公開日 2021/01/13
近年にない地殻変動に揺れる企業人事。ジョブ型雇用への転換が問われる今、起きている現象を人的資源管理の原点に立って冷静に見つめてみると、ニューノーマル時代の人事の姿が見えてくる。そんなこれからの人事について、100年以上前の古典理論と現在起きている変動をつなぐ、古くて新しい「戦略的人的資源管理」を通じて3回にわたり考察していきたい。
昨今、メディアを賑わせている「ジョブ型雇用」。現状を見誤ったまま拙速に動けば、かつての成果主義の二の舞となる。そこで、本コラムでは、企業戦略と人材戦略・人事戦略との適合という「空間軸(縦軸)」と、人的資源管理の歴史的変遷という「時間軸(横軸)」の2軸で、現在起きている事象を俯瞰することの重要性について指摘する。
このキーワードを見ない日がないほど、連日にわたってメディアが報道している「ジョブ型雇用」。海外から見て特殊であり、産業構造の変化に対応できていない日本型雇用の限界に触れ、《いち早く脱却して欧米型雇用に転換すべし》という論調が続く。人事制度を日本型の職能等級から、職務等級や役割等級といったジョブ型に変えた企業も登場しているが、きっかけは2020年初頭に経団連が経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)にて「Society 5.0時代にふさわしい働き方を目指して、日本型雇用システムを見直すべき」と提起したと同時に、未曾有の危機となるコロナ禍の発生で在宅勤務を余儀なくされたことが軌を一つにして、波紋を呼んだのは紛れもない事実であろう。
近年にないこの地殻変動に企業人事が揺さぶられつつある。ジョブ型雇用に関する議論が、「ジョブ型雇用がいいのか、メンバーシップ型がいいのか」といった二元論や哲学論争に発展し、それを判断するためのメリット・デメリット検証や「先行事例はないのか?」と探索に奔走する人事。この現象はいつか見た光景と重なる。1990年代後半の黒船の来航がごとく沸いた「成果主義人事」である。当時の経営や人事は、総額人件費の圧縮による従業員からの反発に躊躇しながらも《ファースト・ペンギン現象》のように、他社の動向を見定めた上で導入を急加速し、盲目的に雪崩れ込んでいった。
ペンギンは海の中にシャチなどの天敵がいるため、群れて行動している。安易に海に飛び込もうとはせず、いずれ1匹のペンギンが飛び込み、残った他のペンギンたちはその動向を見守り、無事に獲物を得て戻ることを確認すると、一斉に海に飛び込む。当時の成果主義人事導入の動向は、まさにこうしたペンギンたちの様子(ファースト・ペンギン現象)と似ていた。
成果主義人事の動向を振り返ると、日本経済新聞に「成果主義」という言葉が初めて登場したのが1992年。本田技研工業が管理職約4,500人を対象に導入した年俸制のニュースが広く報じられた。これがファースト・ペンギンである。ペンギンに喩えるなど無礼千万かもしれないが、横並び意識や同質性が強い日本は、他社動向による意思決定といった陥穽にはまりがちである。そうならないためにも、今回もまた身近な他社動向ばかりに目を向けるのではなく、自社のありたい姿に近づけていくために日本型雇用を見直すべきか、ジョブ型雇用への転換が必要なのかに関して、経営者や人事責任者、第一線のマネジャーが熟考する必要があるだろう。
大きな変化の波が押し寄せてくる際に、その変化を俯瞰して見つめる必要がある。眼前の現象を見ているだけではなく、その変化がどこで(Where)、なぜ今起きているのか(Why)、何が(What)どのように(How)変化するのか、いつからいつまで(When)の変化なのか、その変化によって誰が(Who)どのような影響を受けるのか、といった大局観で眺めてみることで、VUCA時代にあるこれからの社会や自社が向かうべき方向、社員のあり方、自分自身や家族の生活の姿がより明確に見えてくることがある。
このように5W1Hといった時空を「1枚の図式」にして、今起きている現象の本質を俯瞰することをメタファー(隠喩)と言う(図1)。では今の日本に沸き起こっている「日本型雇用の限界とジョブ型雇用への転換」を、どの図式(=理論)で描いていくのが最適なのだろうか。ひとつには、経営資源であるヒト、モノ、カネ、情報、それぞれの切り口から俯瞰することができる。モノから俯瞰するのであればマーケティング理論、カネからであればファイナンス理論、情報からは情報システム論など、いずれも今起きている現象を、それぞれの分野から時空的観点で体系化された理論を用いて隠喩し、そこに秘められている本質を明らかにすれば、それは一過性の対症療法には終わらない。
図1.メタファー(今起きている現象の本質を俯瞰すること)
「ジョブ型雇用」を対象とするのは経営資源で言うところのヒトである。企業と個人との関係性の上で成り立つのが雇用であり、その雇用システムをつくりあげるのが企業の経営者であり人事である。そして個社の集合体が日本社会全体の雇用システムを形成している。これが日本型雇用として認識される。今日の日本型雇用に至る時空的観点で体系化した図式は「人的資源管理論」である。人的資源管理論は戦略、組織、人材といった総合的な要素を持つ。
この人的資源管理を起点にして、自社のありたい方向や事業の戦略と、今の自社の雇用のあり方が適合できているのかを検証する。「故きを温ねて新しきを知る」ように、環境変化を今の現象だけで見つめずに過去からの大きな時代の変化で感じとる。つまり企業戦略と人材戦略・人事戦略との適合という空間軸(縦軸)と、人的資源管理の歴史的変遷という時間軸(横軸)の2軸の図式で俯瞰して、先が見通せないニューノーマル時代を構想していくことが問われているのだ。
ここで日本における人的資源管理の系譜を簡単に振り返ってみよう(図2)。日本の人的資源管理は、1970年を起点に6段階で大きく転換してきた。まず、1970年以前に見られる「労務管理」的な人的資源管理。雇用した労働集団の労働効率や労働生産性を、最大限に高めるための集団管理を目的としたものだ。1970年代になると、多発するストライキを機に、労働者個々の心理状態や働きがいといった労働環境の質を高める、個人も含めた集団管理を目的とした「人事管理」に傾注していく。
1980年代に入ると、世界から日本型経営の成功要因のひとつとも言われた、それまでの標準化やルール、規制が目的の人事・労務管理にとって代わり、各人事施策の有機的な適合で組織競争力を高める「人的資源管理」が台頭する。1980年代後半には、さらに経営戦略と結びつけて、激変する環境変化に柔軟に組織を適応させて競争に勝ち抜き、持続的な競争優位を保つ「戦略的人的資源管理」へと発展していった。戦略的人的資源管理の要諦は、経営戦略と人的資源管理との適合にある。
1990年代以降は、人材を経費ではなく無形の資産ととらえ、《人財》に積極的に投資して組織の能力やアジリティを高めていく「人的資本管理」に。そして、マッキンゼー・アンド・カンパニーが1997年から2000年にかけて、主にアメリカで実施した人材の獲得・育成に関する調査結果をまとめた『The War for Talent (Harvard Business School Press))』を契機に、タレントマネジメントという考え方がグローバルで広く知られ、現在に至る。
現在の人事の主流はタレントマネジメントにあるが、その源流は1980年代後半の「戦略的人的資源管理」にあると考えられる。それ以前の労務管理、人事管理といったオペレーショナルな人事では環境変化に耐えられず、経営戦略に基づいた有機的な人材戦略・人事戦略を描き実現する人事がこの時期に土台として出来あがり、それに「タレントプール」や「データベース・リクルーティング」という概念が組み合わさったのがタレントマネジメントである。
図2.日本における人的資源管理の系譜
より戦略的な人的資源管理とするためのメタファーを持つためには、前述した大きな2つの軸が必要となる。1つ目は経営戦略を実現させていくために、人材や組織といった人的資源をより有効に生かしていこうとする「空間軸(縦軸)」である(図3)。たとえば自社がこれまでの事業から大きく方向を変えていく場合、その新たな事業戦略を推進させていくための人材や組織を適合させていく人的資源管理が重要であり、アライアンスがとれている状態にすることが求められるが、この縦軸がチグハグなケースが散見される。
図3.空間軸(縦軸)からとらえる人的資源管理
2つ目は現在起きている現象について、過去に遡って、その時代に生じていた課題に対して取り組まれた研究や検証を知り、現在起きている現象と照らし合わせて得られる示唆を明らかにすると同時に、そこから将来を展望していく「時間軸(横軸)」である。この時間軸(横軸)の源流をたどると、古典理論に行き着く。古典理論は100年以上も前に実験されて体系化された理論で、長い年月の風化にも耐えて劣化せずに生き残った知見は、原理原則となって普遍性・不変性を有している。
現在における組織や人事課題の多くは100年前と比べて大きく変わっていない。解決すべき課題も、端的に言えば、生産性の向上、事業の創造とそれを実現するためのヒトの動機づけ、組織の活性化である。こうして体系化した古典理論の重要性をあらためて知り、現在起きていることを考察し、未来の姿を構想することが、まさに《戦略的》なのである。
戦略的人的資源管理は特性上、取り扱う内容が広範であるゆえに全体の輪郭が必要となる。企業経営に不可欠な「戦略」、それを実現させる「組織」、その組織を支える「人材」という3つの要素から成り、それぞれを細分化した「7Sモデル」で表すと分かりやすい(図4)。その上で、空間軸(縦軸)と時間軸(横軸)をかけ合わせていく。つまり「戦略・組織・人材」✖︎「時間軸」で考えるのだ。
図4.7Sモデル
成果主義人事やジョブ型雇用が日本企業に適切なものか否かの判断において重要なことの1つ目が、極めて当たり前のことであるが、各企業が自社の人事ポリシーや事業戦略に照らして判断する、ということである。たとえば、グローバル売上比率がいよいよ国内を上回り、海外の現地法人でローカルスタッフを雇用しマネジメントしていくという段階にあるグローバル企業は、海外に日本型雇用の仕組みを持ち込んでも優秀人材は採用できずリテンションも難しい状況にある。海外でローカルスタッフをマネジメントしている日本人赴任者からよく聞かれる課題である。そのため、グローバル戦略をとる多くの企業が海外の現地はもちろん、国内本社もいよいよ日本型から脱却することに腰を上げている。
しかし、各社各様に判断してそれで済むのであればよいが、決して成功とは言えないかつての成果主義人事の二の舞を演じないためにも、評価・報酬の仕組みといった機能ばかりに着目するのではなく、今起きている地殻変動の本質(根本的な性質・要素)に目を向けることが2つ目に重要な論点である。この変動の本質をとらえていくためには、現在・過去・未来といった時間軸(横軸)と、米国・欧州・アジアといった空間軸(縦軸)で比較して、事象をとらえていくメタファーが求められる。
アフターコロナのニューノーマルな働き方、企業と個人の雇用の関係、国内外の労働市場の変化と採用、報酬のあり方、オンラインコミュニケーションなど、これらをどのように描いていくのか。目前で起きている地殻変動を冷静に考察し、この先を展望することができる構想力を身につけるために必要なもの、それは「戦略的人的資源管理論」という学問の中にある。100年以上も前から取り組まれてきた「個人と組織との関係性のあり方」を中心に、昨今で言うところのESG「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」を果たすための方法論を体系化した叡智とも言えよう。
以上、第1回目は企業戦略と人材戦略・人事戦略との適合という「空間軸(縦軸)」と、人的資源管理の歴史的変遷という「時間軸(横軸)」の2軸で、現在起きている事象を俯瞰することの重要性について指摘してきた。第2回目は、特に「時間軸(横軸)」で、ジョブ型雇用移行に沸く現状を俯瞰してみたい。
シンクタンク本部
上席主任研究員
佐々木 聡
Satoshi Sasaki
株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、株式会社ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を経て、2013年7月より、パーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長を務める。2020年4月より現職。また立教大学大学院 客員教授としても活動。
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