せっかく導入した新人事制度、なぜうまく機能しないのか?~人事制度改革の"息切れ"を防ぐポイント~(後編)

公開日 2016/10/26

 

はてな サラリーマン.jpg前回は、人事制度改革がどのように行われ、どのように失敗の道をたどるのかを、IT企業A社のケースを元に見てきた。今回は、こうした改革がなぜうまくいかないのか、どうすれば改革を道半ばで息切れさせることなく前に進めることができるのか、引き続きケースを参照しながらいくつかのヒントを提示していきたい。まずはおさらいの意味も含めて、A社に何が起きていたのかを簡単に振り返りながら、コメントを加えていく。

人事制度改革の背景

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企業には、人の一生と同様、導入期、成長期、成熟期、衰退期といった30年に渡るライフサイクルがあると一般に言われている。A社も例にもれず成熟期にさしかかり、このまま衰退していくのか、新たな成長ステージへと脱皮できるのか、その大きな岐路を迎えていると言える。社長の交代や企業の合併等、人事制度改革を行うタイミングは他にも様々なケースがあるが、今回のケースは企業のライフサイクルに沿った、企業存続の危機を乗り越え新たなステージへ向かうための改革といった意味合いもありそうだ。

人事制度改革プロジェクト発足から改革の方向性の決定までの経緯

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人事制度改革を実施する上で、A社のケースのように能力など「人」に軸足を置いた基準から職務内容などの「仕事」に軸足を置いた基準(もしくはその逆)に変えることで、企業のパラダイム転換を促すような手法を取ることは珍しくない。しかし、それが本当にA社に合った手法かどうかはより注意深く見ていく必要がある。

職務ベースの制度は、ケースにある通り職務内容が明確になり、不要な職務が抑制される等のメリットもあるが、一方で組織や職務が硬直化しやすかったり、職務が変わらないと処遇が変わらない仕組みであるため社員のモチベーションを維持しにくいといったデメリットもある仕組みである。成長に陰りが見えてきたとはいえ、まだまだ発展段階であり、ベンチャーらしさを活かして仕事の垣根を越えて社員に動いて欲しいといった意向がある場合は、職務ベースの制度を入れてしまうとその後のマネジメントが非常に難しくなったり、制度運用が形骸化してしまうリスクがある。こうしたリスクも勘案してあえて職務ベースを採用したのであればよいが、新制度に変えることによって生じる課題を十分に検討せず、現場にフィットしない仕組みを採用してしまうことになれば、この段階で既に失敗の道を歩み始めることになるため、注意が必要である。

新制度の詳細検討から導入までの経緯

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詳細設計では職務ベースの制度を構築するための緻密な作業が行われ、分厚い職務定義書等が作られているが、ここでまた新たな問題が生じている可能性がある。

新人事制度導入後、新たな仕組みを速やかに社内に普及・浸透させ、新たな基準に基づいて社員に動いてもらうことで、初めて改革の意図に沿って社員の意識を変えていく流れを作ることが可能になる。すなわち、いかに現場の抵抗を少なくしつつ、形式的でなく実質的に新制度を運用に落とし込んでいくかが改革の肝であるのだが、ここで作成している分厚い職務定義書等が実際に運用に耐える内容になっているかを、果たして事前に検証できていただろうか。ケースにあるように説明会やトレーニングなどを通じて導入・定着に向けたフォローアップを実施していくということでもある程度カバーできる部分はあると思うが、新しい基準の運用負荷が大きく、そもそも制度の意図も現場に受け入れてもらえないようなものであれば、改革の実現は遠のくばかりである。

説明会で目立った質問が出ないのは赤信号

さらに、このケースのように、事前の検証も実施していない状況で、説明会でもトレーニングの場でも目立った質問が出ず、淡々と導入準備が進んでいくようであれば、黄色信号を通り越して赤信号だと思ってよい。制度改革が社員にとって非常に重要なものだと受け止められ、その上で新制度が運用に耐えられないものであれば、不満や批判が続出することがむしろ正常な反応であり、そこでの社員との対話を通じて改革の渦に社員を巻き込んでいくことができるのであれば、それも最善とは言えないものの一つのやり方であると言える。

しかしできることなら、できるだけ手戻りを少なくする上でも、詳細設計段階、もしくは「職務ベースの制度でいく」という方針を決めたあたりから、現場を巻き込み、事前に真剣に考えてもらうタイミングを作っておくことが望ましい。事前の巻き込みのための手法として効果があるのが、新たな基準に基づくギャップ分析の実施に現場を巻き込む方法である。新しい基準に既存の社員がどの程度当てはまっているかを現場マネージャーにも事前に検証してもらうことを通じて、早い段階で新しい基準やそうした活動を実施している背景に興味・関心を持ってもらうことが可能となる。また、新しい報酬制度を個別の社員に当てはめてみるといった、報酬シミュレーションのタイミングにも参画してもらうことができるなら、さらに真剣に新制度の内容や背景にある意義について考えてもらえるはずである。

新制度導入後の経緯

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最後に、新制度導入後の状況について見ていきたい。新制度導入1年後、早速昇給制度に問題が生じ、制度を一部見直す事態が生じている。さらに導入2年後に実施した定着状況把握アンケートでは、制度改定のきっかけとなった問題も解決しておらず、新制度の浸透が全く進んでいないことが明らかになった。制度導入時に設けた経過措置も、恒久措置になりそうな状況で、非常にまずい状況になっていることが伺える。このような状況は、仮に詳細設計の際に言及していたような事前の巻き込みができていれば生じないかというと、それだけでは不十分で、運用して初めて明らかになる課題というのも当然ある。ではこうした状況に陥らないためにはどうすればよいのか。ここで、そもそも今回の人事制度改革の発端になった、「処遇とパフォーマンスのギャップが大きい社員が増えてきた」という現象がなぜ起きていたのかをもう一度考えてみたい。

A社の創業当時、10数人規模でスタートした頃は、一人一人の仕事内容や、その気になればプライベートの状況まで把握できるくらい、社長の目が行き届いていた状況であったと思われる。しかしそれが50人、100人と増えてくればどうだろうか。業務内容が非常に単純かつ定型的な事業であれば、まだかろうじて把握できるかもしれない。だが、A社はIT系のエンジニアを多数抱える、もともと個々人の仕事内容を把握しにくい業態であるし、制度改定時には500名を超える規模にまで膨らんでいる。そうなると、どんなに頑張っても社長が一人で全員の仕事内容やパフォーマンスを把握するというのは物理的な限界があり、マネジメントの一部を権限委譲していく必要がある。そこで必要になるのが、権限委譲したマネージャーとの判断基準の共有であり、マネジメント能力の開発である。特に、プログラマ、デザイナー、Webディレクターなど多様な人材を扱う業種においては、統一的な基準が無ければ、およそ公正な評価を行うことは難しい。従って、A社のケースのように、処遇とパフォーマンスのギャップを小さくするために、公正な評価に耐えうる統一的な基準を作り、適正に処遇できるようにする、そのために人事制度改定を行うということは、自然な流れであると言える。

人事制度改定を行うことと、社員の意識改革やマネジメント改革を
行うことは同義ではない

しかし、本コラムの最初の問題提起である、人事制度改革が息切れしてしまうことの真の原因は、「人事制度改定を行うことと、社員の意識改革やマネジメント改革を行うことは同義ではない」ということを、人事制度改革を主導する人事サイドで往々にして十分に理解できていないところにあるのではないかと筆者は考える。評価基準など人事諸制度の"改定"が狙いではなく、人事制度改定を一つのきっかけにして社員を目指す方向に動かしていくための"改革"が狙いであるとすれば、"制度改定"をゴールにするのでなく、初めから"制度導入後"に照準を合わせた動きが必要になる。

今回のケースで言えば、制度導入前のトレーニングから、1年後の評価の実施のタイミングまで特に何もしていないように見えるが、それでは到底新たな基準を浸透させることもできないし、新しい考え方に基づいて社員の意識を変え、行動を変えていくのは困難だと言わざるを得ない。一般的に多く導入されている評価の仕組みで言えば、最低でも半期に1度、期初の目標の状況を振り返るタイミングがあるはずであるし、それ以前に、期初に立てた目標が新たな基準で立てられているのであれば、目標の妥当性の検証や評価者間での目標のレベル合わせを念入りにやる必要がある。さらに、アドビ社で導入されている「Check-In制度」のような、短いスパンで目標のすりあわせやフィードバック、コーチング等を行うといった、今までに無かった新しい行動を促していきたい場合は、新たな行動を実験的にやってみるためのワークショップの開催、新たな行動を促すための人事評価システムやタレントマネジメントシステム等の活用、好事例の共有や表彰の実施等、あらゆる方法を駆使して、新たな行動に意義を感じ、自発的に行う社員を地道に増やしていく取り組みが必要となる。

まとめ

今回、A社のケースを参考に、2回にわたって人事制度改革を息切れさせず、うまく進めるためのポイントを解説してきた。人事制度改定をご検討中の企業だけでなく、今まさに改定中であったり、既に改定が終わった企業の皆様においても、自社の目指している方向が"改定"なのか"改革"なのか、一度立ち止まって考えてみる一つのきっかけとなれば幸いである。

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