「キャリア自律」を加速するタレントマネジメント改革 ~成否を分ける3つのポイントとは?~(第1回)

「キャリア自律」という言葉が昨今、注目を集めている。その背景には、環境の変化や働く人の価値観の多様化があり、全社員が個々の力を発揮できる環境づくりと主体的かつ継続的に取り組める意識改革が求められている。
しかし、「進め方がイメージできない」「取り組んでいるがうまくいかない」と悩む人事や経営企画の方も少なくないのが現状だ。

そこで、本コラムでは全2回にわたり、キャリア自律を加速させる取り組みについて整理したい。
弊社シンクタンク部門の調査結果やコンサルティングの知見、さらにプロジェクト事例を盛り込みながら、キャリア自律の成否を分ける3つのポイントにまとめた。

今回は「なぜキャリア自律に取り組むべきか?」さらに、「キャリア自律は何によって促されるのか?」を中心にお伝えしたい。

なぜキャリア自律に取り組むべきか?その背景とは

まず、「キャリア自律」が求められている背景を理解しておきたい。そこには「労働力人口の減少」「経営環境の変化」「就業価値観の変化」、以上3つの環境の変化が挙げられる。

1つ目は、労働力人口が減少し、今後長期に渡り人手不足の時代が続くことが予想されている。もちろん景気の落ち込みにより一時的に労働力の需要が減る局面はあるだろうが、大きなトレンドとしては、労働人口は減少していく。

2つ目は、経営環境の変化に対応し得る競争力の源泉となる人材不足が挙げられる。例えば、小売企業においてインターネットの進展により競争環境が激化したり、商社がトレーディングビジネスだけではこの先の成長が見込めなくなるなど、事業戦略を大きく転換する場面に向き合う企業は多い。
結果として、これまでとは異なる新たな戦略に対応できる人材のニーズが高まり、経営リーダー、デジタルに象徴されるような専門人材など質の高い人材が不足しているのだ。

3つ目は、働く人の意識の変化が挙げられる。かつて会社に対して忠誠心をもって終身雇用で勤め上げることを前提とした関係性が、現在は社員と会社の関係性は対等となり、社員が会社を選ぶ時代といっても大げさではない。転職も半ば当たり前の時代、人材の流動化も進んでいる。このように働き手の減少、質の高い人材の不足、働く人の意識の変化といった背景を抱え、過去と現在の働く環境は大きく変化した。

現在の状況を整理したものが、次の表(=表①)だ。経営や事業環境はグローバル化や情報化が進む中で大きく変化している。就業期間の長期化、キャリアパターンも多様化し、複数の組織をまたがって働くことが珍しくなくなり、長期で見通すことが困難になった。そのため企業を良く知る幅広い知識や技能、経験などを備えたジェネラリスト人材の育成だけでは不足し、職務内容やプロジェクトに基づいて必要な人材を求めるジョブ型の必要性も増している。

表①

これらを踏まえても、主体的にキャリア選択を行う必要性が増し、全社員が個々の力を発揮できるタレントマネジメントが重要になっていることが分かるだろう。

なぜキャリア自律にとりくむべきか?

では、キャリア自律を高め、社員が個々の力を発揮できる状況をつくることが企業にとってどのような影響を及ぼすのか弊社の調査結果※1を使って説明したい。

まずキャリア自律の尺度を図るために、「心理」と「行動」の変数を合わせて「キャリア自律度」と定義した。
心理面には、「自分はどんな仕事をやりたいのか」「自分の得意分野が見つかっているか」など『職業的自己イメージの明確さ』、さらに自身のキャリアへの関心が高い『主体的キャリア形成意欲』。そして自己責任において自律的にキャリア形成をする意思がある『キャリアの自己責任自覚』が上げられる。

行動面は、新しい環境や状況にも比較的早くなじんで対応できるなどの『職場環境変化への適応行動』、自身の職種や業界分野における最新動向を常に情報収集していたり、積極的な学び行動に取り組んだりするような『キャリア開発行動』、新しい人間関係が構築できるように社内外の活動に積極的参加しているなどの『ネットワーク行動』、さらに自分の価値観やポリシーをもって仕事に取り組んでいるといった『主体的仕事行動』で構成されている。

以上をキャリア自律度と定義したとき、キャリア自律度と各成果指標との関係を示した結果が以下のグラフ①だ。

グラフ①

※パーソル総合研究所「従業員のキャリア自律に関する定量調査」(調査時期2021年4月26日-5月6日)

キャリア自律度の高い層では、低い層より仕事のパフォーマンスやワーク・エンゲイジメント、学習意欲が高く突出しており、明確な違いが確認できる。 つまり、キャリア自律度が高いと本人・組織双方にとってメリットがあり、「キャリア自律を加速させることが、個々の力の発揮実現に向けた鍵になる」と言えそうだ。

キャリア自律は何によって促されるのか?

これらの背景やキャリア自律の重要性を踏まえた上で、どうすればキャリア自律が高まるのか、キャリア自律を加速するための考え方を整理しておきたい。
なぜなら、会社主導でのキャリア形成を行ってきた多くの日本企業では、キャリア自律の重要性は重々に理解していながらも、スローダウンさせる状況を作り出している場合がある。

例えば、キャリア形成は主体的に社員が行うもので会社や組織が支援する必要はないといった、社員主体へ一足飛びで移行させるような考え方はなかなか加速しづらい現状がある。
一方で、キャリア形成の主体は会社から社員へと比重が変化しつつあり、会社がそれを支援する様々な基盤・環境づくりが必要だと考えている会社は、挑戦・成長機会の提供の重要性を理解し、上手く加速するサイクルを作り出している。個々のキャリア自律実現には会社側からの支援や環境づくりが欠かせないのだ。

では、キャリア自律の成否を分ける3つのポイントに触れていきたい。

次のグラフ②は、業務内容の経験率(縦棒)がどのようにキャリア自律に影響を及ぼしたのかを示したものである。

グラフ②

着目ポイントは、プラスの影響だ。例えば、過去に新規プロジェクトの起案・提案や、部門横断的なプロジェクトへの参加などを行ったことのある社員は影響が高い傾向にある。

また、社内公募での異動を経験した社員や、地域のコミュニティなどでの社外活動経験、副業・兼業を行う社員においても、非常に高い影響があった。(グラフ③)
しかし、職務変更を伴う異動を経験している社員は45.5%と高い経験値を示しながら、有意な影響が出なかったことは興味深い。このことから、キャリア自律に対する影響のポイントは、自ら動いて選択した経験をもつことが必要であり、会社側の指示で異動や出向が行われ個人の意志が反映されていない限り影響は少ないと考える。
つまり、キャリア自律を加速させるには、個人の意思のもとで行われる経験が重要なのだ。

グラフ③

次に、現場マネジメントがキャリア自律にどのような影響を与えているかを調べたところ(グラフ④)、上司のマネジメント行動の実践度が高い場合は、キャリア自律度も高くなることが分かった。
具体的には、今後のキャリアについて期待感を伝えているか(期待伝達)、部下に対して組織の目標やビジョンを日頃から話しているか(ビジョン共有)、個人のスキルや経験、知識を把握し、プロジェクト後には振り返りの機会を与えているか(理解とフィードバック)を見たところ、いずれも有意な関係性があった。
キャリア自律を加速させるには、上司からの働きかけが欠かせないことが分かる。

グラフ④

次に、人事管理との関係性を4つの要素の高低別に示した(グラフ⑤)。

それぞれの要素を具体的に挙げると、まず「組織目標と個人目標の関連性」がある。組織の理念やビジョンが明確に定められ、個人の目標が組織の目標と結びついているかどうかを調べたところ、高い群のほうがキャリア自律度も高い。

「処遇の透明性」の有無にも差が出た。評価が貢献に応じて充分な差があること、年齢などのファクターではなく貢献度と結びついているかどうかがポイントとなる。
同様に、社内にどのような仕事やポジションがあるのか社員に分かりやすく示している場合(ポジションの透明性)や、社員自ら手を上げれば、希望する仕事やポジションにつきやすい環境のある「キャリア意思の表明機会」を設けている場合にも高低差が出た。

人事管理において、これらは予想しやすいポイントではあるが、より高い状態を目指すことでキャリア自律度が高くなることを示す有意義なデータである。

グラフ⑤

まとめ

キャリア自律の成否を分けるポイントを再確認すると以下の3つである。

  • ポイント1:【業務経験】新規プロジェクトの立上げ・部門横断プロジェクトへの参加、社内公募での異動、副業・兼業
  • ポイント2:【現場マネジメント】期待伝達・ビジョン共有・理解とフィードバック
  • ポイント3:【人事管理】組織目標と個人目標の関連性・処遇の透明性・ポジションの透明性・キャリア意思の表明機会

社員のマインドセットやキャリアプラン作成を支援する研修だけではなく、業務経験、期待伝達やビジョン共有など上司から部下への積極的な働きかけ、さらには人事管理を整えていくことでキャリア自律は加速していくだろう。

執筆者紹介

伴 雄峰

コンサルティング事業本部 コンサルティング部
ディレクター

伴 雄峰

Yuho Ban

株式会社伊勢丹(現・三越伊勢丹ホールディングス)に入社後、商品計画・販売サービスを担当。その後、株式会社サンエーインターナショナル(現・TSIホールディングス)において人事実務・システム導入を経験し、株式会社NTTデータ経営研究所に入社。人材育成体系構築、人事制度改革を中心としたコンサルティングに従事。直近では株式会社ミスミグループ本社人材企画・管理室の責任者を務める。経営戦略および組織構造との密接なつながりを重視し、人材育成を主眼においた複数の人事制度・人材マネジメントフロー改革をリード。2017年11月より現職。

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