問題は「自分の問題だ」と参加者に感じてもらえるような、「自分ゴト化」を促す仕掛けを講じておくことも忘れてはならない。いくら立派な自動車を所有していても、ガソリンがなければ走らない。そのガソリンにあたるものが、参加者の意識の面である。

今回は、コンプライアンス対策の中でも「研修」に関するデータを主に紹介し論じてきたが、上記で挙げたポイントは研修だけに限った話ではない。本コラムが、企業における全般的なコンプライアンス対策の在り方を議論する上でのヒントになれば幸いである。

執筆者紹介

中俣 良太

シンクタンク本部
研究員

中俣 良太

Ryota Nakamata

大手市場調査会社にて、3年にわたり調査・分析業務に従事。金融業界における顧客満足度調査やCX(カスタマー・エクスペリエンス)調査をはじめ、従業員満足度調査やニーズ探索調査などを担当。
担当調査や社員としての経験を通じて、人と組織の在り方に関心を抱き、2022年8月より現職。現在は、地方創生や副業・兼業に関する調査・研究などを行っている。


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