精神障害者雇用を一歩先へ
現状と課題
障害者の法定雇用率が段階的に引き上げられる中、
急増する精神障害者の雇用数。一方、定着などに課題も見られています。
そうした「現状と課題」について、オープンデータを基に見ていきます。
注目が集まる
近年、少子高齢化によって加速する人手不足や、SDGs、ダイバーシティ・インクルージョン(多様性包摂)の機運の高まりを背景に、「障害者雇用」への関心が高まっています。大きな変化として、2018年には身体障害者、知的障害者に加えて新たに精神障害者が雇用義務の対象となりました。それに伴い、政府は企業に義務づける障害者の雇用割合(法定雇用率※1)を、段階的に引き上げており、企業では特例子会社の設立をはじめとした、さまざまな施策が推進されています。障害のある人にも雇用の機会が広がっている社会の実現に向けて、着実に変化しているといえるでしょう。しかし、企業における精神障害者の雇用数が急速に増加している一方、精神障害者が職場でうまく働き続けられないケースが顕在化してきています。
精神障害の定義はあいまいであり、場面によってさまざまです。そこで本プロジェクトでは、精神障害者を、「気分障害や神経症性障害、統合失調症、依存症、てんかん、およびそれらの関連疾患を抱えている方」と定義しています(脳の損傷や機能不全による障害(高次脳機能障害)や認知症、発達障害、性同一性障害は除く)。つまり、後天的に発症することの多い心の病気を対象としました。
発達障害については、就業場面で必要な配慮が大きく異なるため、区別していますのでご注意ください。なお、発達障害と精神障害の重複障害など、他の障害との重複障害があっても、精神障害を抱えていれば精神障害者と定義しています。
総務省「人口推計(2024年5月20日公表)」、内閣府「令和5年版障害者白書」、厚生労働省「衛生行政報告例(2022年)」「福祉行政報告例(2022年)」
障害者手帳所持者数(2022年調査)が障害者数(2016~2020年調査)を上回っているのは、調査時期の違いによる
障害者手帳:一定以上の障害があると認められた方に政府から交付される手帳。障害者総合支援法の対象としてさまざまな支援が得られる
本調査の対象である精神障害者(気分障害や神経症性障害、統合失調症とその関連疾患の患者)の日本における人数は、1996年の162万人から、2020年には384万人と2倍以上に増加しました(図2)。コロナ禍を経て、その後さらに増加したと考えられます。労働現場においても、過重労働やハラスメントによる精神障害の発症が社会問題化したことは記憶に新しいでしょう。WHO(世界保健機関)によると、2019年には世界の8人に1人が何らかの精神障害を抱えていると試算されています※4。精神障害はいまだ解決されない人類社会全体の課題といえます。
一方で、医療の進歩により、通院・服薬を行いながら就労できる精神障害のある方が増えています。近年、本格的に精神障害者が障害者雇用の枠組みに加わったことで、障害者手帳を取得し、障害への配慮を得ながら働くことを希望する精神障害者もまた、急速に増加しています。
WHOファクトシート(2022)精神障がい | 公益社団法人 日本WHO協会。精神障害の定義はICD-11の定義にのっとる。
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厚生労働省「患者調査」における総患者数よりパーソル総合研究所作成
では、実際にハローワーク経由で就職した精神障害者(発達障害者も含まれる精神障害者保健福祉手帳保持者)の就職件数の変化を見てみましょう。2011年から一貫して増加を続けており、2020年度はコロナ禍により低迷したものの、2021年度には再び増加し、4万5,885件となりました(図3)。この状況は、企業側からすれば、新たに障害者を採用しようとすると、平均的に見て、応募者の約半数は精神障害や発達障害の方からの応募というイメージになります。
かつては復職支援としての雇用が多数を占めていた精神障害者雇用も、近年は新規入職者が約9割と多数派となっています※5。また、障害者雇用の歴史において最も古い身体障害者の雇用については、求職者の高齢化が進むとともに絶対数も減少しています。増加する精神障害者の就職を促進しようと行政がハローワークに専門の就労支援員を設置するなど力を入れている点も、精神障害者の就職を後押ししています。
厚生労働省(2018)障害者雇用実態調査
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厚生労働省「令和4年度 障害者の職業紹介状況等」
※図中の「精神障害者」は、本プロジェクトでの定義とは若干異なる
精神障害者雇用の数が増加している中、精神障害者が就職後に職場でうまく働けず、トラブルになったり、離職や転職を繰り返したりする課題が顕在化してきました。障害者職業総合センターが行った2017年の調査では、精神障害者の入社1年後の職場定着率は49.3%(障害者求人では64.2%)と、他の障害種類と比べて低くなっています(図4)。
精神障害者の離職理由には、「職場の雰囲気・人間関係」「賃金・労働条件に不満」といった一般の就業者と変わらない理由に加え、「疲れやすく体力、意欲が続かなかった」「症状が悪化(再発)した」という障害特有の理由がそれぞれ約3割と多数を占めています※6。これらの障害特性に企業が対応するためには、調子に応じた労働時間や勤務場所の柔軟な調整がプラスに働きますが、従来の画一的な労働時間、勤務場所による雇用管理が定着を阻害していることが指摘されています。また、精神障害者の雇用ノウハウが乏しい中、手探りで雇用を進める企業が多い状況にあることや、精神障害をめぐる社会的な偏見が根強いことなども定着を阻害しています。
精神障害者雇用の課題は、量の改善から、質の改善へと移行してきています。精神障害者雇用の質の改善は、増加する精神障害者が就職後再発等を繰り返したりすることなく、スムーズに社会復帰できる道筋を作ることにつながります。生涯で4人に1人が何らかの精神障害を患うといわれる中※7、雇用機会の確保は重要課題といえます。
厚生労働省「平成30年度 厚生労働白書」より
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」
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独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2017)
「障害者の就業状況等に関する調査研究」
最後に、障害者就労を支援する体系について確認しておきましょう。現在、障害者雇用を促進するため、障害者雇用促進法や障害者総合支援法などに基づき、さまざまな機関が障害のあるご本人や障害者を雇用する企業を支援しています。図5が、その支援体系の主なものをまとめた全体像です。障害のある方が就職のための準備をし、自分に合った会社を見つけて就職、就職先の職場に適応して定着するまでのステップを一貫して支援しています。
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厚生労働省「障害者の就労支援体系の在り方に関するワーキンググループ」資料を基にパーソル総合研究所作成
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