公開日 2024/12/03
人材不足や少子高齢化が加速していく中で、現場で働く人たちの雇用形態は、正規社員だけに留まらず、さまざまに多様化している。パートやアルバイト、あるいはより流動性の高いスポットワーカーなど、自社・自店スタッフの働き方が多様になるにつれ、現場で陣頭指揮をとる店長やリーダーのマネジメントの難易度も年々高まってきている。多様な雇用形態のスタッフが職場に定着して働き続け、なおかつ活躍してもらうには何が大切になってくるのだろうか。現場スタッフの定着と活躍に向けた考え方、具体的なノウハウをパーソル総合研究所 フィールドHR コンサルタントの枡家 裕朗が解説した。
私たちが仕事を辞めない理由には「企業理念への共感」「培ったスキルを活かせる」「生活に必要だから」など、さまざまなものがある。理由は人それぞれだが、会社や仕事を辞めないのは、そこに何かしらの「働く価値」を見出しているからだ。
パートやアルバイトスタッフも然りで、「仲間と一緒に働ける」「上司が素晴らしい人で尊敬できる」「アルバイトだがいろいろな仕事を任せてもらえる」など、それぞれの人が自分なりの「働く価値」を感じている。
このような“従業員として働くことで得られる価値”をEVP(Employee Value Proposition)と呼ぶ。
EVPには「共通して感じるEVP」と「個人個人が感じるEVP」の2つがある。スタッフの採用や定着に向け、雇用者側として考えておきたいのは「共通して感じるEVP」だ。
「共通して感じるEVPはさらに、業種・業態、企業、職場の3つの軸に分けられます。雇用者として働く価値を考えていく際、まず大切なのがこの3つの軸でポイントを整理していくこと。軸で整理しておくことで、伝えるべきポイントが明確になり、スタッフたちへの伝わり方も変わってくるからです」(図1)
3つの軸のうち、業種軸や企業軸のEVPは、広く伝えていくことによってスタッフの採用につなげることができる。一方、定着ということで考えた場合、大事なのは職場軸のEVPだ。これをいかに生み出し、感じてもらうかがスタッフの定着に直結してくる。
図1.EVPの3つの軸、3つのEVP(参考例)
職場のEVPを生み出し、感じてもらう重要性はデータでも裏付けられている。パーソル総合研究所の調査結果によると、パート・アルバイト退職者の約55%が6カ月未満で辞めてしまっていることがわかった。退職原因として目立つのが「ベテランとうまくいかない」「フォローが足りない」など、職場の受け入れ体制の問題だ。
一方、働きたい側が応募時に重視していることを尋ねると、トップ3には「シフトの自由」に続いて「働いている人たちの雰囲気がよい」「心身の安全が満たされ安全に働けること」が並ぶ。着目したいのは、「時給の高さ」より、受け入れ体制や職場環境に関する項目が上位にきている点だ。また、スポットワーカーへのアンケート調査でも同じような項目が並んでいる。
つまりは新しいスタッフの受け入れ体制が整っていること、どんなスタッフにも敬意があり、安心して働ける職場環境であることがスタッフ定着のカギといってよい。
では、こうした職場にしていくには何が大切になってくるのか。重要なキーワードが「オンボーディング」だ。オンボーディングとは、企業が採用者を職場に配置し、組織の一員として定着・戦力化させるまでの一連のプロセスのことを言う。
働き始めは、受け入れる側も、新しく働き始める側も双方に不安がある。受け入れる側には「どのぐらいのスキルや意欲があるのだろうか」「即戦力を期待できるのか」といった思い、働き始める側には「業務を覚えられるだろうか」「人間関係は大丈夫だろうか」といった思いがあり、「どう教えたらよいかわからない」vs「もっとちゃんと教えてほしい」などのギャップも生じやすい。
そうしたギャップを生じさせないためにも、不安を取り除き、仲間として受け入れて、ちゃんと走り出せるようにサポートしていくオンボーディングが大事になってくる。
パート、アルバイトの定着ならびにスポットワークのリピートにつなげるオンボーディングではポイントが3つある。①効果的なオリエンテーション、②不安を取り除くウェルカムアプローチ、③次につなげるためのエンディングアプローチだ。(図2)
「職場に馴染んでもらい、情報をしっかりと共有する時間を取る、そして名前をきちんと伝えて仲間に紹介し、最初はマンツーマンで指導をする。業務終了の際は、労をねぎらいながら、5分程度でよいので気になったことを話してもらい、次への期待を伝える。このようなオンボーディングを進めていくことで新しいスタッフが働きやすい職場が生まれ、定着しやすく活躍もしてくれる職場をつくっていくことができます」
図2.オンボーディングの3つのポイント
スタッフの定着には、オンボーディングを活用して受け入れ体制を整えるだけでなく、中長期にわたったアプローチも必要になってくる。そのために大切なのが、雇用者側・働く側の別なく、その職場で働く全員が互いの立場に立って考え、互いのことを思って行動できる「敬意ある職場づくり」を進めていくことだ。
そのためのポイントは図のように4つにまとめられる。(図3)
「機器や設備を整える」「事故を未然に防ぐ」は、いずれもハード面からの職場環境づくりだが、従業員意識調査などでは不満要因として上がってくることが意外と多いという。またソフト面に相当する「ルールを整える」「交流を活性化する」も、仕組みとしてしっかり整えておきたい項目だ。
「暗黙のルールは新人スタッフの立場だと知ることができないのでとても困ってしまいます。守らなければいけないルールは明文化して伝え、全員で共有していくようにしましょう。交流の活性化も、互いを思い合える敬意ある職場づくりには欠かせません。スタッフ同士がコミュニケーションをとれるような仕組みをぜひつくってください。ちょっとしたミーティングをするだけでもいい。自分の意見が伝えられる、いろいろな人の意見を聞くことができる、そのような場を上司である店長やマネジャーが仕組みとして整える、あるいは会社側がサポートしていくことが必要です」
まずはオンボーディングから着手して受け入れの体制づくりを進め、同時に職場環境の整備を中長期で進めていく――パートやアルバイト、スポットワークと、働き方が多様な現場スタッフに長く活躍してもらうため、すぐにでもこの2つに取り組んでいきたい。
図3.「敬意ある職場」を作るポイント
パーソル総合研究所
フィールドHRコンサルタント
枡家 裕朗
Hiroaki Masuka
日本マクドナルド株式会社にて営業・人事部門に従事。株式会社パーソル総合研究所にて様々な業界の現場における人事課題や育成制度設計に関するコンサルティング、アルバイト・パートをマネジメントする現場リーダー向けの研修開発・講師登壇を担当
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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