2026年、法改正により人事・労務担当者の対応が変更になるもの、新たに対応が必要になるものがある。その中で特に注目の3つ(1つは検討中)の法改正の概要と対応のポイントについて伺った。
今井 靖博 氏(弁護士)
山田・尾﨑法律事務所パートナー弁護士。2008年弁護士登録。企業における予防法務や、トラブル対応、改善策の策定など企業法務全般を広く取り扱う。ハラスメントに関する執筆活動や企業・大学・学校等各種団体における講演活動多数。
ハラスメント対策・女性活躍推進に関する改正
ハラスメント対策強化として、カスタマーハラスメントや求職者などに対するセクハラの防止が重視され、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となります。さらに、女性活躍推進法の改正により、男女間賃金差や女性管理職比率の公表が義務化され、透明性と説明責任が一層求められます。
図表1.企業規模別の女性活躍推進法に基づく情報公表項目
参考:厚生労働省「女性の活躍に関する『情報公表』が変わります(周知リーフレット)」「ハラスメント対策・女性活躍推進に関する改正ポイントのご案内」
※
女性活躍推進法に基づく情報公表項目について、有価証券報告書においてのみ公表しても、女性活躍推進法の義務を果たしたことにはなりません。一般の求職者等から見て、どこに掲載されているのかが分かるように公表する必要があります。
弁護士の解説
ハラスメント対策の強化と事業主の義務
- 労働施策総合推進法の改正により、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務として明確に法制度へ組み込まれました。顧客や取引先の言動によって従業員の就業環境が害される事例は増加しており、企業には相談窓口の整備、研修、迅速な対応フローの構築など雇用管理上必要な措置を講じることが求められます。怠れば行政から助言や指導にとどまらず、勧告や企業名の公表といった措置を受ける可能性もあります。これにより、カスハラ防止は自主的な取り組みから実効性ある義務へと強化されました。
女性活躍推進法改正と透明性の向上
- 女性活躍推進法は有効期限が2036年3月まで延長され、長期的な枠組みとして定着します。特に、従業員101人以上の企業に対し、男女間の賃金差異や女性管理職比率の公表が義務化される点は大きな変化です。任意にとどまっていた情報公開が法的義務となり、給与や昇進の公平性が可視化されます。また、「プラチナえるぼし認定(※)」にセクシュアルハラスメント防止措置の公表が要件に追加され、社外に向けて取り組みを示す姿勢が不可欠となります。こうした仕組みは企業の信頼性や採用力を左右し、ブランド価値の向上にもつながります。
- ※ 一般事業主行動計画の目標達成や女性の活躍推進に関する取り組みの実施状況が、特に優良であるなどの一定の要件を満たした場合に認定される。
実務への影響と企業対応
- 両改正は、職場環境改善と透明性確保を軸としています。企業は、まずハラスメント防止体制を整え、従業員や求職者を守る仕組みを強化することが必要です。その上で、賃金差や管理職比率のデータを収集・分析し、公表可能な体制を整備しなければなりません。制度設計や事務負担の増加が課題となりますが、外部専門家との連携やシステム活用で乗り越えることが期待されます。改正の目的は単なる法令順守にとどまらず、誰もが安心して働けて、多様な人材が活躍できる職場を築くことにあります。企業にとっては負担も伴いますが、対応を進めることは人材確保や組織の持続的成長につながる重要な投資となります。
労働安全衛生法改正
2025年5月14日に公布された労働安全衛生法の改正は、労働者の心身の健康を守るための施策をより確実に機能させることを目的としています。今回の改正の特徴は、従来事業場の規模によって異なっていた制度の適用を一本化し、すべての労働者に等しく健康確保の仕組みを行き渡らせる点にあります。特にストレスチェック制度については、これまで努力義務とされていた小規模事業場も含め、全事業場での実施と高ストレス者への医師による面接指導が義務化されます。これにより、規模の大小にかかわらず統一的な対応が求められることとなり、メンタルヘルス不調の未然防止が社会全体で強化されます。
今回改正された労働安全衛生法のうち、メンタルヘルス対策の推進に関する施行期日は「公布後3年以内に政令で定める日」とされており、企業は実施体制の整備が求められます。本改正は、単なる法令改正にとどまらず、すべての職場において働きやすい環境を整備する契機となることが期待されており、企業は法令対応を通じて従業員の健康保持と組織の持続的発展を両立させる姿勢が欠かせません。加えて、労働者が安心して働ける職場づくりを進めることは、企業の社会的責任(CSR)の実践としても極めて重要な意味を持ちます。
図表2.ストレスチェック制度の流れ
参考:厚生労働省「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」
弁護士の解説
改正の背景と意義
- 近年、職場におけるメンタルヘルス不調は労働災害としての申請件数も増加傾向にあり、企業の安全衛生管理において極めて重要な課題となっています。長時間労働や人間関係の不調和などを原因とする精神疾患の増加は、労働者本人の生活に深刻な影響を及ぼすだけでなく、組織全体の生産性や人材定着率にも直結します。そのため、これまで努力義務とされてきた小規模事業場でのストレスチェックを義務化し、すべての労働者を対象に心理的負担を把握・軽減する仕組みを整備することは、社会的にも大きな意義を持つものです。今回の改正は、事業場規模にかかわらず等しく従業員の健康を守る体制を整える点に特徴があるといえます。
改正の具体的な内容
- 改正の中心は、ストレスチェック制度の全面義務化となります。従来は常用労働者が50人以上の事業場に限られていた義務が、全事業場に拡大されます。これにより、アルバイトやパートを含む少人数の職場でも年1回のストレスチェックを行う必要が生じます。実施方法は、質問票を用いた調査が中心となり、その結果「高ストレス」と判定された労働者については、本人の希望に基づき医師による面接指導を行うことが義務付けられます。また、事業者は面接指導の結果に基づいて必要な就業上の措置を検討し、労働者の健康保持に努めなければなりません。さらに、調査結果は本人への通知が必須とされ、個人情報の保護や不利益取扱いの禁止も強調されています。これらは単なる形式的な実施にとどまらず、組織的に職場環境の改善につなげることが求められています。
企業が取るべき対応
- 本改正は2026年1月から段階的に施行されますが、ストレスチェックの義務化は公布後3年以内に政令で定める日とされています。そのため、企業は早期に実施体制を整備する必要があります。具体的には、社内規程の改定、実施方法や委託先の検討、産業医や衛生委員会との連携強化、従業員への周知が挙げられます。とりわけ小規模事業場では、外部専門機関を活用して効率的かつ適切に制度を運用する体制を整えることが現実的です。
- また、結果を個人ケアにとどめず、集団分析を活用して職場環境の課題を把握し、改善策を検討することが重要です。さらに、定期的に実施状況を評価し、制度や体制を改善することで、従業員の信頼を高め、組織の健全な成長につながります。したがって、単に法令を守るだけでなく、従業員の健康を守り、働きやすい職場づくりにつなげる姿勢が企業に求められます。
【検討中】〈2026年度以降の改正 〉労働基準法改正
厚生労働省は、働き方改革を進めるため「労働基準関係法制研究会」を設置し、2025年1月に報告書を公表しました。報告書は労働者の健康確保と働きやすさの向上を目的に、今後の労働基準法改正の方向性を示しています。主な論点は次の通りです。
- 〔連続勤務の上限規制〕労災認定基準を踏まえ「13日を超える連続勤務禁止」の規定を新設すべきとし、36協定を結んでいても適用対象としています。
- 〔法定休日の明確化〕現行法は休日の特定義務がなく不明確であるため、就業規則等で法定休日を明示する義務化を提案しています。
- 〔勤務間インターバル〕終業から始業までの休息確保は現在努力義務ですが、今後は法制化し義務化すべきとしています。
- 〔有給休暇の賃金算定〕労働者が不利益を受けないよう「通常賃金方式」を原則とする見直しが提案されています。
- 〔副業・兼業の割増賃金通算〕現行は通算義務がありますが、煩雑さから割増賃金の通算廃止を検討し、健康確保のための労働時間通算は維持すべきとしています。
これらはただちに施行されるものではなく、労働政策審議会での検討を経て法改正案化される予定です。
図表3.労働基準法改正の比較一覧表
参考:厚生労働省「労働基準関係法制研究会報告書」
弁護士の解説
連続勤務規制と休日管理の明確化
- 報告書は、長時間労働による健康被害を防ぐため、連続勤務に上限を設ける方向性を示しました。例えば「13日を超える連続勤務禁止」を想定し、36協定で休日労働が認められる場合も対象とすべきとしています。従来の「4週4休」制では、制度上は2週間以上休みがない状況も起こり得ました。これでは過労死やメンタル不調のリスクを防げないため、最低限の休息確保を義務付ける必要があるとされました。
- また、法定休日の特定義務も提案されています。現行法は「週1日または4週で4日」とのみ規定しており、具体的な休日の特定は求めていません。このため、就業規則と実際の休日が一致しないケースや、労使間で解釈が分かれる事例がありました。報告書は、企業に対し法定休日をあらかじめ明示させ、振り替えや変更手続きも法律で整理することを求めています。これにより休日管理が明確になり、生活設計の安定にもつながると考えられます。
休息時間と有給休暇の適正な扱い
- 勤務間インターバル制度は、現在努力義務にとどまるものを義務化する方針が示されました。終業から始業までに一定時間の休息を確保することは、睡眠不足や過労による健康障害を防ぐために不可欠です。ただし、交替制勤務や夜勤の多い業種に一律適用するのは難しく、具体的な時間数や対象範囲は今後の検討課題とされています。
- また、有給休暇取得時の賃金算定方法についても見直しが盛り込まれました。従来は「平均賃金方式」など複数の方式が存在し、時給制や日給制の労働者が不利益を受けるケースも指摘されてきました。報告書は「通常勤務したと仮定した賃金」を支払う方式を原則とし、収入面での不安を取り除き、労働者が安心して休暇を取得できる環境整備を目指しています。
副業・兼業と割増賃金制度の見直し
- 副業・兼業の普及を踏まえ、割増賃金の通算規定も大きな論点となりました。現行法では、異なる事業場での労働時間も合算し、法定労働時間を超えれば割増賃金を支払う必要があります。しかし、複数事業者間で労働時間を把握し合うのは現実的に難しく、割増賃金の算定は煩雑で企業にとって大きな負担でした。そこで報告書は、副業・兼業の場合には割増賃金の通算を不要としつつ、健康確保のための労働時間通算自体は維持すべきと提案しています。
- この変更は企業の負担軽減や副業解禁の後押しにつながる一方、割増賃金制度の意義を弱め、労働者保護が後退するのではないかとの懸念もあります。長時間労働を抑止するための制度的工夫や監督体制の整備が必要であり、今後の調整次第で制度の実効性が左右されることになります。
人事トレンドワード 2025-2026コンテンツ
人事トレンドワード2025-2026巻頭対談
企業の成長には、組織改革が欠かせません。その重要な鍵となるのが管理職の存在です。管理職の課題が浮き彫りとなる中で、これからの組織、そして管理職はどう変わっていくべきなのでしょうか。巻頭対談として、著書『冒険する組織のつくりかた』で組織の新たな世界観を提示する安斎勇樹氏と、『罰ゲーム化する管理職』で、管理職の疲弊を明らかにしたパーソル総合研究所主席研究員の小林祐児に、「管理職は冒険できるのか。それが可能な組織には何が必要なのか」について語ってもらいました。
管理職は冒険できるのか?~疲弊した現場を解き放つ鍵は「本音のつながり」~
2025年-2026年人事トレンドワード解説
パーソル総合研究所が2025-2026年の人事トレンドワードとして選出した《管理職の罰ゲーム化》《「年収の壁」緩和》《生成AIのインフラ化》について、選出に至った背景や現状を解説します。
3大 人事トレンドワード解説 《管理職の罰ゲーム化》《「年収の壁」緩和》《生成AIのインフラ化》
研究者の視点
組織や社会、人に関わるテーマを探究する研究者に、研究に至る経緯や今注目するテーマについて語っていただきました。
組織統合、ハラスメント、不祥事……集団心理研究に学ぶ組織問題を乗り越える鍵
福岡大学 人文学部 准教授 縄田 健悟氏
「ままならなさ」に巻き込まれる──これからの組織開発の鍵はケアと対話
兵庫県立大学 環境人間学部 教授 竹端 寛氏
人事領域での適切なAI活用は、AIや現在の法・慣行に対する違和感を大事にすることから
大阪大学 社会技術共創研究センター 特任准教授 工藤 郁子氏
インタビュー
企業の人事担当の方々に、自社の取り組みを中心に、2025年を振り返り、2026年を見通す上で、注目しているHRキーワードを伺いました。
「凡事徹底」
オムロン株式会社 取締役執行役員専務 CHRO 冨田 雅彦氏
「人に賭けるマネジメント」
アルプスアルパイン株式会社 人事部 部長 松浪 孝昭氏
「X(変革)」
株式会社 商工組合中央金庫 執行役員/キャリアサポート部長 田中 広郎氏
「アジャイルに変化する」
株式会社イトーキ
人事本部 人事統括部 統括部長 藤城 修二氏
人事本部 人事統括部 人事企画室 室長 仲本 大輔氏
法律コラム
2026年版 人事が知っておきたい法改正のポイント
ハラスメント対策・女性活躍推進に関する改正/労働安全衛生法改正/〈2026年度以降の改正〉労働基準法改正
※文中の内容・肩書等はすべて取材当時のものです。