「社員の成長には、他者との“かかわり”が欠かせない。」—昨今では人間関係が希薄化しているともいわれている。こうした状況は、社員の成長を阻害 しかねない。このような中、当社では、将来の会社を担う若手・中堅社員層の育成に対する示唆を得るべく、国内一部上場企業もしくはその関連会社37社の協力のもと、28歳から35歳の2304サンプルの定量調査を実施した。
社会人の能力開発の70%以上は経験によって説明できるといわれている。つまり、教育や研修が社会人の成長に寄与しうる部分はわずかであり、そのほとんどが職場での業務経験を通じてもたらされるというのである。
しかしながら、単に業務を経験しさえすれば成長できるわけではない。実際、成長につながるような経験もあれば、そうでない経験もある。あるいは、同じ経験をしたとしても、成長できる人もいればできない人もいる。それでは、業務経験を通じて成長していくためにはどうすればいいのだろうか。
業務経験を本人の成長に結びつけるための重要な要素の一つとして、我々は「他者との“かかわり”」に着目した。
哲学者であり教育思想家でもあるデューイ(Dewey, J)は、経験とは自分を取り巻く環境との相互作用であるといい、発達心理学者のヴィゴツキー(Vygotsky, L. S.)は、個人の限界を超えるためには周囲の人々との相互作用が欠かせないと説明している。つまり、業務経験を通じて成長するためには、「他者」という触 媒が欠かせないといえる。社会人は、他者からアドバイスを受けたり、他者と切磋琢磨したりして、あるいは他者をロールモデルとしたり、反面教師にしたりし て、さまざまなことを学び取り、自己成長を遂げていくのである。
30歳前後の社員を対象とした理由は2つある。一つ目の理由は、この年齢層が会社の将来にとって重要な位置を占めるからである。この年齢層の社員 は、5年後、10年後に会社の中核となって成長を牽引していく人たちであり、これらの社員が成長することが、企業の継続的な成長につながる。現在の人材マ ネジメントに対する課題や示唆を得るためにも、このような重要な位置を占める30歳前後の社員の現状を深く知ることが大切である。
二つ目の理由は、一通りの仕事を覚え、まもなく管理職になろうかというこの時期は、他者との“かかわり”が特に大切だからである。例えばキャリア研究の第 一人者である神戸大学大学院教授の金井壽宏は、エリクソン(Erikson, E. H.)のライフサイクル理論をもとに、次のような問題を提起している。管理職になるまでの時期は、自分にアイデンティティがあるのと同様に相手にもアイデ ンティティがあることを認めた上で、相手と接することができるようにならなければならないと。
管理職になる前は、限られた範囲の仕事を遂行し、その範囲の中で自分自身の成果を挙げればよかった。しかし、管理職は、周りを巻き込んで、一人では到達できない、より大きな成果を期待される。つまり、他者とうまくかかわれることが、管理職という次のステージに進むための条件なのである。
若手・中堅社員は、仕事を行う上で、職場の人との“かかわり”を大切にしている。上司や先輩からは業務上の支援や内省支援を、同僚・同期からは精神 面での支援を、そして部下・後輩からは自分自身を振り返るきっかけを与えてもらっている。これらすべてが、若手・中堅社員にとって欠かせないものである。 若手・中堅社員が成長する上では、職場における360度のバランスの良い“かかわり”が大切であり、いずれも欠かすことが出来ない。仕事の単位であると同 時に人材開発の単位でもあるという職場の役割に目を向けなければならない。
若手・中堅社員は自分自身の仕事をうまく遂行できるようになったときに成長を実感する。そして、そのような成長感は、業務能力向上や業務遂行の手助 けをしてもらうことよりも、自分自身のことを振り返る機会を与えてもらうことでもたらされる。若手・中堅社員に成長を実感させるためには、仕事における “かかわり”を通じて、自分自身を振り返ることができるようなフィードバックを適宜提供することが大切である。
望ましい“かかわり”のスタイルを促したり、“かかわり”を通じて多くのことを学べるような職場は、メンバーが相互に助け合っており、業務のことや 将来のことについて話し合っており、そしてメンバー間の良好な人間関係を維持しようと上司が働きかけているという特徴がある。このような職場を開発することが大切である。
職場内での“かかわり”だけでは、いつかは成長の壁にぶつかる。一通り仕事を覚えた若手・中堅社員が次の段階に進むためには、職場以外の人との“か かわり”が意味を持つようになる。他者を巻き込んで、より大きな仕事を自律的に進めていくことが求められるようになったときに、貴重な示唆を与えてくれる のは、他の職場の上位者であることが多い。また、社外の人との“かかわり”は、視野を拡大させてくれる。こうした“かかわり”づくりを後押しすることが必要であろう。
今日世界経済が迷走する中で、日本企業は再び効率化を余儀なくされている。しかし、過去に実施したような、一時の苦境を脱するための効率化では、や がて組織に歪みをもたらすことになる。そればかりか、5年後、10年後に会社を牽引する人材を枯渇させてしまう。これは我々が身をもって体験したことである。
「他者との“かかわり”」という、もともと日本企業が強みとしていた組織基盤を活かした経営について、新たな時代の中で再考する必要があるのではないだろうか。
2008年12月
坂本 雅明
西山 裕子
【経営者・人事部向け】
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