公開日 2020/07/01
新卒で就職した人のうち、3年以内に離職する人の割合を「七五三現象」といわれて久しい早期離職の問題ですが、当初はそもそも採用が厳しい中小企業や激務のIT系企業など一部の問題と思われていました。かつては、一度入社したら辞めない(辞めてはもったいない)と思われていたような大手企業の人事担当者からも、ここ数年、早期離職に関して真剣に相談いただくことが増えました。大手企業の場合は、人数の問題というよりも、辞めてもらっては困るような人材が流出していることに対する懸念という色が強く、深刻な問題となっています。最近の若年者がキャリアをどう考えているかという観点から、この問題を考察していきたいと思います。
まず、実際の早期離職の現状を厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(平成28年3月卒業者の状況)」から見ていきます。新規大卒就職者に絞って見ていくと、2016年3月に卒業した新規学卒就職者の就職後3年以内の離職率は、32.0%という結果でした。
この「3年以内3割」という数字は、既に20年来続いているのですが、事業所規模別に見ると図1のように事業所規模による数字のばらつきは、かなり大きいことがわかります。また、1,000人以上の大手企業を見ると、リーマンショックがあった2009年を底に徐々に離職率が上がっています。
図1.新規大卒就職者の事業所規模別就職後3年以内離職率の推移
出所:厚生労働省「新規学卒者の事業所規模別・産業別離職状況」をもとに作成
早期離職の理由について多摩大学准教授の初見康行氏は、著書『若年者の早期離職』の中で、バブル経済の崩壊という「環境要因」が、産業構造変化という「構造要因」と、労働条件の低下という「企業要因」を引き起こし、さらに「企業要因」が、職業観変化という「個人要因」を引き起こしたことが推測されると記しています。
確かに早期離職問題は経済環境から端を発している現象ですが、若手社員の活躍・育成を真剣に考え、早期離職を食い止めるには、最後の「個人要因」である職業観の変化がとても重要な観点になります。ここからは職業観変化について、さらに詳しく見ていきましょう。
若年者が職業観を醸成する機会として、大きな役割を担っていると考えられるものに「キャリア教育」があります。今の若年者は、「キャリア教育」を小中高校や大学で受けてきている世代です。そもそも「キャリア教育」という用語が文部科学省の政策文書に登場したのは、1999年の中央教育審議会の答申です。新規学卒者のフリーター志向の高まり、進学も就職もしていない割合の上昇を危惧したことが発端となり、2003年の「若年者自立・挑戦プラン」が打ち出され、教育面では「キャリア教育総合計画」が施策として出てきました。
この「キャリア教育」で何を教えるかというと、実は明確に決まっていないというのが実際のところのようです。若年者の職業観を醸成する大切な教育にもかかわらず、明確に決まっていないという時点で問題が垣間見えるようです。教育学研究者の児美川孝一郎氏は、著書『キャリア教育のウソ』で、「キャリア教育」という概念の広さに対して実際に行われている狭さを問題にしながらも、現場で行われているキャリア教育では、①「自己理解」系、②「職業理解」系、③「キャリアプラン」系の3つの主要なジャンルがあると記しています。①自分を見つめ、②目標を設定し、③計画的に努力するというわけです。
しかし、同書では、キャリア教育では「やりたいこと」探しをさせられ、「やりたいこと(仕事)」を明確にすることが求められるにも関わらず、その「やりたいこと」が実現可能かどうかについての探求(判断)は、個人に任されたままとなっていることも問題提起されています。現行のキャリア教育が「やりたいこと」重視であるがゆえに、何が「やれること」で、何が「やるべきこと」なのか熟考されないまま、就活で内定が出た企業に就職するという状況が起こっている可能性がありそうです。
若年者が受けてきた教育環境の特徴としては、「個性重視の教育」も挙げられます。1984年に設置された文科省(旧文部省)の臨時教育審議会がゆとり教育の方針策定に取り組み始め、1987年に「個性重視の原則」が入った答申がまとめられました。子供一人ひとりの個性を大切にしようとする教育や、その後流行した歌の歌詞などに見られる画一的な評価への否定が、自分の個性を見つけなければならないというジレンマに繋がった一面があるのではないかと考えられます。
最近の若年者が使う「キャラ」という言葉は、そうした傾向の表れなのではないでしょうか。「自分のキャラを立てなければならない」「他人とキャラが被らないように」という会話をよく耳にするのは、自分の「キャラ」への意識が高くなっているからかもしれません。
キャリア教育では、「やりたいこと」を探し、「キャリアプラン」を立てるように言われ、自分らしい「キャラ」を作ることが大切と考えている若年者が、社会人になり会社組織に入った途端に年齢も考え方も全く異なる先輩社員達や疲れ切った管理職を見て、この会社にいても大丈夫なのだろうか、自分は成長できるのだろうか、と焦ってしまうのも無理はありません。会社に入ったら「やりたいこと」ができるとは限らず、いきなり個性を発揮するというのは難しいのが現実です。
ここまで見てきたような若年者の焦りに対して、明星大学准教授の尾野裕美氏の研究によると「キャリア焦燥感」という概念が見出されています。興味深い研究ですので、詳しく紹介していきます。「キャリア焦燥感」とは、キャリアに関する過去と未来に対する時間的展望のなかで現在の自分をどう受け止めるかによって生じる「とにかく早くという気持ち(性急)」「時間の経過が待てないという気持ち(焦燥) 」および「何とかしなければという時間的切迫感」からなる感情のことです。この「キャリア焦燥感」を細分化し、何が「キャリア焦燥感」を喚起し、どのような「キャリア焦燥感」が早期離職に繋がるのかを調査した結果が図2です。
図2.キャリア焦燥感と離転職意思に関する調査
出所:尾野裕美(2020)『働くひとのキャリア焦燥感』
調査によって「キャリア焦燥感」の正体は、「切迫感」「キャリア構築への衝動」「キャリアの懸念」という3つの要素で成り立ち、その中でも直接「離転職意思」に繋がるのは、「切迫感」であることがわかっています。「切迫感」は、八方ふさがりでどうにもならない、手詰まり感がある、逃げ出したいといったネガティブな側面です。同じ「キャリア焦燥感」でも、将来のために前に進みたい、早くキャリアを築こうと気がはやるといった「キャリア構築への衝動」や、今の自分へのもどかしさ、この先大丈夫だろうかと不安を感じる「キャリアの懸念」は、離転職意思には繋がらないという結果もわかっています。
また、これらの「キャリア焦燥感」は、どのような状況において喚起しやすいかを調べたところ、「キャリア探索の停滞(キャリア探索が停滞しているとき)」「所属組織からの低い評価(所属組織から低い評価を受けたとき)」「友人・知人のキャリアとの上方比較(自分より望ましい状態にある友人・知人のキャリアと比較したとき)」「ワークライフバランスの欠如(仕事とプライベートのバランスがとれていないとき)」の4つの要素が認められました。この結果を元に、最後に具体的な対応について簡単にまとめてみたいと思います。
ここまで見てきたような若年者に対して、どう対応していくべきなのでしょうか。ひとつの策として、ここでは「若年者のキャリアに正面から向き合う」ことを提案したいと思います。ひと昔前は、「下手にキャリアを考えさせると辞めてしまうのではないか」という声も聞かれましたが、今は逆といえるでしょう。優秀な社員ほど「キャリアも考えさせてくれない会社に留まるなんて危険だ」と考えます。自身のキャリアに興味がある若手社員に対して、キャリア開発支援をしていこう、一緒に考えていこう、仕事を通してそこに繋がる経験を作っていこうという会社が若年者から選ばれ、彼らを定着させることが可能になるのではないでしょうか。
そこで、「キャリア焦燥感」の研究結果を活かし、具体的に次のような支援施策に取り組まれることをお薦めしたいと思います。
このように若年者のキャリアに正面から向き合うということは、簡単なことではないと思います。しかし、せっかく自社を選択して入社してくれた若手社員を早期に辞めさせず、力を十分に発揮して活躍してもらうためにも、ぜひ一度試してみてください。こうした取り組みをする企業が増えることで、若年者の早期離職「3年以内3割」が減少に転じる日も近く訪れるかもしれません。
参考文献
・初見康行(2018) 『若年者の早期離職』 中央経済社
・児美川孝一郎(2013) 『キャリア教育のウソ』 ちくまプリマー新書
・尾野裕美(2020) 『働くひとのキャリア焦燥感』 ナカニシヤ出版
ラーニング事業本部
キャリア開発支援グループ マネジャー
小室 銘子
Meiko Komuro
大学卒業後、証券会社の営業、商社での企画職を経て、人材派遣会社にて、広告宣伝、人材派遣の営業、コーディネーター、スタッフ教育、企業研修等すべての分野を経験。多くの女性部下をマネジメントしてきた経験を活かして、大手企業のダイバーシティ推進、女性活躍推進支援など、「職場で活躍する」社員育成のプログラム開発・セミナー企画・運営を得意とする。社会人大学院に通い、アカデミック領域と実務を繋げる研究に従事。2009年4月より現職。2020年4月から企業向けキャリア開発支援を担当。
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