公開日 2024/04/17
医療、福祉分野の就業者数(事務職を含む)は2023年現在で910万人(*1)。産業別に把握できるようになった2002年以降でみると、医療、福祉分野の就業者数は右肩上がりで増えており、全産業に占める割合は2002年では7.5%だったものが、2023年には13.5%にまで増加しています。就業者の8人に1人が医療、福祉分野に従事していることになります。医療、福祉分野の人手はそれでも足りていません。人手不足の度合いを表す指標に「労働者過不足判断D.I.」がありますが、ここ数年、医療、福祉分野では一貫して日本の産業全体の平均を上回る人手不足の状況となっています。また厚生労働省の推計によれば、2040年に医療、福祉分野に従事する人は1,070万人必要になりますが、実際の就業者数は974万人にとどまり、100万人近く足りないという予測になっています(*2)。
ヘルスケアワーカー、およびそこで働く人たちに関心を寄せる人たちが、自分たちの主体的なキャリア形成について考え、議論する場となっているのがヘルスケアワーカーキャリア学会様です。年に4回、全国から集まりワークショップを実施、学びを深めていらっしゃいます。この度2024年2月に開催されたワークショップで“はたらくWell-being”ゲームを体験していただきました。学会の役員を務めていらっしゃる森山様にお話を伺いました。
*1. 総務省統計局「労働力調査」2023年
*2. 厚生労働省「厚生労働白書」2022年
森山 みどり様(メーカーの人材開発およびDE&I推進担当)
大学卒業後、メーカーの総合職としてキャリアをスタート。ジョブローテーション後、事業の基は「人」の力と確信し、人事の道へ。人的資本最大化のため、DE&Iやキャリア自律に取り組み、Well-beingな組織づくりを推進。個人の活動としては「パラレルライフ®」を実践中。
―― ヘルスケアワーカーの皆さんが働く現場はいまどのような状況でしょうか。
ヘルスケアワーカーの方たちは非常に高い倫理観と仕事への誇り、強い思いを持ってお仕事をされています。そんな皆さんがコロナ禍には最前線で、ご自身の命や心身の健康と向き合いながら、様々な制約のある中でお仕事をされていました。
例えば看取りに関していえば、コロナ禍に患者さんは最期の場面でご家族と時間を過ごすことができなくなりました。ヘルスケアワーカーの方たちも、周囲から理解を得られない非常に厳しい環境にありながら、患者さんやご家族のメンタルを支えなければなりませんでした。いまでも患者さんとの面会をご家族だけ、それも1名だけに限定するようなケースもあると聞いています、コロナ禍以前にすべて戻ってきている状況ではありません。
ヘルスケアワーカーの方たちの負担が減っていないというのは、皆さんのお話を聞いていて非常に感じるところです。高い倫理観を持たれている方たちなので、少しでも患者さんのためにというところがあって、その分ご自身のことが後回しになっていることを懸念しています。
―― ヘルスケアワーカーの皆さんのWell-beingについて関心を持たれたのも、そのような背景からなのでしょうか。
そうですね。ヘルスケアワーカーの方たちは、患者さんや自分が関わる方たちのWell-beingを支える立場にあります。そのことにすごく使命感を持って業務にあたられているのですが、そんなヘルスケアワーカーご自身のWell-beingは実際どうなんだろうと思ったんですね。「患者さんのために」という言葉が全てを表していると思うのですが、裏を返せば自己犠牲になってしまっているところがあるのではないかと。
以前は「患者さんのために」が当たり前というところがありましたが、いまのような多様性の時代には、若い方を中心に新しい考え方の方がこの世界にどんどん入ってこられています。思っていたのと違うと早期に退職されていく方もいる。同じやり方のままでは新しい方が育っていかないし、強みを発揮できないように感じます。そのため、ヘルスケアワーカーの方たちのWell-beingを考える必要があるのではないかと思いました。
―― 学会ではこれまでもWell-beingをテーマにワークショップを行ってこられたとお聞きしました。
まずはWell-beingって何だろう、どういったことなのだろう、と理解することからスタートしました。親しみやすく、わかりやすい言葉で発信したいという思いがあり、2023年度の学会の大テーマを「Well-beingなヘルスケアワーカーライフを考える ~あなたのええ感じってなぁに?~」と掲げました。
第2回目は「個人のウェルビーイングを考える」をテーマに、コーチングの視点から「私にとってのウェルビーイングとは何か」にアプローチしました。現在の満足度を可視化し、満足度を向上するために自身ができることを考え発表し合いました。皆さん自分の業務に対して意義や誇りを感じていらっしゃるので、承認されたり、自分の関わりによって相手が幸せに感じたりされると、ご自身のWell-beingが高まるという特徴がありました。そこは他の職種の方と大きく違うと感じましたね。
第3回目の今回は組織でお仕事をされている方が多いので、「組織のウェルビーイング」ということを深掘りしていくことにしました。いろいろと調べていたところ、御社のゲームにたどり着いて、ご協力をお願いすることになりました。
―― 「組織のWell-being」について考える方法は他にもあったのではないかと思いますが、“はたらくWell-being”ゲーム に関心を持たれたのはなぜでしょうか。
ヘルスケア業界は様々な職種や立場の方達で構成されているため、フラットな対話がなかなかできません。時間も限られていますので、面談や1on1ではなく評価面談になってしまいます。
学会には様々な職種、立場の方が参加されていますので、普段の垣根を取り払ってフラットに対話できる場づくりとして、ゲームであれば皆さんの意見が出やすいのではないかと考えました。
―― 実際に体験して、森山さんご自身はどんなことを感じられましたか。
人と関わるには、相手のことを思って丁寧に接することがやっぱり必要だということを非常に感じました。感謝の心や思いやりを持っているつもりではありましたが、一つひとつの言葉であったり、表情であったり、接し方ということがすごく大切だとあらためて感じました。
それから、役になりきるというところがすごく面白かったです。参加者の皆さんもいつもと違う場面や相手との関わり方において、自分を客観視する必要があり、よりリアルに素の自分を出されていて、普段見ない表情も見ることができました。
また、事前に「はたらく人の幸せ/不幸せ診断」を受検することで、それぞれの因子をゲーム中に理解しやすいと思います。それぞれの因子は個人や組織にとってのWell-beingを追求する際に重要な観点になると感じました。
―― 皆さんはどのような感想、気づきを持たれていたでしょうか。
普段は会話ができているようでできていない、ということを感じられていました。組織の中で伝えたことが本当に伝わっていたのか、何でも言っていいよと言葉では言っているが、本当に心理的安全性が高い状態で話ができていたのかなど、反省ではなく、もっとこうした方がいいということを感じ取られたようでした。
例えば感謝の気持ちを伝える言葉は、単純にいえば「ありがとう」があると思いますが、「あなたに任せて良かった」と言われた方が嬉しい方もいらっしゃいます。本当に伝えたいことを伝えるための言葉を考え、相手に伝わることで自分も相手のWell-beingも高まり、組織のWell-being向上につながるのではという話は出ていました。
また忙しい職場なので、相手も分かってくれているだろうという思い込みが自分に多すぎた、という声も聞かれました。言葉に出さなくても相互理解できている前提でいたけれど、言葉にすることで互いの幸せ因子が理解でき、はたらく一人ひとりと組織との「新たな関係」の探求ができると感じました。
“はたらくWell-being”ゲーム&ワークショップ体験の様子
―― ヘルスケア業界で働く人たちのWell-beingを高めていくために、どのようなことが大事になるでしょうか。
やはりヘルスケアワーカーの皆さんご自身が、組織の中でWell-beingを感じていただけるようにならないといけないと思います。そうしないとヘルスケアの仕事をされる人ってどんどん減っていってしまいますよね。今回のコロナで、ヘルスケアワーカーの方たちがいなかったら私たちは何もできなくなるということがよく分かったと思います。ロボットが代わることもできません。ヘルスケアワーカーの皆さんには心身の健康を大切にし、ご自身のWell-beingを高めていただきたいと願っています。そして仕事を通じて幸せを感じ、自らのやりがいのために長く働きたいと思う環境にしていきたいと考えています。
―― 私たちパーソルにはどのようなことを期待されますか。
これも皆さんから出ていた話ですが、業務に直結したスキルを向上する機会はあるのですが、今回のようなことを学び体験する機会が少ないそうです。
組織全員が集まれなくても勤務時間にできるような学びの仕掛けがあるといいですね。今回のようなゲームや、対話を始めるためのきっかけとなるツールのようなものがあれば、組織のWell-beingが向上すると感じます。今回のゲームをやっているところを見ていただくだけでもかなり大きな効果があるように思います。本音を言語化して学びにつなげていくような仕掛けが何かあると成長につながると思いますし、モチベーションのアップにもつながるのと感じます。
パーソルさんは人に関する「ドラえもん」だと思っています。人や組織のことで困ったり、こんなことをやりたいと考えた時に対応していただける会社だと感じています。常に働く人の目線で考えられているところにいつも共感しています。今後もこういった取り組みを一緒にさせてもらい、学ばせていただけたら非常にありがたいです。
今回のワークショップには、北は北海道から南は沖縄まで、全国各地からヘルスケアワーカーやその支援をされている方々が参加をされました。中にはこのワークショップに参加するためだけに飛行機に乗って来られた方もいらっしゃいました。多忙な中でも学ぼうとする姿勢に私たちも背筋が伸びる思いでした。
言葉じゃない言葉に意識を向ける仕事――。在宅介護サービスに携わる参加者の方が、ご自身のお仕事をこのように表現されていました。ヘルスケアワーカーの皆さんが、日々いかに相手の気持ちに寄り添おうとされているかが想像されます。そのような方であっても「相手の立場に立って考えるのは難しい」とおっしゃっていたのが印象的でした。「患者さんのために」を第一に考えるあまり、ご自身のことが後回しになっているのではないか。森山さんは心配されていましたが、その一端を垣間見た気がしました。
私のWell-beingも大事だけれど、あなたのWell-beingも大事。あなたのWell-beingも大事だけど、私のWell-beingも大事。当たり前のことですが組織で働くにはお互いのWell-beingが大事です。そして組織で働くからこそお互いのWell-beingを高め合うことができるともいえます。自分と相手の「ええ感じ」をどちらも大事にできる組織が増えて欲しいと思います。
1.「はたらくWell-being」ゲーム&ワークショップはどのくらい満足できましたか?
2.「はたらくWell-being」ゲーム&ワークショップを周囲にすすめたいですか?
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
サーベイグループ シニアコンサルタント
古井 伸弥
Nobuya Furui
日系・外資系のマーケティング会社で計16年、市場調査と消費者研究に基づく提言を行い、クライアント企業の意思決定を支援する。CSとESの関係性を扱うなかで、社員のモチベーションやリーダーの役割への関心を高め、人と組織の領域にキャリアを移す。2019年「はたらいて、笑おう。」に共感し、パーソル総合研究所に入社。ピープルアナリティクスラボにてHRデータ活用の研究開発、シンクタンク研究員として人的資本情報開示や賃金に関する調査研究に従事。2023年10月より現職。
【経営者・人事部向け】
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