中高年会社員の社内外での末永い活躍のために ~会社員&研究者からの一考察~

公開日 2023/04/07

パーソル総合研究所では、ミドル・シニアの働き方や就業意識に関する実態の調査・研修、およびミドルからの躍進を支援しています。

本稿では「定年後の自走人生」に向き合う企業と中高年社員を応援する機関である定年後研究所の理事所長 池口 武志 氏にミドル・シニア会社員の活躍についてまとめていただきました。

1.はじめに

少子高齢化の進行に伴う、働き手不足の問題が深刻化する中で、中高年会社員の活性化や、末永い活躍は、個々企業ベースのみならず、日本社会全体の課題である。

日本の伝統的な大企業では、役職定年や定年後再雇用を巡る人事上の諸課題が未解決なままで、大量採用世代が60代に差し掛かりつつあり、当該層を対象にした様々な人事施策を検討・実施する企業が増加している。

筆者は、日常より大企業の人事担当者と意見交換する機会に恵まれているが、彼ら彼女らの「課題認識と人事施策」の視点は、以下の図表の3つの円(図表➀)で要約されると感じている。また、3つの円が重なる中心(すなわち施策の目的)が、中高年層の「キャリア自律」・「意識や行動の変容」と言えよう。

VUCAの時代と言われて久しいが、従業員に受け身の姿勢ではなく、積極的に新しい仕事に挑戦して欲しいと大半の企業が願っている。人事担当者の中には、骨身を惜しまず、中高年社員一人一人と腹を割ったキャリア面談を続けている方も多く、筆者は頭が下がる思いである。

同時に、経済活力の維持・向上目的で「人材の流動化」が叫ばれているが、中高年会社員の転職や独立起業は、一般的には困難なチャレンジと言われている。

図表①

図表①

当コラムでは、中高年会社員の活性化や末永い活躍を目的として、前半では「企業内での活性化」をテーマに、その基底にある「キャリア自律」意識を高めるヒントを探りたい。そして後半では、「定年前後期でのキャリアチェンジ」をテーマに、その成功者の心理的プロセスを概念化し、人材流動化を考える視点を示したい。

2.中高年会社員のキャリア自律を高めるには?

定年後研究所では、昨年8月に、「キャリア自律」をテーマに大規模な会社員アンケート調査を実施した。対象は、都市部在住の大企業勤務の正社員(60歳上は契約社員等を含む)、22歳~69歳、男女1200名である。ここでは、キャリア自律を「主体的な学びの姿勢」と「将来のキャリアビジョンの明確さ」の掛け算と定義し、キャリア自律意識の高い層・中間層・低い層の3つに区分した。

次に、この3区分と、就業価値観を構成する「仕事への意識」「付加価値への自信」「会社への期待」「自身の学び直し」「チャレンジ意欲」に関する20の設問回答との相関分析を実施した。

まず驚いたのは、キャリア自律意識の高い層・中間層・低い層の「占率(分布)」が、50歳未満と、50歳以降とで差異が見られなかったことである。(図表②)

加齢とともに減退傾向にあると思っていた「キャリア自律度」は、当アンケート調査で、年代別には差異がないことが明確になった。この結果は、筆者自身が無意識に生成していた中高年社員へのアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)に気づかされる機会にもなった。

図表② 「キャリア自律」(学びの姿勢×キャリアビジョン)の高低

図表② 「キャリア自律」(学びの姿勢×キャリアビジョン)の高低

「仕事への意識」との相関では、キャリア自律意識の「高い層」の9割超が「今の仕事にやりがい」を感じているのに対して、「低い層」は5割を切る結果となった。また、職場での「周囲からの信頼」を、「高い層」の9割超が感じているが、「低い層」は6割にとどまっている。モチベーションの基本とも言える「やりがいのある仕事の付与」と、「周囲からの認知」の面で、改善余地のある職場が多いのではないだろうか。

「付加価値への自信」では、「能力・スキル」「市場価値」「ネットワーク」「レジリエンス」などの全ての面で、キャリア自律意識の高低で対照的な結果となった。(図表③)

図表③ 人的資本・社会的資本・心理的資本」への自信度

図表③ 人的資本・社会的資本・心理的資本」への自信度

「会社への期待」は給与・評価・勤務体系など多岐にわたるものの、「自分の成長機会」「異動ローテーションの機会」について、50~60代であっても5~6割が期待しており、若い世代と遜色ない結果が出た。特に、キャリア自律意識の「高い層」は、実に9割が「自分の成長機会」を会社に求めていることが明らかになった。

また、キャリア自律意識の「高い層」の8割が何らかの「自発的な学び直し行動」をとっている反面、「低い層」の6割は何も取り組んでおらず、同じ世代でも大きな差異が鮮明になった。(図表④)このことから、現在「リスキリング」「学び直し」の機運が高まっているが、従業員の能力開発支援策の検討にあたっては、一律的な「年齢」で区切るのではなく「個人の学びの意欲」に応じた機会を設定することが肝要と考える。

図表④ 学び直し行動

図表④ 学び直し行動

ところで、「中間層」「低い層」への学びの動機付けの難しさは、多くの企業人事担当者から聞かれる悩みである。その点、「将来のキャリアビジョンの明確さ」は、当調査の「キャリア自律」定義の片方の軸であるとともに、「主体的な学びの姿勢」との強い相関が類推される。企業は、「中間層」「低い層」に対しても、「将来のキャリアビジョン」を明確にする機会を提供することが、学びの動機付けの一つの手だてではないかと考える。

最後に、「難易度の高い仕事」や「未知の分野での新しい仕事」へチャレンジ意欲と、キャリア自律度の相関を見ると、キャリア自律意識の「高い層」と「低い層」とでは対照的な結果となった。(図表⑤)

従って、キャリア自律意識を高める取組みは、従業員のチャレンジ意欲を引き出し、企業の競争力向上に繋がるものと考える。

図表⑤ 難易度の高い仕事、未知の分野の仕事への意欲

図表⑤ 難易度の高い仕事、未知の分野の仕事への意欲

今回の調査では「因果関係」の量的分析は行っていない。ただ今回の結果から、50~60代社員に対しても、補助的な業務を付与するのではなく、主体的な学びを必要とするチャレンジングな仕事を付与し、そのことを職場のメンバーが共有し、所属長がしっかりと評価するという、当たり前のサイクルを回していくことが、キャリア自律意識の醸成を通じて、当該層の活性化に繋がると言えるのではないか。

3.「定年前後期のキャリアチェンジ」の成功者の心理的プロセスとは?

ここからの後半では、「定年前後期でのキャリアチェンジ」の成功プロセスの解明に照準をあてたい。以下にご紹介するのは、筆者の大学院での修士論文をベースにしている。会社で管理職を長く務めてきた筆者にとって、学術的なバックボーンに立脚した「研究作法」の修得は、必要なハードルであった。そこで、世の中の関心を集めつつある老年学(ジェロントロジー)に触れることを自らの学び直しと定め、2年前に桜美林大学院老年学学位プログラム前期博士課程に入学した。

1年間に及ぶ先行研究レビューの末、修士論文のテーマを「定年前後期のキャリアチェンジの移行プロセスの解明―大企業ホワイトカラー職種の出身者を対象としてー」に定めたのは以下の理由による。

冒頭触れた通り、高齢者就労の重要性や人材流動化の必要性は大きいにも関わらず、大企業の定年前社員のキャリアチェンジ志向は低いのが現状である。そこで、当該層が定年前後期にキャリアチェンジを果たし、新しい環境下で活躍を続ける移行プロセスの解明に、自らの研究意義を見出した。

国内の先行研究では、ホワイトカラー層の転職促進要因や能力・経験に着目した研究があるものの、転職時期が中年期であるもの、また、IT技術者やコンサルタントなど高度知識労働者を対象にしていた。そこで、筆者の研究(以下、本研究)では、必ずしも高度専門性を持たない大企業ホワイトカラー層を対象に据え、キャリアチェンジを可能とする基盤形成や、その促進要因・阻害要因の解明を分析目的とした。

研究方法は、質的研究法の中から、M-GTA(修正版グランテッドセオリーアプローチ)の分析方法を採用した。当手法は、調査協力者の語りの中から、普遍性を持つ「概念」を抽出し、期待するアウトカムに至るまでの心理的プロセスを見える化し、その後の実践活用を目的とするものである。

以下の条件を満たす11名の調査協力者に、分析目的に適うインタビューを行い、修士課程2年目の1年を費やして、インタビュー実施→分析ワークシート作成→ストーリーラインの検討を、日中の仕事と同時並行で進めた。

<調査協力者>
①調査時点50~60代の男女
②日本の大企業に新卒入社
③ホワイトカラー職種として勤務
④50~60代でキャリアチェンジを経験

ちなみに業種はバラバラである(メーカー、銀行、保険、広告、運輸、放送など)。

余談であるが、分析者(この場合は筆者)には、先入観を持たず、調査協力者の語りを冷静かつ客観的に分析することが要求されるが、私の場合は、自分の実体験や当時の心理状況と照合する場面が多かった。換言すれば、11名の調査協力者は自分にとって、「人生の大先輩」「生き方のお手本」のような眩しい存在でもあった。

分析結果として、5つのカテゴリー、3つのサブカテゴリー、25の概念が生成された。(図表⑥)

ストーリーライン(論文の骨格)としては、大企業に新卒入社し、ホワイトカラー職種として勤務してきた者は、50代に入り【キャリア上の外圧的イベントを経験】し、キャリア路線に区切りをつけることを余儀なくされていた。会社では希望ポストに就けないことから、【これまでの会社人生の継続に迷いや不安を感じた】。このような迷いや不安を感じながらも、心の内面では【キャリアチェンジの移行プロセスが促進された】。この移行を支え、キャリアチェンジ以降の仕事人生の充実をもたらしていたのが【仕事を通じて人材として高めてきた付加価値】であった。この付加価値を認識し、活かすことを通じて、【新しい仕事価値観を獲得し、キャリアチェンジ以降、より充実した仕事人生を送ることが出来た】。

図表⑥ ストーリーライン【5つのカテゴリーを生成】

図表⑥ ストーリーライン【5つのカテゴリーを生成】

【キャリア上の外圧的イベント】とは、役職定年や早期退職勧奨、定年後再雇用への移行であり、これまでのキャリア路線との区切りを余儀なくされる経験である。人によって、その認識時期はまちまちであった。

【会社人生の迷いや不安】とは、役割・やりがいの喪失、企業論理や給与目的だけで働くことへの疑問、能力・スキルの陳腐化への不安、将来の居場所不安などから構成される。

【移行プロセスの促進】とは、働く視界の拡がりや、自らの強みを発見し、外でやれるとの自信、天職との出会い、家族の了解などを指す。長年浸っていた安定との決別は、配偶者の反対を含めて一直線で進むのではなく、内面の葛藤を抱え、心を打ち明けられる人との相談を含めて、行きつ戻りつする人も観察された。

【人材としての付加価値】は、職場での成功・失敗体験を通じて得られる自己効力感、学び、チャレンジする姿勢といった基本スタンスと、実践を通じて蓄積された汎用能力やスキルから構成される。その付加価値が、50代を過ぎたキャリアチェンジ場面以降で発揮される原動力、すなわち越境エンジンや、ネットワーキング力、主体的な仕事スタイル志向に繋がっていく。

最後に【新しい仕事価値観の獲得、より充実した仕事人生】とは、新たなフィールドで必要とされる喜び、社会貢献や後進世代のサポート意欲、定年の呪縛から解放され、いつまでも学び続けたいとの成長意欲、持続可能な経済生活の実現などから構成される。

本研究では、大企業のホワイトカラー層が、キャリア上の外圧的イベントを経験し、会社人生の継続に迷いや不安を感じても、心理的な内面変化を伴う移行プロセスを踏むことで、これまで認識していなかった自らの強み・能力を自覚し、キャリアチェンジを果たすだけでなく、それ以降も充実した仕事人生を送ることができる一つのモデルを明らかにできたのではないか。

今後は、調査事例数の増加による妥当性の再検証、男女の違いやライフイベント影響の検討、キャリアチェンジに踏み切れない人や、キャリアチェンジに失敗した人との比較検討、中小企業のホワイトカラー層を対象にした事例研究など、教授方から課題点も指摘されており、研究の無限性を痛感している。

※前半のアンケート詳細内容、後半の研究論文(25個の概念)にご興味がある方、当コラムへのご意見やご助言を、定年後研究所HPのお問い合わせから「パーソル総研のコラムを読んで」と書き添えて、ご連絡ください。
定年後研究所ホームページ https://www.teinengo-lab.or.jp/

執筆者紹介

池口 武志 氏

一般社団法人 定年後研究所 理事所長

池口 武志 氏

Takeshi Ikeguchi

1986年 大学卒業後、日本生命保険相互会社に入社
本部と現場で長く管理職を経験後、2016年より研修事業も行う星和ビジネスリンクに出向。
現在、同社取締役常務執行役員も務める。
2023年 桜美林大学大学院 老年学修士
国家資格キャリアコンサルタント 心理的資本協会理事 シニア社会学会会員
著書に「定年NEXT(廣済堂新書)」「人生の頂点は定年後(青春新書)」

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