マネジメントラインの一体感が高まるJSRの『キャリア自律マインド』浸透施策
(キャリア自律セミナー2023 第4回)

公開日 2024/02/29

【イベントレポート】マネジメントラインの一体感が高まるJSRの『キャリア自律マインド』浸透施策(キャリア自律セミナー2023第4回)

1957年に設立されたJSR株式会社は、「Materials Innovation」を企業理念に掲げ、デジタルソリューション事業・ライフサイエンス事業・合成樹脂事業の3つのセグメントでグローバル事業を展開している。同社では近年の激しい環境変化を受け、従業員のキャリア開発・エンゲージメント向上を重要課題と位置づけて、今年度から「キャリア自律」した多様な個の能力発揮と組織力の最大化を支援する環境づくりに着手。「キャリア自律マインド」を全社に浸透させ、従来の取り組みを根底から進化させていくために、まずは、マネジメント層の認識合わせと連携強化に取り組んでいる。2024年1月15日の第4回セミナーでは、同社人財開発部の宇野毅氏・猪俣聡美氏に、施策の背景と全体像、初年度のマネジメント向け施策について紹介いただいた。

  1. 成長の矢印の重なり度合いを上げる ―― JSRが目指す個人と企業の関係性
  2. 初年度のゴールは「社員のキャリア観を変える」こと
  3. 役員層から始めるキャリア自律マインドの全社浸透
  4. 「自分だけでやる必要はない」―― マネジメントラインの一体感がもたらしたもの

成長の矢印の重なり度合いを上げる ―― JSRが目指す個人と企業の関係性

JSRが従業員のキャリア自律促進に取り組み始めた背景には、2つの大きな変化がある。ひとつは社会環境の変化、もうひとつが個人と企業の関係性の変化だ。

社会環境の急激な変化を受け、現在はキャリアについての考え方、捉え方も変わってきている。企業も個人も「キャリアの主体は個人」と捉えつつ、企業には、個人が自分らしく働ける環境を整えていく必要が出てきている。

こうした変化からキャリア自律の必要性を認識し、同社では「従業員一人ひとりの多様な能力を活用することが組織のレジリエンスにつながり、変化が激しい社会環境においても、企業の価値創造に繋がっていく」と考え、目指す個人と企業の関係性を「個人と企業が重なり合ってともに成長していくこと、その重なり度合いを上げていくことがエンゲージメント向上につながる」と整理した。(図1)

図1.キャリア自律の必要性 個人と企業の関係性の変化

キャリア自律の必要性 個人と企業の関係性の変化

また、自信をもってキャリア自律を社内に浸透させていくには、キャリア自律の明確な定義が必要であると考え、キャリア開発チームの幅広い年代のメンバー、人財開発部長、担当役員などからさまざまな意見を取り入れて、JSRとしての定義をまとめた。(図2)

「当社ではこれまでも人材育成の要素を数式で示してきましたので、定義にも馴染みのある数式を取り入れ、『キャリア自律=主体的なキャリアビジョン×その実現に向けた持続的な行動』としました。さらに補足の文言を追加し、最終的には自分の価値を高めることがキャリア自律であるとし、この定義をベースにキャリア自律のための浸透施策を考えていくことにしました」

図2.キャリア自律とは?JSRにおける定義

キャリア自律とは?JSRにおける定義

初年度のゴールは「社員のキャリア観を変える」こと

浸透に向けた具体策の考案に入る前に、もうひとつ同社で行ったことがある。現状の課題整理だ。キャリア開発の担当者が考えていたのは、10年以上見直されてこなかった「社員教育要綱」の改定とキャリア自律のための研修設計。これらに着手するにあたって、改定や施策が従業員の認識からかけ離れたものにならないよう、現状を踏まえた上で検討していきたいと考えて、2022年8月、キャリアに関するアンケートを実施した。

「アンケートでは、キャリアに対する認識と理解、現状のキャリアに関わる施策や制度について尋ねました。その結果、キャリアを“仕事”に限定して捉えている従業員が全体の3分の2を占めており、キャリア形成への不安が大きいこと、キャリアについて考える機会は目標面談やフィードバック面談であるにも関わらず、自己申告・能力開発制度や目標管理制度が役立っていないと認識されていることがわかりました」

そこで、定めたキャリア自律の定義とも照らし合わせながら課題を洗い出し、3つに整理したうえで、課題に対する施策を打っていくことに。3段階の施策を数か年に渡って行っていき、個人と組織に変化を起こしていくという大枠の構想をまとめた。(図3)

図3.課題と打つ手

課題と打つ手

初年度となる2023年度は、まず「キャリア観を変える」施策に着手。

「いきなりの完璧なキャリア面談はできなくても、キャリアについて話してもいいんだ、キャリアについて少し話せたかもと、翌年度の面談で何かしら変化を感じ取ってもらいたい。そのように考えて、23年度末に目指すゴールを『管理職・メンバーともにキャリア自律とは何かを理解している状態で、2024年度の業務面談を実施する』におきました」

役員層から始めるキャリア自律マインドの全社浸透

4月に社員教育要綱を改定し、5月から研修やeラーニングを進めていく流れで施策をスタート。キャリア自律マインド浸透の要となるキャリア研修については、検討の結果、役員層 → 部長 → 課長 → 一般層と進めていくことにした。キャリア自律を全社に浸透させ、根付かせるためには、まず、上位職の理解・納得が不可欠と考えたからだ。(図4)

図4.マネジメントラインの一体感を意識した研修設計

マネジメントラインの一体感を意識した研修設計

まずは役員層に向け、キャリア自律の必要性とメリットについて理解し、共通認識をもってもらうことを目的として、講義と対話による1時間半の研修を実施。続いて部長・課長を対象に、1か月に1回、半日のオンライン研修を3日間行った。

「部長層・課長層への研修のポイントは、部長と課長の研修実施期間をオーバーラップさせつつ、研修の前後に受講者の上司と配下メンバーとの対話を組み込んだ点です。対話のタイミングは、研修前・インターバル・研修後の3回に設定しました。

研修前の対話では、上司とキャリア自律の浸透について意見交換してもらい、インターバル期間の対話では、部長は課長との意見交換、課長はメンバーとのキャリア面談をしてもらいました。研修で学んだことを自分なりにアウトプットし、研修内容の理解を深め、現場への落としこみをイメージしてもらうことが狙いです。研修後の対話では、部門として取り組みやすくなるようにとの思いから、先々のキャリア自律の取り組みへの考えを上司と共有することで、上司からの適切な支援を得やすくすることにしました」

このような研修設計にすることで、各層が別々の研修を受けながらも取り組みへの“一体感“をもってもらうことができる。さらに1日目、2日目、3日目それぞれで実施後にアンケートも行った。

「Day1実施後のアンケートでは、部長層・課長層ともに事務局として伝えたかったことが伝わっていなくて、キャリア自律をベースとしたマネジメントを不安に感じている受講者が多くいることがわかりました。そこで急遽Day2の内容を一部変えて不安解消のヒントを入れるなどしました。受講者の反応も見ながら研修内容を調整したり、対応を変えたりしていったことで、より理解・納得してもらえる研修にできたのではないかと思っています」

こうした取り組みを1年間行った結果、明らかな変化が見られた。研修・施策後のアンケートでは、「キャリア」を仕事に限らず私生活も含むものと認識する従業員が70%強まで増加。また部長・課長層向けの研修後のアンケートからは、キャリアに関する理解度のアップを見て取れた。とくに部長層での期待役割理解度が10%以下から80%強へと大きく上がった。

24年度は、「キャリア観を変える」施策を維持しつつ、「キャリア選択肢を提示する」施策にも範囲を広げて取り組んでいく。

「各部門の職務紹介、社内キャリアパスの紹介などを進め、キャリアビジョンを主体的に描けるような環境を整えていきたいと考えています」

「自分だけでやる必要はない」―― マネジメントラインの一体感がもたらしたもの

ここからは宇野氏、猪俣氏との対談、そして質疑応答で寄せられた質問から参考にしていただけそうな内容をいくつかを取り上げて紹介していこう。

【Q1】キャリア自律において「マネジメントラインの一体感」を重視した背景は? 対話以外の部分も含めて研修設計のどの部分において一体感が高まったか?

「会社全体のキャリア自律の浸透には、トップ層から考えが順に下に降りていく体制が必要と考えていたことがひとつあります。現在のマネジメント層は、自分で自分のキャリアを考える経験が少ない、もしくはなかった方が多い。ですので役員・部長・課長の各層の連動性をもたせることで、自分だけでやる必要はなく、上司と部下一体となって進めていけばよいといった安心感をもってもらえるのではないかと考え、マネジメントラインの一体化を重視した研修体系をつくりました。また、部長層・課長層ともに1クラス20~30人でしたが、部長同士・課長同士でグループディスカッションする場を設けましたので、そこが組織運営に関する情報共有や相談の場にもなって、さらに一体感が高まったのではないかと考えています」(宇野氏)

【Q2】役員研修/部課長研修の中身はどのようなものか? 効果/手ごたえは?

「役員研修は3部構成で行いました。第1部は人財開発部によるキャリア自律の必要性の説明と役員への支援のお願い、第2部がパーソル総合研究所さんの佐々木上席主任研究員による基調講演、第3部が、第1部・第2部を受けての役員間のグループディスカッションです。役員の方々には当初考えていた以上に興味を持ってもらえました。具体的な意見もいただいて、現在のキャリア自律施策に反映させています。

部長・課長研修は、期待役割に応じて軸足を変えたものにしました。部長研修では、会社の方針を受け、自分はどういうビジョンをもって自部門のキャリア支援に取り組んでいくのかを自分なりの言葉でつくりあげ、部内で共有していただきました。課長 研修では、自身のキャリアデザインの「原体験」を持つこととメンバー支援の具体的な関わりを扱いました。

部課長共通の内容としては、パーソル総研さんの「価値観診断」というツールを活用して自身の価値観を知りグループで語り合うこと、自分のキャリアを振り返って意味づけること、また、メンバーのキャリア支援におけるマネジメントの役割認識と自職場についてのセルフチェックなどがあります」(猪俣氏)

【Q3】初年度を終えて、今後の取組・展望は?

「数名の部下を有してはいるが役職についていない管理職もおりますので、そうした人たちも含めた全管理職研修を進めていくと同時に、係長職もそれぞれの部下へのキャリア支援は必要ですので、この層まで含めて研修をやっていければと考えています。また、メンバー側の理解と主体的な取り組み支援に向けて、メンバー向けキャリア研修も提供することで相乗効果を高めることも検討していきます。最終的には、管理職だけでなく、メンバーも含めた社員全員が自身のWILL・CAN・MUSTを考え、話し合えるような環境なり、思いをもってもらえるよう、今後も取り組みを進めていきたいと考えています」(宇野氏)

登壇者紹介

JSR株式会社 宇野 毅氏

JSR株式会社 人財開発部 キャリア開発チーム チームリーダー
宇野 毅氏

Takeshi Uno

1985年JSR入社。人事関連の部門を中心にシステムから工場事務部門まで幅広い部門を経験。広報部長、工場事務部長、グループ企業管理担当役員を経て、2020年に再び人財開発部へ。キャリア自律施策を含む従業員の育成全般に携わる。

JSR株式会社 猪俣 聡美氏

JSR株式会社 人財開発部 キャリア開発チーム
猪俣 聡美氏

Satomi Inomata

2005年にJSR入社。事業企画、広報部門を経て2022年に人財開発部へ異動。自らもキャリア自律について理解を深めながら、グループにおけるキャリア自律施策の検討、推進を担当。

株式会社パーソル総合研究所 河野 朝子

株式会社パーソル総合研究所 組織力強化事業本部 キャリア開発部 シニアコンサルタント
河野 朝子

Asako Kono

人材サービス企業の人事部にて採用・人材開発担当を経て、2002年に富士ゼロックス総合教育研究所(2021年4月にパーソル総合研究所と組織統合して現在に至る)の法人営業担当に転身。長年、製造業/金融/サービス業を中心とする大手企業の人材開発体系構築、戦略実行力強化等のテーマで人材開発コンサルティングに従事。現在、キャリア開発部にて、働く人のキャリア開発とそれを支える企業の環境づくり全般をご支援中。

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。

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