結果にこだわるタレントマネジメント(第2回)
~ケーススタディを通じてキーサクセスファクターを探る~

全3回にわたる本コラムの第2回では"What"(何をすれば良いのか)に焦点を当て、「タレントマネジメントの必要性は分かっているものの、何を(何から)すれば良いのか分からない」という疑問に向き合ってみたい。

2つのケースからみるタレントマネジメント導入方法

第2回となる今回も実践の場で現実に起きている状況をもとに作成したケーススタディを通じて、Key Success Factor(KSF)を探る。

ケーススタディ1:変革リーダー育成研修の導入

C社の主力であるA事業は足元の業績は堅調なものの、今後は国内市場の伸びは期待できないため、積極的な海外事業の拡大が求められていた。しかし、海外事業への取り組みは十分でなく海外売上は売上全体の10%弱に過ぎなかった。一方、新規事業のB事業は市場の急成長にもかかわらず自社の業績の伸びは十分でなく、製品価値と認知の向上に向けたアクセルを踏むことで市場シェアを一気に獲得する必要があった。

社長は2つの事業に求められる共通の要素として「変革」を掲げ、中期経営計画の柱とした。人事部では、この全社方針を展開するために、管理職を対象とした新たな研修を導入した。「変革リーダー育成研修」と名付けたプログラムでは、はじめに社長が変革の必要性を熱く語りかけた。その後も外部講師による質の高い内容が続いたため、多くの管理職は真剣な表情で受講し、研修後のアンケートにおける満足度は高かった。手ごたえをつかんだ人事部は、事業計画を策定するためのスキルを磨く研修も導入し、こちらも受講者から好評を得た。しかし、研修実施から半年が経っても、今までと変わらない姿勢で仕事をする社員が多く、会社が重視する海外事業、新規事業の業績は伸び悩んでいた。

危機感を持った社長と人事部長は、外部機関の協力を得て問題の究明に乗り出した。現状把握のために実施された社員意識調査からは「会社の方針が社員に浸透していない」、「会社の課題を自分の事として捉えていない社員が多い」という実態が明らかになった。これらの問題を引き起こしている原因として、「採用」、「配置」、「目標設定・評価」、「業績賞与」といった人材マネジメントの仕組みが挙げられた。

① 「採用」の問題

新卒と中途採用の比率は8:2であり、中途採用は30歳以下に限定していた。そのため、価値観や知識、経験、スキルが同質化する傾向にあった。国内市場に特化していれば良かった時代は問題なかったが、海外事業や新規事業の拡大が必要な環境においては多様性が足りなかった。

② 「配置」の問題

社内公募制度のように、「社員の応募」により希望する部署や職種に配置転換する仕組みがなく、会社からの辞令による方式のみで運用されていた。そのため、上司が優秀な部下を自組織に囲い込みがちで、高評価者ほど同じ部門で同じ仕事を続ける傾向にあった。

③ 「目標設定・評価」の問題

売上・利益予算を手堅く達成するための組織目標になりがちであった。個人目標の設定には「目標管理制度」が導入されていたが、「チャレンジを促す仕掛け」がなかったため、無難な目標を設定し、査定につながる評価点を確保することで良しとする者が多かった。

④ 「業績賞与」の問題

営業利益と連動した業績賞与の仕組みが導入されていたが、「海外事業、新規事業の拡大を促す仕掛け」がなかった。海外事業や新規事業は積極的に投資を行う必要があるため、営業利益率は低くなりやすく、結果として該当部門の賞与原資は少なくなる傾向にあった。
変革を重視する会社の方針が反映されたのは「研修」のみで、「採用」、「配置」、「目標設定・評価」、「業績賞与」といった他の人材マネジメントの機能は従来のままであった。結果として「ばらばらな人材マネジメント」になってしまったため、社員は混乱し、意識と行動の変化は生まれなかった。

<図1> ばらばらな人材マネジメント

図1.png

ケーススタディ2:「統合的・総合的視点」からの施策導入

過去の失敗の経験からC社の人事部長は、人材マネジメントの各機能を「統合的・総合的」に捉えることの大切さに気づいた。「変革」に向けて採用、配置、目標設定・評価、業績賞与、研修といった人材マネジメントの各機能を「つなげる」ことを重視し、人材マネジメント施策を束ねる「1枚の絵」を作成した。具体的な施策を検討する前に、目的に向けて「各人事機能で何をするか(what)」の要点を明らかにしたのである。

<図2>人材マネジメント施策を束ねる「1枚の絵」

図3.png

続いて、1枚の絵で明らかにした要点をもとに各機能における施策を具体化し、実行に移した。

① 「採用」の施策

海外事業、新規事業を拡大するためには多様な経験、スキルを持った人材による新たな発想からの仕掛けが必要となるため、経験者採用を強化した。募集にあたる年齢の制限を廃止するとともに、人材紹介会社だけでなく、求人広告、ダイレクトリクルーティング、イベント開催など多様な媒体を使って候補者を集めた。

② 「配置」の施策

変革に向けて組織を「上から」変えた。具体的には、管理職層の約30%を対象として担当商品や地域を跨ぐ配置転換を行い、変革創出に向けた新たな発想を期待した。メンバー層の配置転換は「社内公募制度」により行った。会社が重視する海外事業、新規事業のポジションが公募され、社員は自らの意思で応募できた。管理職の配置転換が先に行われていたことにより、応募のハードルが下がったため、多くの社員がこの制度を利用した。その後、各部門と人事部によって調整を行い、海外事業と新規事業への人員補強を実現した。

③ 「目標設定・評価」の施策

変革の方針を徹底させるために「組織目標」のあり方から見直した。具体的には、各部門に「変革プラン」の作成を課し、「市場と競合を踏まえた問題認識」、「あるべき姿の明確化」、「アクションプランの作成」を求めた。社員は必ず上司と面談を行い、所属部門の目標との連動を確認した上で、個人の目標設定を行った。加えて、従来の目標管理シートは「チャレンジシート」に名称を改め、目標の達成度のみで評価するのではなく、目標の価値・難易度に応じて加点評価を行える方式に変更した。

④ 「業績賞与」の施策

会社が重視する海外事業、新規事業の拡大に向けたインセンティブが働く原資計算を導入した。具体的には営業利益のみを評価指標とするのではなく、売上成長と営業利益の双方で評価する方式に変更した。

⑤ 「研修」の施策

会社の方針を伝えるために管理職研修を実施した。研修の冒頭で社長と人事部長が過去の「ばらばらな」人材マネジメントの反省を正直に伝え、今回は変革という目的に向けて人材マネジメントの各機能を「つなげる」施策を講じることを論理的に説明した。その後、各部門の責任者から「変革プラン」の説明がなされた。研修の最後には、受講者が「変革を推進する当事者」の立場に立ってアクションプランを作成し、他の参加者に宣言する場を設けた。加えて、本研修で説明された内容を管理職自らの言葉で、配下メンバーに伝えることを求めた。

<図3>「統合的・総合的」な人材マネジメント

図2.png

このような「統合的・総合的」な人材マネジメント施策を行ってから半年が経過し、はじめに目立った成果を出したのがA事業の中国部門であった。直近では月の売上が前年比30%の伸びを示しており、市場成長率を2倍近く上回っていた。先の配置施策で異動した新任部長が「変革プラン」を描き、補強されたメンバーをリードして、成果につなげたのである。加えて、新規事業のB事業も成果が出ていた。中途採用と社内公募によって人員が増強されたため、商品の改良と営業体制の充実が実現した。ここ数ヶ月は新規の大口案件の成約が続き、市場シェアを確実に伸ばしていた。

一方で今回の施策の副作用として生まれた課題もあった。人員減となったA事業の国内部門が業務運営に苦しんでいたのである。所属する社員の中には国内事業よりも、海外事業や新規事業を優遇する会社の方針に不満を漏らす者も出ていた。現時点では業績への影響は出ていないものの、社員の士気低下が見られ、対策が必要な状況になっていた。

成否を分けたポイントは何か?

ケーススタディ1では変革の実現に向けて、研修施策を充実させたものの成果につながらなかった。採用、配置、目標設定・評価、業績賞与といった他の人材マネジメントの機能を従来のまま放置したため、人材マネジメントとしての一貫性を欠いたためである。それに対して、ケーススタディ2では経営が要請する変革が推進され、海外事業と新規事業拡大という成果を創出した点から成功事例と言える。個別の施策を検討する前に、目的に向けて各人事機能をつなげる「1枚の絵」を描いたことが成功の要因である。人材マネジメントの各機能の要件を明らかにしてから、具体的な施策を検討したため、複数の施策の間に一貫性が生まれ「骨太の人材マネジメント」として効果を発揮した。これにより、変革に向けた人材獲得と最適活用(重点事業への人材リソースシフト)を実現したのである。

一方で、このケースは国内事業で課題が生じていることから、「成功とは言い切れない」との意見もあると思われる。ただ、切迫した事業環境が背景にある場合、複数の人事機能をスピーディーに変える必要があるため、何の副作用も起きず「全てが上手くいく」ことにはなかなかならない。逆に有限な経営資源の中で完全を目指しすぎると、遅延や実行不能につながるリスクもある。

タレントマネジメントの定義と取り組み範囲

今回のケースをタレントマネジメントと呼ぶには「取り組み範囲が広すぎるのではないか」と疑問に感じた方も多いと思われる。確かにタレントマネジメントは未だ明確な定義が確立されておらず様々な解釈があるため、ここで改めて筆者の捉え方をお伝えしたい。

タレントマネジメントとは?
・経営や事業が求める成果の創出を目的とした「手段」

・目的達成に向けて「統合的・総合的」に人材マネジメントをデザインする取り組み

会社の戦略レベルで「変革」が求められるケースでは、人材マネジメントの各機能を横断した検討が必要となるため、取り組み範囲は広くなる。一方で、経営や事業の方針が大きく変わらない中での「改善的なアプローチ」であれば、取り組み範囲を絞っても一定の効果が期待できる。ただし、その場合でも、人事機能を統合的・総合的に捉えて「大きな問題の見落としがないか」、「人事機能間のメッセージに一貫性があるか」といった確認を行うことが重要である。

今回のまとめと次回テーマ

全3回にわたる本コラムの第2回では"What"(何をすれば良いのか)に焦点を当て、人事機能を「ばらばらに」ではなく、目的に対して「統合的・総合的に」捉える視点を持った上で、「何をするか」を決めることが大切であることを明らかにした。第3回では、"How"(どのように取組めば良いのか)に焦点を当て、「施策を実行したものの、取り組みによる効果を実感できずに頓挫した」、「人事部が主導しているものの、現場の理解が得られずなかなか推進されない」という各企業の実践の場における悩みに向き合ってみたい。

執筆者紹介

伴 雄峰

コンサルティング事業本部 コンサルティング部
ディレクター

伴 雄峰

Yuho Ban

株式会社伊勢丹(現・三越伊勢丹ホールディングス)に入社後、商品計画・販売サービスを担当。その後、株式会社サンエーインターナショナル(現・TSIホールディングス)において人事実務・システム導入を経験し、株式会社NTTデータ経営研究所に入社。人材育成体系構築、人事制度改革を中心としたコンサルティングに従事。直近では株式会社ミスミグループ本社人材企画・管理室の責任者を務める。経営戦略および組織構造との密接なつながりを重視し、人材育成を主眼においた複数の人事制度・人材マネジメントフロー改革をリード。2017年11月より現職。

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