「引き出し」型アプローチで組織風土を変える!(後編)

前回、組織風土改革の必要性や、その中でも「引き出し」型アプローチが重要であると指摘した。今回は企業事例を参照し、具体的な改革の進め方などについて考えていきたい。

まず、組織風土改革をうまく進めた企業事例をいくつかみてみよう。

例えばいすゞ自動車では、「やらせない改革」で風土改革を実践した。「会社が社員を改革するのではなく、社員が会社を変える」、「改革の推進力を企業の指揮命令力に求めるのではなく、社員の内発的エネルギーに求める」ことで、風土改革が成功した。この経験は、『どうやって社員が会社を変えたのか』という本にもまとめられている。また、新幹線の清掃で有名なJR東日本テクノハートTESSEIでは、経営者の社員への関わり方を変えた。それまでのTESSEIの経営者は「管理」型で、行動指針やルール・マニュアルをつくり、「これをきちんと守りなさい」、「こんなことをしてはいけない」などと徹底していたのを、「現場の課題とその改善策は、現場のスタッフが一番よく知っている。スタッフたちの力を活かしていこう」という考えに則り、社員の自主性を引き出すマネジメントに変えていったのである。これにより、今まで3K(「きつい、汚い、危険」)と言われて社員のモチベーションが低く離職率も多かった清掃の現場から、仕事への誇りと生きがいを持ち、自主的に動く組織風土へと変えていった。

また、オリンパスでは、2011年11月の不正会計公表を受けて従業員がショックを受ける中、従業員の誇りと自信を取り戻す取り組みを実践。一体感と活力にあふれた組織を目指し改革活動を進めていった。「やらされ感が生じてもいけないので、強制しなかった」、「何も示さないと現場が取り組みづらいので、基本的なフレームを示し、『やってみてはどうですか』と呼び掛けた」といったように改革活動を進め、組織風土は変わりつつあるとのことだ。

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ここから我々が学べることは、組織風土を変える活動は押し付けるものではないということである。トップに求められていることは、社員に任せ社員が自ら将来について考え、実践することを通して改革の意思を引き出し、改革活動を自主的に回すような風土へと変えていくことなのである。もちろんすぐに改革の意識が醸成されることもあれば、そうでないこともある。ここをじっと耐えながらフォローするのである。 

2図.png

皆さんに問いかけたい事は一つである。改革を進める上で、あなたの企業はトップの想いや考えを押し付けているだけになっていないだろうか?

社員の改革の意思を引き出し、現場主体で推進するための進め方

社員の改革の意思を引き出し、現場主体で回るようにするための進め方をここで示したい。また、社員の改革の意思を引き出すためには対話を深めることが大事なため、どうやって対話を深めていくかについても示したい。ここからはこの2点について実践に向けたポイントをお伝えする。
(1)どのように進めるか
(2)どのようにしたら対話が深まるか

(1)どのように進めるか
社員の改革の意思を引き出すためには、危機意識を醸成し、自ら変えたいという当事者意識に繋げることが必要である。そのための対話には順番がある。順番としては、下記の6STEP だ。対話は、トップだったり、改革を一緒に進める仲間だったり、現場の第一線で頑張っている社員だったり、色々な人と対話をすることになる。

図3.png

①トップの想いを共有する
→会社としてどのような方向を目指すのか、なぜそうしなくてはならないのか、背景や目的をしっかりと伝える。ここで疑問がある場合、しっかりと議論する。

②仕事を進める上で大事にしていること、仕事のモチベーションの源泉、今不満を思っていることなど、自己の想いをつまびらかにし、改革を一緒に進める仲間と共有する
→自分の価値観と改革の目標のつながりを考える。これにより改革に自分なりのメリットを見出すことが出来る。また良いことばかりでなく、今不満に思っていることも素直に言い合い、お互いの本音をさらけ出す。HONDAのワイガヤは有名だが、このワイガヤでも、まず不平・不満の共有から始めるようだ。

③今の実態を作っている過去の経緯を共有する
→特に若手は知らないことも多いので、先輩からかつての想い等も交えながら過去の経緯を共有する。これにより、組織をより身近なものに感じることが出来る。

④今の実態を様々な角度から分析する
→社員アンケートの活用や、自ら現場を歩き回って話し合いの中から情報を収集することで、今の実態を把握する。これにより「この改革をやらないと会社や自分はどうなってしまうか」ということを考えるきっかけとなり、危機意識が醸成される。ここで初めて当人は組織の現状に対して問題認識を持つことになる。問題認識をもてば、改革の火種がついたということだ。ここでは改革を共に進める仲間と考えることで、多視点からの考察が出来る。

⑤将来(ありたい姿)の組織をどのようにしたいか、自ら描く
→火種を更に大きくするためには、押し付けられたことをやるのではなく、自分で描いた未来を自分で変える。これほどワクワクすることはない。一人で描くのではなく、改革を共に進める仲間と描くことで、より豊かな内容になる。

⑥将来(ありたい姿)を目指すための取り組み課題を決め、計画を立てる
→将来の実現に向けて、自ら実践するための計画を立てる。ここでは、実際の改革活動体ごとに計画を立てるとよい。たくさんの壁があるが、これを一つずつ乗り越えることで会社の改革を担うリーダーとして成長する。

このプロセスには時間がかかる。先に例示したA社では、上記プロセスを約4か月かけて実施し、社員の危機意識、当事者意識が醸成された。また、この改革活動の中で今までよりも広い視野、高い視座を身に着けながら、改革に向けた仲間づくりをしていくことが出来た。時間はかかるものの、このような人材が増えていくと、心強い。なぜならこの人たちを核にして改革の輪を広げていくことができるからだ。なお、上記プロセスを経て全社員の改革の意識を一遍に引き出すということはなかなか難しい。そのためA社では、組織を改革する中核メンバーを選抜し、「変革チーム」を結成して実践した。またその際、対話の幅が広がるよう、部署横断でチームを編成した。

(2)どのようにしたら対話が深まるか
社員の改革の意思を引き出すためには、表面的な対話をしているだけではなかなか難しい。そこで色々な角度から、本音で対話することが大事になってくる。対話を深めるためには、下記2つがポイントになる。

①発言の場の安全性を確保すること
②対話のきっかけの材料があること

①場の安全性がないと、企業によっては「言った者負け」のような状況で、なかなか発言しづらい環境もある。そのため発言の場の安全性を確保することが、風土改革の対話のスタート地点で必要である。場の安全性はグランドルール等で徹底して周知することが大事である。またトップから場の安全に関する発言をしてもらうことも有効である。

②対話のきっかけの材料としては、色々とある。先に例示したA社では、下記のような材料を活用した。
・社員アンケート(組織風土に関するアンケート)
・過去の事業の歴史の振り返り分析
・組織のトップの想い、期待の声
・組織風土改革を進める上での基礎知識(コッタ―の企業変革8ステップ等) 等

適切な材料を適切なタイミングで取り入れることで、より対話が深まる。

まとめ

あらためて、組織風土を変えていく上でのポイントを繰り返したい。「押し付け」ではなく「引き出し」で、社員の改革の意思を引き出すことである。またこれを実現するには時間がかかることは念頭において頂きたい。なぜなら組織風土は組織の長年の蓄積の中から生まれたものであり、一朝一夕に変わるものではないのだ。しかし、組織風土は社員のモチベーションや行動、ひいては業績に影響を及ぼすものである。そのため、今の会社の風土が変えるべき状態であれば、すぐにでも取り掛かって頂きたい。これからの10年、20年先を見据えて今から手を打つことが企業の未来をつくるのである。

※参考
・どうやって社員が会社を変えたのか―企業変革ドキュメンタリー 単行本 - 2013/1/26柴田 昌治 (著),‎ 金井 壽宏 (著)
・奇跡の職場 新幹線清掃チームの働く誇り 単行本(ソフトカバー) - 2013/12/10矢部 輝夫 (著)
・労政時報 2016年4月22日発行 3908号18頁

執筆者紹介

中田 奈津子

コンサルティング事業本部 コンサルティング部

中田 奈津子

Natsuko Nakada

2007年、日系コンサルティングファームに入社後、研究・開発・生産技術部門を中心に、風土改革、人材開発、商品企画支援等幅広くコンサルティングを実施。特に経営成果に貢献する組織づくりに力を注ぐ。現場に入り込みながら変革を推進することを得意とする。2015年7月より現職。直近では、人事制度改革、風土改革、教育体系の構築に携わる。

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