公開日 2016/09/05
執筆者:ラーニング事業本部 加藤 利恵
褒められると、とても気持ちが良いですよね。誰かに褒められると「いえいえ、そんなことはないですよ~」などと謙遜しつつも、ついつい口元がほころんで喜びをかくせないものです。子供の頃は、お手伝いをしたときや新しく何かが出来るようになったときなどには周囲の人から頻繁に褒めてもらうことがあったと思います。
ところが、大人になるとどうでしょう。褒められる機会がずいぶんと減ってしまったのではないでしょうか。少なくとも私はそのように感じています。私自身も自分の子供のことは日常的に褒めますが、子供以外の誰かを褒めるということはあまりありません。大人になると、大人同士で褒めることを照れくさいと感じてしまっているせいかもしれません。しかし、褒めるということは、褒められた人が良い気分になるだけではなく、実はその人の周囲や自分自身にも良い影響があるのです。今回は、褒めることの効果についてお伝えします。きっとこれを読んだらすぐに誰かを褒めたくなってしまうに違いありません。
近年は褒める子育てというのがブームとなっており、様々な本が出版されています。褒める育児については賛否両論あります。しかし、アメリカの教育心理学者R・ローゼンタールが行った実験では、教師に褒められて期待された生徒と、そうでない生徒では成績の伸びに明らかな違いが見られるという結果がでました(注1)。他人から期待されることによって学習・作業などの成果が上がる現象は、一般的に「ピグマリオン効果」といわれています。
褒められると、やる気になって、結果がよくなるということが実験で証明されたのですから、やる気のない子どもや生産性が低い職場のメンバーも、褒めればやる気を出してもらえるということです。褒めることで子どもの成績が伸びたり、職場の目標を達成できる可能性があるのです。
こんな場面を思い浮かべてみてください。
朝の通勤中のことです。今日のあなたは、買ったばかりの洋服を着ています。途中駅で偶然会社の同僚に会いました。その同僚から「そのスーツとっても素敵ですね。○○さんにとっても良くお似合いですよ」と言われました。そこであなたは「ありがとうございます。◎◎さんこそいつも洋服のセンスが良くて羨ましいです」と返答します。その後、会社に着いたあなたは周囲の人に、とびっきりの笑顔で挨拶をします。そして、目の前の仲間の髪型が変わったことに気付くと「髪型をかえたのですね。爽やかな雰囲気でとてもお似合いですよ」と言うことでしょう。
誰かに褒められた場合に褒めてくれた人を直接褒めて返すという行為は、直接的互恵性といいます。一方、褒めてくれた人ではない他の誰かを褒めて返すという行為は、間接的互恵性といいます。
ある企業の話ですが、社内のコミュニケーションツールとして感謝の気持ちを示すカードの交換を社員間で始めたそうです。すると、カードを受け取った社員によるお客様へのサービス対応力が向上して、お客様満足度が格段に上がりました。自分が褒められたことで、お客様の気持ちを良くしてあげたくなった間接的互恵性の結果だと思います。褒めるということは、周囲に連鎖してみんなをよい気分にしていってくれるのです。
このように、褒めることは周囲に対してとても良い影響を与えます。しかし、それだけに留まりません。褒めることは、自分のためにもなるのです。
初対面の人が多く集まるパーティーや知り合ったばかりの人達との集まりのときに恥ずかしそうにぽつんと立っている、なんていうことがあります。私も、初対面の人の前では、一体何をどう話せば良いのかわからくて非常に困ってしまいます。しかし、そんなときにこそ、褒めるということが役立ってくれるのです。
私たち人間は、好意の意思表示を受けると、それを相手に返したくなるという習性を持っています。これは、「好意の返報性」あるいは「ミラーリング効果」といわれています。自分がまず相手に好意を持っているという意思表示として、褒めるということはとても有効です。まずは相手の褒めたくなる部分を探してみてください。服装や髪型、あるいはその人やその人の会社についての評判など、褒めポイントをみつけてみてください。相手を褒めると、相手は自分へ好意を持ってくれていると感じてあなたへも好意を抱いてくれるのです。お互いに好意的な状態だと会話も弾みますよね。このように褒めるということは、あなたが誰かと良いコミュニケーションをはかるときの助けになってくれるのです。
人を褒めた時に、あなたはどういう気持ちになりますか。私の場合は、相手が嬉しそうにしてくれると、自分が褒められたときと同じように嬉しく感じます。さらに、褒められたときとは異なる、なんともいえない満足感というか充足感というようなものを感じることがあるのです。なぜそのように感じるのでしょうか。
褒められた人は、脳内のA10神経が刺激されドーパミンが放出されることで強い幸福感に包まれるということがわかっています。一方、褒める側の人については、意識して褒めるという行動そのものが脳の大脳新皮質の前頭前野をフルに働かせているため脳が活性化するということがわかっています。さらに、褒められて相手が喜んだり、やる気を出してくれている状態を見ると、それを自分の行動の「成果」として実感するため、褒められた場合と同じように脳内にドーパミンが放出されやすくなるのです。ドーパミンとは快感ホルモンであり、脳は強い快感を覚えます。その快感を再び得るために頑張ろうとするので、A10神経は「やる気神経(または自己報酬神経群)」とも呼ばれています(注2)。人を褒めることで脳が活性化して思考力が鍛えられる上に、前向きになってやる気もでるのです。褒めることがこのように脳に良い効果をもたらすなんて、大変驚きです。
先にお伝えした間接的互恵性とは、自分が他人から良いことをされると別の誰かにも同じように良いことをしたくなるという性質のことでした。ここでのポイントは、別の誰かということです。なぜ、そのような行動をするのでしょうか。一見、別の人へ良いことをしても、自分には全く意味のない行動のようですが、実はそこにも、大切な意味があるのです。
誰かを褒めると、褒められた人は前述のようにあなたに好意を抱くととともに、他の人へもそのことを伝える可能性があります。つまりあなたは「良い評判」を得ることになるのです。もちろん、良い評判なんて必要ない、という方もいるかもしれません。しかし、良い評判がある人とそうでない人がいる場合、あなたはどちらと友人になりたいと思いますか。おそらく、良い評判の人と友人になりたいと思うでしょう。私たちが社会で生活をする上では、良い評判を得ることで仕事や活動がやりやすくなったり、大きなチャンスを与えられる場合があるのです。褒めるという行為は、一見相手のためのようですが、良い評価という形であなたへかえってきます。そして、あなたの人生の可能性を拡げてくれるかもしれません。
褒めるということは、目の前の人、あるいはその周囲の人のためだけではありません。自分にとっても良い影響を与えてくれているのです。褒めることの効果がすぐに感じられなくても、いつか良い効果を感じられる日はきます。褒めることは人と自分へ幸せをもたらしてくれます。
まずは身近なところから、家族や職場、仲間の良いところ=褒めるポイント探しをはじめてみてください。
注1:Rosenthal, R. & L. Jacobson, Pygmalion in the classroom, The Urban Review, September 1968, 3 (1), pp 16-20.
注2:林成之『脳に悪い7つの習慣』幻冬舎新書、2009年。
(2016.09.05)
ラーニング事業本部
加藤 利恵
Rie Kato
資格の総合スクールで司法試験やFP講座の企画・運営に従事したのち、2001年より富士ゼロックス総合教育研究所(現 パーソル総合研究所)の経営企画部で経理、経営管理、内部監査、内部統制などの業務を経験。現在は、事業推進部でパートナー企業との連携や業務効率化、IT/オンライン化の促進など幅広い業務に取り組んでいる。
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