インタビュー

人事領域での適切なAI活用は、AIや現在の法・慣行に対する違和感を大事にすることから

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かつては会社員生活をしながら在野で法学やAIの研究を続け、内閣府のAI制度研究会にも参画していた工藤郁子氏。国内におけるAI活用の現状や、AIに関する法整備が進むことによる企業人事への影響などを伺った。

大阪大学 社会技術共創研究センター 特任准教授 工藤 郁子氏


大阪大学 社会技術共創研究センター 特任准教授

工藤 郁子 氏

上智大学大学院法学研究科修了。専門は情報法政策。民間のコンサルティング会社やシンクタンクなどに勤務した後、世界経済フォーラム 第四次産業革命日本センター プロジェクト戦略責任者などを経て現職。データやAIのガバナンスについて研究活動を行い、国際会合の開催によりそのルール形成にも貢献。共著に『AIと憲法』(日本経済新聞出版社)、『在野研究ビギナーズ』(明石書店)など。

人間の意思決定に対する関心から法とAIを研究対象に

私の主な研究領域は情報法学、公共政策学、法哲学で、主にデータやAIを対象としています。法学では一般的に現行法制度の解釈が主流ですが、私はむしろ制度の背後にある「不合理性」や「やむを得なさ」といったものに関心があります。一見すると不合理に思える意思決定にも、何らかの合理性や制約があった上でのやむを得なさが働いているのかもしれない。その正体を突き止めたいと思っています。

昨今は「AIが社会を変える」と期待されています。しかし、私は優れた技術の登場が社会を変えるのではなく、その技術に対する人々の期待や考えが技術への投資や開発を左右し、ひいてはビジネスへと展開していく側面があると思っています。そのため、人間の意思や感情がテクノロジーの発展にどう影響するのかを分析したいという思いもあり、現在は法とAIの関係を研究しています。

日本におけるAIの法整備は、この1年で大きく進展しました。2024年7月には内閣府がAI制度研究会を設置。日本におけるAIの法規制や技術基準の在り方を検討し、政府に提言することを目的とした有識者会議であり、私も委員として参加しました。主要な論点のひとつは、「EUのAI法のような包括的な枠組みを日本も導入すべきか」でした。EUのAI法は、すべてのAI関連分野を一律に規制する仕組みですが、「分野ごとにリスクや安全性のレベルが異なるのに、一括で縛るのは妥当なのか」という懸念が指摘されていました。この点を踏まえ、日本では著作権法や消費者保護関連法など既存の法体系をベースに、個別具体的に対応する方針が産業構造に適していると結論付けられました。

こうした議論を経て、2025年6月に「AI法(いわゆるAI新法)」が公布され、全閣僚から成る「AI戦略本部」と、有識者会議である「AI戦略専門調査会」が新設され、AIに関する戦略やルール作りを検討する体制が整えられました。

正式名称「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」

「人事活用」は注目テーマ AIが慣行を見直す契機にも

現在、AI戦略本部では日本国内におけるAI活用の実態調査を進めています。その主要な2大テーマのひとつが、「雇用・採用や人事評価におけるAI活用の状況と、そこに潜む法的・倫理的・社会的課題」の分析です(もうひとつは「ディープフェイクポルノ」)。現時点の調査では、採用支援AIの活用が拡大しており、大きな問題も顕在化していないとされています。ただし、今後さらに活用が広がれば、リスクや紛争が発生する可能性もあり、継続的な実態の把握と対策の検討が提言されています。調査対象には、人事関連のAIを開発する事業者だけでなく、それを購入・利用する企業も含まれているため、人事関係者は今後の調査の動向に注目されるとよいでしょう。

特に注視されているのは、AIアバターによる面接です。AIによる応募者のスクリーニングが広がる中で、企業よりも立場が弱い求職者にとって不公平な状況が生じた場合は、法的対応が必要になるため、さらなる調査結果が待たれています。

一方で、求職者側も、生成AIを駆使して志望動機やレジュメを作成する例が増えています。どれももっともらしい文面で内容に差異のないレジュメが大量に集まることで、企業側は目を通すだけでも大変になり、内容の比較や求職者の真意を見極めることが難しくなっています。そのため、「AIで自動的にスクリーニングせざるを得ない」という声も聞こえています。AI任せへの懸念はあるものの、採用担当者が学歴や勘で選ぶ弊害を考えると、人間の面接官にある気分によるムラやバイアスを、AIによってエビデンスに基づいて補正するなど、AIと人間両方の得手不得手や能力の限界を見極めていくことが一層必要になるでしょう。

また、こうしたAI活用の広がりは、人間がこれまでに作ってきたルールや慣行を見直す契機にもなっています。例えば、「そもそも一時期に大量のレジュメを受け付ける新卒一括採用の慣行自体を見直すべきではないか」や「男女雇用機会均等法や今の雇用の仕組みは公正さを十分担保できているか」といった違和感が、本質的な問いへとつながっていくこともあります。AIの適切な利活用を進めるには、現行のルールや慣行の見直しも含め、人事に携わる人たちが主体的に考えていくことが求められます。

AIの影響は未知数だが現実世界の問題設定は人間に期待

AIの浸透により、企業では人材に必要なスキルや評価観点が変わるのではないかという関心も高まっているようですが、日本ではまだ、影響の有無について分析や議論が進められている段階にあるといえるでしょう。例えば、アメリカの巨大IT企業では、近年、エントリーレベルのプログラマーやエンジニアの採用抑制や解雇が見られます。その一因として、生成AIによる業務代替が指摘されることがありますが、コロナ禍での過剰採用の人員整理という見方もあり、AIが雇用に及ぼすインパクトについては専門家によっても意見が分かれています。

AIが業務やスキルに与える影響は、学習させられるデータの蓄積量をはじめ、職種や業種によって状況が大きく異なるため一概には言えません。ただし、タクシーの自動運転などのようにサイバーとフィジカルが融合したAIサービスが実現すれば、ホワイトカラーだけでなく現業も含めた幅広い職種で、業務や雇用に大きな影響が表れるでしょう。AI導入は高コストのため、すべてがすぐにAIに置き換わることはないと思いますが、経営判断として長期的視点で業務自体のプロセスをAIに合わせて変える企業が増えてくれば、タスクレベルを超えて事業レベルで再構築を迫られるケースも増えてくるでしょう。

一方で、現在のAIはフレーム問題といって、「これはニーズがあるかも」「問題になりそうだ」「現場が苦労しているのではないか」といった現実世界に生じ得る問題設定を苦手としています。この点において、人間のスキルの価値はさらに高まっていくかもしれません。

AIは異質なもの 違和感を無視しないことも大切

私はAIの専門家ではありますが、AIは異質なものであり、その発展に対しても懐疑的に捉えています。AIを使いこなせていなければ「負け」とじさせる風潮もありますが、新たなテクノロジーに対して、期待感よりも不安感や抵抗感、違和感を覚えることは自然なことです。むしろこの違和感こそが、AI活用がもたらす現実世界での不平等の拡大や自由の制限、プライバシーの侵害といった負の側面を見抜く感覚につながる可能性があります。違和感を無視せず、意識的に向き合うことが重要です。

AIの導入や活用は、当然ながら良い効果を期待してなされることでしょう。しかし視点を変えれば、AIは思わぬ副作用をもたらしたり、抑圧的に働いたりすることがあるということも念頭に置いておくことが、賢いAIの利活用には不可欠だと考えます。

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。

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