ミドル・シニアのキャリア自律
―ミドル・シニアのいきいきした活躍に向けて―

公開日 2023/02/01

パーソル総合研究所では、ミドル・シニアの働き方や就業意識に関する実態の調査・研修、およびミドルからの躍進を支援しています。

本稿では、キャリア自律の尺度開発者である慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 堀内 泰利 氏にミドル・シニアのキャリア自律について、ミドル・シニアの方々と、人事担当の方の両方を対象としてまとめていただきました。

1.はじめに

いま、個人のキャリア自律が強く求められています。しかし、ミドル・シニアの方のなかには、これまで会社から与えられた仕事に励み、会社に貢献してきたのに、今さらキャリア自律せよといわれても納得できない、どうすればキャリア自律できるのかもわからないと思われている方も多いのではないでしょうか。一方、企業の経営者や人事からは我社のミドル・シニア人材はキャリア自律できていないとの声も聞かれます。2021年に実施されたパーソル総合研究所「従業員のキャリア自律に関する定量調査」では、40代、50代のミドル・シニアのキャリア自律が低い実態が示されています。もちろん、ミドル・シニアの全てがキャリア自律できていないということではありませんが、相対的にキャリア自律できていないミドル・シニアが多いため、平均値では低い値になっていると思われます。

図表. 【調査結果】年代別 キャリア自律実態

図表. 年代別 キャリア自律実態

出所:パーソル総合研究所『従業員のキャリア自律に関する定量調査』

本稿では、ミドル・シニア人材のいきいきした活躍に向け、キャリア自律について考えてみたいと思います。

2.キャリア自律が求められる背景、キャリア自律とは

まず、キャリア自律が提唱された背景とキャリア自律とは何かについてみていきましょう。

キャリア自律(Career Self-Reliance)は、1980年代後半の企業のリストラクチャリングを経て1990年代半ばに米国で提唱されました。1980年代後半以降行われた企業のダウンサイジング、リストラクチャリングの結果、従業員のモラールとコミットメントが低下するなかで、社員のコミットメントを高め、企業の競争力を強化する視点で提唱されたものです。Waterman et al.(1994)は、エンプロイヤビリティを維持し高める責任を社員と会社が共有し、社員は会社の成功にコミットしながら競争力あるスキルを身につけ、自らキャリアをマネージし、企業は社員にキャリア開発の機会を提供する義務があるとし、社員がキャリア自律し、競争力を高めていく必要性を強調しました。

では、キャリア自律している人材とはどのような人材でしょうか。米国カリフォルニア州に拠点を置くNPOキャリア・アクション・センター(2002年解散)は、キャリア構築に成功している人々を分析し、変化の時代に成功するための要因を調べ、キャリア自律を「目まぐるしく変化する環境の中で、自らキャリア構築と継続的学習に積極的に取り組む、生涯にわたるコミットメント」であるとし、キャリア自律の重要なコンピテンシーとして、①自己理解と気付きの力、②自己の価値観をベースとして行動する力、③継続的な自己開発の力、④環境変化を読む力、⑤人的ネットワーク力、⑥柔軟性を持った対応力を挙げています。キャリア自律を日本に紹介した慶應義塾大学の花田光世名誉教授は、自己の価値観をベースとしたキャリア開発の重要性を認識し、自分自身を継続的にモチベートし、自分の意志をベースに主体的に行動でき、チャンスを能動的にとらえ、事態を切り開くことができる人材がキャリア自律を実践できる人材であるとし、キャリア形成における能動的なアクションの重要性を指摘しています。

これらの先行研究を踏まえ、堀内・岡田(2009・2016)は, キャリア自律を「自己認識と自己の価値観、自らのキャリアを主体的に形成する意識をもとに(心理的要因)、環境変化に適応しながら、主体的に行動し、継続的にキャリア開発に取り組んでいること(キャリア自律行動)」とし、下記をキャリア自律の構成要因として挙げています。

キャリア自律の要因










職業的
自己イメージの
明確さ
キャリアを形成していくうえでの目標・目的の明確さや、自らの能力、興味・欲求、価値観についての自己認識の明確さ
主体的
キャリア形成
意欲
自らの意思で主体的にキャリアを形成していこうという姿勢・意欲
キャリアの
自己責任
自覚
キャリア形成は他者に依存するのではなく自分自身の責任であるという自覚



主体的
仕事行動
自己の価値観や考えのもとに主体的に行動し、仕事に取り組むこと
キャリア
開発行動
知識・技術・スキル・能力の継続的な学習と開発に取り組む姿勢と行動
職場環境変化への
適応行動
職場、仕事など自分を取り巻く環境の変化に柔軟に対応する行動
ネットワーク
行動
積極的に人的ネットワーキングを構築し維持しようとする行動

3.キャリア自律を高めるメリット

キャリア自律は働く人にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。

2021年パーソル総合研究所「従業員のキャリア自律に関する定量調査」では、キャリア自律度の高い人材は、個人の仕事のパフォーマンスやワーク・エンゲイジメント、学習意欲が高く、仕事充実感・人生満足度も高いことが示されています。

図表. 【調査結果】キャリア自律と各種成果指標の関係

図表. キャリア自律と各種成果指標の関係

出所:パーソル総合研究所『従業員のキャリア自律に関する定量調査』

堀内・岡田(2009)の研究でも、キャリア自律が仕事充実感(仕事の意義ややりがいを感じている)や、キャリア評価と展望(これまでのキャリアに対する満足感・肯定的評価と今後のキャリアに対する明るい展望)などキャリア充実感を高めることが示されています。さらに、キャリア自律が仕事充実感を通して組織のために進んで貢献しようという情緒的組織コミットメントを高めることも示されています。また堀内(2013)の研究では、キャリア自律が現在注目されている心理的Well-being(自己の生に対する有意味さの感覚で、自分が成長している、人生に対する目標がある、自己決定できている、暖かく信頼できる他者関係を築いているなど、人生全般に対するポジティブな心理的機能)を高めることも示されています。

法政大学の石山恒貴教授の研究(2021)でも、キャリア自律がワーク・エンゲイジメントを高めることが示されています。ワーク・エンゲイジメントは現在非常に注目されている概念ですが、Schaufeliらは、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、没頭などによって特徴づけられ、仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知である」とし、ワーク・エンゲイジメントの高い従業員は、活力にあふれ、仕事に積極的に関与するという特徴を持つとしています。石山恒貴教授のワーク・エンゲイジメントの規定要因に関する研究で、キャリア自律の心理的要因が、専門性へのコミットメントとジョブ・クラフティングを高めること、さらにキャリア自律の心理的要因、専門性へのコミットメント、ジョブ・クラフティングがワーク・エンゲイジメントを高めることが示されています。

この研究で注目すべきことは、フリーランスが会社員に比べキャリア自律の心理的要因、専門性へのコミットメント、ジョブ・クラフティング、ワーク・エンゲイジメントの全てにおいて高く、とりわけ、ワーク・エンゲイジメントの差が大きく、フリーランスのワーク・エンゲイジメントは欧米諸国の水準と比較しても遜色がないことが明らかになっていることです。人生100年時代、キャリアのマルチステージの時代では、フリーランスという働き方はミドル・シニアにとっての重要な選択肢となると思われますが、キャリア自律したミドル・シニアがフリーランスという働き方を通じて高いワーク・エンゲイジメントを実現し、社会でいきいきと活躍することが期待できるのではないでしょうか。

これらの研究から、キャリア自律が一人ひとりの充実した仕事生活とキャリア形成を促進するとともに、組織への貢献意欲を高めることにつながり、個人と組織の双方にとってメリットが大きいといえます。

4.ミドル・シニア人材のキャリア自律を促進するには

それでは、ミドル・シニア人材がキャリア自律するためにはどうすればいいのでしょうか。

上記の石山恒貴教授の研究で示された会社員のキャリア自律やワーク・エンゲイジメントの得点が低い状況は、会社での従来型の働き方や人事制度・仕組みが社員のキャリア自律を妨げ、ワーク・エンゲイジメントを低くしている可能性を示唆しているのではないでしょうか。2021年パーソル総合研究所「従業員のキャリア自律に関する定量調査」では、多様性、専門性、成果を尊重する組織風土、人事制度運用の透明性、キャリア自律を促す職場上司のマネジメント行動、キャリアカウンセリングや研修、新規プロジェクトや部門横断的プロジェクトでの業務経験など幅広い要因がキャリア自律にプラスの影響があることが示されています。したがって、同調査で提言されているように、従業員のキャリア自律を促進するための企業の組織風土や人事管理の全体環境を構築することが必要といえます。また、2017年に厚生労働省から指針化されたセルフ・キャリアドック(従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援する総合的な取組み、また、そのための企業内の「仕組み」)を導入し展開することが必要といえます。

ここでは、まずミドル・シニアが自らキャリア自律に向けて取り組むべきこと、次に会社としてどのようにミドル・シニア人材のキャリア自律を支援するかについて考えていきましょう。

(1)ミドル・シニアがキャリア自律に向けて取り組むこと

キャリア自律の要因の中では、「職業的自己イメージの明確さ」が極めて重要であり、「主体的キャリア形成意欲」と相まって、キャリア自律行動を強く促進し、さらに直接的、間接的にキャリア充実感や心理的Well-beingにプラスの影響を与えています。また「職業的自己イメージの明確さ」がワーク・エンゲイジメントに強いプラスの影響を与えています。

したがって、キャリア自律のためには自身の職業的自己イメージを明確にすることが極めて重要になりますが、ミドル・シニア人材はこれまで企業主導のキャリアを歩んできたため、自己のキャリアのありたい姿や目標、大事にしたい価値観、強みややりたいことについて深く考えてこなかった方が多いと思われます。ミドル・シニアの方は、まずは自身のキャリアに向き合い、職業的自己イメージを明確にすることから始めるとよいのではないでしょうか。職業的自己イメージを明確にするには、これまでのキャリアや仕事経験を振り返り内省すること、特に自分の内なる声を聴くことが有効といわれています。そこから自身がキャリアや仕事において本当に大切にしたいことややりたいこと、自身の強みや持ち味、自分らしさが見えてくるはずです。

そのうえで、キャリア自律行動に継続的に取り組み習慣化することが重要です。慶應義塾大学の花田名誉教授が指摘するように自分自身を継続的にモチベートし、自分の意志をベースに主体的に行動し、チャンスを能動的にとらえ、事態を切り開くことがミドル・シニアのキャリア自律にとっても極めて重要だといえます。また、ミドル・シニア人材にとっては、社外の多様な人材との交流、越境経験・越境学習が視野の拡大や意識の変革にとって有効であるといわれていますので、自らそのような機会を求めていくことも大事ではないでしょうか。

(2)会社としてミドル・シニア人材のキャリア自律に向けた支援

ミドル・シニア人材のキャリア自律に向け、会社はどのような支援をしていけばいいのでしょうか。

上記に述べたように、ミドル・シニアのキャリア自律にとってはまずは職業的自己イメージの明確化が重要であり、ミドル・シニア人材が自身のキャリアについて見つめ直し直し、自己理解を深める機会を提供することが求められます。ミドル・シニア人材にとってはキャリア研修・ワークショップとキャリアコンサルティングが有効であり、特にキャリアコンサルティングによりミドル・シニア人材がキャリア自律に向け一歩踏み出す支援をすることが効果的だといえます。そしてミドル・シニア人材がリスキリングも含め継続的に学び続けるための支援、社外の多様な人材との交流や越境学習の機会を提供していくことが重要だといえます。会社が社員のキャリア自律支援に積極的であると社員のキャリア自律が高いとの調査結果もあり、会社として積極的にミドル・シニアのキャリア自律への支援に取り組まれることをお勧めします。ミドル・シニア人材へのキャリア自律支援が、ミドル・シニア人材の活躍と組織の活性化につながるのです。

参考文献
パーソル研究所(2021).従業員のキャリア自律に関する定量調査
Waterman, R., Collard, B., & Waterman, J. (1994). Toward the career resilient workforce. Harvard Business Review, 1994 July-August. 87-95. (土屋純[訳](1994)キャリア競争力プログラムが創る自律する社員 ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー ダイヤモンド社.Oct.-Nov. 1994, 71-81)
花田光世・宮地夕紀子・大木紀子(2003).キャリア自律の新展開 一橋ビジネスレビュー 東洋経済新報社,6-23.
花田光世 (2001). キャリアコンピテンシーをベースとしたキャリア・デザイン論の展開―キャリア自律の実践とそのサポートメカニズムの構築をめざして CRL Research Monograph No.1.
堀内泰利・岡田昌毅(2009).キャリア自律が組織コミットメントに与える影響 産業・組織心理学研究 第23巻 第1号 15-28
堀内泰利・岡田昌毅(2016).キャリア自律を促進する要因の実証的研究 産業・組織心理学研究 第29巻 第2号 73-86
堀内泰利(2013).キャリア自律のプロセスと影響要因に関する研究 博士論文
石山恒貴(2021).雇用によらない働き方におけるワーク・エンゲイジメントの規定要因ー雇用者とフリーランスの比較分析 日本本労働研究雑誌

執筆者紹介

堀内 泰利 氏

慶應義塾大学SFC研究所 上席所員

堀内 泰利 氏

Yasutoshi Horiuchi

1975年横浜国立大学経営学部卒業、日本電気株式会社(NEC)入社。海外営業スタッフを経て、人事・人材育成の業務を幅広く担当。2002年キャリア支援施策の立ち上げに携わり、以降キャリアアドバイザーとして社員のキャリア形成支援に携わる。2014年から現職。筑波大学働く人への心理支援開発研究センター研究員を兼務。専門は産業・組織心理学、キャリア心理学、カウンセリング心理学。研究領域はキャリア自律。米国ピッツバーグ大学MBA、筑波大学博士(カウンセリング科学)。一級キャリアコンサルティング技能士、公認心理師。

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