公開日 2019/11/30
日時:2019年11月13日(水)9:30~10:30
場所:大手町サンケイプラザ3階
(日本の人事部主催「HRカンファレンス2019-秋-」をもとに構成)
変化が大きい昨今のビジネス環境では、慣れた場所から未知の場所へ移ること(トランジション)が常に求められています。企業内教育においても、自らの見方や考え方を変え、周囲により良い影響力を発揮できる「行動変容」が重視されるようになり、集合研修の狙いも、知識やスキルを習得することに留まらず、職場での「行動変容」を、期待する効果指標とするケースが増えてきました。
しかし、研修を終えた後の実践は本人任せになってしまい、参加者の意欲や行動の変化が長続きしないことがよく起こります。そのようなとき、研修でもっとインパクトを出さなければならないと考えがちですが、実は発達心理学の観点からみると、これが逆効果になり得ると言われています。「ピアジェ効果」というものです。これは、急激な発達を強いることによって成長がピタリと止まってしまう現象です。
人の成長曲線は非線形に時間をかけて大きな発達を遂げることができるものです。そこに照らし合わせて考えると、「研修という非日常の大きな気づきを定着させる方法」よりも、「日常での小さな学びの積み重ね」をデザインすることが、行動変容を起こすためには重要な考え方です。
図1.日常での経験の連続がもたらす成長
成人の学びの7割は経験から得られていることは、多くのリーダーシップ分野の研究でも明らかになっています。しかし、実際には、職場での経験から学ぶ循環がうまく回らないことが多々あります。
それはなぜなのでしょうか?
そこには大きく二つの障害があります。
一つは、「経験」をふり返ることなく、「経験」から次の「経験」へと単に繰り返すパターンです。やるべきことをただこなす状況では、経験からの学びに意識を向けることも、気づきを言語化することもできません。多忙感の溢れる職場では、「意図的に実践していない」、「ふり返りを習慣化していない」ことが、経験から学ぶうえで大きな障害となります。
もう一つの障害は「一人でふり返る限界」です。自分の見方・視点だけによるふり返りでは、敢えて自分の欠点に向き合うことを避けてしまうこともありますし、見ている範囲や着眼点に偏りが出てしまうことは否めません。
そして「ふり返り」ができたとしても、その「ふり返り」からの教訓をしまい込み、次の新しい状況に適用しなければ経験から学ぶサイクルは成立しません。このサイクル全てを職場任せにしていてはバラツキが出てしまうのは当然のことです。日常の職場活動を通じた経験からの学びのサイクルを支援することが、企業内教育に求められています。
図2.日常経験からの学びはなぜ難しいのか
「さまざまな場での学び経験」は、旅の道のりに例えることができます。さまざまな場を訪れて、いろいろなことを経験し、仲間と出会い、時には立ち止まり、道のりをふり返る、一つひとつが豊かな体験となります。
当社では、「ラーニングジャーニー」と呼ぶ、経験から学び、自分を更新し続ける学びの組み合わせを提供しています。集合研修・モバイルラーニング・オンライン会議と、職場での活動を組み合わせた構成で、日々の実践の中に、集合研修や他者とのかかわりを埋め込んでいます。マイクロラーニングプラットフォームUMUや、オンライン会議ZOOMなどのデジタル技術を活用して時間や距離の制約を超えた場をつくり、経験を通した学びを促進します。
図3.ラーニングジャーニーの構成例
ラーニングジャーニーでの学びを効果的なものとするためには、デジタル技術を活用した学びの形態を組み合わせることの他に、重要なポイントが4つあります。
よく起こる失敗は、研修の中では現場の課題を扱わずに、最後に現場での実行計画だけを立てるケースです。いつかできればいい、といった曖昧さがない具体的な場面を照らし続けて、学びと現実の課題を結ぶことが肝心です。
行動だけを強化しようとしてもうまくいきません。内面、つまり感情や思考・認知の枠組みに意識を向けることによって、状況をクリアにとらえて、行動を意図的に選択する土台をつくることができます。当社では、見方や考え方の発達を体系立てた成人発達理論を活用するプログラム(※)を提供しています。
(※)Lead My Challenge(リードマイチャレンジ)
成人発達理論に基づくリーダーシップの基本(若手中堅)
(※)Lead My Transition(リードマイトランジション)
成人発達理論に基づくリーダーシップの更新(ミドル)
ふり返りを書く際に起こりがちな戸惑いや億劫さを解消するためには、ふり返りの着眼点を定型化する方法があります。「できごと」「内面の気持ち」「改めてふり返って感じること」の三つをセットにする方法をお勧めしています。
コーチの役割の人が、参加者の一人ひとりに向けた言葉をかける、問いを投げかけることが、多様な観点でのふり返りを促進します。さらに、同じ旅の道のりを歩む仲間同士の交流が、経験からの学びを深めてくれます。
図4.ラーニングジャーニーを効果的にする4つのポイント
ある製造業での実践事例をご紹介します。その企業では、仕事の細分化、多忙感が溢れていて、個人は自分の仕事範囲にしか目を向けられず、解決すべきことは常に上位者や経験者に答えを求める状況が課題となっていました。
全員が日々影響力を発揮することを目指して、ラーニングジャーニーを取り入れ、「組織の成長を主導する」「人を動かす」「殻を破る」というテーマを定めて、3年間にわたる活動を展開しています。
当初は否定的な声もあったものの、一部にあらわれた前向きな変化が他の人にも影響を与えるという連鎖が生じ、徐々に、コミュニケーションの質やかかわり方に変化が生まれてきました。そして、取り組みをスタートして2年経ったときに実施したアンケート調査では、仕事に対する「挑戦性」や職場メンバーへの「受容性」など、いくつかの点で顕著な変化がみられました。より困難な状況であっても挑戦し、自己とは異なる他者の多様性を受け容れるマインドセットに好影響を与えたということができます。
そして、このような変化は、自律した個人が、他者とかかわりながらより高い成果を目指す組織基盤を強固にするものでもあるといえます。「挑戦性」や「受容性」の要素は、ワークエンゲージメントにも強い関連性があることがわかっています。ラーニングジャーニーを通してあらわれたこうした変化は、ワークエンゲージメントを高めるとともに、組織の持続的な成長に強くつながる意味を持つものです。
図5.当社のエンゲージメント・モデル
トランジションを可能にする学びは、一時的な大きな気づきではなく、「日常の経験からの学びの積み重ね」にあります。企業内教育の主眼は、デジタル技術を活用して参加者の実践に寄り添い、経験を通した学びを支援することに移りつつあります。企業内教育自体にもトランジションが必要です。企業内教育に携わる立場の方が、参加者の職場での日々の学びの積み重ねを支援することは、個人の変化とともに組織の持続的な成長に必ずつながります。
ラーニング事業本部 人材・組織力強化ソリューション部
高城 明子
Akiko Takagi
富士ゼロックスに入社後、法人営業、商品マーケティング、人材開発に従事。2007年から富士ゼロックス総合教育研究所(現パーソル総合研究所)にて、リーダーシップ開発および組織開発分野で、個と組織の自律的な成長・変革を促進するためのプログラム企画と実行支援を行っている。知性発達科学および成人発達理論の活用、チームの関係性開発、エスノグラフィーの活用に強みがある。CRRグローバル認定 組織と関係性のためのシステムコーチ(Organization & Relationship Systems Certified Coach)
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