当クライアント企業では、祖業の技術を軸とした事業構造からの転換を図り、他事業へ多角化を進める中で、多様な人材の育成・定着・活用の必要性が高まっていました。それに伴い、企業価値を生み出す源泉として人的資本、とりわけ人材の定着や組織成果に直結しうるエンゲージメントに着目し、エンゲージメントサーベイの実施と進め方を模索されていました。
また、「人材版伊藤レポート」の公表(2020年9月・2022年5月)、「コーポレートガバナンス・コード」の改定(2021年6月)といった人的資本経営や情報開示の注目度が増す中、サーベイ結果と経営・人材戦略とのつながりをストーリーで示すという点を特に重視されていました。
これらを踏まえ、社外知見や他社事例も踏まえた幅広い検討の必要性が高まり「サーベイの設計・実施」「サーベイ結果の社内外への開示」の2テーマでのアドバイザリ支援を行いました。
同社にとってエンゲージメントサーベイは初めての試みとなるため、外部パッケージを活用するか、それとも、企業の状況に応じて設問項目を作成できる柔軟性が高いスクラッチ型とするかといった実施手段に関する検討から始めました。スクラッチ型における設問設計上の要諦や、パッケージ型とスクラッチ型それぞれのメリットや留意事項、関連する他社の事例をはじめとする情報提供を行いながら、意思決定をサポートしました。
最終的に自社の課題認識に合わせた設問設計のニーズが高く、且つ、「統合報告書」への開示準備を早急に行う必要があったことから、スクラッチ型での設計および自社内での集計・分析を実施することとしました。
設問設計にあたっては、設問設計の最終化まで支援を行い、「結果と要因の構造化ができているか」「戦略との紐づきや一般的・学術的観点からの設問の抜け漏れがないか」「回答ブレを誘引しにくい設問になっていないか」など多様な観点から検証し、修正案および最終化に向けたアドバイスを提供しました。
統合報告書開示にむけてスピード感のある検討が求められる中で、アドバイザリ開始から約2か月という短い期間で実施方法の合意形成に加え、設問設計・実施までを完了することができました。
今回の支援では、実施したサーベイ結果をどのように社内外に開示するかが大きなポイントでした。
まず、投資家をはじめとした社外ステークホルダーに向けた「統合報告書」への開示内容について、一般的な人的資本開示の動向や他社の先進事例を示した上で、「どの情報を何のために掲載するのか」を軸にディスカッションを重ねながら初期案をまとめました。
ともすればサーベイ結果のみをそのまま掲載することに重点が置かれがちですが、ステークホルダーが理解を深め期待感を高めて訴求力につなげるには、エンゲージメントは企業価値に直結する人的資本の一つであるという位置づけを明確にする必要があります。その上で、結果指標と要因指標の関係を明らかにしながら、価値向上に向けた取り組みを示したストーリー構成とすることが重要です。
また、当プロジェクトでは、経営戦略・人材戦略などとの整合性も検証しながら、開示内容の検討を行いました。
図表1 経営戦略・人材戦略とつながるESサーベイ結果指標の開示
社内開示においては社員行動の変革や組織変革の機運を高めることを主たる目的として、「WHY(目的)」「WHAT(開示内容)」「HOW(手段)」の枠組みに分け、開示内容の検討支援を行いました。
まず「WHY」では、サーベイ結果を開示する目的を言語化し、「人への投資の強化」という会社としてのメッセージを盛り込む案をまとめました。
「WHAT」に関しては、開示手順にとどまらず、客観的事実として結果を提示するだけでは現場は変わらないという学術的理論のもと、結果に基づく「対話の場」の設計ポイントを提示し、対話による意味づけを行うことで社員の意識や行動を促すしくみについて検討を行いました。
さらに、階層別にフィードバックをしかける等、組織として変革の機運を高めるフィードバック手法やその手順・留意点といった「HOW」に関する情報を広く提供し、エンゲージメントサーベイのネクストアクションを後押ししました。
図表2 社内開示の目的(WHY)を起点とした開示内容(WHAT)検討イメージ
今回のプロジェクトのポイントは最終ゴールをサーベイの実施ではなく「人的資本と企業の成長や価値向上とのつながりをストーリー化する」点に置いたことです。常にこの最終ゴールを確認しながら検討を進めたことで、サーベイの設計・実施に加え社内外へのステークホルダーへの情報開示についても短期間で合意形成を図ることが出来ました。
最終ゴールを見落とすとミクロな視点になりがちです。ゴール設定の重要性を感じたプロジェクトであると同時に、手段を目的化せず、人的資本の開示を充実させるための専門的視点を加えながらクライアントの要望に丁寧に寄り添うことで、目的達成に必要な事項を明確に検討できたこと、経営戦略・人材戦略を起点としたストーリーの引き方が大事だと感じたプロジェクトでもありました。