数字で測ることができる成果だけを求めることが当たり前となった業績中心主義の現代。そこに見落とされているものはないだろうか。「ケア」を社会学的観点から研究する竹端寛氏に、その視座から見える現代の職場に潜む課題と、解決の鍵を握る対話の在り方について伺った。

兵庫県立大学 環境人間学部 教授
竹端 寛 氏
1975年京都市生まれ。大阪大学人間科学部卒業後、同大学院人間科学研究博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部教授などを経て、2024年4月から現職。福祉社会学、社会福祉学を専門とし、介護や育児、障害者などに対する「ケア」を、社会学的観点から捉える試みに注力。近著に『能力主義をケアでほぐす』(晶文社)、『福祉は誰のため?』(筑摩書房)。
私はもともと精神病院をフィールドワークの場とし、重い障害を抱える人でも地域から排除されず、生活できるように支援する、いわゆる「ケア」をどう実現するかをテーマに研究を続けてきました。月のほとんどは出張に出て、講演に執筆にと毎日奔走してきました。大きな転機が訪れたのは、42歳で、子どもが生まれてからです。自分の力だけでは抗えない、子育てという「ままならないものに巻き込まれること」で生活が一変しました。
まず、出張をはじめ、仕事を控えるようになりました。すると、「戦線離脱」したような感覚に陥ったのです。しかし、一体何からの離脱なのか。考えを重ねる中、家事育児に追われて気付くと一日が過ぎたというある日、「今日は何もできていない」と自己嫌悪にさいなまされていた私に、妻が「立派に家事育児をしたじゃない」と言ったのです。そこで初めて、自分が業績的・生産的なことしか「できる」にカウントしてこなかったこと、離脱とは「能力主義的な業績中心主義からの離脱」だったことを悟ったのです。
学生の頃からフェミニズムなどに関しても勉強し、頭では分かっているつもりでしたが、男性中心的な価値観が自分に根深くあったことにも気付かされました。現在、日本社会が直面している問題の多くは、ケアを家族が丸抱えするか、施設に丸投げしてきたことのツケだと思います。例えば、企業でも介護休職が問題になっていますが、実のところ、多くの人にとって福祉は「他人事」です。しかし、誰一人、生まれてから、何のケアもされずに育ち、生きていくことなどできません。それでも、福祉を他人事にできてしまう「社会構造の歪み」が、今の日本にはあるのではないでしょうか。
以前から取り組む「ケア」の研究に、個人的経験から膨らみがもたらされ、現在は「ケアを主軸にした社会」をどう構想するかを探究しています。
ケアは育児や介護に限ったものではなく、同僚を気遣ったりチーム内の調整をしたりするなど、職場の中にも存在します。しかし、それらは可視化されず、ほぼ「不払い労働」です。
一方、業績主義の中で働く私たちは、生産性や効率性を重視し、PDCAを回すことに気を取られています。場合によっては、PDCAが回っているように見せるために、必死で整合性を保つための数字や書類の作成に勤しんでいます。過度な数値化による管理は、人間はもちろん、機械ですら必ずしも予測不能であるにもかかわらず、あたかもすべてがコントロール可能かのように錯覚させる側面もはらんでいます。この30年で新自由主義が台頭し、問題の責任を個人に帰する傾向が強まりました。企業でも、業績の責任を個人に落とし込み、その成果を測る指標として、最も分かりやすい「数値」を用いることが加速しました。
数値は目安として有効ですが、あくまで「測れるもの」に限定された指標に過ぎません。職場内のケアのように、計測不能であるために評価されないことが多々あります。そのため、数値化の限定性を意識し、定量評価だけでなく、この人がいればチームがうまく回るといった計測不能な個人の魅力(定性評価)も考慮することは、企業の人事において重要なことだと考えます。
企業が規格化されたモノの量産で成功できた時代は、垂直型組織で対話がなくても成り立ちましたが、今後はチームビルディングが組織開発の鍵を握るでしょう。一人ひとりの良さをうまく機能させるには、人材の組み合わせを考えることが重要です。また、職場のメンバー間でも、「ままならない状況」はしばしば生じ、上手に関係性を修復することで良いチームになっていきます。こうしたことこそがケアなのです。
そこで何より重要になるのが、「対話(ダイアローグ)の在り方」です。例えば、1on1を行うときでも、上司が部下に助言や説教をしようとするのではなく、部下本人の話を邪魔せずに最後まで聞けるでしょうか。
多くの場合、上司は「今回はこんな話を聞き出そう」と自分で筋書きを設計して部下にヒアリングしていないでしょうか。このように見立てを優先してしまうと、表面的な聞き取りに終始し、本質的な部分にまでは触れられません。急がば回れで、相手が突拍子もないことを話し出しても、自分の設計図に引き戻さずに受け止めることが、結果、生産的な対話になります。
この対話の方法は、精神科領域の手法である「オープンダイアローグ」といわれるもので、「今ここ」で起こる「不確実さに耐える」という姿勢を大事にすることがポイントです。職場においても、こうした対話ができるかどうかが重要になってくるでしょう。
効率重視の職場において、どうすれば対話を促進できるでしょうか。対話には、「違いを知るための対話」と「決定のための対話」の2種類がありますが、多くの企業でなされているのは後者です。メンバーの考えを十分に知ろうとしないまま、上層部の思い込みや意思で一元的に決定がなされることが多いのではないでしょうか。
しかし、これでは良いアイデアを持っているメンバーがいても周囲に気付かれず、組織内に多様性がもたらされないため、創造性にも結び付きません。これは、日本のGDPが下がっているひとつの要因でもあると考えます。「違いを知るための対話」は、チームビルディングにはとても重要な要素なのです。
しかし、今の日本企業には、空気を読んだり忖度したり、「声を上げても大丈夫だ」と思える環境が足りず、閉塞感に覆われています。これをどう乗り越えていくのかという「対話的組織」の在り方は、私が今後研究したい分野でもあります。この先10年、15年かけてでも、対話的組織へと組織の体質を改善することが、日本の社会の行く末を左右するように思っています。
そこで、ひとつ課題になるだろうと考えている点が、管理職となる団塊ジュニア世代の苦悩です。自分たちが育ってきた価値観とは異なる価値観を持つ部下とどのように付き合っていくか。ただし、それは単なる「違い」であって、自らの経験や価値を自己否認する必要はないのです。他者と学び合い、認識をアップデートしていけるかの鍵も対話にあると思います。
日本人の多くは対話において、相手の期待に応えようとするあまり、自分の感覚や感情に蓋をして、ないものにしてしまう傾向があります。シナリオに沿った話の中に、3〜5%だけでも自分の中の直観的な違和感を混ぜ込んで話してみたならば、対話はかなり違ったものに変わると思います。これまでの経験で身に付いた認識や正しさの枠組みを外すことは、簡単ではないでしょう。しかし、まずは自分がハマっているその枠自体に気付く必要があります。その気づきが、チーム内での変化を生み出します。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
THEME
CONTACT US
こちらのフォームからお問い合わせいただけます
{{params.not_modal_movie| }}
{{params.modal_movie| }}