"空回り人事"から"コミュニケーションエンジン"への第一歩

公開日 2014/07/25

変化の激しいインターネット業界で成長し続ける株式会社サイバーエージェントにおいて、10年という長い人事本部長キャリアを持つ曽山哲人氏。今でこそ、各方面のメディアでその人事手腕や思想が取り上げられ、人事部門のみならず広くビジネスパーソンから支持を集める曽山氏ですが、「人事になったばかりの頃は、空回りばかりしていた」といいます。戦略人事・曽山哲人はどのようにしてできてきたのか。全3回にわたり、その軌跡をたどります。

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人事本部長になって最初にやったこと

―― 曽山さんはサイバーエージェントの人事本部長になられて、もう9年が経ちますが、人事になる前は営業本部長だったんですよね。

曽山氏:そうです。人事には2005年の7月に来ました。営業本部長時代は、人事に対して、採用・給与労務を頑張ってくれるところというイメージしかありませんでした。当時人事が行っていた新事業プランコンテストなどの個人・組織成長に関する取り組みは、いまいち自分事として受け止められておらず、告知や運用の仕方がもったいないなぁなんて眺めていました。

―― 人事本部長に就任されて最初にしたことは何ですか。

曽山氏:部内のビジョンづくりです。ビジョンやミッションなどを決めることが大事と、本にも書いてあったので(笑)。異動前に私自身が人事に対して感じていた課題点なども含めて、人事の役割って何だろうと当時のメンバーと3人で話し合い、生まれたのが「コミュニケーションエンジン」という言葉です。自分たちがエンジンになってコミュニケーションを生み出していく、そういう人事になれるといいよね、と。

―― 「コミュニケーションエンジン」とはビジョンですか? それともミッションですか?

曽山氏:それが、正直なところ、当時はビジョンとミッションの違いもよくわかっていませんでした。「コミュニケーションエンジン」は役割なのでミッションですよね。後日、役員に「曽山さんはミッションで人を縛りすぎ。役割を与えて期待をかけているところはとてもいいけど、結局は目標やゴールを提示しないとメンバーはどこへ行けばいいのかわからないから、もっとビジョンマネジメントしないとダメだ」と言われ、「なるほど!」と思いました。人事って、ミッションマネジメントをすると使命感を持ってもらっているようで気持ちがいいんです。ですが、「われわれはこうあるべき」と決めても、ゴールがないと結局空回りの演技をしているだけになる。成果を出していないということです。ちなみに、人事部のバリュー、価値観はこの時、会社のマキシムズという行動指針に準拠することにしました。

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サイバーエージェントのマキシムズ

初仕事の「評価制度入れ替え」が大失敗

―― なるほど。そうして部内のビジョン・ミッションができた。そこから最初に取り組んだことは?

曽山氏:評価制度の入れ替えです。これが大失敗で...(苦笑)。私が異動してきたとき、ちょうど人事では、それまでエクセル管理していた査定や人事評価をシステム化しようとしていました。一方、査定に使っていた目標管理(MBO)には、仕事ぶりやチームプレーが評価に含まれず業績に偏りすぎているという社員からの声がありました。そこで、システム化と同時に、新しい目標管理制度を導入しようとしました。優秀な人にヒアリングして「サイバーエージェント・コンピテンシー」なるものを作ったのです。この項目自体は「スピード」とか「バードビュー」など項目自体はまあよかったのですが、いざ導入して、それぞれの項目で上司から部下に対して5段階評価をしてもらってみると、「何が3で、何が4かわからない」という質問が続出しました。しかも入力が面倒くさい、という声もありました。

「これはまずいな...」と思っていろいろ悩んだ結果、開始数日で管理職に対して「このコンピテンシーを評価に使うのは、なかったことにしてください」とお詫びのメールをしました。いきなり始めていきなり変更するものですから、社員からまた不満が出るかもしれないと思ったのですが、意外にも現場からは「すぐに軌道修正の判断をしてくれてありがたい」などポジティブな反応がとても多かったのです。これを踏まえて人事制度は現場の意見を聞きながら臨機応変に変えていくものなんだな、と実感した瞬間でした。

一方、経営陣はというと評価制度を入れた時も止めた時も、特に大きな反応はありませんでした。良いも悪いもない。なぜなら、これ自体そもそも経営陣が求めていたことではなかったからです。評価方法に課題があったのは事実ですが、コンピテンシーの導入を求めていたわけではありませんでした。当時の私は、「言われたことをやる」ということができていないにもかかわらず、「自分がやりたいことをやる」ことが完全に先行していたのです。いま振り返ると、「曽山さん、あの頃はいろいろやりすぎていたよね」と他の役員に言われるくらい(笑)、自分中心で動いていたのです。

役員の「ありがとう」が変えた仕事スタイル

―― では当時、経営から一番やってほしいと言われていたオーダーは何だったのでしょう。

曽山氏:ある明確なオーダーがありました。「メンバーを委縮させてしまう管理職がいるので、どうにかしてほしい」というものです。私が人事本部長に就任した当時は命令型の管理職が多く、部下が委縮したり、相談相手がいない状態に陥っていたりするという課題がありました。とはいえ、その管理職は管理職で、業績をしっかり上げようと頑張っているわけで、一方的に厳しくすればよいという問題でもない。

―― そこで、第三者として人事が出ていくわけですね。当人に理解してもらうためにどう接すればいいか難しそうですが...。

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株式会社サイバーエージェント
取締役 人事本部長 曽山 哲人 氏

曽山氏:そうです、なかなか大変です。 その管理職に「厳しすぎるからスタイルを変えて」と言わなければいけない。私はまず徹底的にイメージトレーニングをしました。何から話すか、どんな反応するだろうか、など、とにかくあらゆるケースを想定しました。そこで行き着いた方針の1つは、『率直に言う、ただし本気で相手のことを考える』。彼はこのままだと、評価されず給与も上がらず、いずれ居心地も悪くなってしまう。彼になったつもりで、どう言われたら頭に来るか、またどう言われたら譲歩するかを考えて面談に臨みました。役員からのアドバイスにもあったのですが、難しい交渉の場の場合は『結論は1つだけ』と決めておくのも大事なポイントです。相手がキレ型の人だと逆ギレに圧倒されて、途中でこちらの気持ちが萎えてしまい本題を忘れてしまうことすらあります。そこで先送りなどになると、次回には余計理論武装されてしまうので、1回目でどこまでわかってもらえればOKかを決めておくのです。幸いにも、この戦法で、伝えたかったことは相手に伝わりました。

―― この取り組みに対して、経営陣の反応は?

曽山氏:「ありがとう!」と言われました。役員からの「ありがとう」がこんなに嬉しいものなのかと驚きました。そこからです。経営陣のオーダーに"満額回答"することが大事だと気づき、役員からオーダーがあったら、そのセリフを一言一句違わずメモするようになりました。そのセリフを、ミーティングや資料の冒頭で必ずメンバーとも共有する。そうすると、ミーティングの場でも、議論がブレません。それまでは、オーダーを受けて解決案を持っていくと、「あれ? この前言ったことと違うよ」と言われることがよくありましたが、セリフをメモするようになってからはスムーズに事が運ぶようになりました。何か人事制度を考える際にも、その材料となる資料やホワイトボードに経営陣のセリフをそのまま書き出して常に目に入るようにしています。

月80人の社員との食事も、実は最初はコワかった

―― 経営層とのスムーズなコミュニケーションはこうして築いてこられたのですね。
社員の方とも、月80人以上とランチや夕食に行ってらっしゃいますが、それもこの頃から?

曽山氏:そうですね。当社は経営陣と現場社員の交流の場が多いこともあり、当時、「●●君がPCの動作が重いって言ってたから改善してあげて」といった細かいことも役員が現場からキャッチし、私にパスがくることが多かったのです。自分は人事なのだから、最低でも役員以上に現場の声を拾わなければと思い、これも仕事だと決意して社員とのランチを設定するようになりました。最初は断られたらどうしよう...という不安もありました。当初は社員からも「曽山さん、今日は何を聞きたいんですか? 何のヒヤリングですか?」なんて疑われることもありましたが、根気強く誘い続けてみると社員との食事の場はヒントの宝庫でした。「業務が止まらないようにインフルエンザの予防接種を導入してほしい」というエンジニアの意見や、「共有閲覧用に技術書を購入したい」という内定者の意見、「PCが重いので変えてほしい」という社員の意見など、ランチでつながった関係性のおかげで耳に入ってくる課題は増え、実際に解決もしてきました。PCなどは高額ですが、交換することで期待できる生産性向上は計り知れませんから見過ごせません。

―― そうですね。ちなみに、人材管理の観点だといかに効率化するかが焦点になりますが、組織力の観点だと生産性向上が焦点になります。効率化はモチベーションを下げますが、生産性向上となると社員のモチベーションも上がります。

曽山氏:確かにそうです。"才能を引き出してパフォーマンスを上げる環境づくり"も人事の大事な役目。社員の才能を引き出し、業績を上げることができれば成功です。そうでないなら何をしていてもダメ。それが、いま人事として私の考え方の軸になっています。

※次回は、サイバーエージェントが過去経験した2度の大規模事業転換において、どのように風土変革してきたのかをお伝えします。


soyama_profile-150x150.png■ 曽山哲人(そやま・てつひと)氏
株式会社サイバーエージェント 取締役 人事本部長
1999年、株式会社サイバーエージェント入社。2005年、人事本部設立とともに人事本部長に就任し、2008年から取締役。「採用・育成・活性化・適材適所」など人事全般を手がける。著書に、「クリエイティブ人事~個人を伸ばす、チームを活かす~」(光文社新書)、「最強のNo.2」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。

※内容・肩書等はすべて取材当時のもの。


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