精神障害者雇用を一歩先へ
第2弾調査結果
第1弾調査で明らかになった「配属現場における理解・配慮の課題の多さ」を踏まえ、
第2弾調査では、現場の上司や同僚の意識・行動の実態と影響を調査。
配属現場の負担感を予防・低減するための施策や、
受け入れ成功の先に期待される 周囲への好影響なども見えてきました。
第1弾調査(精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[企業調査][個人調査])で実施した企業・個人向けのアンケート調査では、配属現場の理解・配慮の課題が多いことも明らかになりました。その結果をふまえ、第2弾調査(精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]、インタビュー調査)では、精神障害者を受け入れる現場における「上司・同僚の意識・行動」の実態と、有効な現場への支援策を探るため、現場の上司・同僚を対象としたアンケート調査や、関係者へのインタビュー調査を実施しました。
定量的なアンケート調査の結果や、インタビューによって集めた体験談や意見の分析を通して、精神障害者を受け入れる現場における課題の実態をはじめ、それによる上司・同僚の負担感とその影響、また上司・同僚の負担感を予防・低減するために企業としてできる施策などが見えてきました。
精神障害への過剰な身構えか
一緒に働いた7割の上司・同僚が抱いたのは
「思っていたより、ポジティブ」な印象
精神障害のある従業員と一緒に働いている上司・同僚に、一緒に働いた経験を通じてどう感じたかを尋ねると、7割前後の上司・同僚が、「思っていたより、コミュニケーションはスムーズにとれた」「思っていたより、仕事のパフォーマンスが高かった」など、事前の想定よりもポジティブだったと感じていました。
精神障害者を職場に受け入れる前は、働く精神障害者についての知識が乏しく、過剰に身構えていたといえるのかもしれません。このように障害者雇用を通じて、精神障害の正しい理解や精神障害者へのポジティブな見方を広げていくことには、大きな社会的意義があると考えられます。
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精神障害者と働く上司・同僚 n=729、数値は、「Aに近い/どちらかというとAに近い」選択率(4件法)
インタビューコメントより抜粋。コメント文面は、意味が変わらない程度に一部表現を調整しています。
それでも受け入れに負担を感じる上司・同僚が多いのは、なぜ?
「課題」が生じるほど、増大する上司・同僚の負担感
「障害への配慮(合理的配慮)」の多さは関係なし
事前の想定よりポジティブに受け止められている精神障害者の受け入れですが、とはいえ、精神障害のある従業員の受け入れに対し、「精神的な負担が大きい」と回答した直属上司は約半数、同部署の同僚は約4割でした。なぜでしょうか。調査結果から、精神障害者と一緒に働く中で、人間関係のトラブルや業務の遅延といった「課題」が発生した場合に、上司・同僚の負担感が増大していることが分かりました。
精神障害者をはじめ、障害者の受け入れでは、障害への配慮(合理的配慮)をします。業務を担いながら、そのような配慮を多くしなければならない場合、負担が大きいのではないか。そう考えて分析を行いましたが、「配慮」の数は負担感とは関係ありませんでした。むしろ配慮の数が多いほど、障害のある従業員への支援意欲といった「肯定的感情」が増していたのです。
つまり、精神障害者を受け入れる周囲の人の負担を防ぐには、配慮を少なくするよりも、「課題」の予防・早期解決が重要だといえます。
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図中の( )はn数
「精神障害者と働く上司・同僚」に質問
「負担感」は、「忙しくて、サポートに手が回らない」「どのようにサポートすればよいかわからず困惑する」「精神的な負担が大きいと感じる」「業務上の負担が大きいと感じる」「正直、負担が増えるので迷惑だと感じる」「部下・同僚ばかりが優遇されていると感じる」への回答(4件法)の平均値
「肯定的感情」は、「できるだけサポートしたいと思う」「負担をかけないように気をつかう」「うまく関われていると思う」「関わりに満足している」への回答(4件法)の平均値
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図中の( )はn数
「精神障害者と働く上司・同僚」に質問
インタビューコメントより抜粋。コメント文面は、意味が変わらない程度に一部表現を調整しています。
上司・同僚の負担感を放置すると
不満の矛先が精神障害のある本人に向かい、受け入れがさらに困難に
企業としては、配属先の上司・同僚が負担を感じていても、その場で何とか問題の火種を「鎮火」できているならよいと考えるかもしれません。しかし、調査からは、現場の上司・同僚の負担感が増えてしまうと、精神障害のある従業員への支援への協力が薄れ、受け入れがさらに難しくなることが分かりました。
負担感が大きくなることによって、「精神障害者」全般に対するイメージが悪化し、そのネガティブなイメージが膨らむことによって、他の同僚と区別しない平等な対応や、肯定的な言葉かけが減少してしまうのです。精神障害に限らず、特別な事情がある少数派の従業員が上司や同僚など周囲の負担を増やす(ように見える)状況では、周囲の不満の矛先は、その状況をマネジメントする上司や経営層ではなく、事情のある本人に向かいがちです。放っておけば、さらに受け入れが困難な雰囲気が職場に醸成されてしまうでしょう。これは、障害者雇用を進めたい企業にとっても、精神障害のある本人にとってもつらい状況です。
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重回帰分析の結果。分析条件や図中の各項目の具体的な数値は、報告書「① 精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」を参照ください。
多様な人が働きやすい組織風土づくりでもある精神障害者の受け入れ
ただし、受け入れの「成功」が前提条件
現代社会では、育児や介護をしながら働く人や外国人など、障害以外にもさまざまな事情がある個人が働いています。調査から、精神障害者の受け入れによって、職場の多様な人材への対応力や多様性包摂意識が高まることが分かりました。精神障害がある人と働く上では、業務のカバー体制の構築、生活面の問題の把握、分かりやすい業務指示などさまざまな配慮が必要となります。これらの配慮に対応できれば、育児・介護者の業務カバーや外国人への業務指示などにも応用が利きます。加えて、「個々の事情に配慮し合って働くのが普通である」という意識が広がります。このような「多様性包摂(DEI)」への意識の高まりといった好影響を感じている上司・同僚の“はたらくWell-being”は高く、組織全体の働きやすさに波及する可能性もデータから示されました。
ただし、こうした効果を得るには、受け入れの成功が前提条件となっていました。受け入れを成功させる取り組みが重要といえます。
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「精神障害者と働く上司・同僚」に質問、図中の( )内はn数。数値は「とてもあてはまる/あてはまる」選択率(4件法)
インタビューコメントより抜粋。コメント文面は、意味が変わらない程度に一部表現を調整しています。
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共分散構造分析(SEM)の結果。分析条件や図中の各項目の具体的数値は、「① 精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」を参照ください。
上司・同僚の負担を防ぎ、受け入れを成功させるには
現場課題の予防・早期解決が重要
調査から、精神障害者の雇用現場には、業務マネジメントやコミュニケーションの課題が発生しやすいことが分かりました。それらの課題を解決できなければ、精神障害のある本人、および周囲を疲弊させてしまいます。
そのような結果を防ぎ、円滑に雇用を推進するには、
① 採用方法・ルートの確立や現場支援
② 福祉・医療・行政の支援者との連携
③ 経営層の意識向上と全社理解の醸成
によって、受け入れ現場の対応力を高めることが重要です。
① 採用方法・ルートの確立や現場支援について
精神障害者の採用では、病状や能力の見極めが難しいという特徴があります。精神症状に波があることや外見からは分からないことなどが理由です。インタビュー調査では、「就労移行支援事業所といった外部との優良なネットワークを構築し、職場体験や実習を取り入れたところ、雇用がうまくいくようになった」との声が寄せられました。本人が配慮事項を周囲に説明できる、福祉・医療・行政の支援を適切に活用している、といった「本人の対応力」も重要な要素のため、採用時に重視されます。
また、配属現場での周囲の負担は受け入れの失敗を招くため、現場課題の予防・早期解決が重要です。本人の勤怠が不安定になってしまった際の対応策として、複数人でカバーし合える業務設計や体制構築、周囲の業務カバーに対する評価・報酬への反映、仕事のやり取りや進捗の可視化・共有などの施策が有効です。そもそも、本人の体調に無理のない短時間勤務を推奨する、体調悪化を早期発見するために業務日誌を用いるといった、不調を防ぐ取り組みも重要でしょう。そして、コミュニケーションの食い違いや戸惑いを軽減するためには、障害理解や接し方に関する上司・同僚向けの学習・啓発や、配慮事項の明文化・共有のほか、トラブル時に支援者に相談できる体制の構築といった取り組みが有効です。
なお、上司・同僚への啓発には、調査結果から見えてきた下図の有効なマインドセットやリテラシー、行動をぜひ参考にしてみてください。受け入れ成功度の高い職場※では、ほぼすべての同僚が精神障害のある本人を特別扱いせず平等に接し、直属上司の9割はスキルアップにつながる仕事を与えていました。
調査対象者の上司・同僚を受け入れ成功度で3等分したうち最も高い群
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調査分析結果より、受け入れ成功度の高い職場ほど多く見られた上司・同僚のマインドセット、リテラシー、行動を抜粋して作成
② 福祉・医療・行政の支援者との連携について
インタビュー調査からは、福祉・医療・行政の支援者との優良なネットワークをいかに構築するかが、精神障害者の雇用の成功を左右していることがうかがえました。支援者との連携には、さまざまな効果があります。まず、本人への仕事・生活両面の相談支援や質の良い採用ルートの確立による安定就労・定着。加えて、企業への相談支援を通じて、支援者の専門知識を企業側が学びとることや業務設計も依頼できます。また、支援者が企業と本人の間に入って情報連携を行う場合、精神障害者を支援する上で必要になることがある家族・プライベートの状況把握や、医療機関との連携などで、特に支援者の力が期待できます。体調悪化・勤怠不良の原因に、家族やプライベートの問題があるものの、企業は把握できず対応に戸惑うことや、医療機関と企業が直接やり取りすることは行き過ぎた介入になることもあるためです。
しかし、支援機関も多様であるため、企業は自社にとって良い支援機関を探すことが必要です。加えて、2025年秋から就労選択支援事業が始まり、今後は支援者によるアセスメント(障害者の職種・労働条件・能力・適性・合理的配慮などの評価と整理)が強化される予定です。企業での就労経験のない支援者も多くいるため、企業としては、自社の求める人材像を支援者に明確に示し、有益なサポートを引き出す取り組みがより重要になっていくでしょう。
③ 経営層の意識向上と全社理解の醸成について
インタビュー調査では、障害者雇用に対する経営層の意識や全社理解について尋ねています。印象的だったのは、精神障害者の雇用がうまくいっている企業でさえ、配属部署だけの理解醸成にとどまり、全社理解の醸成には至っていなかったという点です。しかし、アンケート調査の結果から、精神障害者の受け入れにおいては、「《他部署》の同僚の声かけや雑談」が同部署の同僚のそれ以上に重要であることが見えてきました。もちろん、個々人の障害や配慮事項の共有は本人の了承を得て慎重に行う必要がありますが、同部署に限らず全社に対して、一般的な障害や合理的配慮の考え方の理解を促すことは、本人の働きやすさに加え、社員一人ひとりが今後の社会を生きていく上でのリテラシーとしても重要だと考えられます。
このような全社理解の醸成の鍵となっているのは、経営層の理解だと考えます。インタビュー調査では、経営層から「障害者を戦力化すべき」というメッセージを発信する、経営層自らが日頃から障害者雇用に批判的な社員に「もし自分が障害者になったらそう言われてどう思う?」などと啓発する、などの取り組みが、全社理解の醸成につながっていることがうかがえました。経営層からの説得があれば会社の意思ととらえて耳を傾ける社員は増えるでしょう。本来、法定雇用率の達成を重視した「量」の視点は、精神障害者本人の「やりがいを持って働きたい」「将来に向けたキャリア形成をしたい」といった「質」のニーズと相いれません。そのような企業と本人の間の齟齬が、精神障害者の不満や早期離職につながっている例も確認されました。経営層が雇用の「量」向上の視点だけでなく、「質」向上の意識を持ち、メッセージを発信することが、全社の理解を醸成し、精神障害者の雇用成功の近道になると考えます。
このように、現場の本人・上司・同僚(ミクロネットワーク)だけでなく、経営層や採用担当者、他部署の上司・同僚(メゾネットワーク)、さらに医療・福祉・行政の支援者(マクロネットワーク)を巻き込むことで、結果的に現場の負担を軽減できるといえます。
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精神障害者の雇用はこの10年ほどで急速に増加し、今後も進展が期待されます。精神障害があっても「幸せにはたらける」雇用現場は、ほかの多くの人にとっても働きやすい雇用現場であると考えられます。本調査が、精神障害者の雇用に取り組む企業の一助になれば幸いです。
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