米国の金融危機に端を発した世界的不況から2 年の歳月が経った今、“守り”の経営から“攻め”の経営に転じるタイミングを見計らっている企業は少なくない。しかし、戦略策定方法や戦略定石が広く知れ 渡るようになった今日においては、戦略自体で違いを出すことは難しくなってきている。収益の源泉は“戦略実行”へ移ってきていると当社は考えている。
今回の『人材開発白書2011』では、トップの意思と現場をつなぎ、現場での戦略実行を指揮するミドルマネジャーの役割に焦点を当てた。27 社、計2,170 人の協力のもと、(1)現場メンバーの戦略実行度の実態、(2)ミドルマネジャーのマネジメントの実態を定量的に調査・分析し、戦略実行を促すためのミド ルマネジャーの役割を、5つの提言としてまとめた。
我々の調査では、実に7割以上の人が、自社の事業戦略はどちらかといえば競合企業と類似していると答えている。
戦略に独自性がないのであれば、独自的な戦略を構築すべきと考えるのか、それとも戦略が類似しているのであれば、実行力で差をつけるべきと考えるのか。
戦略論の大家であるハーバード大学のM.E. ポーターは、企業が業績をあげるためには2つの方法があることを示している。1つ目は、オペレーションの効率化であり、これは競合企業と同様の活動を、より上手く、徹底して行うことである。もう1つが戦略的ポジショニングであり、これは競合企業とは異なる活動によって独自の価値を提供すること、つまり提供 価値と活動を選択することである。そしてポーターは戦略とは後者のことであり、オペレーションの効率化を頼りに競争に勝ち続けることは極めて困難だという見解を示している。
これと異なる主張をする人は、実務家の中に多く見られる。例えば、IBMを再建したL. V. ガースナーは、独自の戦略を開発することは極めて困難であり、開発できたとしてもすぐに模倣されてしまうという。そして、ほとんどの企業が数パターンの戦略の中で戦うことになり、結果として実行力こそが、企業業績の差をもたらすと説明している。
もちろん、戦略的ポジショニングの重要性を否定するわけではない。しかしながら、ある戦略を意思決定したとしても、実行できなければ意味がない。戦 略実行領域の数少ない研究者であるスタンフォード大学のJ. フェファーは、戦略的意思決定に関する3つの指摘をしている。1つ目は、決定するだけでは何も変わらないこと、2つ目は、決定された時点では、その内容が良いのか悪いのかは恐らく誰にもわからないこと、そして最後は、決定にかける時間より決定の後に費やす時間の方が長いということである。つまり当たり前のことであるが、戦略が重要だとしても、実行がおろそかであれば果実を得ることはできない。
こうしたことから、本調査研究では、戦略実行に焦点を絞った。
調査の結果、メンバーの戦略実行には「戦略のマネジメント」と「人・組織のマネジメント」が影響を与えていることがわかった。
「戦略のマネジメント」は、戦略のPDS(Plan-Do-See)サイクルを確実に回す機能を担っている。この機能がなければ、組織は混とんとしたもの になってしまうだろう。また「人・組織のマネジメント」は、戦略実行に推進力を与える機能を担っている。この機能がなければ力強さが失われてしまうだろ う。これら2つは戦略実行を支える両輪である。どちらか一方に頼ることなく、両者の同時追求を目指さなければならない。
人は納得しなくても行動を起こすといわれている。今回の調査データを見ても、戦略に納得していなくても実行するメンバーが少なからずいた。だからと いって、納得させる必要がないわけではない。戦略に納得しているメンバーの方が、戦略を実行する努力が持続する傾向が見られたのである。
納得していないメンバーに戦略を実行させる方法は、強制的圧力をかけることである。しかし、長期に渡って強制的圧力をかけ続けては、組織内にさまざまな歪みを生み出すことになる。戦略を最後までやり抜かせるためには、納得感を持たせることが大切なのである。
さまざまな研究では、本人のスキル・能力を大きく超える目標は、実行を阻害するという結果が出ている。今回の調査でも、ストレッチ目標を与えられた 人の方が戦略実行度は低かった。しかしその場合でも、期中にミドルマネジャーが支援や能力開発を行ったメンバーは、達成容易な目標を与えられたメンバーよ りも高い戦略実行度を示した。
ミドルマネジャーの役割は、メンバーの目標設定だけではない。ストレッチ目標を設定すると同時に、その目標を達成させる責任を負わなければならない。
昨今では、個々人の業務にしても、業務効率を最優先させた細分化、専門分化が進んでいる。我々の調査では、こうした個人や部門で自己完結できるよう にデザインされた組織であっても、部門内協力や部門間協力は、メンバーの戦略実行度を向上させることがわかった。そしてその効果は、相互依存型の業務や組 織の場合とほぼ同じであった。
「うちの部門は、一人ひとりが全く違う仕事をしているから」、「うちは隣の部門と全く別の業務をしているから」という理由で、部門内・部門間協力が必要ないと考えている場合は、その前提が正しいかどうかを疑ってみる必要がある。
戦略は仮説であり、やってみなければ正しいかどうかわからない。我々の調査では、期中に戦略を軌道修正した場合は、修正しない場合に比べて、戦略実 行度がかなり高いという結果になった。また、たとえ戦略を期中修正する場合でも、期初に重点施策を明示する方が、戦略実行度が高いという結果も示された。
不確実性の高い環境下で求められる戦略実行力とは、仮説であってもまずは信じて重点施策を明示し、状況を見ながら軌道修正するという「仮説検証を短サイクルで回しながら、戦略を推し進める力」なのであろう。
こうしたことができる人・組織の開発が求められる。
2011年1月
坂本 雅明
【経営者・人事部向け】
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