公開日 2023/12/22
人的資本経営の推進により、ますます注目を集めている「キャリア自律」と「エンゲージメント」。だが残念ながら日本では、「キャリアは状況に応じて決まる」「将来の働き方は成り行きに任せたい」と考える社員がまだまだ多く、世界の国と比べても「キャリア自律」が十分に進んでいるとは言い難い状況にある。2023年11月9日に実施された第1回セミナーでは、社員のキャリア自律をどう促していけばよいのか、またキャリア自律はエンゲージメントとどう関係してくるのかについて、株式会社ビジネスリサーチラボの伊達 洋駆氏に解説していただいた。
「キャリア自律」という考え方が日本で注目を集めるようになったのは2000年代以降。その背景には労働力人口の多様化、事業環境のスピードアップ、情報技術の高度化、長期雇用の減少やワークライフバランス志向の高まりといった労働市場の変化がある。
こうした変化に対応していくため重要視されるようになってきたのが主体的なキャリア選択の必要性だ。90年代にアメリカで提唱され始めた「ニューキャリア論」を契機に、伝統的な会社主導型のキャリア形成からの転換が国際的に広まっていき、キャリアを主導するのは会社でなく個人、すなわち「キャリアの主人公は個人」との発想から「キャリア自律」の考え方が生まれた。
「とはいえ、いまひとつイメージしにくい方も多いのではないかと思います。そこでキャリア自律のイメージを高めるために、ぜひ知っておいていただきたいのがキャリア・アダプタビリティという概念です」 キャリア・アダプタビリティの定義は、「変化する仕事や環境に対して心理的に準備ができていること」。具体的には「関心(Concern)」「統制(Control)」「好奇心(Curiosity)」「自信(Confidence)」の4つのCで構成される。すなわち自分のキャリアに対してきちんと関心をもち、自分の職業生活に対しても自分で責任をもつ。さらに新たなことへの興味をもって探索し、自分はうまくやっていけると信じる――これが「キャリア自律」ということだ。(図1)
図1.キャリア・アダプタビリティを構成する4つの要素
では、自発的に自身のキャリアと向き合っていくキャリア自律度の高い社員になってもらうにはどうしたらよいのだろうか。「社内公募や社内ベンチャー、キャリア面談といった支援制度を整えていただくことを前提としたうえで、より大事になってくるのが上司の役割と本人の自己理解の2つです。とくに鍵を握るのが上司のサポートで、部下のキャリア自律を促すには4つの行動が大切であることが学術的にも明らかにされています」
4つの行動とは、「① 意思決定に参加させる」、「② 助言を行い、相談にのる」、「③ 希望する仕事を割り当てる」、「④ 上や横につなぐ」である。
「意思決定に参加できるとスキルや自信が高まり、会社のビジネスについて理解も深まります。また仕事を前に進めるための指導・助言、悩みや困りごとの相談に乗るといった情緒的な支援を行うことで、情報などの資源が得られるうえにストレスが軽減し、集中力が高まってキャリアについて前向きに考えていくようになる。それから部下が希望している仕事をアサインすることで、良質な経験を積むことができ、部下のモチベーションや専門性が高まっていきます」
さらには部下のネットワークを上や横に広げていく支援をすることで、ロールモデルを見つけやすくなり、自分にはなかった新しい視点や機会を得ることにもつながっていく。上司が4つの行動を意識して関わっていけば、結果的に部下のキャリア自律を促していくことができると言う。
ただし、「なんでもかんでも上司が支援する」というのは、上司も忙し過ぎて無理がある。そこであわせて重要になるのが「本人の自己理解」と「組織戦略との調和」だ。「自分の価値観、興味、能力といったものを社員自身がきちんと理解できているか。ただ『自己理解をしてください』では難しいので、アセスメント、メンターやコーチとの対話、定期的なパフォーマンスレビューなどで自己理解を間接的に促すことができます。一方で各々が好き勝手にキャリアを描いても、会社の組織戦略と一致せず、社員が望む仕事や適切な支援を提供できない、といったことにもつながります。個人面談やキャリア研修、キャリアコンサルタントへの相談などを通じて、組織戦略と個々人が希望するニーズとをすり合わせる機会も設けるとよいでしょう」(図2)
図2.組織戦略とのすり合わせで話し合うと良い内容の例
キャリア自律と同様に注目を浴びている「エンゲージメント」も、さまざまな解釈をもつ抽象的でむずかしい概念だ。キャリア自律との関係性を考えていく前に、まずはエンゲージメントについても、その概念を整理しておこう。エンゲージメントの定義は、産業界と学術界で若干異なる。
「産業界で言われているエンゲージメントの定義は、組織に対する愛着や一体感を含んでいる点が共通しています。学術的には組織コミットメントと言われているものです。他方の学術界では、情緒的に燃え尽きてしまうバーンアウトの逆の概念として定義しています。すなわち生き生きと活力をもち、熱意をもって仕事に取り組んでいる状態で、ワークエンゲージメントと呼びます」
つまりエンゲージメントとは組織に対する愛着や一体感を表す「組織コミットメント=個人と組織」と、生き生きと仕事に取り組んでいる「ワークエンゲージメント=個人と仕事」という二つの側面を持つ概念ということだ。(図3)
図3.エンゲージメントの二つの側面
ではエンゲージメントはキャリア自律とどう関係するのか。結論から先に言うと、キャリア自律が高い人ほど、エンゲージメントを構成する「組織コミットメント」と「ワークエンゲージメント」の2つも高いことが明らかになっている。キャリア自律はエンゲージメント向上の施策にもなるということだ。
だが一方で、「キャリア自律を促すことでキャリア選択の自由度が高まり、社員が離職してしまうのではないか」といった懸念もある。これに関しても一定の結果が得られている。
「キャリア自律の促進には、組織コミットメントや仕事の満足感が高まり離職意思が下がるといったプラスの影響があると同時に、他社でも通用する自信が高まって組織への依存が下がり離職意思が上がるというマイナスの影響もあります。気になるのはプラスとマイナスのどちらの影響が大きいかですが、これまでの研究では総じてプラスの影響のほうが大きいことがわかっています」
つまり離職意思を下げるほうに機能してくれるのである。ただしそれには条件がある。会社から支援してもらっているという感覚を社員が抱けることだ。そうした支援をきちんと行っていくことが、キャリア自律とエンゲージメントの高い社員を増やしていくことにつながる。
ここからは質疑応答で寄せられた質問からいくつかを取り上げて紹介していこう。
【Q1】キャリア自律を促す一つひとつの施策はやっているものの、全体としてはなかなかうまくいかない。組織として進めていくうえでのポイントはあるか?
「たとえば組織サーベイで平均値としてはいい結果が出ているけれど、部署や上司などを個別に見ていくと、できている・できていないがばらついているケースが結構あります。そのばらつきをしっかり把握し、できている部署や上司にヒアリングして、組織としての対策を明らかにし、できていない部署や上司に展開していくとよいでしょう」
【Q2】部下がしたい仕事ができるように希望を叶えてやりたいが、状況的に難しい場合はどうしたらよいか?
「上司のマネジメントということでは、〝環境が変わった〟と部下が実感できるような支援をしていくとよいと思います。ポイントは3つあります。まずは仕事を変える、仕事の中身を変える。これがむずかしい場合は関係を変える・認識を変えるが有効です。関係の薄かった他部署の人を紹介するなどして、普段コミュニケーションする相手を少し変えていくよう促したり、会社全体のなかで自分たちの仕事が何に貢献しているか、どんな意義があるかを伝えたりしていくと認識が変わり、〝環境が変わった〟と実感してもらいやすくなります」
【Q3】経営層に「キャリア自律」を説明したところ、「キャリア=昇進・昇格」のイメージが強く理解してもらうことができなかった。どのように説明したらよいか?
「説明の方式として大事なポイントは、まず過去を否定しないことです。今までは昇進昇格といったキャリアがある意味で合理的でした。それがなぜ合理的だったかをきちんと説明したうえで、その合理的だった条件が今は崩れつつあり、自身のキャリアに満足している、充実感をもつといった主観的なキャリア観がより重要になってきていると伝えることで理解してもらいやすくなります。加えてキャリアをうまく切り開いている社員の実例を伝えるのも有効です」
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
伊達 洋駆氏
Youku Date
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。
株式会社パーソル総合研究所 サービス開発部 部長
田原 卓
Masaru Tahara
大学卒業後、金融機関勤務を経て、富士ゼロックス総合教育研究所(現パーソル総合研究所)にて企業の人材開発支援に携わる。リーダーシップ開発や営業力強化の多数のプロジェクトに参画。2022年より現職。 パーソル総合研究所のATD認定プログラム責任者。ATDメンバーネットワークジャパンHPIスタディグループメンバー。実務教育学修士(専門職)。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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