公開日 2025/05/27
少子高齢化や人手不足・女性活躍の推進、IT技術の進化や人材の流動化などの要因が相まって、職場ではさまざまな属性の人が多様な働き方をする環境が当たり前になってきました。経験や知識、考え方が多様な人が集まることによって、あらたなアイデア創造が期待される一方で、互いの意見の不一致や人間関係の摩擦によって職場やチームの生産性が低下する可能性も起こりやすくなっています。多様な人の力を活かす職場・チームづくりは、今改めて重要なテーマとなっています。
パーソル総合研究所では、早稲田大学グローバル・エデュケーション・センター 森永 雄太教授との協働により、多様性が活きるチームづくりを推進する実践的なリーダーシップモデル構築と活用に取り組んでいます。今回は2025年3月に開催したウェビナーの情報から、多様性を活かすリーダーシップとして着目される「インクルーシブ・リーダーシップ」の考え方、そして森永教授とパーソル総合研究所が共同でモデル構築を検討する「AUBEモデル」について、森永教授のご講演を抜粋してご紹介します。
現在国内では、総人口は減少しているのにも関わらず、就業者数は増えているという現象が起こっています。40~64歳の女性や65歳以上の男女の就業者が増えていることが関係しています。年齢・雇用形態が多様化することに伴い、一人ひとりの持つ知識や経験、物事の捉え方や考え方も多様になりました。多様な人が全員活躍できるようにするために、リーダーやマネジャーは、より意識的に職場づくりを進める必要性が高まってきました。
多様性ある職場で全員が活躍できるようにするには難しさが伴います。(図1)ポジティブなストーリーとしては、違う文化やニーズなど多様な情報がチームに持ち込まれることによって情報が精緻化され、新しいアイデアや創造性が生まれることが期待できます。しかしその一方で、自分との共通点がある人にのみ仲間意識を持ち好意的に接する「うち集団びいき」も起こりやすくなります。たとえば、男性・女性のグループに分かれたり、派閥が生まれたりするなど、サブグループによりメンバーが分断されてしまうイメージです。最悪なシナリオとしては、少数派である人が、組織への帰属感を持つことができずに組織から離れてしまうということも起こり得ます。多様性はチャンスである一方、うまく活かせなければネガティブな影響も出てしまうことが危惧されます。
図1.多様性ある集団に起こり得る2つのストーリー
森永教授が過去実施した調査では、国籍や民族の多様性があるチームでは、「組織への同一化」を感じていることが、チームに協力したいと思うモチベーション(協力的モチベーション)に影響していることが確認されました。「組織への同一化」とは、「個人がどのくらい組織と一体感を感じているか」、「組織のことを自分ごととして感じられるか」をあらわす概念です。多様な人が協力し合える職場をつくるためには、個人が職場の一員である実感を持てることが重要であることが示唆されます。
多様性がある職場では、「個人がチームの一員である」と感じられていることが重要な要素です。そしてもう一つ重要な要素は、「個人としての独自の価値が認められている」と感じられるようにすることです。
多様性が活きる状態についての考え方に、「インクルージョン(包摂)」という言葉があります。近年のインクルージョンの概念に関わる研究では、「インクルージョン(包摂)」を、単に「包み込む」という意味合いだけではなく、「職場の一員として認められている程度」と「独自の価値が認められている程度」の両方が高い状態と定義しています。(図2)「職場の一員として認められている程度」だけが高い右下の状態は、「個人としての着想には価値を認められていない、自分の独自性を隠していれば仲間に入ることができる」とも解釈でき、その状態は「同化」であるといえます。また、色々な部門から専門性ある人が集まり、それぞれの専門性を持ち込むだけの状態は、図の左上にある「分化」と考えられます。「分化」の状態では、タスクベースで手早く仕事を進めることはできますが、チームのためにお互いにかかわり合い、新しい発想を生み出す活動にはつながりません。
図2.インクルージョン(包摂)とは
経営学の分野でのインクルージョン研究では、インクルージョンを実現する組織風土づくりや、トップマネジメントのリーダーシップとともに、職場レベルでの課長・部長のリーダーシップも重要な位置づけにあります。
昨今のビジネス環境下では、不確実性や変化に対応して職場チームの成果を出す重要性が高まっています。そのために、リーダーには変化に対応して絶えず学習し続ける行動が求められています。そして、メンバーには、リーダーの指示通りに行動するだけではなく、自身の知識や知恵をチームにもたらす重要性が高まっています。このようなビジネス環境において、リーダーが効果的な影響力を発揮するための考え方が「インクルーシブ・リーダーシップ」にあります。インクルーシブ・リーダーシップは典型的な権威主義ではなく、民主的で支援的なスタイルとして機能します。メンバーの貢献を歓迎して認める言動や、全てのメンバーを議論や意思決定に巻き込む行動が特徴的です。森永教授の研究では、リーダーが、インクルーシブ・リーダーシップを発揮することは、メンバーが活き活きと主体的に仕事に取り組む「ジョブ・クラフティング」にも好影響を与えることが確認されています。メンバーが、自分が知っていることやわかったことを職場で共有したり、役割の範囲を越えて能動的な行動をとったりすることを促進して、メンバーの力を引き出すことができます。
図3.インクルーシブ・リーダーシップがもたらす効果
インクルーシブ・リーダーシップは、多様性を活かす考え方として期待される一方で、まだ研究の蓄積が浅く発展途上の面もあります。実際の場面で活用するための課題の一つとしては、状況に合わせて適切な行動を調整する能力が重要であり単純化できるものではないということがあります。
今回、現在の職場チームでの活用を狙いとして、森永教授とパーソル総合研究所が提案するモデルが「AUBEモデル」です。(図4)AUBEは、フランス語で「夜明け」という意味があります。多様性が当たり前になる、新しい時代の夜明けをあらわすリーダーシップスタイルを目指す思いを込めています。このモデルは、インクルーシブ・リーダーシップの研究を土台にしながら、チームパフォーマンスを出すための要素を検討して構成しました。「AUBEモデル」は、以下の4つの要素を重視しています。ここでは、それぞれの要素の重点を一部ご紹介します。
図4.多様性が活きるリーダー行動「AUBEモデル」
※AUBEモデルは、早稲田大学 森永雄太教授とパーソル総合研究所が共同制作したリーダー行動モデルです
Adaptive (適応的にふるまう): チームの状況に合わせて行動を調整する機能を持つ。メンバー間の対立や葛藤、混沌とした状況に建設的に向き合い、解決に向けて効果的に介入する
Uniqueness (独自性の発揮を支援する): メンバー個人の強みを引き出し、職場での発揮を支援する。本人が気づいていない潜在的な強みを発見したり、様々な意見の発信を奨励したりする
Belongingness (帰属感を高める支援をする): メンバーとチームのつながりをつくる。例えば新たにチームに入るメンバーには、チームに参加する垣根を下げる行動をとる。全ての人の意見を聴き、意思決定に巻き込む
Set an Example for the team (チームづくりの見本を示す): リーダーが模範となり、チームづくりのためにメンバーに期待する行動を示す。チームづくりに貢献するメンバーの行動を評価・承認する
パーソル総合研究所では、この「AUBEモデル」をもとにして、職場のマネジャー・リーダーのためのトレーニングプログラム「多様性が活きるチームのためのリーダー行動」を森永教授とともに開発し、提供しています。そして、今後も森永教授との協働により、「AUBEモデル」をさらに実践的に進化させるための取り組みを継続していく予定です。
多様性を推進するだけではなく、多様性を活かしたチームの創造性がいよいよ重要な時代となりました。パーソル総合研究所では、インクルーシブ・リーダーシップの考え方を、企業組織における職場やチームのよりよい関係性とパフォーマンスづくりに役立てていただけるように活動していきます。
早稲田大学 グローバル・エデュケーション・センター 教授
リーダーシップ開発プログラム統括責任者
森永 雄太氏
Yuta Morinaga
神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。専門は組織行動論、経営管理論。主著に『ジョブ・クラフティングのマネジメント』(2023年、第39回冲永賞、第41回組織学会高宮賞)、『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(2019年)など。「職場のダイバーシティが協力志向的モチベーションを向上させるメカニズム」(共著)にて2019年度日本経営学会賞(論文部門)受賞。
※文中の内容・肩書等は当時のものです。
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