公開日 2020/04/03
執筆者: 外部パートナー講師 反町 幸彦
研修講師の私は、過日、入社5年目の若手を対象としたセールストレーニングの機会を得た。入社5年目と言えば、自社の製品やサービス、競合との違い、業界の常識を理解し、自分なりのセールスの型を身に付けた頃である。
研修実施に先立ち、お客さまの研修担当者より、二人のセールスを紹介された。受講者の中でも特に優秀だと言う。他の受講生もこの二人のようになってもらいたいし、この二人にも現状に満足せずに、もっと上を目指してもらいたい、ということだった。
この二人に共通した特徴は、明るく素敵な笑顔【教訓1】である。初対面のお客さまからも第一印象が良いと思われるはずだ。営業活動の現状について、私からあれこれ質問してみても、的を射た回答が返ってくる。担当しているお客さまについて「よくそこまで知っているな」と感じたものである。きっと、お客さまとの会話のキャッチボールができている【教訓2】のだろう。
ここ数年、働き方改革という名のもと、定められた時間内で成果を上げることが求められている。つまり「成果を求めるが残業はするな」である。野球に例えると、年間30本のホームランという成果を求められるのであれば、打席が欲しい。100打席で1本のホームランを打てるスキルがあるなら、3,000打席が必要だ。しかし、働き方改革では、打席を増やすのではなく、打率を上げて達成することが求められているのだ。今の世の中の営業は、打席は3,000打席から2,000打席に減らし(総労働時間を減らし)、30本のホームランを40本に(営業成果をアップ)、というような無茶な成果が求められている。打率を上げなければ達成できないことである。
冒頭のセールストレーニングの目的は、「打率を上げる」ためのもの。【教訓1】明るく素敵な笑顔で、【教訓2】お客さまとの会話のキャッチボールができるようになることだった。
ちなみに、お客さまとの会話のキャッチボールについて補足すると、提案に際しては「後だしじゃんけん」が重要だと言っている。これは「ニーズを把握してから商品やサービスの提案をする」ということの例えである。間違っても、ニーズを把握する前に商品やサービスの提案をしてはならない。これができるだけで、打率は格段に上がるはずだ。
さすが二人の優秀な若手セールスは、研修中も受講生の中で目立っていた。二人は既にニーズを把握してから商品やサービスの提案をしていることから、ロールプレイでは他の受講生の模範となっていた。それに加え、優秀さを鼻にかけ、研修を疎かにするようなこともなく、むしろメモをたくさんとるなど、前向きに学習する姿勢【教訓3】が印象的だった。研修後に感想を聴くと、一人(A君)は「これまで自分がやってきたことが世の中のハイパフォーマーの行動と一緒であり、正しいと再確認できたので、これからもこれまでやってきたことを継続したい」とのこと。もう一人(B君)は「お客様の気付いていないニーズに気付いてもらう、お客様の心配ごとを確認し解消するという発想はこれまでなく、新たな気付きが得られた」との感想だった。
そして、この話には後日談がある。半年後にお客さまの研修担当者と話をする機会があり、二人の優秀な若手セールスのその後について聴いたのだ。相変わらず二人とも優秀なのだが、一人(A君)は他の受講生と差が縮まり、もう一人(B君)は頭一つ抜け出したというのだ。優秀だった若手セールスと、他の受講生の差が縮まったということは、他の受講生が成長したということ。多くの受講生が【教訓1】明るく素敵な笑顔で、【教訓2】お客さまとの会話のキャッチボールができるようになったのだろう。しかし、優秀だった二人のうち一人は成長が止まっているということだ。何がこの差を生んだのだろうか。気になった私は、早速、この二人の優秀な若手セールスに話を聴く時間をいただいた。
最初に話を聴いたのは「これまで自分がやってきたことが世の中のハイパフォーマーの行動と一緒であり、正しいと再確認できたので、これからもこれまでやってきたことを継続したい」との感想を話していた、伸び悩んでいるA君だ。A君は、私が研修中に使った言葉「後だしじゃんけん」を覚えてくれており、自分も「ニーズを把握してから商品やサービスの提案をする」ことを継続し、後輩にも「後だしじゃんけん」を例えにして、「いつも教えている」と嬉しいことを言ってくれた。
次いで話を聴いたのは「お客様の気付いていないニーズに気付いてもらう、お客様の心配ごとを確認し解消するという発想はこれまでなく、新たな気付きが得られた」と感想を話していた、頭一つ抜け出したB君だ。B君は「ニーズを把握してから商品やサービスの提案をする」ことから、更に進化していた。「長期的視点に立ち、営業活動においても、お客さまが自社の製品やサービスを購入していただいた後でも、この先どのようなことが起こりうるのか、何が必要かなどを予測して、お客さまに問題提起している【教訓4】」と言った。そしてそれだけではなく、「お客さまが気付いていない課題に気付いてもらうために、新たな示唆(パースペクティブ)を与える【教訓5】ことを意識している」と言うのだ。研修受講前にはやっていなかったことに研修で気付き、実践に移したというのだ。これは私が、後出しじゃんけん以上に伝えたかったメッセージであり、研修トレーナー冥利に尽きる言葉でもあった。
二人の違いは、同じ研修を受講したのだが、A君は自分自身の強みを確認し、それを継続しただけだった。これはこれで素晴らしいことなのだが、一方、B君は自分自身の強みを確認しただけではなく、これまでやってこなかったことに気付き、自身の営業活動を進化させていたのだ。
二人の違いは営業の成果だけではなかった。B君は、営業の成果を伸ばし続けただけではなく、「残業はしない」というポリシーを持ち、定時にあがるために、午前と午後に何をすべきか、移動の空き時間に何をすべきかなど、常に時間を意識していると言う。アフターファイブでも、通勤時や帰宅後のお風呂の中、寝る間際など、時々、仕事のことを考えてしまう、とは言うものの、その分、有給消化も100%で苦にならないと笑顔で答えていた。
リップサービスも含まれていそうだが、「こうしたことを実現できたのも、半年前のセールストレーニングがきっかけだった」と言ってくれた。これまでやってこなかったことに気付き、営業活動を進化させた結果、半年前までは、自分から電話やメールをしてアポイントを取っていたのが、自分から連絡するのではなく、お客さまからの問い合わせが増えたとのこと。かつては、お客さま先に訪問しても空振りに終わることもあれば、うまくいっても4~5回通って何とか受注にこぎつけていた営業活動が、お客さま先への訪問に空振りがなくなり、平均で2~3回、時には1回の訪問で受注ができるようにもなったと言う。つまり、営業活動が効率化されたのだった。もちろん、1日の密度は高く、常に考えているせいで、脳みそはいつも汗をかいているそうだが、充実している様子がうかがえた。
教訓の1と2があれば、営業としてそこそこの成果を上げられる。しかし、教訓の3がなければ成果は頭打ち。そして、更なる進化を求めるなら教訓の4と5が必要ではないかと考える。
しかも、この教訓を活かして営業活動に取り組み、時間管理さえしっかりできれば、営業成果に加えて、自分自身のプライベートの時間も確保し、ワークライフバランスまで充実させることができるということを、私はB君から学んだのだ。そして、この学びを、一人でも多くの受講生に伝えたい、と思っている。
外部パートナー講師
反町 幸彦
Yukihiko Sorimachi
ホテルでのロビー支配人経験、コンサルティング会社でコンサルタント、研修の講師経験を経て、2010年より富士ゼロックス総合教育研究所(現 パーソル総合研究所)の研修講師となる。営業面談スキル研修、リーダーシップ研修、マネジメント研修など多数のコースを担当している。ただ単にスキルを習得させるだけではなく受講者が自ら考え、答えを導き出せるようなファシリテーションスタイルを大切に日々、セミナーを実施している。
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