公開日 2024/01/22
長い伝統を持つ光学機器メーカーから、医療事業に専心し、イノベーションと価値創造に取り組むグローバル企業へと進化しているオリンパス株式会社。全社的な変革に伴い、同社では自分自身がキャリアを築くという自律性が従業員に求められている。会社が変革期にあるとき、HRは従業員のキャリア自律をどう支援できるのか。2023年11月29日に実施された第2回キャリア自律セミナーでは、研修とキャリアカウンセリングを組み合わせたオリンパス独自のセルフ・キャリアドックについて、HRキャリアディベロップメントの大山義之氏にお話しいただいた。
オリンパスは2019年、「Transform Olympus」という企業変革プランを公表した。これは同社がグローバル・メドテックカンパニー(世界規模の医療機器の企業)へ飛躍することを宣言したものだ。
この年をスタートに同社では、2021~23年にかけて映像事業・科学事業の譲渡による医療事業への集中、海外の医療企業の買収などが進められ、同時に職務型人事制度(ジョブ型)の導入、社外転身支援制度(早期退職)の実施、評価制度・評価基準のグローバル統一化といった人事制度の変革も行われた。
「会社の変革はポジティブなものではありますが、それは従業員のキャリアにも影響を与えます。たとえば弊社では変革によって社内のグローバル化が急速に進み、上司や同僚が外国人であることは珍しいことではなくなりました。また事業譲渡や社外転身支援制度などで、昨日まで一緒に働いていた同僚が譲渡先の会社に移っていったり、会社を去ったりしていく姿を目の当たりにすることになりました。4年の間に従業員の多くが自身のキャリアと向き合い、深く考えざるを得なくなっていきました」
このような変化・変革を背景に、人事では現在キャリア形成の枠組みをつくり、従業員の主体的なキャリア自律を支援している。(図1)
図1.キャリア形成支援施策の全体像
全体構造は、まず自身のありたい姿をキャリアマネジメントシートで自己申告し、それをもとにメンバーと上司の間とで年1回キャリア面談を行い、実現のためのアクションに取り組んで、またキャリアをデザインするというサイクルで組み立てられている。
この中でキャリアカウンセリングとキャリア形成支援研修を組み合わせたセルフ・キャリアドックは、キャリアの棚卸しとありたい姿を描く=自律的キャリア行動を支援する施策として位置づけられている。
「大事にしているのは心や意識に関わる組織文化(ソフト)と人事制度(ハード)の両面からの支援で、この2つは車の両輪のようなものです。両面からの支援ができるセルフ・キャリアドックはそれらの両面の支援に関わっていて、変革期のキャリア自律支援の一つの手段として有効と考えています」
同社が目指すセルフ・キャリアドックの目的は4つある。「① 人事制度の活用促進」、「② キャリアの充実」、「③ セーフティネット」、「④ 組織課題の提起」だ。(図2)
図2.セルフ・キャリアドックが目指すもの
①と②は主としてキャリア形成支援研修によって目指しているもの、③と④は主としてキャリアカウンセリングによって目指しているもので、車の両輪である「制度」と「組織文化」を組み合わせ、個人のキャリア自律を支援していくというのが基本的な考え方となっている。
では具体的にキャリア形成支援研修とキャリアカウンセリングは、それぞれどのように進められているのだろうか。
研修は、新卒1年目・30歳・40歳・50歳と10年に1回の節目で定期的に実施。研修内容は年齢別に異なるが、基本の構造は統一されており、15分程度のeラーニング、1日のオンライン集合研修、キャリアカウンセリングの3つで構成されている。eラーニングは必須だが、集合研修とその後のカウンセリングは任意だ。(図3)
図3.キャリア形成支援研修の構造
オンライン集合研修を希望した社員には事前課題が送られ、研修当日は個人ワーク・グループワークで自己理解、仕事と環境の理解を深めていく。その後、実現したいキャリアとその方策を自身の言葉でワークシートにまとめる。
個人ワークからグループワーク、最後に全体共有というサイクルを通して、「自律的・主体的にキャリアを考える姿勢」「グループワークによる気づきや同年齢の人脈づくり」から「自身の考えや思いの言語化」につなげていくのが集合研修の狙いだ。研修中にキャリアデザインをワークシートにうまく描けなかったり、今後のキャリアに不安があったりする場合は、研修後のキャリアカウンセリングを勧めている。
「研修全体で大切にしているのが個の尊重と心理的安全性です。またキャリアカウンセリングとの連動では、仕事が忙しくて集合研修を受講できなかった社員にも、ワーク実習を盛り込んだ長めのカウンセリングを勧めています」
気になるのは必修のeラーニング後に、任意のオンライン集合研修を希望する人の割合だ。
「社員の半数が自ら手を挙げて研修を受けてくれています。任意参加の1日研修の受講率としては、それなりに高いほうではないかと感じています。もちろん全員に受けてほしい気持ちはありますが、参加を必須とすれば強制することとなり、自律とは相いれないと考えます。ですから、eラーニングを魅力的なものにして一人でも多くの人に受けてもらえるよう、コンテンツのブラッシュアップを続けています」
もう一方のキャリアカウンセリングは、研修後の希望者だけでなく、社内専用サイトからいつでも誰でも申し込みができる。対象者は海外駐在者や契約社員まで含む直接雇用の全従業員。上司の許可を得る必要はなく、就業時間中の利用も可能だ。基本は50分×1回のオンライン・カウンセリングで、対面を望む人には対面での対応も行っている。(図4)
図4.オリンパスのキャリアカウンセリングのしくみ
「重視しているのが守秘の約束です。カウンセリングは国家資格あるいは技能士2級の資格をもつHRの10名のキャリアコンサルタントが担当していますが、相談者の側からすると、このような話をしてしまって、後で自分に不利になることはないかという心配があっても不思議ではありません。ですから相談内容だけでなく、相談したことも知られることはないと、申し込み用サイトにも明記しています」
キャリアコンサルタントは年代もバックグランドもさまざま。カウンセリング技術の向上のため、年に1回外部講師を招いた2日間の研修を受講し、自身のカウンセリングを見直したり、対応できる相談の幅を広げたりするなど、それぞれが研鑽を続けている。
キャリアカウンセリングがスタートしたのは2022年度から。これまでの累計相談件数は529件にのぼり、2年間で対象者の8%強、12人に1人以上が利用している計算だ。
「相談の申し込みは入社1年目から定年後再雇用の方までまんべんなくあります。ポイントとしてあげたいのは、管理職からの相談が一定数以上あることです。管理職は部下のキャリアの支援者ですが、キャリアの悩みを抱えるのは管理職も同じ。管理職自身がきちんとキャリア支援を受けられれば、部下に対してもより良い支援ができると期待できるので、カウンセリングを通じた管理職への支援は非常に重要です」
カウンセリング後のアンケートも、「相談したいことを話せた」が89%、「こうした機会があることはよい」が95%と高評価を得ている。
「相談件数はキャリアに悩んでいる人の数でもありますから、多ければよいというものではありません。大切なのは必要としている人が利用できることです」と大山氏は言う。
「弊社の場合は会社の変革期でもあり、オンラインという相談のしやすさ、守秘義務の明記、カウンセリング技術の研鑽など、相談しやすい環境と機会を提供できたことで相談を必要としている人たちの受け皿になったと考えています。感染拡大による在宅勤務の急速な普及や職場内コミュニケーションの減少で、現在はキャリア相談へのニーズは潜在的に存在していると思います。実際に相談した人が〝相談してよかった〟と思える環境と機会を整えていくことが大事ではないかと思います」
ここからは質疑応答で寄せられた質問からいくつかを取り上げて紹介していこう。
【Q1】セルフ・キャリアドックなどキャリア支援で多くの施策を導入できた要因は? キャリア自律に着手できていない会社は、どこから/どの対象者から始めるべきか?
「推進する際には『人事部内や経営との合意』『実際に体制を整える』の2つがハードルとして考えられますが、会社の変革期で従業員のキャリア自律が大事であることを人事・経営と共有できた点と、人事の中でキャリア支援に熱意をもつメンバーを集め、力を借りる体制をつくれたことが大きな推進力になったと思います。自律性の高い個人はパフォーマンスも高いですから、キャリア自律の支援は個人のためにも会社のためにもなる、ということを全社共通の理解にしていくことから始めるとよいと思います。また、キャリア支援を最も必要としているのはミドル・シニア層と考えられますので、対象はこの層の方たちから始めるとよいのではないでしょうか」
【Q2】セルフ・キャリアドックに関し、管理職や事業部門からはどのような反応があるか?
「管理職の方からもキャリア研修やキャリアカウンセリングに対する評価は高いと感じています。事業部門にも活動が広く知られてきて、コラボレーションをすることもあります。たとえば数年に1回の全社エンゲージメントサーベイで、ある部署のメンバーたちがなかなかキャリアの見通しを持ちづらいとわかったとき、個々がありたい姿を描けるよう、キャリアカウンセリングを積極的に勧めたうえでキャリア面談を充実させるといったコラボレーション施策を実施したこともあります」
【Q3】セルフ・キャリアドックで必須にしているeラーニングでは、その後の任意の研修受講につなげていくためどのような工夫をしていますか?
「年代に応じたキャリアの発達課題というものがありますので、それに応じて調査データなどを活用し、『この先のことを研修で考えてみませんか?』と研修につなげていくようにしています。たとえば30歳向けのeラーニングなら、『30代の10年間は仕事において成長できる時期であり、仕事でもプライベートでもいろいろな変化に遭遇する時期である』ことを調査データで見せて、『その10年間を充実させるために、1日の研修で一緒に考えていきませんか』と呼びかけるような内容にしています。研修で続きを知りたくなる予告編のようなeラーニングですが、受講できなくてもこれだけは伝えておきたいという内容も含めています」
オリンパス株式会社 HR(人事)キャリアディベロップメント
大山 義之氏
Yoshiyuki Oyama
1989年にオリンパス入社。映像事業の国内・海外営業、フランス駐在、コーポレートの宣伝部長を経験したのちに、HRで従業員のキャリア支援を専任する。社内キャリアコンサルタントとして相談業務と、キャリア研修の企画、教材制作、講師までを手掛ける。筑波大学 大学院修了・修士(カウンセリング)
株式会社パーソル総合研究所 組織力強化事業本部 キャリア開発部 部長
小室 銘子
Meiko Komuro
大学卒業後、証券会社の営業、商社での企画職を経て、人材派遣会社にて広告宣伝、人材派遣の営業、コーディネーター、スタッフ教育、企業研修等すべての分野を経験。多くの女性部下をマネジメントしてきた経験を活かして、大手企業のダイバーシティ推進、女性活躍推進支援など、「職場で活躍する」社員育成のプログラム開発・セミナー企画・運営を得意とする。社会人大学院に通い、アカデミック領域と実務を繋げる研究に従事。2009年4月より現職。2020年4月から企業向けキャリア開発支援を担当。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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