ミドル・シニア人材のキャリアの停滞に対する組織の取組み
~「キャリア・プラトー現象」の観点から

公開日 2023/01/06

パーソル総合研究所では、ミドル・シニアの働き方や就業意識に関する実態の調査・研修、およびミドルからの躍進を支援しています。

前編*1ではミドル・シニア人材のキャリアの停滞について、昇進の停滞や仕事上の停滞の話がありました。後編では、キャリアの停滞に対する組織の具体的な対応策を検討します。

1.ミドル・シニア人材のキャリアの停滞に組織はどのように取組むべきか

キャリアの停滞のうち、現在以上の職位に昇進する可能性が低下する昇進における停滞(階層プラトー現象)の根本的な解消には、管理職位の増加、すなわち組織の構造・階層の改編や拡大が必要となります。そのためには、組織業績向上の必要もあり、多くの企業で簡単に行えることではありません。また、意思決定迅速化などのため、フラット化(課長職など職位の廃止による階層の削減)を採用する企業も増え、その観点からは逆行することになります。そこで、より対応しやすい仕事における停滞(内容プラトー現象)への取組みを中心に検討していきます。

2.仕事におけるキャリアの停滞に対する組織の取組み

① 副業の解禁

ミドル・シニア人材のキャリアの停滞への施策として考えられるのが副業の解禁です。副業の解禁は、2018年、働き方改革の一環として厚生労働省がモデル就業規則から副業・兼業を禁止する規定を削除したことなどを契機に広がってきました。日本経済団体連合会(2022)の調査*2でも、70.5%の企業が、自社の社員が社外で副業・兼業することを「認めている」(53.1%)または「認める予定」(17.5%)と答えています。他の調査結果をみても、2019年以降解禁(またはその予定)が急増していることが窺えます。これには、コロナ禍でテレワークが普及し、副業・兼業をしやすい環境が整ったことも影響しています。

キャリアの停滞との関係で注目すべきは、副業を行ったことによる効果です。同調査では、「多様な働き方へのニーズの尊重」(43.2%)と「自律的なキャリア形成」(39.0%)を挙げる企業が多くみられました。働く人の価値観の多様化とキャリア自律という考え方の広がりを反映しているといえます。副業をしている個人への調査でも、収入を増やしたいからという理由の他に、多くの調査で、本業へのプラスの効果が挙げられています。パーソル総合研究所(2021)の調査*3では、「視野が拡大した」、「新しいことを取り入れることに抵抗がなくなった」、「経験がないことにチャレンジする意欲が高まった」などが挙げられています。変化や刺激によるマンネリ状態の解消が困難になるミドル・シニア人材にとってプラスの要素が大きいといえます。普段の職場と違う環境で違った仕事をすることで、違った価値観を知り、自分の持つ新たなスキルや能力に気づく、その結果、現在の仕事が変わらなくても、マンネリ感の打破と新たな仕事に挑戦する意識の向上につながる、というサイクルが生まれる可能性があります。

これまで副業が一般的でない時代を長く過ごしてきたミドル・シニア人材は、無意識に本業一筋という働き方が望ましく、副業に良いイメージを持っていない人も多いかもしれません。しかし、社会環境の変化や政策的な配慮により、副業解禁はキャリアの停滞への重要な処方箋になりました。今後、解禁を考えている企業の場合、まずは、社内で他の職務に従事する「ダブルジョブ」を導入する施策も有効と考えられます。

図表. 副業による本業へのプラスの効果(あてはまる・計 %)

図表. 副業による本業へのプラスの効果(あてはまる・計 %)

出所:パーソル総合研究所(2021) *2

②社内人材公募制度

新規事業に進出する場合や、プロジェクトチームをつくる場合、担当職務をイントラネットなどに事前に開示し、従事したい社員を募集する制度です。組織側は、これまで把握できなかった能力をもった人材の発掘が可能になり、社員にとっては、能力開発意欲の向上につながります。これによって、現在の職務で停滞状態にある社員が新しい、希望する職務を担当する可能性が生まれるため、停滞防止に役立つ施策といえます。この制度は一見若手や中堅社員が中心のようにみえますが、複数の部門を経験してきたミドル社員にこそ必要といえます。社員の高齢化が進む中、50歳以上のミドル・シニア人材を対象とした制度もみられるようになってきました。例として、KDDI の「エルダー公募」制度(50歳以上が対象)や、オリックスの「45歳からのキャリアチャレンジ制度」・「シニア社員向け社内公募制度」(57歳以上が対象)などが挙げられます。

③リスキリング

近年、働く人のリスキリングへの関心が広がってきました。リスキリングとは、新しい職業に就くため、または現在の職務で求められるスキルの大きな変化に適応するため、必要なスキルを獲得または獲得してもらうことです。またリスキリングでは、組織が社員に行うマネジメントの側面が強く、内容も、現代の急速なIT化の進展を反映してデジタルスキルの獲得が中心になっています。わが国の企業でも、国内グループ企業全社員を対象にDX基礎教育を実施した日立製作所や、経理や人事など間接部門の社員も含め、全社員が業務でAIを活用できることを目標にオンライン講座などを設けたヤフ-など、広がりつつあります。

もともと、仕事におけるキャリアの停滞に陥りにくいミドル・シニア人材の特徴として、自身の専門性を活用していることが挙げられてきました。例えば、培ってきた専門性を活かして、業務遂行において直接価値を発揮している人材や、管理職であった頃、管理業務だけでなく、業務遂行に必要な専門性を磨いてきた人材がその典型です。

そこで組織には、ミドル・シニア人材の身につけてきた業務分野の専門知識、スキル、経験などの専門性と、現代どの分野でも必要とされるデジタルスキルとを結びつけてもらう役割が求められるのです。これによって身につけてきた専門性を社内で今後も活用できるようになり、中期的にも仕事における停滞から脱することが可能となります。

3.昇進におけるキャリアの停滞に対する組織の取組み

次に、対応が容易ではない昇進におけるキャリアの停滞への取組みについて、多くの企業で採用されている役職定年制度を中心に触れていきます。

①役職定年制度の例外をつくる

ミドル・シニア人材の昇進における停滞に関する制度として、一定年齢(50歳や55歳など)に達した管理職の役職を解く役職定年制が導入されています。社員の昇進が年齢や勤続年数をある程度考慮して行われている現状を考えると、将来の中核人材の昇進の停滞を予防する効果もみられるため、組織全体としては必要な施策といえます。役職定年後の処遇としては、管理職手当不支給や基本給減額など給与の減額が多く、職務内容も専門職的職務や後継者の指導役としての役割を任されることが多くなります。

役職定年になったからといって急に体力が衰えることはないでしょう。しかし「会社から期待されなくなった」という失望感を感じることが多く、最大の欠点と考えられるモチベーションやエンゲージメントが低下する可能性が高いのです。組織としても簡単ではありませんが、管理職として貢献してきたプライドを傷つけないよう能力にふさわしい仕事を与え処遇する必要があります。前編で触れましたが、有能なプラトー状態の人々の業績を低下させないよう、従業員ごとに配慮しながら個別対応していく必要があります。

また、この制度を廃止する選択肢もあり、近年その事例も増えてきました。その場合、前述した導入理由からいっても、入社年次を考慮した年功的な昇進を廃止していく制度設計が必要となるでしょう。また、廃止まで踏み込まないとすると、例外を設けることが考えられます。すなわち、非常に高い成果を挙げてきた管理職には、これまで以上に高い成果を挙げてもらうことを前提に、例外として役職への残留を認めるというものです。

②配置転換における工夫

役職定年になった社員の活用に成功している企業に共通している点として、経験のある職種、職場に配属されて仕事を続けている例が挙げられます。配置転換(異動)は多くの社員のキャリア形成において重要な施策です。その目的として、①能力に見合った職務への異動(適性配置)、②職務の再編成、③多様な仕事の経験による社員の能力の向上(キャリア形成)、④既存部門の拡大・縮小などが挙げられています(厚生労働省 雇用管理調査)。ジョブ型雇用を除けば、若手社員では③によるジョブローテーションの必要性が高いですが、ミドル・シニア人材では、①を中心にすべきです。そして役職定年前には、定年後に継続して担当する職務や部署に異動することが望ましいと考えられます。役職定年は、働く人のキャリアにおいて収入、権限などの役割が大きく変化するトランジション(移行)といえます。その場合、職務自体の変更も重なるというさらに大きな変化は避けた方が良いからです。

4.まとめ

人がマンネリ感を感じずに働きがいを感じ続けることはあり得ないかもしれません。ミドル・シニア人材のキャリアの停滞、特に仕事における停滞も同様です。しかし、組織が根気強く、次々と新しい刺激を与え続ければ、刺激による変化を受けにくくなっているミドル・シニア人材にも効く施策が見出されるでしょう。構造的な少子高齢化と人材不足状況にあるわが国の組織では重要なポイントといえます。

【文献】
*1山本寛 2022 ミドル・シニア人材のキャリアの停滞~「キャリア・プラトー現象」の観点から キャリア開発支援・モチベーション向上コラム
*2日本経済団体連合会 2022 副業・兼業に関するアンケート調査 週刊経団連タイムス 3564.
*3パーソル総合研究所 2021 第二回副業の実態・意識に関する定量調査

執筆者紹介

山本 寛 氏

青山学院大学経営学部 教授

山本 寛 氏

Hiroshi Yamamoto

人的資源管理論・キャリアデザイン論担当。博士(経営学)。メルボルン大学客員研究員歴任。働く人のキャリアとそれに関わる組織のマネジメントが専門。著書(単著)に、『連鎖退職』、『なぜ、御社は若手が辞めるのか』、『「中だるみ社員」の罠』(以上日経BP社)、『人材定着のマネジメント』(中央経済社)、『自分のキャリアを磨く方法』、『転職とキャリアの研究[改訂版]』、『働く人のためのエンプロイアビリティ』、『昇進の研究[増補改訂版]』(以上創成社)がある。著書(編著)に『働く人のキャリアの停滞』(創成社)がある。来年2月に『働く人の専門性と専門職意識』(創成社)を出版予定。
研究室ホームページ http://yamamoto-lab.jp/

  • Think Forward 2024 夏 -Part1-~パーソル総合研究所が選んだ海外HRトレンドとAPACにおける労働法制の解説~

おすすめコラム

ピックアップ

  • シニア就業者の意識・行動の変化と活躍促進のヒント
  • AIの進化とHRの未来
  • 精神障害者雇用を一歩先へ
  • さまざまな角度から見る、働く人々の「成長」
  • ハタチからの「学びと幸せ」探究ラボ
  • メタバースは私たちのはたらき方をどう変えるか
  • 人的資本経営を考える
  • 人と組織の可能性を広げるテレワーク
  • 「日本的ジョブ型雇用」転換への道
  • 働く10,000人の就業・成長定点調査
  • 転職学 令和の時代にわたしたちはどう働くか
  • はたらく人の幸せ不幸せ診断
  • はたらく人の幸福学プロジェクト
  • 外国人雇用プロジェクト
  • 介護人材の成長とキャリアに関する研究プロジェクト
  • 日本で働くミドル・シニアを科学する
  • PERSOL HR DATA BANK in APAC
  • サテライトオフィス2.0の提言
  • 希望の残業学
  • アルバイト・パートの成長創造プロジェクト

【経営者・人事部向け】

パーソル総合研究所メルマガ

雇用や労働市場、人材マネジメント、キャリアなど 日々取り組んでいる調査・研究内容のレポートに加えて、研究員やコンサルタントのコラム、役立つセミナー・研修情報などをお届けします。

コラムバックナンバー

おすすめコラム

【経営者・人事部向け】

パーソル総合研究所メルマガ

雇用や労働市場、人材マネジメント、キャリアなど 日々取り組んでいる調査・研究内容のレポートに加えて、研究員やコンサルタントのコラム、役立つセミナー・研修情報などをお届けします。

オンライン個別相談(30分)

キャリア開発支援における課題解決をサポートします。お気軽にご相談ください。

お問い合わせ

キャリア開発支援に関する資料や費用など、お気軽にお問い合わせください。

PAGE TOP