公開日 2019/01/30
この記事の前編を読む
働き方改革など社会的な影響を受けて、「ピープルアナリティクス」というデータ活用の取り組みが国内で広がりつつある。すでに具体的な成果も出始めているが、成果の測定法やデータ収集の手法など、課題も少なくない。では、それらを解決して人事データを活用するためにはどうしたらよいのか。また、データを活用した人事施策にはどのような可能性があるのか。パーソル総研ピープルアナリティクスラボの担当者に話を聞いた。
ピープルアナリティクス(以下、PA)の基本的な課題解決のプロセスは、マーケティング領域など、ほかの分野における分析と大きな違いはない。
データ分析において重要なのが、どのようなアウトプットが必要なのかということだ。株式会社パーソル総合研究所(以下、パーソル総研) コンサルティング事業本部 ピープルアナリティクスラボの西尾紗瞳氏はこう話す。
「PAに取り組むうえで、何が課題で、何を解決したいかという目的は明確にすべきです。それによって、どのようなデータを使って何ができるかを具体的に検討できます。また企業ごとにどれだけのデータをどのような形式で保有しているかはまったく異なります。ですから、PAのアプローチも企業ごとに違ったものになるのです」(西尾氏)
PAに取り組んだ企業の成果には、具体的にどのようなものがあるのだろうか。パーソル総研が支援した事例について、西尾氏はこう話す。
「現在引き合いが多いのは、『イノベーション人材の発掘』です。企業が新しい事業を始めようとするときに、それに適した人材を見つけ出すのですが、そのためには、まず過去に実施した新規事業で成果を出した社員をモデル人材として、同じような素養を持つ人材をアセスメントで見極めます。
そして適合度を0から1の範囲でデジタルに評価・判定して、早期に必要となる人材を発掘するのです。これによって、戦略的な育成と配置が可能になるのです」(西尾氏)
ところで、PAの成果はどのように測ればよいのだろうか。明確に数字でわかる場合もあるが、たとえば、新製品の発売に合わせて営業部隊を強化するために組織変更を行った結果、売り上げを伸ばした場合はどうか。おそらく、その成果が人事施策によるものなのか、商品力によるものなのか判断するのは難しいだろう。
西尾氏は「確かに、何をもって成果とするかは難しい部分もあります」としながら、次のように続けた。
「人事施策においてROI(投資対効果)を測ることは非常に難しいことです。ですので、施策を経て『変わったな』という手応えを感じたか否かがまず大事なのではないでしょうか。そのためにも、PAを進めるための目的をしっかり持つことが必要です。たとえば『いい組織をつくるために、PAに取り組みたい』という場合は、『そもそも、いい組織とは何か』を考えないといけません。売り上げを伸ばせる組織も、風通しのよい組織も、どちらもいい組織です。定義次第で、分析に必要なデータも、成果の捉え方も違ってきます。そして目的を明確にして施策を実施した結果、ゴールに近づいている実感があるのであれば、成果があったと考えてよいのではないでしょうか」(西尾氏)
PAを活用するためのフロー
またパーソル総研ピープルアナリティクスラボのデータサイエンティストである大西真人氏は、成果を測るには時間がかかるとも指摘する。
「人事異動の成果について、個人の評価が上がったかどうかで測ることが適切とは一概には言えません。『個人の評価が上がる=いい人事異動』とみなしても、たまたま異動先の部署の業績がよければすぐに好成績が残せるでしょうが、業績が悪い部署だったら、本人の能力とは関係なく評価は低くなるかもしれません。弊社が支援した、社員の特性から向いている部署を割り出したプロジェクトで、異動前後の人事評価の変化を検証したところ、異動前後のそれぞれ1年半(3期分)という長期間の平均をみると、部署の向き不向きと人事評価の変化に相関がみられました。1~2期という短期間では、本人の能力と関係ない誤差が大きく、有意な相関がみられないことがわかりました。短期間ではなく、長期間の評価をみることで、いい人事異動であったかどうかの判断の妥当性は増すと考えられます」(大西氏)
最近ではAIを導入して人事施策を進めようという企業もある。しかし精度や具体的な実効性を考えると、AIの導入以前にデータ活用人材のほうが必要だと西尾氏は指摘する。
「ある企業で退職する社員の傾向を知ろうとしたところ、辞める数カ月前から会話のなかで『キャリア』という言葉を多く口にするようになったということがわかりました。ただ、これに類するような事実がAIで判明したとしても、AIの解析プロセスはブラックボックスなので、辞めた原因まではわかりません。キャリアを口にし始めた理由と退職した理由との因果関係までも分析しなければ、具体的な人事施策に落とし込むのは難しいのです。AIは何らかの示唆を与えてはくれますが、対策までは教えてくれません。AIを導入するのはよいのですが、まずはデータ活用にたけた人材を確保することが必要でしょう」(西尾氏)
また、人事でのデータ活用において、プライバシーの問題も立ちはだかる。
「社員のデータをどの程度まで収集するか、個人情報保護法の観点とは別に、倫理的な検討が必要です。たとえば、メールの文面をすべて収集して分析すれば、社員に関してより詳細な情報がわかります。しかし、そのためにすべてのメールを会社が把握するとなると、理解は得づらいのではないでしょうか。一方で、データ分析をすることで社員に与えられるメリット――たとえばより効率的な働き方が提示されたり、より適性に合った部署への異動を実現してくれたり――などを実感できれば、すすんでデータ収集に協力してくれるかもしれません」(大西氏)
いろいろな課題はあるが、属人的な経験則に頼る部分の多かった人事施策において、今後データの果たす役割は増えていくはずだ。ではデータを活用することによって、企業の人事施策はどのように変化するのだろうか。大西氏はこう語る。
「今後、HRテックの進化によって人事データの収集が高度化すれば、有用なデータは質・量ともに充実してきます。そうなったときに、既存の問題解決にデータを生かすことはもちろんのこと、人事担当者も現場の社員も想像していなかったような施策が、データ分析の結果から、実施できるようになるかもしれません。データの力で、より働きやすい環境がつくられる可能性もあるのではないかと思っています」(大西氏)
また西尾氏は、データは経営と現場をつなぐ「かすがい」になる、と指摘する。
「今後、いっそう経営環境や労働市場が複雑化していくなかで、たとえば『働き方改革』のような、経営判断にもかかわる全社的な人事施策を実施しようとする場合には、そのインパクトについてデータを使って検証していく必要があると思います。そのとき、データは現場の状況をつまびらかにしてくれて、属人的なバイアスなく現状を捉えることに役立ちます。経営者は、進めようしている施策の是非について、客観的な判断ができるわけです。その意味で、データは経営と現場をオープンな形でつなぐ『かすがい』になるものと考えています」(西尾氏)
PAの広がりは、セールスやマーケティングといった「数字」を追求する領域だけでなく、実は「対人間」についてもデータを生かした施策が有効であることの証左といえるだろう。今後、PAによる施策の規模が拡大するにつれて経営者に求められるのは、PAによって導き出された示唆を理解し、実行していくリテラシーといえる。人事の成果がわかるようになるまでは、どうしても時間がかかる。拙速になることなく、着実にデータ分析を人事施策に取り入れて活用していくことが、競争に勝つためには大切なのかもしれない。
※このページは「Insight for D」に掲載された内容を転載しています。
※内容・肩書等は公開当時のもになります。
【経営者・人事部向け】
パーソル総合研究所メルマガ
雇用や労働市場、人材マネジメント、キャリアなど 日々取り組んでいる調査・研究内容のレポートに加えて、研究員やコンサルタントのコラム、役立つセミナー・研修情報などをお届けします。