公開日 2024/03/13
現在50%を超える企業が上司と部下によるキャリア面談を実施している。だが、そのキャリア面談はどのくらい効果的に行われているのだろうか。2024年1月17日の第5回セミナーでは、パーソル総合研究所が実施した「部下のキャリア面談に関する定量調査」でわかった実態を紹介するとともに、成果につながるキャリア面談にしていくための管理職の役割と仕組みづくりについて、法政大学キャリアデザイン学部の坂爪洋美教授とともに考察した。
第1部は、パーソル総合研究所の小室銘子が「部下のキャリア面談に関する定量調査」の中から注目すべきデータをピックアップしながら、キャリア面談おける部下側の本音について解説した。
企業において、キャリア面談はどのくらい実施されているのか。まずはその実施率から見ていきたい。ちなみにここで呼ぶ「キャリア面談」とは、「部下の今後のキャリアについて、上司と部下で年に1回程度話し合う面談」を指す。
最初に本セミナーの参加者にオンライン投票でお聞きしたところ、キャリア面談を「年に1回実施している」が44%、「年に2回以上」が18%、「実施していない」が37%で、「年1回」「年2回以上」を合わせると62%の企業がキャリア面談を実施しているとの結果になった。
また、2017年の労働政策研究・研修機構「日本企業における人材育成・能力開発・キャリア管理」調査では、社員の自律的キャリア形成促進に力を入れている企業で58.5%、力を入れていない企業でも48.2%がキャリア面談を実施している、とのデータがあり、本セミナー参加者の状況と比較しても、実施企業の数は増えてきていると思われる。
一方、実施率が上がっていく中で聞こえてくるのが、「目標面談、評価面談、フィードバック面談だけでも手いっぱいなのに、キャリア面談までやらないといけないのか」「そもそもキャリア面談と評価面談の違いがわからない」「キャリア面談で何を話せばいいかわからない」といった管理職層の悩みだ。(図1)
図1.キャリア面談に関する管理職の悩み
こうした声を受けて、パーソル総合研究所では、2023年1月に「部下のキャリア面談に関する定量調査」と題する調査を行った。この調査は、キャリア面談について「部下側からの視点」で実態を明らかにすることを目的としている。「部下側からの視点」に重点を置いたのは、過去の調査において「部下の話を最後まで丁寧に聴く」「部下の想いや意見をいったん受け入れようとしている」といった上司の傾聴行動について、上司側は「自分はできている」と高い度合いで認識しているが、それに対して部下側の認識は大幅に低く、上司・部下の認識におけるギャップの存在が明らかになったからだ。よって、部下にとって有効なキャリア面談を実施するための要因を明らかにするには、まずは部下の本音を知る必要がある。
では実際に部下はキャリア面談をどう思っているのだろうか。
全体的に「自分のこれからのキャリアにとって役立つ機会」「本音を話せる機会」と捉えている部下は6~7割と、キャリア面談をポジティブに受け取っていることがわかる。反対に「目的が不明でやりたくない」というネガティブな意見も4割強あった。(図2)
図2.部下は、キャリア面談をどう思っているのか?
また面談で「上司がやってくれていること」の各項目と部下の評価を照らし合わせると、各項目を意識して行うほど、部下は「キャリアにとって役立つ」「本音を話せる」と認識し、「今後のキャリアが明確になった」「自分のキャリアを考えることの大切さがわかった」「自分の強みや課題がわかった」といったプラスの成果を実感していた。(図3) プラスの成果として「今までのキャリア面談で良かった時のこと」を聞いたフリーコメントにおいても、「該当部署とつないでくれた」「将来を考えることができた」「普段話せないことが話せた」などが並んでいる。また本調査では、上司を信頼できているほど「キャリア面談は役立つ」と捉えている部下が多く、上司との信頼関係もキャリア面談の成果実感に影響していることがわかった。
図3.キャリア面談をポジティブ印象に促す上司の行動
対して、「今までのキャリア面談で嫌だった時のこと」には、「自慢話や愚痴を聞かされた」「聴いているようで聴いていない」「会社の都合を優先されそうになった」「上司の意向、思いを一方的に押し付けられる」といったコメントが並び、「キャリアへの助言・気づきがもらえない」、「参考になりそうな先輩を紹介してもらえない」、「上司自身の意向ばかりを話す」といった上司の行動は、部下にネガティブな印象をもたらすことが明らかになった。(図4)
図4.キャリア面談をネガティブ印象に促す上司の行動
以上のような調査結果を踏まえたうえで、キャリア面談をより効果的なものにしていくためには何が求められるのか。続く第2部では、法政大学キャリアデザイン学部の坂爪洋美教授が、成果につながるキャリア面談にしていくための管理職の役割と仕組みづくりについて解説した。
まずキャリア支援における管理職の役割を整理すると、①情報提供、②日々の業務とキャリアの関連づけ、③キャリアの可能性を広げるサポート、の3つがある。
①の情報提供では、社内にあるキャリアの可能性や道筋を魅力とともに伝えることが役割だ。(図5)この点について坂爪氏は、「日本の会社は謙虚な人が多く、『こんな支援があって、こんな魅力と可能性があることは言わなくてもわかる』と考えてしまい、従業員に『うちの会社のキャリアはこんなに魅力的なんだよ』『あなたにはこんな可能性があるんだよ』といったことが伝わっていないように感じる」と指摘する。
図5.キャリア形成支援と管理職の役割①:仕組みと情報提供
また②の「日々の業務とキャリアの関連づけ」については、仕事のアサイン時にその仕事の意義や部下にとっての意味を伝える、仕事に対するフィードバックをしっかり行うなど、仕事とキャリア自律との連動性を高めていくこと。③の「キャリアの可能性を広げるサポート」については、キャリアプランやその実現方法を共に考える、部下の良いところを社内に広げる、良い仕事をアサインすることが管理職の役割だ。
これらの役割において、今回のテーマである「キャリア面談」は、どのような意味を持つのだろうか。
成果主義や従業員の価値観の多様化によって、上司は部下一人ひとりに個別対応する必要性が生じ、相手がどんな考えや価値観を持っているのかは、部下の話を聴かないことにはわからない。さらにキャリア自律の流れの中で、「Will(個人の意向)」と「Must(会社でやってほしいこと)」の調整も必要となる。つまり、部下とのキャリア面談の重要性はより高まり、かつ難易度も上がっているのが現状だ。そのような中で、「適切な助言ができない」「権限を持っていないことに対応を求められる」「時間をとって面談したわりには成果につながらない」といった悩みを抱える管理職に対して、やはりHRとしては何らかの支援を行っていくことが必要であろう。
「なぜ管理職にキャリア支援をやってもらうのかについて、会社と管理職の間での意思疎通を図っておくことは大事」と坂爪氏は言う。また管理職の能力の部分で言うと、大事なのが「聴くスキル」に加えて「伝えるスキル」だ。
キャリアについては年代や属性によって考え方も違う。管理職はキャリアにおいて部下よりベテランであるがゆえ、思い込みも出てきやすい。部下の話の中で不明なことがあれば「それはどういうことなのかな?」と深掘りし、アンコンシャス・バイアスを軽減してニュートラルに聴いていくスキルが必要になる。
「もうひとつが伝えるスキルです。社内のキャリアの可能性や道筋、魅力、仕事の意義・意味を伝えていく “語り部”としてのスキルが管理職にはとても大事になってきます」
また管理職がキャリア支援への意欲を持てると、管理職自身のキャリア形成に対する意欲にもつながってくる。したがって部下支援への「意欲」を高め、管理職が支援者として⼒を発揮できるような「仕組み」も重要になる。たとえば助⾔に必要な情報やアドバイスを得られるよう、「面談でこういう質問が出たときは、こう答えるといい」といったトピックを蓄積し、いつでも確認できる仕組みをつくるなどもひとつだ。(図6)
図6.部下のキャリア支援につながる面談とは
異動など⽀援に必要な権限はどこにあるのか、支援との整合性は取れているのかも、仕組みの観点から考えておきたいこと、と坂爪氏は言う。「特に異動などの権限がない課長クラスがキャリア面談をすることの意味と限界は、もう少し考えていく必要があるのではないかと思います」
管理職の能力開発と併せて、会社としての仕組みづくりも自社従業員のキャリア形成に大きく影響する。個人のキャリア形成支援と管理職の支援につなげていくためにも、「自社におけるキャリア自律とは」をしっかり決めておくことが重要だ。
ここからは、質疑応答で寄せられた質問と回答のいくつかを紹介していこう。
【Q1】管理職が「語り部」として「意義・魅力を伝える」ことができるようになるには?
「今の部下マネジメントは、ポジティブフィードバックでプラス面をどう増やしていくかに力を入れるようになってきているので、研修の中に『今の経験をポジティブに捉え直す』、もしくは『今の経験をポジティブな言葉で表現する』学習を組み込むことで、十分できるようになっていくと思う。ネガティブからポジティブへどう言葉を変換していくかは、社内で共有するだけでもいろいろ出てくる。こうしたことは若い管理職の方のほうが上手いので、その人たちから学ぶのもよいのではないか」
【Q2】初回面談で価値観の理解、2回目以降でフォローアップ。管理職が気を付けることは?
「2回目以降は基本的に進捗と目標の見直しでよいと思うが、生活環境や家庭の状況が変わると、気持ちや価値観も変化する。初回面談で得た情報を過度に信用せず、『生活全般で何か変わったことはないか』『気持ちや価値観で前回と変わったところはないか』の確認はしておくとよい。日々の業務に関わっている上司だからこそ見えている、その人の伸びているところ、もっと期待したいことなどを伝えていくとよいと思う。『変わらない』『変えられない』といったもどかしさの中でも、確認・すり合わせを行うこと、管理職が『自分でできることの境界線』を示すことが大事だろう」
【Q3】ジョブ型を導入していない企業で「キャリアの見える化」をする好事例は?
「ある企業では、タレントマネジメントシステムを取り入れて、個々の社員がどのようなキャリアを描いてきたかを公表している。この企業では、自分が目指したいキャリアに近い人を検索で探すことができて、自分からその人にアプローチもできる。メンバーにも『アプローチがあったらちゃんと受けてあげて』と伝えて、社員どうしでキャリアを知る、学べるようになっており、参考にできるのではないか」
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
坂爪 洋美氏
Hiromi Sakazume
慶應大学文学部卒業後、株式会社リクルート人材センター(現:リクルート・キャリア)での勤務を経て、慶應義塾大学大学院経営管理研究科にて2003年博士(経営学)を取得。和光大学を経て、2015年4月より現職。専門は組織行動論。主たる研究テーマは、多様化した働き方の下での管理職のマネジメントのあり方。近著に「管理職の役割」(中央経済社、共著)。
株式会社パーソル総合研究所 組織力強化事業本部 キャリア開発部 部長
小室 銘子
Meiko Komuro
大学卒業後、証券会社の営業、商社での企画職を経て、人材派遣会社にて広告宣伝、人材派遣の営業、コーディネーター、スタッフ教育、企業研修等すべての分野を経験。多くの女性部下をマネジメントしてきた経験を活かして、大手企業のダイバーシティ推進、女性活躍推進支援など、「職場で活躍する」社員育成のプログラム開発・セミナー企画・運営を得意とする。社会人大学院に通い、アカデミック領域と実務を繋げる研究に従事。2009年4月より現職。2020年4月から企業向けキャリア開発支援を担当。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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