パーソル総合研究所では、「労働市場の未来推計2035」として
2035年時点の労働需給の状況を予測し、発表しました。
パーソル総合研究所では2018年、「労働市場の未来推計2030」として、2030年時点の労働需給の状況を予測し、発表しました。現在においても、引き続き、労働力不足はやはり深刻な状況にあります。
一方、前回推計の発表から現在までの間に、私たちは、コロナ禍や働き方改革の推進など、社会や働き方に大きな影響を与えるようなさまざまな変化を経験しました。そのような変化を経て、これから労働市場はどのようになっていくのでしょうか。2035年時点の労働需給状況の推計を実施しました。
Estimation results
推計の結果、2035年には「1,775万時間/日の労働力不足」になることが分かりました。これはつまり、1日あたり34,697万時間の労働需要に対し、労働供給は32,922万時間であり、1日あたり1,775万時間分の労働力が不足するということです。
ただし、この結果は、経済成長が直近の景気循環の平均並みで将来にわたって推移した場合を想定しており、経済成長や実質賃金の状況によって、労働力不足の値は変動します。
※本シミュレーションの経済成長:内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(令和6年1月22日経済財政諮問会議提出)中の、ベースラインケース(全要素生産性上昇率が直近の景気循環の平均並みで将来にわたって推移するシナリオ)を前提
※本シミュレーションの人口動態:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」中の、出生中位・死亡中位推計の結果を前提
COMPARISON WITH PREVIOS ESTIMATE
前回の「労働市場の未来推計2030」では「644万人不足」と、〈人数〉で推計を行ったのに対し、今回の「労働市場の未来推計2035」では「1,775万時間/日不足」と、〈時間〉で推計しています。
その理由は、より現実に即した精緻な労働需給状況を把握するため。近年、働く人や働き方は多様化しており、これまで「1人分」として把握してきた労働力について、この先もずっと従来と同じ価値の「1人分」として捉えていては、労働需給の現状を見誤り、適切な施策を打つことも難しくなる可能性があります。さらに、前回は「日本人のみ」で推計したのに対し、今回は「外国人」も対象に含めて推計を行っています。これも急増する外国人就業者の実態を踏まえ、今回から対象に含めることとしました。
また本推計では、労働市場に影響する様々な動向に関して、直近の過去までの傾向をベースに未来を予測しています。そのため、一定の精度を見込める2035年をターゲットに推計を行いました。
なお、1日あたり1,775万時間の労働力不足は、働き手に換算すると384万人分の不足に相当します。今回推計の対象条件を前回推計(日本人のみ)と揃えて、2030年時点の労働力不足状況を比較すると、前回推計「644万人不足」、今回推計「625万人不足」となる見込みであり、労働需給状況の見通しには前回推計から大きな変化はありません。
Estimate methodology
本推計では、「労働需要ブロック」「労働供給ブロック」「需給調整ブロック」の3ブロックで構成された需給予測モデル(部分均衡モデル)を構築しました。また、「労働需要ブロック」では、就業者数だけでなく、「未充足求人数※」を含めることで、企業が本来必要とする数に近い労働需要を算出しています。
Labour market outlook
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年/出生中位・死亡中位推計)」によると、2035年には、外国人を含む総人口が2023年よりも770万人程度減少することが予想されており、高齢化も進んでいきます。このような人口動態に加え、経済や賃金の状況をふまえると、本推計では就業者は375万人程度増加することが予測された一方、1人あたりの労働時間は年間163時間程度減少する見込みでした。
女性やシニアの労働参加が進むことで働く人数は増えるものの、働き方改革の効果も相まって1人あたりの労働時間は減少するため、結果的に市場に投入される労働力は、1日あたり1,775万時間分不足する見込みです。
就業者数は、2023年時点の6,747万人に対して、2030年は6,959万人、2035年は7,122万人と増加していく見込みです。内訳をみると、60歳未満の就業者は減少傾向であり、60歳以上の就業者は増加傾向です。
性年代別にみた2035年の労働力率(労働参加率)は、2023年時点から全体的に上昇していく見込みです。女性の労働力率の上昇幅が大きく、特に女性60代は20pt以上の上昇の見込みです。
外国人就業者数は、2023年時点の205万人に対して、2030年は305万人から2035年は377万人と、増加していく見込みです。
就業者1人あたりの年間労働時間は、2023年の1,850時間に対して、2030年に1,776時間、2035年に1,687時間と減少していく見込みです。
名目賃金(時給)は、2030年に1,981円から2035年に2,023円と、上昇していく見込みですが、実質賃金(時給)※は、2030年に1,725円から2035年に1,693円と、減少していく見込みです。
※消費者物価指数に基づく物価変動の影響を差し引いて算出される賃金指数Toward a solution
労働力不足の解決に向けた方向性は、次の2点になります。働き手の人数や1人あたりの働く時間を増やすといった「活躍機会の創出」によって労働力の増加を目指す観点と、技術活用や働く人の育成による「労働生産性の向上」によって労働力不足緩和を目指す観点です。労働力不足を〈時間〉でとらえることで見えてくる打ち手もあります。
そこで、「活躍機会の創出」の観点では、特に働きたい希望がありながら希望通りに働けていない層である「シニア就業者」「パートタイム就業者」「副業者」といったショートワーカーの就業に注目し、不足解消が期待できる労働力を試算。「労働生産性の向上」の観点では、労働力不足を緩和する手段として、「ヒトの成長」と「新たなテクノロジー」への投資の効果を試算しました。
パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査※」におけるシニア就業者(60~69歳の就業者)の就業希望割合をみると、60~64歳の就業者が65歳以降も働きたい割合は男性79.2%、女性73.6%、65~69歳の就業者が70歳以降も働きたい割合は男性75.9%、女性69.3%です。
仮に、65歳以上のシニアが希望通りに働くことができれば、本推計における予測よりも、さらに男性は79万人、女性は139万人が就業者となります。これにより、1日あたり593万時間分の労働力増加が期待できます。
扶養範囲内で働く就業者が、税金や社会保険料などの負担発生により手取り収入が減らないように意識する年収額のボーダーラインである「年収の壁」。この「年収の壁」を超えないように労働時間を調整するパートタイム就業者数は、2035年時点で、2023年から若干増加する見込みです。他方、パートタイム就業者1人あたりの月間労働時間は、2000年以降2023年現在まで減少傾向にあり、今後も減少が見込まれます。
仮に、「年収の壁」が緩和され、2035年のパートタイム就業者の月間労働時間が、2023年同様の79.3時間に維持された場合、1日あたり357万時間分の労働力増加が期待できます。さらに2023年よりも増え、89.1時間まで増加した場合は、1日あたり518万時間分の労働力増加が期待できます。
副業元年といわれた2018年以降、企業・個人ともに副業への関心は確実に高まっています。総務省「就業構造基本調査」によると、2002年5.1%だった就業者の副業希望率(追加就業希望者比率)は、2022年時点で7.7%までじわじわと増加してきています。さらに、この先の就業者の副業希望率(追加就業希望者比率)を試算したところ、2035年時点では12.4%になる見込みです。この副業を希望する人々が副業することができれば、さらなる労働力増が期待できます。
ただし、副業推進においては、過重労働に注意する必要があります。そこで、副業希望率のうち週労働時間が45時間以内に収まる7割弱(就業者の8.2%)を「副業安全層」として着目し、この層が副業を行えた場合の労働力を試算しました。その結果は、1日あたり290万時間分の労働力となります。
厚生労働省「能力開発基本調査」によると、企業が1年間で就業者1人あたりにかけるOff-JT(*1)費用は、2022年時点で1.5万円となっています。また、ある研究によると、教育訓練(Off-JT)投資が1%増加することによる労働生産性の向上率は0.03%といわれています(*2)。
この場合、仮に企業が就業者1人あたりにかけるOff-JT費用を2035年に2~2.5万円となるように、継続的に増やし続けた場合、2035年には、1日あたり853~1,438万時間分の労働力増加が期待できます。
本推計では、就業者1人が1時間働いた際の労働生産性は、今後0.69~1.05%の範囲で成長していく見込みです。他方、生成AIの活用には、労働生産性をさらに0.1~0.6%向上させるポテンシャルがあるといわれています(※)。
仮に、今後(2024年以降)、生成AIを活用し続けた場合、2035年時点では、1日あたり398~2,450万時間分の省力化につながる可能性があります。
Project recommendations
本推計から2035年には、就業者が増加してもなお、1日あたり1,775万時間分の労働力が不足することが分かりました。シニアや女性の増加など就業者の構成が変化し、また働き方の多様化が進む中で、今後、労働力不足への対策を検討する際には、「人手」ではなく「時間」の観点で捉えていくことが重要であるとわれわれは考えます。
本サイトでは、労働力不足の問題を解決するための主な方向性として、「活躍機会の創出」と「労働生産性の向上」の2つの観点から、労働力不足解決のヒントと、その効果を試算した結果をお伝えしてきました。ただし、実際に目の前の労働力不足に対し、打ち手を講じる際には、それぞれが置かれている状況や立場、またどのようなメカニズムによってその労働力不足が生じているのかによっても、着眼・注力すべき点は変わってくるはずです。
本推計の結果を参考にしていただきつつ、皆さまそれぞれが直面する労働力不足課題に合った、適切かつ1日も早い対策につながることを願っています。
慶應義塾大学商学部卒業、慶應義塾大学大学院商学研究科単位取得中退、博士(商学)。(財)電力中央研究所経済社会研究所主任研究員、一橋大学経済研究所助教授、獨協大学教授を経て、2013年より現職。
正直、多くの経済学研究者は予測などに興味はありません。しかし、今回も予測をしたのは現実にニーズがあるからです。将来を見通すのは甚だ難しいのですが、何らかヒントがなければ将来の計画は立てられません。今回の結果が皆さんのお役に立てば嬉しいです。
中央大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。中央大学経済学部任期制助教、内閣府、こども家庭庁を経て2024年から現職。
本推計結果では、新型コロナウイルス感染症拡大後の社会の構造変化も織り込んだ動きから、自然に導かれる労働市場の将来像を把握できます。本推計結果を、組織の経営戦略策定や個人のキャリア形成における科学的根拠の一つとして、ビジネスパーソンをはじめとした皆様に活用頂くことで、未来に「適応」するための手助けとなれば幸いです。
Column
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