公開日 2025/02/26
前回のコラムでは、アカウント型ソリューション営業において、FS(フィールドセールス)、いわゆる営業担当者の負担となっている業務や、さらなる成果のために新たに加わったプロセスや活動も含めて着実に実行していくための「業務仕分け」について考えました。また、アカウント型ソリューション営業における業務仕分けにおいては、IS(インサイドセールス)およびCS(カスタマーサクセス)を含めた役割の再定義が必要である、とお伝えしました。
さて、業務仕分けや役割の再定義が進むことで、従来FSが担っていた「お客様ごとに個別の事情を知る必要がある業務」について、必然的にISやCSもその業務の一部を担うようになっていきます。そして、個別の顧客、特に重点顧客について、「何をどこまで知っておく必要があるのか?」を明確にし、共有する必要が出てきます。そこで有効活用したいのが、重点顧客ごとに関係構築や取引拡大のために策定する「アカウントプラン」です。効果的なアカウントプランの策定のために考えるべき要素は実に多岐にわたりますが、今回は策定において特に重要な要素と、FSのためだけではない営業部門全体での活用イメージに的を絞って解説します。
第二回のコラムでも少しお伝えしましたが、MA(マーケティング・オートメーション)が普及したことで、顧客の興味関心を把握することが容易になりました。そして顧客によるWEBサイトの閲覧履歴をもとに、ISがFSに対して、「この人がこのページを見ているから、このニーズが発生しているのではないか?」と働きかけをし、顧客訪問を促していく、といったことがあたり前のように行われています。CS側でもユーザーサポートで顧客と直に接する中で見聞きしたことから、課題・ニーズを察知してFSに情報共有する、といったことは、分業化が進む営業部門においては基本的な連携の形です。
一方で、ISやCSから顧客についての情報をFSに共有しても、なかなか動いてくれない、といったことはないでしょうか。要因は様々あると思いますが、その一つとして考えられることがあります。それは「その情報が、FSが認識している顧客の個別の事情や、FSが今やるべきと考えているアプローチと必ずしも合っていない」、ということです。(図1)
図1:IS・FS間の認識の違いからくる連携の不具合
MAや直接のやりとりの中で個別の顧客が示す兆候に都度対応しているだけでは、このような連携の不具合を解消することはできません。そこで必要となるのがアカウントプランです。
アカウントプランは、特に重点的に対応していきたい顧客企業について、短期・中期という時間軸の中で、自社としてどのように対応していくのか、という全体的な戦略です。アカウントプランによって、ISやCSはそれぞれの立場で得た情報が戦略全体の中でどのような意味を持つのかを判断することができます。また、本来アカウントプランに責任を持つのはFSではありますが、連携による成果を創出するためにも、ISやCSがアカウントプランについてただ「知っている」だけでなく、IS・FS・CSの3者がそれぞれの役割による視点からアカウントプランを練り上げていくことが理想的です。
ここからは、実際にアカウントプランを策定するために必要な要素について考えていきましょう。
大前提として、アカウント型ソリューション営業の目的は、重点顧客である企業との関係性と取引の最大化です。営業側は、重点顧客について深く理解していること、その時々の顧客の言動を常に敏感に察知していくこと、そして対話によってさらに深掘りをしていくことが求められます。一方で、顧客は営業に対して、最初からなんでもかんでも教えてくれるわけではありません。営業に対して感じる信頼、価値、期待の度合いに応じて情報提供をするのではないでしょうか。だからこそ、営業側はアカウントプランの策定を通して、顧客以上に顧客を知り、顧客に何ができるのかを考え抜く必要があるのです。
では、重点顧客について何をどこまで知り、考えていく必要があるのでしょうか。図2は、アカウントプラン策定全体像と、策定のために必要な4つの要素を表したものです。実際はそれぞれの要素の中で、把握すべき顧客情報、それをもとに考えるべきこと、考えるための枠組みなど、お伝えしたいことは本当にたくさんあるのですが、ここではその中でもポイントとなる部分を取り上げることにします。
図2:アカウントプラン策定の全体像と4つの要素
要素①:上位課題
これは文字通り、重点顧客の上流、つまり経営・事業レベルでの課題を把握することです。アカウント型ソリューション営業では、顧客から何かしらの相談を受けて、単にその相談に応えているだけでは、単なる「ベンダーの中の一社」の立場を超えることはできず、顧客との関係性や取引を拡大していくことはできません。その相談はどのような経営課題から発生していて、事業においてどのような成果を求めているのかを考える必要があります。たとえば顧客の経営幹部との関係が構築できていれば、営業側も上位者どうしの面談を設けることで、経営・事業における直近の課題や中長期的な構想を直接聞くことができるかもしれません。しかし、すべての重点顧客においてそれができるわけではありません。顧客を中心とした「3C」(図3)などのフレームワークを活用して、顧客や顧客をとりまく環境について様々な情報を収集し、その顧客がどのような上位課題を持っているか仮説を立て、面談等で顧客に問いかけながら仮説を検証していく必要があります。またそのように顧客への理解を深めることで、より将来性や拡張性のある提案につながり、さらに連携しなければならない関係部門が明らかになるなど、提案の幅が広がります。
図3:顧客のビジネス構造を考える
要素②:解決部門の課題と提案可能性
顧客は上記のような「上位課題」を解決すべく活動を行うわけですが、顧客の中には上位課題の解決を担う大小の組織(ここでは「解決部門」と呼ぶことにします)があるはずです。そこで営業側は、現状の取引の有無にかかわらず、顧客の中にどのような解決部門があるのかを網羅的に洗い出します。そのうえでそれぞれの部門が上位課題の解決において担う役割、そこで発生している課題、そしてその課題を解決する可能性のある自社の商材の機能、という観点で掛け合わせると、自社と取引があってもおかしくない領域(部門×商材)なのに取引がない「ホワイトエリア」が存在していることがわかります。(図4)
図4:「解決部門」と「提案可能性」の整理(例)
なぜこのような情報の整理が必要かというと、その顧客に対する提案の可能性を漏れなく把握することが、関係性と取引の最大化に直結するからです。重要なポイントは、このような提案の可能性、つまりあらたな取引が生まれるのではないかという「仮説」を、抜け漏れなく網羅的にリストアップしておく、ということです。私はこれを「仮説ストック」と呼んでいます。なぜ仮説ストックが必要かというと、実際に攻略のためのアクションを取るか取らないかは別として、あらゆる可能性が仮説として頭の中に入っていないと、顕在的あるいは潜在的なニーズの存在をスルーしてしまうからです。顧客の機微をスルーせずに気づくことができるかどうか。これは一見センスの問題のように思えますが、実際は様々な仮説が頭に入っているからこそ、顧客のちょっとした言動や変化に気づいて対応できるのだと思います。
このように重点顧客の「上位課題」、そして「解決部門の課題」を整理し、営業部門の中で共有することで、どのような変化が期待できるでしょうか。たとえば、CSがサポートを担当しているソリューションが、顧客の上位課題とどのようにつながっているかを深く理解できていることで、「その課題の解決のために、他にどんなサポートが必要か?」という問いを常に意識しながら、積極的に情報を拾いあげることで、サポートの幅を広げ、顧客にとっての価値をより高めることができるでしょう。
一般的に「アカウントプランの策定」というと、上記の図4のような重点顧客ごとの「提案可能性」を整理したものであり、そのベースとして顧客の上位課題や解決部門の課題についての分析を行う、というイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。そのイメージは間違ったものではないのですが、「重点顧客である企業との関係性と取引の最大化」という目的、そして実際の受注・契約獲得という成果を追求するために、顧客理解の深度、そして顧客に対するアプローチ計画の具体性のレベルをもう一段階上げたいところです。そこで必要となる要素を二つご紹介します。
要素③:意思決定関係者と関係構築計画
「意思決定関係者」については、すでに第二回のコラムでお伝えした通りです。顧客の組織の中には、「なんらかの役割を担った個人」が複数・多数いて、それぞれの役割において日々何かに問題とその解決の必要性を感じています。また組織としての購買における役割については、「起案(稟議)⇒決裁」という、組織のオフィシャルな手続きに関わる人の他にも、「起案や決裁に影響を及ぼすであろう人たち」の存在も忘れてはいけません。
それらの要素に加えて、アカウントプランでは、意思決定関係者との関係構築をさらに効果的に進めるために、個々の特定の人に関する個別の情報を把握したいところです(図5)。購買側では多くの関係者が意思決定にかかわり、複雑なプロセスに沿って合意形成がなされます。そのような状況では、単に「提案内容が良い」というだけでは商談は進捗していきません。意思決定関係者の役割や特性に沿った関係構築と合意形成のシナリオが必要です。「関係構築計画」では、そのような相手の特性もふまえたうえでどのようにアプローチしていくかについて考えていきます。
図5:意思決定構造と個別情報の整理(例)
意思決定関係者の役割と特性への理解が求められるのは、FSだけではありません。たとえば、ISが重点顧客の「上位課題」「解決部門の課題」とあわせて「意思決定構造」「意思決定スタイル」などを把握しておくことで、WEBサイトの閲覧行動を分析しながら、「この閲覧行動は、上位課題の中で何を意味するのか?」「この興味関心は、どのくらいの重要性と緊急性があるのか?」といったことを推察し、FSに対して的確な働きかけが行えるようになります。
要素④:商談化・攻略計画
「商談化・攻略計画」では、上記①②③の要素をふまえたうえで、実際の営業活動として何を、どんな方法で、どのようなスケジュールで商談の機会を創出し、提案・受注へと進めていくのかについて考えていきます。この計画については、第三回のコラムでお伝えした「基軸営業プロセス」の考えと同じく、営業側のプロセスだけではなく顧客側の購買プロセスをふまえたうえでの計画であることが必要です。基軸営業プロセスは、自社の営業活動の基本形として、進捗状況の確認や今後の進め方の指針として策定されるものです。一方で、アカウントプランにおける商談化・攻略計画は、基軸営業プロセスをベースとしつつ、さらに「個別の重点顧客においてはどうか?」という観点でプロセスや個々の活動をシナリオ化していきます。
商談化・攻略計画において重要なポイントは、「キーアクション」という考え方です。キーアクションとは、営業活動の進捗状況を客観的に判断する尺度となるものです。言い換えるならば、顧客にどこまで受け入れられたかという「マイルストーン」、あるいは受注・契約に至るまでに存在するいくつかの「関所」のようなものです。アカウントプランでは、そのようなキーアクションは何かを考え、そのキーアクションにいつまでに到達するのか、明確な期日を設定し、リードタイム(期日までに与えられた期間)を把握していきます。(図6)
図6:「キーアクション」の設定と受注時期からの逆算計画(例)
このように商談化・攻略計画をキーアクションとともに策定して営業部門内で共有することで、たとえばISは受注に至る過程の各要所で顧客の意思決定関係者に対して的確な情報を提供することができます。また、「予定より早く○○できているから、概ね順調だ」といった段階的な達成感や、「年末までに受注したいのに、○○できてない!」といった危機感を営業部門全体で共有することができるようになります。
今回は、アカウントプランの策定において特に重要な4つの要素と、営業部門全体での活用イメージについて解説しました。アカウントプランで把握すべき顧客情報、それをもとに考えるべき戦略の内容は、上流から下流まで実に多岐にわたります。またISやCSはもちろんFSも含めて多くの人にとって決して簡単ではないアカウントプランを、営業部門全体で効率的に練り上げていくためには、再現性のあるフレームワークと検討手順が必要です。パーソル総合研究所は、効果的なアカウントプラン策定のためのコンサルティングや、営業部門全体で取り組むワークショップを提供しています。ご関心のある方はぜひこちらの資料をご覧ください。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
株式会社パーソル総合研究所 シニアコンサルタント
河村 亨
Toru Kawamura
1990年、機械商社を経て(株)富士ゼロックス総合教育研究所(現パーソル総合研究所)に入社。営業・営業マネジメントを経て、SFAの現場定着や戦略実行をテーマとした営業マネジメント力強化コンサルティングに従事。「自ら考え戦略的に動く営業集団をつくる 3つのフレームワーク」、「Sales Enablement アカウント型BtoB営業における営業力強化」などを執筆。セールスフォース社との「訪問しない時代の営業力強化の教科書」を共著。
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