公開日 2022/10/12
SDGsの時代となり、投資先の判断材料としてESGを重視する投資家が増えている。人的資本経営もESGの「Social(社会)」と深くつながっており、人的資本経営に取り組む企業は株式市場での評価が高く、「強い企業」になっていくことができる。ではESGの観点から、どのように人的資本経営を考えていけばよいのだろうか。海外企業の事例を交えつつ、「ダイバーシティ」と「インクルージョン」をキーワードとして、ESG/SDGs時代の人的資本経営について慶應義塾大学の保田 隆明(ほうだ たかあき)教授に解説してもらった。
慶應義塾大学 総合政策学部教授
保田 隆明氏
1974年兵庫県生まれ。リーマンブラザーズ証券、UBS証券で投資銀行業務に従事した後に、SNS運営会社を起業。同社売却後、ベンチャーキャピタル、金融庁金融研究センター、神戸大学大学院経営学研究科教授等を経て、2022年4月から現職。2019年8月より2021年3月までスタンフォード大学客員研究員としてアメリカシリコンバレーに滞在し、ESGを通じた企業変革について研究。上場企業の社外取締役も兼任。主な著書に『ESG財務戦略』、『地域経営のための「新」ファイナンス』、『コーポレートファイナンス 戦略と実践』等。博士(商学)早稲田大学。
2019~2022年の2年間における日米企業の時価総額を比較すると、日本の全上場企業で15%アップだったのに対し、ビッグテック5社が上位を占める米国企業は90%ものアップとなっている。ここからわかるのは、日本企業の産業構造改革が急務となっている現状である。
株式市場ではROE(株主資本/株主からの預かり金に対し、何%利益を上げられたかを示す指標)が8%を超えると株価評価も高くなる。
強い企業にするには、ROEの数値を高める必要があり、ROEの数値を高めるには投資家が着目する人的資本経営への取り組みが必須。産業構造の改革を進めて成長へとつなげていくうえでも、構造改革後に対応できる人員の育成は必要だ。
そしてもうひとつ着目したいのが、機関投資家が非常に重視しているESGである。
ESGとは「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」の頭文字を組み合わせたもので、近年では投資判断における不可欠な指標となっている。
「日本企業が重視しているESG評価機関はMSCIとFTSEです。MSCIを例にすると、産業ごとに重要となるキーイシューが定められており、それをもとにスコアを決めるというのが評価手法です。IT企業と鉱山会社では当然ながらキーイシューも変わってきます。自社の業種だと、どこがキーイシューになるかを確認しておくと、情報開示も効率的にできるようになるでしょう」
アカデミックでの研究によると、ESGスコアがよい企業は、株価や業績がよくなるとの報告もあるという。また人的資本経営もESGの中の「Social(社会)」に含まれており、ダイバーシティはイノベーションと成長のドライバーとなり、ダイバーシティを追求している企業は「業績がよい」ことも明らかにされている。(図1)
図1.MSCIのキーイシュー
出典:「ESG財務戦略」(ダイヤモンド社)
では、グローバル企業ではESGにどう対応しているのだろうか。ここではシスコシステムズとネスレの2社を見ていこう。
まずはシスコシステムズであるが、特色は直近10年間をかけ、さまざまなM&Aによって事業ポートフォリオを社会およびテクノロジー環境の変化に応じてクラウド、セキュリティ、IoT、5Gなどの次世代型に変えていった。それを受けて、事業カテゴリーも次世代事業中心にアップデートした。事業カテゴリーを変えるということは、組織変更に柔軟に対応できる人的資本が重要になるということだ。
ESGスコアは世界トップクラスで、「Governance(ガバナンス)」と共にウェイトを置いているのが「Social(社会)」の53%である。そのうち、人的資本開発のウェイトはSocialの中でも一番高い18%を占めている。
MSCIレポートでは
といった点がポジティブに評価されている。(図2)
図2.日本企業へのヒント – 従業員の成長機会を設ける
出典:「ESG財務戦略」(ダイヤモンド社)
ネスレも、付加価値の低い事業を売却する一方で、栄養価の高い食品やサプリなど健康関連事業を買収し、事業ポートフォリオを変えてきた。
食品や飲料を取り扱う企業ということで、「Environment(環境)」への取り組みを重視しているのはもちろんだが、注目すべきは「Governance(ガバナンス)」の部分である。
ネスレの取締役会の構成を見ると女性比率が35%。国籍も多様だ。
「同社のアニュアルレポートには、2001年からダイバーシティ&インクルージョン、ハラスメントのない環境づくり、ウェルビーイングといった表現が登場しています。2001年の退職率は5%。社員の勤続年数が長くても組織や事業が硬直化していない背景には、早い時期から公正な雇用とダイバーシティ&インクルージョンを重視し、従業員を大切にし、実直に従業員に投資してきたからと考えられます」(図3)
図3.日本企業へのヒント―従業員への投資が強い企業の基盤となる
出典:「ESG財務戦略」(ダイヤモンド社)
ここまでをまとめると、ESG スコアで上位につけている企業は、「事業ポートフォリオがESG 型に切り替わってきた」、「人的資本マネジメントに秀でている」、「コーポレートガバナンス対応に優れている」という特徴がある。
これらは、多くの日本企業がいまだ道半ばとなっている部分だ。
また日本でのダイバーシティへの意識は「女性」や「年齢」に限定されがちだ。しかしダイバーシティには、性別、年齢、人種、言語、国籍、障害の有無など目に見える部分だけでなく、教育レベル、職務、勤続年数、経験、知識、価値観、宗教、性的指向といった目に見えないものもある。そこまで包括してダイバーシティを考えていくことができるかも、日本企業の課題といえそうだ。
クローズアップされがちな女性比率にしても、「女性比率10%を超えない企業では、業績パフォーマンスは低下する」とのアカデミアの報告もあるように、お飾りだけの女性登用はかえって逆効果になる可能性が高い。
「ダイバーシティのある組織を表面的に作ったとしても、そこにインクルージョンがなければうまく機能しません。反対にD&Iが浸透していくと、組織がイノベーティブになり、離職率が下がり、組織内の対立も減少し、ひいては業績や株価が上がることが報告されています」(図4)
図4.ダイバーシティとイノベーションによる売上比率の関係性
出典:「ESG財務戦略」(ダイヤモンド社)
そのようなD&Iに秀でた組織にしていくには、①システム的(システムをつくる)、②文化的(社員に浸透させる)、③行動的(声を吸い上げアクションにつなげる)の3つのアプローチと、行動変容のための「①アウェアネス・トレーニング」「②スキルビルディング」「③オリエンテーションと情報発信」「④グループでの対話」の4つのトレーニングがポイントになる。
アジリティのある組織にしていくためにも、人的資本を強化し、組織を変革していくことは欠かせない。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/interview/i-202208310001.html
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