学校、職場、国家など、人が集まる場では、なぜ軋轢や対立が生じてしまうのか。昨今、企業で課題となることが多い「M&A後の組織統合」、「ハラスメント・不祥事」の場面における対応策について、集団心理の研究の観点から縄田健悟氏に伺った。

福岡大学 人文学部 准教授
縄田 健悟 氏
九州大学大学院人間環境学府博士後期課程修了。博士(心理学)。社会心理学、産業・組織心理学、集団力学を専門に、集団における心理と行動の研究を推進。一般社団法人チーム力開発研究所理事も務める。著書に『暴力と紛争の“集団心理”』(ちとせプレス)、『だけどチームがワークしない』(日経BP)。
私の専門は社会心理学で、中でも「集団心理」の研究を続けています。
この領域では、「集団で何かをやるとうまくいかない」ことを示す研究結果が多数あります。例えば、「自分がやらなくても、他の誰かがやってくれるだろう」と個人の責任感が薄れて集団のパフォーマンスが低下する「社会的手抜き」と呼ばれる現象や、集団で議論やブレストを行っても意思決定やアイデア出しがうまくいかないといったものです。一見すると集団のほうが生産性は高まりそうですが、現実には集団の協働が難しいため伸び悩むことが多いのです。
企業において、最近多く生じている典型的な対立の場面のひとつが、M&Aでしょう。A社とB社の統合で新たにC社が誕生しても、旧来のA社・B社の意識が根強く残り、「われわれvs.彼ら」という対立構造が生まれがちです。これを解消するには、新たな上位集団である「C社」の一員であるという「われわれ意識」を明確にし、A社・B社の出身者に共通した「C社としての目標」をしっかりと共有することが重要です。
そのための基礎となるのが「視点取得」です。いわゆる「相手の立場になって考える」という小さい頃から言われてきたことですが、実際に行うのはなかなか難しいものです。なぜならば、人は自分や自集団を中心に現実を捉えてしまう傾向があるためです。A社の人はA社の視点から、B社の人はB社の視点からしか状況が見えにくく、摩擦が生じやすいのです。だからこそ、「相手からはどう見えているか」を意識的に捉え直すことが大切で、包摂的な関係構築には欠かせない視点といえます。
また、2つの会社が合併すると多様性が高まります。多様性には、両刃の剣の側面があり、スキルや知識の増加がプラスに働く一方で、価値観の違いがしばしば対立を招きます。合併後は、このプラスとマイナスの両側面を的確にマネジメントする必要があります。その際には、「インクルージョン(包摂性)」の考え方が重要です。ダイバーシティは、「集団内にさまざまな属性やスキルを持つ人が比率として存在する」という『状態』を表します。一方でインクルージョンは、「お互いが違いをそのまま認めて巻き込んでいく」という『関わり方』を示します。先述のA社とB社でいえば、それぞれの組織が持つ独自性を価値として互いに認め合いつつ、新たなC社への所属感を皆が持てるようにすることで、インクルーシブな風土を醸成することが必要です。
加えて、多様性を前向きに捉えることも重要です。ある研究では、多様性をポジティブに捉えている人やチームほど、その多様性を生かして成果を上げやすいことが示されています。
また、両集団の間の上下関係やパワーバランスにも配慮が必要です。力の弱い側が大切にされていないと受け取ると、対立は深まってしまいます。組織間の統合では、まずは力の強い側が弱い側を尊重したコミュニケーションをとり、対等な関係性を築こうと努める姿勢を示すことが重要になるでしょう。
以上のような話は「きれいごと」や「理想論」だと感じる人もいるかもしれません。実は、私自身も研究を始めた当初はそう思っていました。しかし、現実の人々のデータ分析結果がその「きれいごと」の有効性を示しています。結局、「きれいごと」をしっかり実現している組織が成果を上げているのです。
もうひとつ、最近の企業で深刻な問題になっていることが、ハラスメントや不祥事です。こうした問題が生じたとき、人は「誰が悪いのか」と問題を属人的に捉えがちですが、集団心理の観点では、誰か一人を犯人にして罰しても問題は解決しません。
集団の中では、良い方向へも悪い方向へも「同調」が生じます。ハラスメントにつながりかねないインシビリティ(無礼な態度や否定的行動)や不正行為も、職場内で周囲に伝染していき、それが組織全体に広がり、風土となります。当人だけを罰したり異動させたりしても、また別のところで同じような問題が起こるのはこのためです。組織や集団では、そこにいる人同士が互いに影響を与え合っているため、個人への対処だけではなく、入れ物としての集団自体を変えていく視点が必要です。
人の行動は、「そこで何が当然とみなされているか」という規範や風土――いわゆる「空気」次第で変わります。例えば、近年、飲酒運転に対する社会の認識は大きく変化しました。当初は「最近、世の中が飲酒運転に厳しくなった」という自分の外側にある変化として受け止められていても、「周りも問題だと考え、実際にしなくなった」のを見る中で、やがて「飲酒運転は絶対ダメ」だと人々の内面に根付いていきます。
ハラスメントや不正も同様です。お題目を並べるだけでは不十分で、もしも無礼な態度や不正行為が黙認される状況が続けば、それが現状のルールとして受け取られ、その空気に皆が同調してしまいます。組織や社会として許容しない対応が一貫して続けられる中で、ハラスメントや不正を「しないのが当たり前」という状態が維持されるのです。
こうした集団の問題に共通するのは、集団の中で規範や風土がどのように形成されるかという点です。「集団の空気」は変えにくいものです。だからこそ、私はその変え方を探ることに強い関心を持っています。
そして、もうひとつ注目している点が、「対立をどう力に変えるか」です。対立には、人間関係上の感情的な「関係対立」と、仕事の上で意見が対立する「課題対立」があり、課題対立はプラスに働く可能性を秘めながらも、しばしばマイナスに終わってしまいます。そこで欠かせないのが、心理的安全性です。
日本社会では、対立が回避される傾向が強く、意見を戦わせること自体が好まれません。だからこそ、特に心理的安全性が担保されなければ、議論は避けられ、健全な対話が生まれないのです。心理的安全性とは「ぬるま湯」ではなく、本音や異論を率直に出し合えること。率直に意見し合ったとしても、人間関係が崩れないような環境で初めて、課題に向き合う議論が可能になるのです。心理的安全性の基盤は、日常的な支援行動の積み重ねによって築かれます。互いに助け合うといった小さな行動が、「この集団なら安心して発言できる」という信頼を醸成するのです。
今後、「風土」や「規範」を、組織の成果と健全性を左右する中核的要素として捉え直すことが、ますます重要になるでしょう。集団の心理を理解し、それを前向きな力に変えていく知見を、これからも研究し、発信していきたいと思います。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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