VUCAの時代が求めるHRテックのあり方~先行指標、将来予測を活用したアプローチと適所適材の方法論(1)

情報技術の進歩は、IT×○○という組み合わせで製造業をはじめ金融、教育にまでおよんでいる。IT×人事という分野もAIとの組み合わせで、ドットコム系ベンチャー企業が中心となってけん引し、大手人材サービス企業が追随する構図となっている。タレントマネジメントの一連の取り組みの中で、HRテックはどのように発展していくのか、最新事例を通じて考察し、展望を示していきたい。

タレントマネジメントを後押しするHRテック

戦後の復興から急成長を果たした高度成長期には、「つくれば売れる」という方程式が存在する時代であった。しかし、その方程式は意図したものというよりも、需要と供給との関係性によって結果的に一つの単純なモデルとして説明がついたもの、というのが正しいのであろう。

時を経てマーケットが成熟し、消費者のニーズも個別化していくと、売れるモノも短サイクルで次々と入れ替わり、またたく間にコモディティー化してしまうフェーズに入った。マーケット動向は複雑で不確定になり、先の予測が立てにくい時代といえるだろう。この様なVUCA*の時代では、方程式を立てること自体が難しくなり、あるいは複雑な連立方程式でないと説明がつかないことが次第に増えてきた。※VUCA・・・Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧性)

このような時代の急激な変化を反映して、テクノロジーの進化とともに、ビッグデータやAIを駆使して「見える化」し、モノゴトの原理を解き明かそうとする動きが活発になってきた。インダストリー4.0に見られる、情報技術を駆使し、製造業の革新をねらうI oT、金融とITを組み合わせたフィンテック、教育とITによるエドテックなど、モノ、カネ、情報のテック化が勢いづいている。

ヒトのテック化は他に遅れをとってはいるものの、採用、評価、異動を高度化させるテクノロジーとして、HRテックと認識される様になってきた。タレントマネジメントという概念も、HRテックが後押したものではないかと考えられる。

「見える化」しても活かしきれていない現実

性質上、モノ、カネ、情報のテック化はもともと目に見えやすいため、実践に向かうスピードが早い。しかしヒトに関しては、これまで心理学や社会科学の分野で様々に扱われてきた一方で、ビジネスに応用できることは限られていて、性格特性検査、職業適性検査といった個人を対象にしたものがほとんどである。しかもそれは採用時の足切りに使われる場合が多く、限定的であった。

従業員満足度や組織風土の把握といった組織診断は比較的多くの企業で取り入れられており、個人にしても組織にしても、見える化そのものは進んでいる。HRのテクノロジー化が後発であったのは、これらを戦略的に活用できていなかったことにあるのではないだろうか。実際に弊社パーソル総合研究所では、「社内で導入しているアセスメントをどの様に活用していけばいいのか?」といった相談が増えはじめている。

人事マネジメント機能をフローで表現すると、まずは入口としての「採用」、入社後の「評価」、「育成」、「異動」、「報酬」、「労務」そして出口での「退職」の7機能に分けられる。これらの機能のうち、今多くの企業がもっとも重要な優先的課題と認識しているにもかかわらず、もっとも手がつけられていない機能が「異動」である。

人事の7機能

画像 佐々木さんコナミ.png


「人材の最適な異動、配置をどの様に組んでいけばよいのか?」というテーマも、パーソル総合研究所では前述のアセスメント同様に、数多く相談をいただくテーマになりつつある。そしてこの適所適材と人材アセスメントという二つのテーマは、まさにHRテックを通じてつながっていくものであると考えている。実際の事例をご紹介した方がわかりやすいであろう。

人事マネジメント機能のうち、もっともアナログ的とも言える「異動」を根本的に見直して、個々人と組織の最適化を中長期的にとらえ、タレントマネジメントの仕組みに戦略的に取り込んでいこうとする取り組みが、これからご紹介する事例の最たるねらいであり、適所適材の実現に向けたHRテックの一例である。

なお、「適所適材」という表現は、従来の「適材適所」が人を起点に今あるポジションに就けて育てていこう、とする考え方にあったが、これからはVUCA時代の中で、将来のビジネスから期待できる仕事、場所は何かを起点に構想し、そこに就くための 学習機会となる異動配置を考えていくというタレントマネジメントの意味合いを含んでいる。

適所適材のロジックを構築した事例

パーソル総合研究所のあるクライアントではこれまで、人事異動に関しては人事や事業部門の幹部クラスによる経験と勘といった主観、あるいは同じ職場に3年以上いるので異動のタイミングだといった条件、または新人が入社してきたので他部署に人員を回す、といった玉突き人事の様な状況対応を繰り返していた。

この企業の主要な事業部門には、フロントの職種として3職種ある。法人営業、個人営業、クロス営業からなり、それぞれの特性が異なる職種である。それゆえにこの3職種をまたぐ人事異動は頻繁におこなわれることがなく、職種内異動に留まっていた。しかしこの3職種はB2BとB2Cの表裏の関係にあり、どちらかの経験が一方に活かされる機会を有していたのだった。

目が行き届く範囲においては人間の主観の方が正しい場合もある。しかし、規模の拡大にともなって組織も複雑化し、雇用形態や採用する人材像も多様化してきたことに加えて、現場のマネジャーがプレイヤーを兼ねており、スパン・オブ・コントロールが利かなくなり、経験や勘といった主観では十分な機能を果たせなくなってきた。

人材配置のミスマッチが目立つようになり、たとえば法人営業でパフォーマンスが思わしくなかった人材を個人営業に異動させたところ、想定していなかった高いパフォーマンスを突如発揮する事例なども出てきた。こういった現象はこれに留まることなく、そしてその逆とも言えるミスマッチによる退職者も増え始めていた。

人事部門としてはこの問題を重く受け止め、どのようにすれば今働いている人材の最適化を図れるのか、どうやって適所適材の方程式をつくりだせるのかといったことに対し、具体的な施策を打ち出す必要に迫られていた。パーソル総合研究所に相談をいただき、適所適材のロジックを構築していくプロジェクトがスタートした。次回、詳細をご紹介したい。

執筆者紹介

佐々木 聡

シンクタンク本部
上席主任研究員

佐々木 聡

Satoshi Sasaki

株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、株式会社ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を経て、2013年7月より、パーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長を務める。2020年4月より現職。また立教大学大学院 客員教授としても活動。

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