公開日 2019/07/02
多くの企業で働き方改革が進められています。残業時間規制やノー残業デーなどの施策から取り組みがスタートし、総労働時間の削減などは順調に進んでいるように見受けられます。その一方、根本的な対策を取らずに時間だけを削ることによって、"副作用"が出てきている企業も散見されます。管理職の負担増、サービス残業の発生、クオリティの低い「やっつけ仕事」の蔓延、現場に漂う「疲弊感」・・・等々。働き方改革によって生まれた「新しい働き方」は、これからも持続可能な働き方といえるのでしょうか?
本コラムでは、立教大学経営学部・中原淳教授とともに推進した「OD-ATLAS」開発プロジェクトで得られた気づきや知見を中心に、働き方改革と組織開発の関係についてご紹介いたします。働き方改革の「次の一手」に悩んでいる方のヒントになれば幸いです。
「働き方改革を本当にやろうとすると、
結局のところ"組織開発"をやることになるよね」
私たちは、長時間労働を多角的に調査した"希望の残業学"プロジェクトの第2フェーズとして、働き方改革に関するソリューションを開発するための議論を重ねました。そのなかで何度も行きついたのが、この言葉です。なぜ「働き方改革には組織開発が必要」なのでしょうか。
そのことをお伝えする上で、まずは「組織開発とは何か?」について理解いただく必要があります。とはいえ、組織開発を厳密に定義するのは難しいため、ある程度の「イメージ」ができるいくつかの視点をご紹介します。
昨今の職場では、雇用形態も働き方も価値観も多様化している一方で、「この仕事ができるのは私だけ」というような"個業化"も進んでいます。ITツールの発達は対面でのコミュニケーションの場を減らしています。変化が激しく将来の見通しが立ちにくい状況は、職場の一体感を醸成しにくい方向に作用します。 そして、人手不足が常態化する中、「ビジョンの明確さ」「人間関係の良好さ」などの組織コンディションが、人材の採用や定着において、ますます重要度を高めています。
このような環境によって、バラバラになりがちな組織を機能させ、組織コンディションをより良くしていくための継続的な働きかけである「組織開発」に注目が集まっています。
では、組織開発の具体的な進め方はどのようなものなのでしょうか。中原淳教授は、南山大学・中村和彦教授との共著「組織開発の探求」において、組織開発には次の共通の取り組みステップが存在すると述べています。
「組織開発の3ステップ」
※「組織開発の探求」中原淳・中村和彦著(ダイヤモンド社)より引用
このステップにおける重要なポイントは、職場のメンバーが主体者として取り組むことです。会社が決めたことをトップダウン型で推進するのではなく、職場のメンバーが話し合いや対話によって自ら課題を設定し、あるいは将来を描いて、実行・推進してく取り組みが組織開発であるといえるでしょう。
これらのステップを参考にして、「組織開発」について考えていきたいと思います。
次に働き方改革の現状を見てみましょう。総労働時間の削減などで一定の効果が表れる一方、現場で何が起きているでしょうか。実際によくお聞きするのは次のような声でした。
●働き方改革によって、持ち帰り残業やランチ残業が増えた
●管理職の抱え込みに拍車が掛かり、マネジメントが機能しない
●現場に「疲弊感」「やらされ感」が蔓延している
●抜本的な生産性向上ができておらず、個人の努力でなんとかしようとしている
●従業員満足度調査など様々な調査・サーベイを行っているが、「やりっぱなし」で現場では改善策が何も実行されない
このような状況は、現場で働く人々の現状を顧みず、施策を矢継ぎ早に実施してしまったことによる"副作用"ともいえるでしょう。長時間労働を生み出してしまう「根本的な原因」を放置して、時間数のみを厳しく管理する改革では、サービス残業や管理職への労働強化が発生してしまうことは目に見えています。
では、長時間労働を見直しつつ、仕事の付加価値を高め、業績を維持するためにはどうすれば良いのでしょうか。仕事へのモチベーションや組織へのエンゲージメントをどのように高めていくのでしょうか。同時に社員の健康度や幸福度も高めていくにはどうするべきなのでしょうか。
前述の問いに答えられるような「本質的な働き方改革」とは何かについて、私たちは議論を重ねました。その結果、次の3つの要素が求められると結論づけました。
●働き方改革とは、個人の努力で対応するものでなく、職場の問題を「職場主体で」解決する必要がある
●働き方改革とは、単に働く時間を短くすることだけでなく、「創造的な働き方」にシフトしていくことである
●働き方改革とは、対処療法で乗り越えるものではなく、「持続可能な働き方」を形作っていくものである
それぞれの要素について解説していきましょう。
現状、多くの組織で行われている「働き方改革」は、労働時間を強制的に制限・カットするような施策が中心です(図1)。
【図1】
※「パーソル総合研究所・中原淳 長時間労働に関する実態調査」より
当然、これらの施策には意味もあります。私たちが実施した「長時間労働に関する実態調査」の結果からも「残業時間がいつから始まるのか意識していない」という従業員は、約20%も存在することが分かりました。時間に明確な境界線を引き、時間への意識を高めることの意義は大きいといえるでしょう。制限をかけることによって、工夫や努力が生まれるという面もあります。
しかし、単に時間に制限を設けるだけで抜本的な対策を取ることをせず、一人ひとりの "努力"によって残業を減らそうとすると限界が生じます。個業化が進んでいるとはいえ、自分一人で完結する業務はほとんどありません。細かい業務フローや業務優先順位の見直しなどには、職場での「話し合い」による問題解決のプロセスが必要です。また、現場の業務が見えていない本社部門などがトップダウンで業務改革していくことも、弊害を起きやすくします。つまり、単位としては「個人」でも「会社」でもなく、「職場」が中心となって働き方改革に取り組むことが求められるわけです。
そして、職場単位での「話し合い」が必要な理由は、「具体的な業務の見直し」をするためだけではありません。さらに重要な点は「組織文化」や「習慣」に変化を起こしていく必要があるからです。
調査結果から、残業発生には「集中」「感染」「麻痺」「遺伝」という4つのメカニズムが働いていることが分かりました。仕事のできる人や管理職に業務が「集中」し、同調圧力などの組織力学によってその働き方が「感染」します。長時間労働が常態化すると、かえって幸福度が増すという「麻痺」がおきます。そして、その働き方を学習した個人が次の世代のマネジメントをすることで、「遺伝」していきます。長時間労働の習慣は「組織学習」されている、ということです(詳しくは、中原淳+パーソル総合研究所共著「残業学」をご参照ください)。
このような長い時間を掛けて組織学習されている文化や習慣に変化を起こしていくには、組織開発によるアプローチが有効です。組織開発の最初のステップは「見える化」です。それぞれの職場でなぜ残業が発生するのかという原因を「見える化」していきます。ここでは、目に見える問題事象だけでなく、問題を引き起こしている隠れた真因、つまり氷山の下の部分を見える化していくことが重要です。そして、この「隠れた真因」はひとつではなく、いくつもの要因や構造が絡まっています。その奥底には組織全体や職場における「暗黙の決まりごと」や「無意識の前提や思い込み、固定観念」なども存在します。
それらを見える化し、対話していく過程で、職場の管理職も含めたメンバー全員=「自分たち」が問題事象を生み出している当事者であることに気づいていきます。また、組織の状態を変えていけるのも他ならぬ「自分たち」であるということへの気づきも生まれ得ます。そのことが、継続的な変革推進への動機づけとなります。
このように職場の問題を可視化し、職場メンバー全員による対話を通じて「何が本質的な問題なのか?」を発見していくプロセスそのものが、問題を根本から解決していくために必要不可欠なプロセスであるといえるのです。
「今までと同じ仕事を早く片付けて、早く帰ることが本当に働き方改革なのか?」
この疑問は、現在進められている働き方改革に対して多くの人が感じ始めている疑問でもあるでしょう。
もちろん、長時間労働の是正は極めて重要なことであり、働き方改革において、まず取り組むべき「一丁目一番地」です。しかし、その先にある「新しい働き方」を描いていく必要があるでしょう。では、「新しい働き方」とは何でしょうか。
その答えのひとつは「一人ひとりの主体性と創造性が発揮される働き方」ではないでしょうか。今後、AIに代替される仕事が増えていくと言われています。定型業務を短時間でこなすだけなら機械には勝てません。効率化も大切ですが、人にしかできない仕事にシフトしていく必要があります。たとえ機械に代替されるような仕事でなかったとしても、「言われたことを早く正しくこなす働き方」から「自ら考え主体的に新しい価値を生み出していける働き方」に変化させていくことが、これからの時代を見通したとき、私たちに求められる「働き方の変化」の本質なのではないでしょうか。
働く一人ひとりが主体性や創造性を発揮するためには、職場の状態が重要なカギを握ります。創造性というと、個人の資質や意欲に目がいきがちですが、実は組織の状態や組織文化から大きな影響を受けています。最近、"心理的安全性"がパフォーマンスに大きく影響しているという調査結果が話題になっています。「なんでも言える」「チャレンジできる」職場を作ることが、新しい価値や成果を生み出すためのポイントです。
「創造性」や「イノベーション」などと聞いてもピンとこない方もいらっしゃるかもしれません。しかし、新しい事業や商品の開発だけが創造的な仕事ではないでしょう。「私たちの仕事とは何か?」「求められる成果はどのように変化しているのか?」「私たち一人ひとりに、どのような変化が必要なのか?」といった問いを持ち、答えを出していく姿勢が、今後どのような職場においても求められると思われます。
このような職場の状態を生み出していくにも組織開発が適しています。職場メンバーでの対話や自主的な取り組みによって心理的安全性が高く、チャレンジが推奨される職場文化を作っていくことが可能となります。加えて、メンバー同士で対話する習慣そのものが創造性を生む源泉となり得ます。
前述のとおり、性急な働き方改革によって、管理職の仕事抱え込み、隠れたサービス残業などの副作用が発生している企業もありそうです。また、時間的余裕がなくなり、「先のこと」を考えることができずに目先の仕事に振り回されている管理職や、「やっつけ仕事」によって業務クオリティが低下し続けている人や職場も少なくないように見受けられます。このような働き方は、いつまでも続けられるのでしょうか? 本来の「働き方改革」とは、対処療法で乗り越えるものではなく、「持続可能な働き方」に変えていかなければ意味がありません。
では「持続可能な働き方」にするは、どのような要素が必要でしょう。
まずは、心身ともに健康でやりがいを持って長期的に働き続けられる職場環境が必要です。ダイバーシティへの対応なども含んだ働きやすさ、効率的な仕事ができているかなど、土台となる職場環境が整っていないと、パフォーマンスが下がるだけでなく、離職増や採用難という問題も引き起こします。
加えて、組織として求められる業績・成果を上げつつも、変化に対応し、中長期的に価値を生み出していけることが求められます。そのためには、活発なコミュニケーションやチャレンジを推奨する文化などの組織活性度、相互に成長を支援し合える関係性などが必要です。つまり、進化し続ける組織であることです。
そして、それを支える一人ひとりの個人も、成長意欲を持ち、学び続ける人材であることが求められます。仕事にやりがいや満足感を持ち、成長実感を得ていることが、成長し続けるモチベーションにつながります。
私たちは、これら働き続けられる職場環境・進化し続ける組織・学び続ける人材の3つが「長期的に持続可能な働き方」に必要な要素であると定義づけました。
この3つの要素は、相互に密接に関連しています。各項目を要素分解して個々に改善していくのではなく、それぞれの関連性を俯瞰しながら組織の状態や問題の本質を見ていくこと、変化を起こしていくことが大切です。
それを人事部門主導の制度や施策だけで推進するには限界があります。事業部門や職場単位においても、これらの要素を「見える化」しつつ、課題を共有し、自分たちの未来を描き、改革を進めていくことが求められます。人事部門による施策と職場での取り組みを連動させた組織開発によって、「持続可能で価値のある新しい働き方」が組織に根付いていくものと思われます。
組織開発を進めていくうえで、職場の状態を「見える化」し、対話を促進するためのツールがあると便利です。多くの企業において、従業員満足度(ES)調査や組織エンゲージメントサーベイなどのサーベイが実施されています。これらは、「見える化」「対話促進」ツールとして活用できるものです。
しかし、多くの企業で、この組織サーベイが有効に使われていません。
一言でいうと「やりっぱなし」です。ほとんどの企業では、結果データが各部門に戻されるだけで、その後の改善策が実行されていない状況です。データが組織を変えるわけではありません。このデータにはどんな意味があるのか?を対話し、自分たちで「意味づけ」をすることで、はじめてデータは生きてきます。
せっかくのサーベイが活用されないと社員からは「意見を出しても聞いてもらえない」「上司は何も動かない」「どうせ当社は何も変わらない」と見えてしまいます。これでは逆効果です。
とはいえ、サーベイをうまく活用できない現場の管理職を責めるのは間違っているでしょう。サーベイを活用して職場内で対話する、というのは、ガイドやサポートなしに実行できるほど簡単なことではありません。話し合いの場を持つことで、メンバーからの不満が噴出してしまうのではないか、自分に矛先が向くのではないか、かえって組織の一体感を壊すのではないかと二の足を踏んでしまう管理職の気持ちは理解に難しくありません。実際にその通りのことも起こり得ます。何の準備も行わずに対話の場を持つのは危険であるというのは、正しい感覚といえるでしょう。
では、サーベイを活用し、職場で対話を進めていくには何が必要なのでしょうか。
私たちは「現場の管理職やメンバーが職場で使いこなして対話できる」ことを目的・ゴールとしたサーベイが必要であると考え、ソリューション開発に取り組みました。そこで生まれたのが、組織診断+ワークショップツール『OD-ATLAS』です。そのコンセプトは、管理職(職場長)が職場で対話の場を作るための"武器"と"スキル"を提供するというものです。
具体的には、まずは組織診断サーベイを実施します。その後、サーベイ結果を職場メンバーと共有しながら対話を進めていく準備として「職場長向けの研修」を行います。この研修では、サーベイ結果のレポートの読み方・使い方、対話を通じて問題意識を共有し、解決策を決めていく方法などを学びます。対話をするための具体的な「スキル(やり方)」だけでなく「スタンス(あり方)」もお伝えします。
そして、職場での対話をする際に活用できるスライドやワークシートなどの「ツール」を提供します。職場長は、それらを活用して職場で対話を通じた改革を進めていきます。改革を推進していくプロセスにおいて職場長同士が情報交換や相互支援するための「フォローアップセッション」も用意しています。外部のファシリテーターに頼らざるを得なかった組織開発を内製化していくためのソリューションであるともいえます。
もちろん、必ずしもこのようなツールを使う必要はありません。管理職・職場長が、自分たちで工夫しながらできるのであれば、それに越したことはないでしょう。しかし、何らかのサポートなしに、職場で対話して変革を推進するのは簡単ではないということを理解しておく必要があります。中途半端にサーベイを実施して、あとは現場に丸投げで終わるのは「もったいない」としか言いようがありません。
ここまで、「働き方改革の本質とは何だろうか?」「実現するためには何が必要だろうか?」などについて、私たちが議論してきたことを中心に紹介しました。貴社における働き方改革の次のステージを考える上で、ぜひ参考にしていただければと思います。
働き方改革によって、将来に渡って生産性を高めていくことができる職場をつくること。社員一人ひとりがイキイキと働けること。人と人の相乗効果によって新しい何かが生まれること。仕事や職場をさらに好きになって、楽しく健康に働けること。私たちは、このような企業・組織の未来づくりをご支援していきたいと考えています。
なお、パーソル総合研究所では、対話とフィードバックを促進するサーベイを用いたソリューション"OD-ATLAS"、組織開発について学ぶとともに"OD-ATLAS"が体験できる『人事向けセミナー』の開催など、様々な形で組織開発をサポートしています。ご相談等、ぜひお気軽にご連絡いただければ幸いです。
職場メンバーが自分たちの手で「組織開発」を推進するために
組織開発サーベイ&ワークショップ "OD-ATLAS"
"OD-ATLAS"は、職場において、対話を通じて問題を解決し、組織の未来を創造していく「組織開発」の取り組みを実現するためのトータルソリューションです。「組織診断サーベイ」「職場長向け研修」「ワークショップ進行ツール」などの提供とあわせて、職場における主体的な組織開発を支援いたします。
【体験説明会】組織開発サーベイ&ワークショップ
"OD-ATLAS"~働き方改革から組織開発へ~
職場メンバーが自ら職場の改革や組織開発を推進するためのソリューション"OD-ATLAS"について紹介するセミナーです。前半は、「働き方改革」「組織開発」推進のための考え方や視点をご提供します。後半は"OD-ATLAS"の概要を解説し、組織診断サーベイや職場長向け研修を一部ご体験いただきます。
パーソル総合研究所
フェロー
岩崎 真也
Shinya Iwasaki
大手アパレル小売業を経て、1997年テンプスタッフ株式会社(現・パーソルテンプスタッフ)入社。2007年テンプスタッフラーニング株式会社 代表取締役社長に就任。様々な分野の専門家とのCo-Creationにより、今までにない新しい人材開発プログラムを開発するとともに、数多くの顧客企業の人材育成・組織開発をプロデュース。2017年よりパーソル総合研究所 取締役執行役員ラーニング事業本部長に就任。
2018年11月、組織開発コンサルタント・研修講師として独立し、現職。
【経営者・人事部向け】
パーソル総合研究所メルマガ
雇用や労働市場、人材マネジメント、キャリアなど 日々取り組んでいる調査・研究内容のレポートに加えて、研究員やコンサルタントのコラム、役立つセミナー・研修情報などをお届けします。