公開日 2009/10/26

執筆者: 総合営業本部 執行役員 元木 幹雄

多面診断とは

多面診断とは、被診断者の日頃の行動について、本人及び、上司、同僚、部下、それぞれが異なる視点で被診断者のことを診断する手法である。診断結果は、もちろん本人にフィードバックし、「強みや課題」に気付かせ、「上司、同僚、部下と本人との認識差」に気付かせることが直接的な目的といえる。
多くの人は、上司はともかく、同僚や部下からフィードバックを受ける機会は少ないと思われる。その意味では、同僚や部下のフィードバックを受ける機会がな かった人にとっては、多様な意見を受け止めることができる効果的な手段といえるが、はじめて導入を検討しようとする場合は「運用が複雑で、何をどのように 検討してよいかわからない」ということを良く聞く。確かに、運用するにあたり、検討すべき事項は多く、奥が深い。そのため多面診断の導入を誰からの手助け も得ずに、自力で導入することは難しい。そこで今回、多くの会社において多面診断導入のきっかけとしてもらえればと考え、その導入や運用方法について紹介したい。
 

インデックス

1.なぜ導入するのか

多面診断を実施するにあたり、多面診断の導入を社員にアナウンスし、理解・納得を得るためには、まず「Why:なぜ導入するのか」を明確にする必要があ る。また、被診断者は、診断結果が自分だけでなく誰が取り扱い、どのように活用されるかが気になるはずである。特に昇進・昇格や給与・賞与といった処遇に 反映されるのであれば、より不安を募らせることになる。単に気付きを目的とするだけであれば、診断結果は処遇には一切反映させないということを周知徹底し、その不安を取り除くことが重要だ。もし、処遇に反映するのであれば、診断結果の信頼性向上のために、診断者には診断に求められる知識やスキルを習得さ せるような研修や、Eラーニング、あるいはガイドブック等の配布によって、診断者のレベルアップを促す必要があるだろう。
一方、診断者の立場からすると、自分が診断した結果を、どのような形で被診断者にフィードバックされるのかが気になるところだ。特に、部下という立場であ れば、なおさら、気になるところで、厳しい結果をつけたら、逆に、厳しい仕打ちの受けるのでは、と考えてもおかしくない。そうなってしまうと、甘い診断結 果をつけることになり、被診断者の気付きを促す、という目的が達成されなくなってしまう。基本的には、診断者の匿名性を担保し、一人ひとりの診断結果をダ イレクトにフィードバックするのではなく、診断者全員の診断結果の平均を求め、フィードバックするのが一般的だ。そして、このようなフィードバックをして いるということを、きちんと診断者伝えることが、本音を引き出す上で、重要なことといえる。

2.最終ゴールは何か

冒頭に、多面診断の目的とは「気付き」を促すことである、と述べたが、会社によっては、評価や処遇へ反映するために実施するケースもある。
気付きが目的であっても、評価や処遇へ反映することが目的であっても、いずれも最終的には会社が期待する人材へと成長してもらうことを目指している。その ためには、単に診断結果を本人に返却するのではなく、上司や専門家から本人に診断結果をフィードバックすることが望ましい。本人はそれを受け止め、行動改 善目標や学習目標を設定し、職場での行動に反映させる必要がある。目標はもちろん上司と共有し、目標達成に向けた支援が得られるよう依頼をする。その上 で、定期的に進捗状況まで、上司と確認しあうようになれば最高である。
繰り返しになるが、最終ゴールは会社が期待する人材へと成長してもらうことである。そのための気付きであり、評価である、ということを忘れてはならない。

3.対象者は誰か

「Who:誰を対象にするのか/誰が診断をするのか」という点も決めなければならない。また、診断者は一定数以上必要で、同僚や部下をどのように、何名選定するのかも重要な検討事項である。
多面診断の診断者は通常、被診断者自身の自己診断と、被評価者の上司1名、被評価者の同僚2名、被診断者の部下2名、計5名(自己診断も含めると6名)程 度で実施するのが最低ラインであろう。診断者の人数は、これ以上増えても問題はない。但し、診断者にかかる負担を考えることが重要である。例えば、部下が 10人いれば、上司は10人分の診断をしなければならない。さらに同僚がたくさんいれば、その分、診断することになるからである。逆に診断者がこれ以上減 る場合も注意しなければならない。人数が少なければ少ないほど、診断者が特定されやすいからだ。また、多面診断は、複数の診断結果を集計することで、個人 個人のバイアス(回答の偏り)を軽減し、より客観的なフィードバックをする、という目的がある。その意味では、最低6名程度の診断者は確保したい。
診断者の選定基準は、被診断者の行動を日頃から観察できているかがポイントである。多面診断では、行動を診断するため、日頃から行動を観察できないと、そ もそも診断できないからである。このポイントを抑えておくと、被診断者が異動したばかりの場合は、誰を診断者にするかが見えてくる。基本的には、異動前の 上司、同僚、部下に診断を依頼すべきである。新しい職場の上司、同僚、部下は、被診断者のことを良く知らないからである。
診断者の選定方法は三つの方法が考えられる。一つ目は、事務局が選んでしまうというやり方だ。上司と部下は組織図を見れば大抵明確である。あとは同僚を誰 にするかを考え、選定してしまう。組織が小さい場合は、事務局が全体をある程度把握できていると思われるため、このやり方が一番早いだろう。しかし、組織 がある程度大きくなると、現場で誰と誰が接点を持っているのかが見えない。つまり事務局が診断者を選定することが難しい。その場合は、被診断者自身か、被 診断者の上司に診断者の選定を依頼することが考えられる。被診断者自身に診断者を選定される場合は、最も自分のことを良く知る人物に診断依頼ができるが、 依頼された人物が遠慮してしまい、診断結果が甘くなってしまうことが想定される。それであれば、被診断者のことを一番良く知っているであろう、被診断者の 上司に診断者選定を依頼することが望ましいと思われる。被診断者の上司に診断者選定を依頼し、誰を選定したのか被診断者には伝えない、という方法を徹底す れば、ある程度は診断者の匿名性を担保でき、診断者は匿名を前提に本音で診断してもらえることを期待できる。

4.いつ実施するのか

「When:いつ実施するのか」については、診断者の負担を考え、他のイベントと重ならないよう配慮したい。
診断期間については2週間程度の期間を設けることが一般的である。実際には診断は開始当日と、終了日に集中し、診断者からの問い合わせも、最初と最後に集中する。
問い合わせ内容は様々であり「診断の目的に関すること」「診断結果の取り扱い」「忙しいので辞退したい」「被診断者のことを良く知らない」「(WEBでの 調査の場合)WEBの使い方がわからない」等、多岐にわたる。診断の目的など、簡単に回答できるものもあれば、被診断者にことを良く知らない、といわれた 場合に、「診断を辞退してもらい、診断者を代えるべきなのか」「診断できるところだけで良いので、診断をしてもらうのか」回答に迷ってしまうものもある。 診断者からの信頼性を確保するためには、質問のたびに検討するのではなく、可能な限り、運用ルールを明確にし、想定される質問についてのQ&Aな どを準備しておく必要がある。
診断最終日には、必ずといって良いほど、「業務が忙しかったのでできなかった」「急な出張が入った」「急病で休んでしまった」等、これも様々な理由で、診断期間延長の申し入れがある。診断期間は、これを見越して、延長期間まで想定しておくことも必須である。

5.どのように実施するのか

「How:どのように実施するのか」も詳細まで詰めなければ、混乱をきたすことになる。
まず「WEBで実施するのか」「マークシートなど紙で実施するのか」を選定することになる。一人が1回診断すればよいのではなく、一人が複数の診断をしな ければならない、ということもあり、診断方法は複雑である。被診断者の人数が少なければマークシートや紙で実施することもできるが、被診断者の人数が 100名を越えるようであればWEBでなければ難しいだろう。
また、「個人へのフィードバック」をどのような方法で実施するかは、社員の気付きを促す上で、大きな影響を及ぼすことになる。

6.設問と、フィードバックレポートの設計

多面診断を実施するにあたり、設問とフィードバックレポートの設計については、最も力を入れて準備したい。これがうまくできなければ、全ての準備が無駄になってしまうといっても過言ではない。
設問は、被診断者に期待される行動を設問化することが重要だ。但し、設計するにあたっては、ダブルバーレルはないか、まぎらわしい表現はないか、回答できる設問か、など、注意すべき点が多々ある。
例えば、「部門長は、ビジョンを示し、部下の育成をしている」という設問は、「ビジョンを示し」と「部下の育成」という2つの論点を1つの質問文の含んで いる。これをダブルバーレルといい、ビジョンは示しているが、部下の育成はしていない、というケースでは回答ができない。「部門長は責任感がないと思いま すか」という設問は、まぎらわしい表現として良くありがちだが、YESが肯定的な回答なのか、NOが肯定的な回答なのか、判断に迷うことになる。また「勤 務時間外にボランティア活動に積極的に取り組んでいる」という設問があったとする。この場合、勤務時間外の被診断者の行動など、職場内の診断者はわからな いことが多いため、そもそも回答ができない設問といえる。
設計した設問は、30名程度にはトライアルで試してみることをお勧めしたい。実際に診断しか結果を集計すると、回答できない設問や、極端にスコアが高い設問や、極端にスコアが低い設問を発見できることがある。発見次第、設問を修正すれば、より精度の高い設問になるだろう。
フィードバックレポートについては、最低三つの観点で設計したい。一つ目は、スコアは数値そのものよりも、スコアの相対的な高低に着目できるようなグラフ で表すことだ。何が自分自身の強みで、課題なのかを気付かせる工夫が重要である。二つ目は、他者(上司、同僚、部下)スコアと本人スコアの認識の差に着目 できるようにすることだ。他者スコアと本人スコアを比較して、他者スコアの方が高ければ、自分自身が思っている以上に他者には評価されていることに気付く ことができる。逆に本人スコアの方が高ければ、自分自身が思っている以上に他者には評価されていないことに気付くことができる。三つ目は、他者スコアのば らつきに着目できるようにすることだ。上司、同僚、部下スコアを比較した際、上司スコアが高く、同僚スコアは中、部下スコアが低い、といったことがある。また、部下が三人いた場合、一人が高く、一人は中、一人が低い、といったこともある。組み合わせはいろいろあるが、他者が同じ見方ではなく、ばらつきがあ る場合、どの程度のばらつきがあるかに気付くことができる。これらの気付きを促せるようなフィードバックレポートを設計したい。

7.被診断者の職場での行動改善に向けて

気付かせるだけでは、行動改善には繋がらない。気付きをもとに、行動改善目標や学習目標を設定し、職場での行動に繋げる事が重要であること、目標は上司と共有し、支援を引き出すことは、既に「最終ゴールは何か」で示した通りだ。
しかし、残念ながら、なかなか行動改善にまで繋がらないケースが多い。多面診断の導入は、フィードバックまでした時点で、事務局は力が尽きてしまい、その後のフォローがなかなかできない。そこで、もう一つフォロー策を提案したい。
上記に加え、被診断者本人の行動を後押しするために、目標については、診断に協力してくれたであろう同僚や部下にも、診断への御礼として報告を義務付ける ことだ。目標を周囲に発表させることで、行動せざるをえない状況に追い込むのだ。ここまですると、被診断者から抵抗もあるかもしれない。しかし、これを実 施すると、思った以上に行動改善が促進される。これでもダメなら、簡易アンケートを実施しよう。目標を発表した時期から3ヶ月後位に、被診断者の上司、同 僚、部下に、1)被診断者は自分の目標を共有したか? 2)被診断者は目標を行動に移しているか? 3)被診断者の行動は改善されているか? の3点だけ で良い。そしてその結果を、被診断者の上司経由で再度、本人にフィードバックすれば、行動に移さざるを得ないだろう。
初年度は、抵抗もあり大変だと思う。しかし2度目以降は慣れもあり、初年度ほど抵抗はなくなるだろう。3度目ともなれば、それが自然にできるようになり、 習慣化されるであろう。こうなれば、被診断者一人ひとりが、最終ゴールである「期待する人材に向けた成長」が促進されるのではないだろうか。

執筆者紹介

元木 幹雄

総合営業本部 執行役員

元木 幹雄

Mikio Motoki

人事教育コンサルティング会社及び遠隔通信制(オンライン)ビジネススクールにて営業や企画スタッフを経験後、2001年に富士ゼロックス総合教育研究所(現 パーソル総合研究所)に入社。人事制度及び人材育成制度の導入・定着に向けたコンサルティング、人事情報システムやタレントマネジメントシステムの導入支援、リサーチ&アセスメントの企画・実行支援に従事し、現在に至る。産業能率大学大学院経営情報学研究科(MBA)修了。

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