公開日 2022/09/16
パーソル総合研究所では、ミドル・シニア層の働き方や就業意識に関する実態、およびミドルからの躍進を支援しています。
ミドル・シニア層の課題として、会社・ビジネス・環境に変化が生じてもうまく対応できる「変化への適応力」があり、変化に適応していくためには、古いスキルや仕事のやり方を捨てていく「アンラーニング」の必要性が注目されています。
本稿では、ミドル・シニア社員が「何を、どのように変えればよいのか」を理解する参考として、北海道大学大学院経済学研究院 教授 松尾 睦氏の研究結果を紹介していただきました。
時代の波に乗りながら成長しつづけることができる企業もあれば、時代についていけずに衰退してしまう企業もあります。その分かれ目は、環境の変化に応じた「アンラーニング」ができるかどうかです。アンラーニングとは、図1に示したように、時代に合わずに有効ではなくなったルーティンを捨て、新しく有効なルーティンに入れ替える変革活動です。ここでいうルーティンとは、組織内における「ルール、手続き、システム、構造」といった「しくみ」を意味します。ルーティンは、組織を安定させ、方向づけるのに役立ちますが、定期的に見直し、アップデートする必要があり、そのために求められるのがアンラーニングなのです。
図1:アンラーニングとは
例えば、富士フィルムは、衰退していく写真フィルムビジネスから医薬・化粧品ビジネスへと転換することができたのに対し、ライバルだった米国のコダックは、こうしたアンラーニングが上手く進まずに破産に追い込まれました。
時代に合わなくなったルーティンを捨て、時代に合ったルーティンを導入するアンラーニングは、組織レベルだけでなく、部門レベルにおいても必要になります。それを主導するのが課長・部長といったミドルマネジャーです。しかし、ミドルマネジャーが、自分の部門のアンラーニングをどのように進めているかについては、十分に明らかになっていないのが現状です。
部門のアンラーニングを進めるためには、ミドルマネジャーだけでなく、彼らを支えるミドル・シニア社員、中堅社員が「何を、どのように変えればよいのか」を理解しておく必要があります。
そこで本稿では、日本企業の知的財産部門を対象に実施した自由記述調査をもとに、ミドルマネジャーが部門内のアンラーニングをどのように進めているかについて解説します。ちなみに、「知的財産部門」は、研究部門や事業部門と協働しながら、知財戦略に基づいてイノベーションを推進し、事業の競争優位を確立する役割を担っており、組織全体のアンラーニングにも強い影響を与えているセクションです。
調査では、一般社団法人・日本知的財産協会の協力を得て、日本企業970社の知的財産部門に調査票を送付し、504社から回答を得ることができました。回答した企業の91.3%が製造業、81.2%が従業員数1000名以上の組織であり、回答者の89%は課長以上でした。
この調査では、課長・部長級の管理職が中心となって進められたアンラーニング事例について、①時代に合わなくなって取り止めた「仕事の進め方、手続き」、②新しく導入した「仕事の進め方、手続き」、③事例におけるミドルマネジャーのリーダーシップ行動を自由に記述してもらいました。
記述内容を質的手法によって分析した結果が図2です。部門アンラーニングは、「効率化」「戦略化」「ネットワーク化」の3タイプに分類することができました。「効率化」とは、無駄を省いたり、業務の進め方を柔軟にしていくことを、「戦略化」とは、戦略を意識しながら業務を遂行する体制に変えることを、「ネットワーク化」とは、他部門や外部組織と双方向的な関係を構築していくことを意味しています。なお、戦略化とネットワーク化は密接に関係していました。
図2:3タイプの部門アンラーニング
それでは、図2に沿って、3つのタイプ毎に、アンラーニングの事例を紹介しましょう。文章の前半に「取りやめたルーティン」を、後半に「導入したルーティン」を記載しています。まず、「効率化」についての事例です。
事例1:全ての案件について、複数の上司が何回もチェックしていたが、案件の重要度に応じてチェックの要否や、チェックの程度を変えた。
事例2:承認を得るために紙の書類に捺印していたが、電子決裁を導入した。
事例3:過剰な会議があったが、本当に必要な会議を取捨選択した。
いずれも業務における「ムダ」を排除し、より効率的な業務体制へと転換している事例です。次に挙げる事例では、業務の進め方や意思決定のあり方を柔軟にすることで、より業務を効果的に運用しています。
事例4:メンバーが一同に集まった会議で情報や検討事項を共有・議論していたが、チャットなどを使って日常的に共有、議論するようにした。
事例5:長い間、特定の業務を経験している担当者が一番詳しいため、その担当者に全てを任せていたが、組織の継続性を考えて、業務の属人化を解消し、複数人が業務を担当できるようにした。
事例6:1件1件の案件について、上長の確認を経ないと出願手続きができなかったが、価値評価をした上で、高い価値の案件のみ上長が確認するようにした。
内容を見ると、単に効率を求めるのではなく、変化にも対応できる業務のあり方を工夫していることがわかります。なお、効率化の事例として「オフィスにおける対面での業務遂行から、オンラインを用いたリモート業務への移行」が多数記述されていましたが、これらは企業に共通したアンラーニングといえるでしょう。
次に、戦略を意識しながら業務を遂行する「戦略化」について説明します。以下に挙げるような事例が報告されていました。
事例7:特許出願の目標が数で設定され、質はほとんど気にしていなかったが、知財戦略を立案し、知財戦略に沿った出願を推進するようになった。
事例8:特許関連業務のみにリソースの大半を注力していたが、特許のみならず、各種の知財権やデータ等に基づいて、事業をいかに立上げ、推進を支援していくかという観点で業務を推進するようになった。
事例9:日本での権利取得の意義が低下し、市場も小さくなったため、外国特許、特に米国特許と中国特許の権利化手続を強化した。
いずれの事例でも、戦略や事業推進の観点から、より高い価値を生み出すために、業務を高度化していることがわかります。
最後に、他部門や外部組織との双方向的かつ協働的な関係を築く「ネットワーク化」の事例を紹介します。ネットワーク化は戦略化と密接に結びついていることにも注目してください。
事例10:技術部門から発明の相談依頼があるまで待っていたが、創出され得る発明の活用の仕方や研究開発の進め方を、技術部門に積極的に提案するようにした。
事例11: 研究部門から発明の提案がされるのをひたすら待つ体制を止めて、発明がなされる前の段階から研究部門と知財部門とが連携し、予めポートフォリオを作成してから研究開発を進めるようにした。
事例12:特許事務所を「下請け」としか考えず、「知財部にしかできない」「知財部がやるべき」と考えて、何でもかんでも知財部が抱え込んでいたが、特許事務所のスタンスを「下請け」から「プロであり、コンサルタント」に変えさせ、特許事務所を信じて「任せる」ようにした。
いずれの事例も、他部門や外部組織との関係を、より協調的かつ戦略的な方向へと見直していることがわかります。戦略化の一つの現れとしてネットワーク化が行われるともいえるでしょう。
以上の事例はすべて課長・部長級の管理職が主体となって進められたアンラーニングです。次に、こうしたアンラーニングを進めるために、ミドルマネジャーがどのような役割を果たしているのかについて解説します。
図3は、調査への回答を基に、ミドルマネジャーの行動をまとめたものです。まず、①変革案を提案し、部門内で議論してコンセンサスを形成する「創始フェーズ」があり、②次に、方針・計画を立て、予算を獲得し、必要に応じて、他部門や外部組織の協力を要請したり、経営陣からの承認を得る「計画フェーズ」、③そして、変革活動の進捗を管理し、定着を支援する「実行フェーズ」が続きます。
網掛けで示した「他部門や外部組織の協力要請」と「経営陣からの承認獲得」は、戦略化やネットワーク化といった他部門を巻き込むアンラーニングを進めるときに行われる傾向が見られました。
図3:部門アンラーニングを推進するミドルマネジャーの行動
これらの行動をもう少し具体的に説明しましょう。「創始フェーズ」において、ミドルマネジャーは、「部下を巻き込む形でマネジャー自らが提案し、コンセンサスを得た」「改善案を提示し、意見聴取、集約した」といった行動をとっています。
「計画フェーズ」では、「システムの原案から設計、効果までを一元管理するとともに全体感を把握した」「導入時期を決め、それに向けた詳細計画を策定して進捗管理を行った」といった方針・計画に携わっています。規模の大きいアンラーニングの場合には、上層部に対し「予算執行にあたって新システムの有効性を役員に説明し合意を取り付けた」「昔と今とでは異なることを経営層に話した」といった行動がとられています。また、他部門や外部組織に対して、ミドルマネジャーは、「自ら各部署へ出向き、コミュニケーションを図り理解を得るようにした」「外部の弁理士、弁護士、調査会社、翻訳会社と協力し、社内実務や業務フローを変革した」といった「巻き込み力」を発揮していました。
「実行フェーズ」においては、「変革を実行するための発言し易い環境を作り、その支援を行った」「マネジャーとして一貫した考え方を配下に示し続けた」「部長が自ら率先垂範し実行することで、フォロワーを徐々に増やした」といった、変革を定着させるための活動をしています。
本稿では、ミドルマネジャーが、どのように部門内のアンラーニングを推進しているかについて解説してきました。知的財産部門を対象とした調査結果ですが、内容を見る限り、他の部門にも十分応用することができると考えられます。また、部門レベルのアンラーニングが、さらに組織レベルのアンラーニングに進展する可能性が高い事例もありました。その意味で、部門アンラーニングは、組織の成長にも貢献する変革活動であるといえます。
ここで、3つのポイントをまとめておきます。
以上のポイントを押さえながらアンラーニングを進めることで、部門や組織の成長を促すだけでなく、ミドルマネジャー自身も成長することができます。また、ミドルマネジャーを支えるシニア社員、ミドル社員、 中堅社員が主体的に変革に参加することで、効率的にアンラーニングを進めることができるはずです。
北海道大学大学院経済学研究院 教授
松尾 睦 氏
Makoto Matsuo
1964年東京都町田市生まれ。1988年小樽商科大学商学部卒業。製薬会社を経て、1992年北海道大学大学院文学研究科・行動科学専攻・修士課程修了。民間シンクタンクを経て、1994年岡山商科大学商学部、1999年東京工業大学大学院社会理工学研究科・人間行動博士課程修了(博士(学術))。2004年小樽商科大学大学院商学研究科、2009年神戸大学大学院経営学研究科、2013年4月より北海道大学大学院経済学研究院。 英国ランカスター大学経営大学院・博士課程修了(Ph.D. in Management Learning)。著書『仕事のアンラーニング:働き方を学びほぐす』(同文舘出版、2021年)
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