結果にこだわるタレントマネジメント(第1回)
~ケーススタディを通じてキーサクセスファクターを探る~

「タレントマネジメント」というキーワードで各企業からご相談をいただく機会が増えているが、人によって解釈が異なり、実に様々な捉え方がなされていると感じる。タレントマネジメントは、その対象、手法、効果などに未だ明確な定義が確立されているとは言いづらいため、関係者間の解釈にずれが生じて混乱することがよくある。

そこで、本コラムでは全3回にわたってタレントマネジメントをできる限り分かりやすく捉えてみたい。各回のテーマは以下の通りとし、ケーススタディを通じてKey Success Factor (KSF)を探ることで、タレントマネジメントの成功に向けたポイントを明らかにしていきたい。

第1回 :"Why" 【なぜタレントマネジメントが必要か】
第2回 :"What" 【何を(何から)すれば良いのか】
第3回 :"How" 【どのように取り組めば良いか】


<図1>結果にこだわるタレントマネジメント各回のテーマ(全3回)

図1(結果にこだわるタレントマネジメント)伴さん_171206.png

2つのケースからみる目的設定のあり方

第1回となる今回は、実践の場で現実に起きている状況をもとに作成した以下の2つのケースを通じて目的設定のあり方について考えてみたい。

ケーススタディ1:A社の取り組み

経営トップからタレントマネジメントに取り組むように指示を受け、人事部門の中期戦略の柱とすることにしたA社の人事部長は、人事部門の管理職全員を集め「日頃人事の実務を担当する中で困っている問題」を中心に明らかにしていった。そこでは目的のあり方についても議論が及んだものの、大きな絵を描くのは時間がかかる上に、実行負荷も高いので、まずは人事担当者ごとに散在する紙やエクセルデータを一元化・可視化できる新システムを導入することで決着した。
その後人事部門内で各社のシステムを比較検討した結果、「最も手頃な価格」で導入できる新システムの採用が決定した。顔写真や職歴、資格、語学スキル、採用時の適性検査結果などのデータを新たに取り込み、人事部門内での活用から開始した。
新システムでは今まで管理されていなかったデータが「綺麗に表示」されたため、導入当初は人事担当者から一定の評価を得ていた。しかしながら、既存の人事給与システムとのデータ連携、追加投入するデータの管理工数、システムのランニングコストなどに対する効果が不明瞭であったため、導入から半年が経過した時点で新システムの運用は頓挫してしまった。

成果の定義が曖昧な中での推進に限界を感じた人事部長は、そもそもの目的に立ち戻って再検討せざるを得なくなり、中期戦略として掲げたタレントマネジメントの推進は大幅に遅れてしまった。

ケーススタディ2:B社の取り組み

年率20%の売上成長を続けるB社の人事部長は「圧倒的な人材リソース不足」を喫緊の課題と捉えていた。急速に成長する事業を支えるために、150名の採用を目標として掲げたが、実際の採用数は目標の半分にも達していなかった。採用が計画通りに進まず、人材リソースが逼迫した現場は疲れきってしまい、多くの離職者が出るという悪循環にはまっていた。「人材リソース不足が事業成長の足かせになっている」との危機感を強くした人事部長は「人が採れない、辞めてしまう」という問題の解決に人事部門の主力メンバーをアサインするとともに、各現場責任者も巻き込んだ。このようにして発足されたプロジェクト体制にて、採用・受入体制・評価・報酬・システムなどに関する問題を整理し、解決策を短期間で計画した。
多額の予算が必要な計画であったが、人材リソース不足が事業に与える影響が深刻であることは明らかで、離職率が減少することによるコスト改善効果も明示されていたため、この計画は経営会議で承認され、実行に移せたのである。

多岐にわたる計画であったため実行にはかなりの負荷がかかったものの、推進して3ヶ月後に明るい兆しが見られた。離職率が改善したのである。受入体制の充実や、社員視点でメリットのある制度が導入されたこともあるが、何より本気で状況を打開しようとしている会社の姿勢が社員に響いたのである。次の一手として、多様な方策を講じて離職率が改善したことをエージェントや候補者に伝えたことで、内定承諾率が10%改善し、人材リソースの逼迫状況は緩和されてきた。このように確実な成果が生まれたことで、取り組みはさらに加速し「好循環サイクル」が回り始めた。

成否を分けたポイントは何か?

両ケースの間には取り組み内容にも、成果にも大きな差があり、成否を分けたポイントとして多岐にわたる要素を挙げることができるだろう。しかしながら、ここでは大きな成果の差を生んだ「根幹となる違い」に焦点を当てたい。

A社のケースは「人事部門の日常業務における課題」を発想の起点とし、「自分たちにできること」から手をつけたものである。手頃な計画であったため、すぐに実行に移すことはできたものの、目的が曖昧だったために迷走してしまった。失敗の根幹は「ドゥアブル(doable)」の志向であり、「自分たちができること」を主眼に置き、「人事部門内の課題」(内向きの視点)に焦点を当てたことにある。

一方、B社は目的を「事業成長を支える人材リソースの確保」とし、その解決に向けて様々な手段を計画し、リソースを集中させて短期間で実現に移した。まずは人材の離職率改善に効果が生まれ、それが採用にも好影響を与え、確かな成果を実感できる状況にまで至っている。成功の根幹は「デリバラブル(deliverable)」の発想であり、「経営に提供する価値」(外向きの視点)に主眼を置き、様々な手段を使って課題の解決策を実行したことにある。


<図2>成否を分けたポイント

図2(結果にこだわるタレントマネジメント)伴さん_171206.jpg

マクロの視点からみるタレントマネジメントの必要性

次にマクロの視点に目を移し、日本企業を取り巻く環境からタレントマネジメントの必要性を考えてみたい。

①重要性を増す経営資源:「人材」

インターネット環境の一般化により、全世界の市場がつながり、グローバル競争がさらに加速している中で、現状の延長線ではなく「非連続の飛躍」を続けていく企業こそが競争優位を確立できる。これからの時代は、機械・工場・資本・地の利といった要素の「持続的な競争優位の源泉」としての価値が低下するのに対し、環境変化から機会と脅威を察知し、自社の強みを磨き、弱みを克服するための変化を創出できる「人材」の経営資源としての重要性が高まっている。

②圧倒的に不足する経営資源:「人材」

日本企業は圧倒的な人材不足の局面に瀕しており、厚生労働省が発表している有効求人倍率(季節調整値)は2017年9月で1.52倍と高水準となっている。今後は景況感の変化による有効求人数の増減はあるものの、労働力人口の減少を背景に人材不足感はさらなる加速が予測される。需要が供給を上回ることが常態化する中で人材が「採れない、辞める」ことによる慢性的な人材不足に悩む企業が増えている。

③流動性が高まる経営資源:「人材」

年功制と終身雇用という仕組みの中で、雇用と給与の年功的上昇が保障される代わりに、社員は会社に忠誠を誓うという就業価値観が中心であった時代は、人材の流動性は低かった。一方、今日では雇用の終身保障と給与の年功的上昇が多くの企業で非現実的になる中で、自らのキャリアにオーナーシップを持ち、転職を「成長するための手段」としてポジティブに捉える就業価値観を持つ者が若年層を中心に増えている。このような価値観の変化はミドル層にも広がり、人材の流動性は確実に高まっていくものと予測される。

このように「①重要性が高く」、「②圧倒的な供給不足で」、「③流動性が高まる」経営資源である「人材」の獲得、定着、育成、最適活用は各企業の競争力を高める上での喫緊の課題になっている。タレントマネジメントは、これらの経営課題を解決に導くための手段と位置づけ、施策がもたらす価値を考え抜く「デリバラブル(deliverable)」の志向と、結果にコミットする姿勢を持って取り組むべきである。

<図3>日本企業における「経営資源:人材」を巡る変化

図3(結果にこだわるタレントマネジメント)伴さん_171206.jpg

全3回にわたる本コラムの第1回では"Why"(何故タレントマネジメントが必要か)を中心に考えてみたが、第2回では"What"(何をすれば良いのか)に焦点を当てたい。「タレントマネジメントの必要性は分かっているものの、何に(何から)手をつければ良いのかが分からない」という各企業の実践の場から出てくる疑問に向き合ってみたい。

執筆者紹介

伴 雄峰

コンサルティング事業本部 コンサルティング部
ディレクター

伴 雄峰

Yuho Ban

株式会社伊勢丹(現・三越伊勢丹ホールディングス)に入社後、商品計画・販売サービスを担当。その後、株式会社サンエーインターナショナル(現・TSIホールディングス)において人事実務・システム導入を経験し、株式会社NTTデータ経営研究所に入社。人材育成体系構築、人事制度改革を中心としたコンサルティングに従事。直近では株式会社ミスミグループ本社人材企画・管理室の責任者を務める。経営戦略および組織構造との密接なつながりを重視し、人材育成を主眼においた複数の人事制度・人材マネジメントフロー改革をリード。2017年11月より現職。

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