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日本は憧れの就職先ではない
正しい危機感を持って
高度外国人材の採用定着対策を
河野 敬 氏
ビジネス展開・人材支援部
国際ビジネス人材課長
独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)
設立:2003年
日本国内988名、海外731名(2019年4月1日現在)
貿易・投資促進と開発途上国研究を通じ、日本の経済・社会のさらなる発展に貢献することを目指す。海外74カ所、国内48カ所のネットワークを活用し、海外ビジネス情報の提供、中堅・中小企業等の海外展開支援、対日投資の促進などに取り組んでいる。
https://www.jetro.go.jp/hrportal/
日本貿易振興機構(ジェトロ)といえば「対日投資促進」や「中堅・中小企業等の海外展開支援」などビジネス支援のイメージが色濃いが、近年は国内外のネットワークをフルに活用し、日本企業に対する高度外国人材の活躍推進も支援している。なぜ、ジェトロが《人材》の分野に参入したのか。その経緯と、支援を通じて見えてきた高度外国人材の採用・定着強化に必要な対策について、高度外国人材活躍推進プラットフォーム事業の責任者である河野敬氏に語っていただいた。
ジェトロが高度外国人材の活躍推進に参画する理由
ジェトロは、企業に対する貿易や投資支援が中心で、直接、人材に関する支援を行うことはありませんでしたが、支援企業からはしばしば「海外進出に当たっての担い手不足」が課題に挙がっていました。そんな折、「『日本再興戦略』改訂2014 ―未来への挑戦―」が2014年6月に閣議決定され、2015年に発足した「外国人材活躍推進プログラム」に名を連ねることになったのです。
日本政府は2009年頃から、高度外国人材ポイント制の見直しや新在留資格「高度専門職」の創設など制度整備を進めてきました。しかし、制度自体の周知不足が課題であったため、ジェトロは「外国人材活躍推進プログラム」の一環として関係省庁と連携し、企業への情報提供に取り組んできました。
2018年6月に閣議決定された「未来投資戦略2018―『Society 5.0』『データ駆動型社会』への変革―」では、高度外国人材や留学生受け入れに関して明確な数値目標がKPIとして示され、さらなる外国人材活躍推進が求められました。そこで、各施策の有機的な連携を図る仕組みとして、ジェトロに「高度外国人材活躍推進プラットフォーム」が設置され、新たな取り組みがスタートしたのです(※1)。
※1「高度外国人材活躍躍進プラットフォーム」始動に伴い、「外国人材活躍推進プログラム」は廃止
「高度外国人材活躍推進プラットフォーム」とは
具体的な取り組みは、大きく分けて3つあります。1つ目は、【高度外国人材受け入れ施策の有機的連携】です。60~70の国内大学・専門学校やさまざまな団体・組織と連携して、外国人学生と、高度外国人材を必要としている中堅・中小企業や地方の企業を効果的にマッチングしていく取り組みを行っています。例えば、海外のジョブフェアや留学フェアにおいて日本企業がプレゼンする機会をつくり、海外の大学生に日本企業を知ってもらったり、日本での就職を見据えた日本留学の魅力をアピールしたりしています。また、日本には現在約30万人の留学生がいますが、日本で就職を希望しても就職できていない実態があるため、全国の大学やハローワークと連携して、企業と留学生をつなぐサポートも行っています。
2つ目は、【ポータルサイトを通じた情報発信と、ワンストップサービスの提供】です。高度外国人材や留学生、日本企業に対し、問い合わせに一元的に答えるサービスの提供やウェブサイト「高度外国人材活躍推進ポータル」を展開。ポータルサイトでは、イベント情報や採用から定着までの段階別情報などを、高度外国人材・留学生と企業の双方の視点でまとめて日本語と英語で発信しています。海外では就職活動という概念がなく、日本語がネックになることも多いため、ポータルサイトの意義は大きいと考えています。なお、現在(※2)ポータルサイトに登録している企業は104社です。
3つ目は【外国人採用を検討する中堅・中小企業に対する伴走型支援】です。5~6年前までは高度外国人材の採用を行うのは大手企業が中心でしたが、今は中小企業も増えています。ジェトロの専門相談員が、高度外国人材の採用を考える企業を訪問し、採用戦略の整理から、ロードマップへの落とし込み、着手すべき具体的施策のアドバイスなど、採用から定着までを継続的にサポートします。専門相談員は7名(※2)で、200社ほどの支援を行っています。2020年度は相談員を12名に増員し、支援を拡大します。
※2 2020年2月取材時点
高度外国人材の採用成否の分かれ目
これまでの支援活動を通じて、高度外国人材の採用・定着に成功している企業にはいくつかの共通点が見えてきました。採用・定着フェーズごとに事例を挙げながらお話しします。
まず「採用フェーズ」では、3つのポイントが挙げられます。1つ目は、「外国人材の採用目的を明確にすること」です。ただ単に「人手が欲しいから」という目的では失敗します。海外進出や事業拡大、インバウンド対応など、企業によって採用意図はさまざまですが、いずれにしても「外国人材の採用において求める付加価値」に重点を置くべきです。
良い事例は、工業用ガラスの卸売り事業を行う東京都品川区の前田硝子株式会社です。同社は10年ほど前に中国製品の輸入を始めました。代理店を介してビジネスを行う中で、通訳頼みでは思うように交渉を進められず、「言語を堪能に操れること」と「ビジネスの交渉力」は異なることを痛感します。そこで、採用する外国人材には「ビジネスの交渉力」を求めることにしました。その結果、複数の高度外国人材の採用に成功。現在、価格交渉や現地法人の立ち上げなどを中国や韓国出身の人材が担っています。
2つ目のポイントは、「外国人材の採用方針を縦串(社長―社員)と横串(事業部門間)で共有すること」です。高度外国人材の採用・受け入れに成功している企業では、採用意図が社長からメンバー社員に至る「縦串」と、人事部や受け入れ先の事業部など関連部門間を貫く「横串」で、しっかり共有されています。こうした社内における目的意識の擦り合わせがとても重要です。
3つ目のポイントは、「外国人材の役割や仕事内容、企業の魅力を整理し、きちんと発信すること」です。外国人材はジョブ型雇用が前提であるため、役割や仕事内容が明確でない日本型雇用に不安を覚えます。すぐに雇用の在り方まで変えるのは難しいですが、キャリアステップの見える化は最低限必要です。また、外国人材に向けた企業ブランディングも欠かせません。日本企業に自社アピールを書くようお願いすると、多くが「会社概要」や「我が社のモットー」を書こうとします。果たして、それで外国人材に働きたいと思ってもらえるでしょうか。ひとつの事例として、東北大学の留学生向け「地元企業の求人広告を作るインターンシッププログラム」をご紹介します。留学生が作る広告には「入社すれば、どのような仕事を任せてもらえて、どのような点が楽しいか」など外国人目線の魅力が並ぶそうで、会社のスペックよりも「入社後、何ができるか」のほうがずっと有益な情報であることが分かります。また、外国人材の雇用状況も注目されています。雇用実績があれば、活躍している外国人材を紹介するのも有効でしょう。
既存の日本人社員が外国人材定着の鍵を握る
「定着フェーズ」におけるポイントは、「外国人材と一緒に働く日本人社員に対するサポートの強化」です。特に有効なのは、他社の取り組みを知り、実践してみることだと思います。実際に《生身の人間》を受け入れることで見えてくることがありますから、当事者同士で話し、気付き合うことが重要だと考えます。
多くの企業は、ジョブ型の評価制度やメンター制度、給与体系、福利厚生といった制度改革に取り組もうとします。もちろん今後、外国人雇用を進めていくのなら、パフォーマンスと処遇の相関性が高い評価制度などを整えるべきだと思います。しかし、枠組みを整えても運用がうまくいかなければ意味がありません。それよりも、外国人雇用の方針について日本人社員と意識を擦り合わせ、全員が腹落ちする状態をつくることが先決です。
外国人材のインターンシップの実施は、社内の認識合わせに効果的です。いきなり本採用から始めると「誰が育成するのか」など社員が戸惑い、ハレーションが生じてしまいがちですが、短期のインターンシップであれば期間中に良い経験をしてもらおうと歓迎ムードで迎えることができます。インターン活用における良い事例は、複合機やプロダクションプリンターに使用する高精度歯車を製作する神奈川県横浜市の光輝化成株式会社です。ベトナム進出を検討していた同社では、社内に単身赴任できる人材がいなかったため高度外国人材の採用を検討。しかし、採用前にまずは日本人社員が外国人に慣れることが先だと考え、人材募集前にベトナム人留学生のインターンシップを行いました。インターン生たちとの交流がきっかけで、日本人社員のベトナムや外国人採用に対する理解も深まったといいます。その後、インターン生のうちの1人を社員として採用。
現在、幹部候補として活躍中で、いずれベトナム進出のキーパーソンになると期待しています。
高度外国人材の活躍推進における重要なポイントの多くは、企業規模に関係なく共通します。電子部品、音響機器、カーナビゲーションの大手製造販売企業であるアルプスアルパイン株式会社は外国人雇用が進んでいることで有名ですが、ここまで述べたようなことを地道に10年がかりで取り組んでこられています。そのような先進的なアルプスアルパイン社でも、いまだ「道半ば」だとおっしゃっています。企業規模を問わず、日本企業は外国人雇用に関して、まだまだ知見を積み上げていかなければならない段階にあるといえるでしょう。
日本はもはや憧れの国ではない正しい危機感と継続的発信が必要
本活動やジェトロの海外拠点からの情報を通して見ると、今やアジアの国・地域の若い人材が最も希望する留学先・就職先が日本でないことは明白です。最近は中国や韓国、シンガポールの人気が高まり、過去多かったタイやマレーシアからの留学者数も減少しています。インドからの留学生に至っては、中国が2万人であるのに対し、日本は千数百人しかいない。また、日本の家賃や生活費が高いため、賃金からこれらの費用を差し引くと、結果的に母国で働く場合と同じレベルだったという事態が生じています。日本企業にはこのような状況に対する危機感がまだ十分になく、むしろ外国人材を人手と捉え「雇ってあげている」と考える企業のほうが多いとさえ感じます。日本はもはや憧れの国ではない、という危機感を正しく持つべきです。
とはいえ卑下ばかりする必要もありません。これまで培ってきた日本ブランドはまだ健在な部分もあるため、これを維持し、さらに高めていく努力を怠らないことが大事です。そのためには、一人でも多くの外国人材に日本企業で働きがいや楽しさを感じてもらうこと。そして、しっかり情報発信をしていくことが欠かせません。もはや待っているだけでは、日本は選ばれなくなっています。残された時間はそう長くないことを自覚しつつ、外国人材と共に成長への道を切り拓く日本企業が今後一層増えていくことを願うばかりです。
※本記事は、機関誌HITO 第15号『開国、ニッポン! ~試される日本企業、外国人材に選ばれるにはどうするか~』からの転載です。