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インド労働法制
インドにおいては、労働者のうちワークマンに分類される労働者(経営的・管理的・監督的立場にある者等以外の多くの労働者がこれに該当する)に対する保護が非常に厚い。例えば、解雇のためには正当事由が必要であり、解雇補償金、事前の通知も必要である、一定規模を有する工場などワークマンの保護が特に強化されている産業施設において1年以上の継続的雇用関係にあるワークマンを普通解雇しようとする場合、会社は、労働紛争法に従い指定される政府機関に対して、普通解雇の理由を明確にして承認の取得を申請する必要がある、最低賃金が法定されているなどとされている。さらに、このワークマンの定義はシンガポールのそれとは異なり、かなり幅広く定義されている。
さらに、インドについては、日本の労働慣行からはなじみの薄い規定が多い。例えば、雇用者は、原則として、当該ワークマンが属する部門において最後に雇用された者から順に解雇しなければならない、ワークマンが普通解雇された場合に限らず、一定の経営者の変更が生じた場合にも、普通解雇に準じてワークマンに対して補償しなければならない、ワークマンが普通解雇された場合において、雇用者が新規採用を行おうとする場合、当該普通解雇されたワークマンは他のものに優先する、など、日本の労働慣行からは想像が難しい規定も存在する。
また、地方によって労働に関する法令が細かく定められているなどの地方主義が根強いことにも注意が必要である。
外国人の就労については、特に高度の技術を有するIT技術者には滞在許可期間が長いビザが取得しやすいものの、一般の事務職などのビザの取得は必ずしも容易ではない。
労働管理において気を付けなければならない点、労務慣行の特徴、近年の労働政策の状況
概説
インドは28の州及び9の連邦直轄領から成る1国家であるが、連邦制を採用しており、労働者の権利に関する法律は、連邦議会及び各州議会の両方が制定する権限がある(インド憲法(Constitution of India)246条及びインド憲法別紙7)。州法が連邦法と競合する場合は、原則として連邦法が州法に優先することになっており、連邦法が明確に州法による修正を禁じている条項や、連邦法の趣旨から鑑みるに修正を施すことが適切でないと判断される場合については、州法による修正は認められないとされているものの、実際の制限は限定的な範囲にとどまる。例外として、州法が当該特定の州において連邦法に優先する一定の場合も存在している。「労働者」の定義等、全国的に統一をしなければならない必要性が明らかなものや、未成年の夜間労働の禁止等、社会的道義的に社会的弱者の保護が必須である分野等に制限の範囲は限られており、州法による修正が比較的頻繁にみられるのが現状である。このような状況から、労働に関する法規についても、連邦法・州法を合わせると500を超えるとされてきた。
しかしながら、複雑な労働法体系の整理・統合がなされ、2019年8月に賃金法典(Code on Wages 2019)、2020年9月に労働基準法典(Occupational Safety, Health and Working Conditions Code 2020)、労使関係法典(Code on Industrial Relations 2020)および社会保障法典(Code on Social Security 2020)が、それぞれ成立したことにより、約30の連邦法が4分野からなる統一法典に集約された。2020年9月までに成立した基本4法典は、規則等の制定が順次なされ、また、連邦法に合わせた各州の法や制度改正がなされ、施行されることとなる。ただし、基本4法典施行後においても、従来通り州ごとに制定・修正される規定や、統合されていない既存の法律がある点に留意が必要となる。なお、2024年2月現在、未施行である。
ワークマン(Workman)とノンワークマン(Non-Workman)の区別
インド雇用法の最大の特色の一つは、従業員(Employee)を、地位や権限に応じてワークマン(Workman)とノンワークマン(Non-Workman)の2つに区別していることである。この分類は地位と権限によるものである。なお、今次の統一法典では、ワークマンに代わりワーカー(Worker)という表現が用いられるようになった。これはジェンダーを区別しない中立的な表現を意図した変更と見られるが、実質的にはワークマンの概念を踏襲するものである。この概念は、インドの雇用と産業との関係を規律する基本法令の1つである1947年産業紛争法(Industrial Disputes Act,1947)に最初に登場した。ワークマンはノンワークマンよりも弱い立場にある者として、普通解雇、レイオフ、事業の閉鎖の場合の余剰人員の解雇の場面において、ノンワークマンと比較して、より手厚い保護を受ける。ワークマンへの該当性は実態に即して判断され、肩書き・役職等から形式的に判断することはできないが、契約書・アポイントメントレターでは、労働者なのか上級従業員なのかを明確に記載しておき、後日の紛争リスクを可能な限り低減させることが重要である。
この区別は、日本の労働基準法上のいわゆる管理監督者と非管理監督者の区別に近い。日本の労働基準法上の管理監督者とは、同法41条2号に規定され、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」と定義されている。日本法では、管理監督者といえども一定の例外を除いては法令による保護を受ける「労働者」に含まれるのに対し、インドにおいては、管理監督者に該当する上級従業員について、旧法では、勤務時間、休息及び休日に関する規定が適用外とされていた。よって、1日8時間という労働時間の制約を受けず、時間外割増料金の支払いが不要とされていた。
なお、改正後の統一法典では、労働時間や時間外割増賃金等の勤務条件について、上級従業員にも適用されるのかに関しては、賃金法典では適用され、労働基準法典では適用されないように解釈しうるため、混乱が見られる。産業界からも懸念が示されており、どのように調整されるか改正労働法の施行まで注視する必要がある。
雇用契約の締結
日本においては会社と労働者間の間に雇用関係を発生させるにあたり、書面での雇用契約を締結しないことも珍しいことではなく、口頭合意によってでも雇用契約は成立する。一方インドでは、会社と労働者の間で雇用関係を発生させるためには、書面により雇用契約(Employment Agreement)を締結することが一般的とされ、特に、今般改正された労働基準法典(2020年9月成立)においては、10人以上の労働者を雇用する事業所は、全従業員に対しAppointment Letter(アポイントメントレター)を交付することが義務付けられた。アポイントメントレターには一般的に、肩書・職務内容、給与額・支払方法、試用・雇用期間、勤務地、勤務時間、休暇等の基本的な労働条件を明記する。労使紛争に備え、労働者が署名したアポイントメントレターを控える等の対策が可能となる。
もっともすべての労働者について個別に雇用契約書や詳細なアポイントメントレターを作成すると文書管理に手間がかかってしまうことから、実務上は、すべての労働者に共通する雇用条件(出退勤、休暇、懲戒事由等)を就業規則として策定し、個別の雇用契約書やアポイントメントレターには、給与や手当等の個別条件のみを規定し、「その他の勤務条件は就業規則に従う」旨を明記するのが一般的である。なお、日本と異なり、就業規則を策定することは(就業規則の制定が必要とされている場合を除き)雇用法上の義務として要求されているわけではない。就業規則の策定は、あくまで会社が雇用手続きを簡素化するための手段に過ぎず、会社は、就業規則の規定を全く含まずに、すべての労働者との間で雇用契約を個別契約とすることも当然可能である。
雇用条件
日本の労働基準法同様、インドにおいても労働者の労働条件には一定の制約が課され、会社はそれらの労働条件を遵守しなければならない。しかし、インドの場合、会社が遵守しなければならない労働条件の基準が、労働者の勤務場所やその仕事の性質によって異なってくる点に大きな特徴がみられる。例えば、統一法典の成立以前は、オフィスや店舗等で勤務の場合には、店舗及び施設法(Shops and Establishments Act(1953)2)が適用され、店舗及び施設法に基づいた労働条件の下限が適用された。又、店舗及び施設法は州法でもあるため、各州により労働条件の下限が 異なる点にも注意しなければならない。一方、労働者が工場で働いている場合には、連邦法である旧工場法(Factories Act,1948)が労働条件の基準となっていた。300人以上の労働者が現に働いているか、又は過去の12カ月のいずれかの日において雇用されていた産業施設の場合は、連邦法である旧産業雇用法(Industrial Employment(Standing Orders)Act, 1946)に基づき、会社には就業規則(Standing Orders)作成の義務が発生する。統一法典の成立に伴い、前述の工場法や産業雇用法を始めとし、廃止される法律は多いものの、それら旧法の内容の多くは新法に盛り込まれているため、労働の提供地、性質、組織の規模によって条件が異なってくる点につき注意が必要である。
ビザの取得
ビザは観光、商用、就労、学生等に主に分類されるが、外国人労働者の雇用を検討する場合に最も重要なものとしては就労ビザ等が挙げられる。
- 商用ビザ(Business)
- 就労ビザ(Employment)
商用ビザは、インド国外の企業のために商談や取引先の開発など、個人がインドでビジネスを行う際に発給されるビザである。日本国籍の場合は、原則として、5年以内の期限で数次ビザが発行されるものとされている。
インドにおいて労働を提供する目的で入国する外国人に対して与えられるビザである。原則として、申請者は、インドで事業を行う企業、団体、業界、組織と契約又は雇用関係にある高度な熟練労働者・資格のある専門家であり、かつ年間2万5000ドル以上の収入が保証されている者でなければならない。外国籍を有することで就業が制限される職業は存在しない。
労働組合
労働組合につき、インド法では旧労働組合法(Trade Union Act, 1926)を継承する労使関係法典9条においても規定がなされている。労使関係法典では、労働組合の設立と登録基準及び登録された労働組合に対して認められる権利等につき規定している。労働組合は、労働紛争の減少、労働条件の向上等をその目的として掲げ、労使間のコミュニケーションを支援、促進することをその主な活動として展開する。会社は、労働組合に加入することを阻んだり、その加入の有無に基づく不当な待遇差別をしてはならず、それらは同法の下で不当労働行為とされる。労働者は誰でも労働組合を組織することができ、不当にその加入を妨げられるべきではない。なお、労働組合には、14歳以上の者が加入できる(同法20条)。
組合員には、一定の範囲で刑事免責及び民事免責が認められる。労使関係法典17条に基づき、組合員は、同法15条に明記された目的を達成するために組合員間で行われたいかなる合意についても、インド刑法(Indian Penal Code)(1860年法律第45号)120B条2項所定の罪に問われることはない。又、労使関係法典16条サブセクション(1)に基づき、組合員は、労働争議を企図し又は推進する行為及び他者の労働契約違反を誘発する行為を行ったとして、又は他者の取引・業務・雇用や他の人の権利の妨害を理由として、民事責任を問われることはない。当然、上記の規定は労働組合法に基づき正式に登録された労働組合にのみ適用される。
インドにおいて労働組合の存在は珍しいものではなく、その活動も活発になされており、時には労働問題に重大な影響を与える場合もみられる。
宗教と労働法との関係性
明確な成文法と伝統的な宗教法は、インド社会に共存している。インドの労働・産業における法制度や労働慣行は、立法府によって制定されており、当該法制度は、宗教に関して強い関連性及び影響を有しているものではない。労働関連の法制度は宗教と関連性が低い一方で、結婚や遺言手続きに関連する法を支配する法制度等に関しては、特定の宗教の慣習に基づき制定されている。
基本的な労働法制の概要
労働に関する制定法の概要
憲法上、強制労働の禁止(インド憲法(Constitution of India)23条)及び14歳以下の工場等での労働禁止(インド憲法24条)等が基本的人権として規定されている。連邦議会及び各州議会双方が労働法(より正確には、労働組合、労働紛争、社会保障及び社会保険、雇用及び失業並びに労働者の福利厚生に関する事項)に関する立法権を有している中、連邦議会が制定する労働関連の連邦法は、今般約30が整理・統合されたものの、20以上あり、さらに州議会は連邦法に反しない範囲で独自の州法を制定しているため、インドの労働法は非常に複雑な体系を形成している。
インドにおける、主な労働に関する制定法は以下のとおりである。なお、労働基準法典、賃金法典、労使関係法典、社会保障法典の4法典は、法律は成立しているが、2024年2月現在未施行である。
以下、労働に関し中心的役割を担う主な法律につき、詳細を述べる。
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賃金法典
第一段階として2019年賃金法典(Code on Wages, 2019)(以下、「賃金法典」という)が、2019年8月8日に公布された。同法は、賃金関連の4法、すなわち、賃金支払法、最低賃金法、賞与支払法、均等報酬法を統合したものであり、同法成立により、既存の4つの法律が廃止されることになる。
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労働基準法典
労働基準法典は、既存の13の法律を統廃合し、全職場での従業員の安全、労働時間、年次休暇、時間外労働など、労働者の人道的な労働条件を確保するための法的枠組みを定めている。労働基準法典の規定は、10人以上の労働者(worker)を雇用するすべての事業所に適用される。
具体的には、全従業員に対するアポイントメントレターの交付義務、職場における労働時間(1日あたり上限8時間)、休息、休日、残業等の規程、安全配慮義務や危険防止策の策定義務、女性の保護等を定めている。
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労使関係法典
労働組合法、産業雇用法(Standing Orders)、産業紛争法の各法を統合したもの。従業員300人以上の施設における就業規則の制定義務、解雇条件や労働条件、ストライキ等の労働争議・紛争解決、労働組合の登録等を定めている。
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社会保障法典
社会保障法典は、福祉や社会保障に関する9つの法律3を統合したもので、州保険、従業員積立基金、出産手当、退職金に関する規定を定めている。
ワーカーとノンワーカーの制度
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定義
ワーカー(労働者)は比較的安価な報酬で単縦な業務を行うために雇われた労働者を指し、法令による手厚い保護を受ける一方で、ノンワーカー(上級従業員)は、比較的高額の報酬で管理監督的な業務を行う労働者であり、会社と対等の当事者関係に近い者として、法令による保護が限定的に規定されている。
上記のとおり「ワーカー」の定義はかなり広範であり、ほぼすべての労働者を含むため、上記①から④により除外される者に該当するか否かで、ワーカーへの該当性を判断するのが一般的である。法令は、特定の労働者がワークマンに該当するか否かについての明確な基準を定めていないため、その労働者の任務の内容や役割に照らして個別に判断する必要がある。なお、ワーカー(労働者)とノンワーカー(上級従業員)を包括する用語として従業員(Employee)が別途定義されており、本レポート内においても、法令に即し使い分けている。また、前述のとおり、新統一法典では「ワークマン」に代わり「ワーカー」が用いられているが、今般統廃合されていない法律では「ワークマン」が用いられているものもあるため、本レポートでは、ワーカー(労働者)、ワークマンのいずれかまたは双方を用いることがある。
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該当性判断
ワーカーの該当性は、実態に即して判断される。判例上、以下の基準が提示されている。
- ①その者の雇用状況が、正規雇用、臨時雇用、試用期間中の雇用のいずれであっても、労働者に該当し得る。
- ②付随的に監督業務的な作業を行っていたとしても労働者への該当性が直ちに否定されるものではない。
- ③労働者への該当性を判断するためには、肩書や役職ではなく、その者の職務の性質に着目しなければならない。
- ④労働者への該当性の判断に際しては、その者の賃金ではなく、職務の性質が主要な判断基準とされるべきである。
- ⑤単に小規模部門の責任者であることは、労働者への該当性を直ちに否定するものではない。
又、経営的立場、管理的立場、又は監督業務的立場にある者で、ノンワーカーに該当すると判断する際の考慮要素として、以下のような要素が考慮されている。
- ⑥ある者が多様な任務を任されている場合において、労働者への該当性が問題となった場合、その者の基本的かつ主要な作業内容を検討する必要があり、付随的な作業内容は、労働の性質を変更するものではない。よって、主要な作業内容として監督業務的な作業を行う従業員が、付随的に又は部分的に、事務的、肉体的又は技術的作業に従事したとしても、その従業員は監督業務的立場で雇用されたと判断すべきである。
- ⑦「経営的立場又は管理的立場」の意味は、産業紛争法に定義されていないため、一般的な意味に従って解釈すべきである。経営的立場にいるというためには、必ずしもその従業員が階層組織の頂点に位置していたり、すべての事項について絶対的な権限を有している必要はない。さらに、その従業員が組織や組織内の部門を単独で管理する立場にいる必要もない。
- ⑧経営的立場、管理的立場又は監督業務的立場にあるため上級従業員に該当すると判断するに際して、裁判所が考慮した具体的な事実としては、①他の労働者を様々な職種に配置する立場にあること、②他の労働者の出席を確認する立場にあること、③他の労働者に対して説明を求める立場にあること、④他の労働者に仕事を割り振る立場にあること、⑤他の労働者に対して休暇を許可する立場にあること等が挙げられる。
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区別が適用されない場合
連邦法である旧工場法は、主に工場にて働く労働者の労働時間、時間外労働の際の賃金、休暇等につき定めていた。又、各州の店舗施設法は、インドで運営される当該州の店舗やその労働者の労働時間、時間外労働の際の賃金、休暇等につき定めた法律である。これらの規制はノンワークマンへの適用が排除されていない。その他にも、賃金や賞与や退職金の支払いに関する法律、労災補償制度、年金制度や州保険制度等の社会保障制度においてもワークマンとノンワークマンの区別によってその適用対象は制限されていない。今般の労働関連法改正により、州法である店舗施設法を除く上記の規制は、新労働基本法典に組み込まれている。但し、1-2で触れた通り、新労働基本法典のもとでは、労働時間や時間外労働の際の賃金等の勤務条件が、上級従業員に適用されるかに関し、混乱が見られる。そのため、区別が適用されるかについてどのように調整されるか、改正労働法の施行や、それを受けて改正されうる各州法の施行まで注視する必要がある。
労働時間
労働時間については、労働基準法典において、一日の上限が8時間と規定された(同法25条1項a)。この8時間には休憩時間は含まない。ただし、同意に基づく時間外労働は可能であり、その場合は別途残業代として通常賃金の2倍を支払うこととされている。なお、鉱山労働者、自動車運送労働者、ジャーナリストに関しては、労働の性質に応じた規定を別途定めている。なお、従業員(worker)が10人未満の事業所は、同法の適用範囲外となる。
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(1) 法定労働時間
原則として、15歳以上の労働者の労働時間は、原則1日8時間がその上限として規定されている(労働基準法典25条1項a)。
又、年少者に対してはさらなる保護が設けられている(The Child and Adolescent Labour (Prohibition and Regulation) Act, 1986、「児童労働禁止法」)。14歳以上から18歳未満の未成年(Adolescent)は、時間外労働は禁止され、また、午後7時から午前8時までの時間帯の労働も認められない(児童労働禁止法7条4項、5項)。
なお、女性労働者の労働時間に関しては、夜間(午後7時から午前6時まで)の労働自体を禁止する法律もあったが、改正労働基準法においては、使用者が安全管理や労働条件等の法令を遵守することを前提に、本人の同意があれば夜間の労働も認められることと定められた。
(2) 時間外労働
労働者に労働時間外の労働をさせる場合、その同意が必ず必要とされる。又、労働者を1日8時間を超えて労働させた場合には、時間外労働について、賃金の2倍の割増料金を支払わなければならない(労働基準法典27条)。時間外労働の上限に関し明確な規定はないものの、政府は時間外労働の総時間数を規定することができるため(同法27条)、今後、各州において上限が定められる可能性がある。
就業規則の作成義務及びその内容
就業規則の作成義務
日本とは異なり、インドにおいては、就業規則(インドでは、“Standing Orders”と呼ばれる)の作成が常に求められるわけではなく、法律上必要とされる場合にのみ、その作成が義務づけられている。産業施設において、一定数以上の労働者を雇用する場合にのみ、就業規則作成の義務が課されることとなる。但し、要件については、各州において変更が加えられているかどうか、適用を受ける事業所の雇用人数等も含め各州における規則を確認する必要がある。更に、2013年会社法や2013年職場における女性に対するセクシャル・ハラスメント(防止、禁止及び救済)法等の特定の法律は、会社の就業地における施策制定の準備を義務付け、従業員に対する一定の付加的な保護を与えることとされている。5
就業規則作成が求められる場合
就業規則の作成及び提出義務の状況は、労使関係法典第4章によって定められている。同法は、労働者に適用される労働条件の最低基準を規定し、どの雇用主がそれらの規定の適用対象となるかを定めている。300人以上の労働者が、現に雇用されているか、又は、過去12カ月間のいずれかの日において雇用されていた産業施設においては、就業規則を作成及び提出しなければならない(同法28条1項)。産業施設とは、産業活動を行っている施設や事業体をいう(同法2条)。適切な行政府(州または国)による官報での通知により、任意のまたはある種の産業施設において条件付きで、または無条件で、これら就業規則に関する規定の適用から除外されることもある(同法39条)。しかしながら、39条は、労使関係法典が対象とする産業施設側に何らかの追加の権利を授与するものではない。又、過去12カ月の任意の時点で一度、会社が同法で定義される「産業施設」に該当するとみなされた場合については、引き続き同法を遵守しなくてはならないとされていることを強調する必要がある。
就業規則の作成
会社は、労使関係法典の規定が適用されることとなった日から6カ月以内に就業規則の案文を作成し、政府の認証官(Certifying Officer)に提出しなければならない(同法2条g、30条以下)。政府の認証官とは、旧法である産業雇用法上、労働監督官(Labor Commissioner)又は地方労働監督官(Regional Labor Commissioner)その他政府が指名する担当官を指す。
会社は、就業規則案に、以下の11項目(労使関係法典別紙1)およびその他必要と判断する項目を規定し、記載しなければならない。なお、2024年2月現在、政府はサービス部門、製造部門、および鉱業部門のモデル就業規則案を公開しており、成立後は従来同様に、モデル就業規則に従い各産業施設における就業規則を作成することとなると予想される。
就業規則案は、認証官による認証作業の後に最終版として認定され、認証官は認証後の就業規則のコピーを労働組合または労働者の代表者に送る必要がある(労使関係法典30条)。
認証官は、労働者と会社の両方の意見を考慮した後、必要に応じて規定を修正する。その就業規則が適法か否かの判断に加えその内容が公平かつ合理的か否かも判断し、認証作業を遂行する。会社は一般的に公平かつ合理的と考えられているモデル就業規則の内容に従って就業規則案を作成する。
就業規則の内容は、認証を受けた就業規則が会社と労働組合またはその他労働者の代表者に送付されてから30日後に確定される(同法33条)。会社は、同法に基づき最終的に確定した就業規則の内容を、所定の言語で、且つ、所定の方法で掲示しなければならない(同法33条)。所定の言語及び掲示方法は関連規則で規定されることとなる。旧法においては、英語及び労働者の過半数が理解する言語で、労働者の過半数が利用する入口付近の特別な掲示板に目立つように掲示することとされた。
罰則
会社が就業規則案を提出せず、又は手続きに違反した場合、一定額(5万ルピー超)の罰金が科される(労使関係法典86条10項)。会社が就業規則の作成義務を怠っている場合、モデル就業規則の内容が、該当する就業規則としてその施設に適用される(同法29条2項)。
変更手続
就業規則の変更を希望する会社又は労働者(又は労働組合その他労働者の代表)は、認証官に対しその変更を申請することができる(労使関係法典35条2 項)。但し、就業規則の施行後6カ月間は、会社及び労働者(又は労働組合その他労働者の代表)が相互に合意しない限り、変更することはできない(同法35条1項)。その後の変更手続は、当初の就業規則の作成手続の手順を踏むものとされる(同法35条3項)。
賃金(賞与・退職金・残業代)などの法制の概要
概要
賃金に関しては、2019年賃金法典6(以下「賃金法典」という。)によって規律されている。賃金法典は、賃金の支払い時期や控除等について定め不要な紛争を回避し、かつ不当な賃金の未払い、罰金の賦課、賃金からの天引きといったものを排除し、最低賃金につき保証し、従業員の利益を保護することを目的としている。
適用範囲
賃金法典が適用される「Employee」の範囲は広く、以下のように定義されている。すなわち、(1961年養成訓練法に基づく養成人材を除いて)雇用条件が明示的であるか黙示的であるかにかかわらず、雇用または報酬のために、熟練した、半熟練または未熟練の、肉体的、作業的、監督、管理、経営、技術または事務的な仕事を行うために事業所が賃金で雇用した労働者に適用される(同法第2条k項)。
支払い方法
すべての会社は、1カ月を超えない期間で、労働者に対し賃金を支払う期間(以下、「賃金支払期間」という)を確定する必要がある(同法16条)。月給制の場合、賃金支払期間の最終日(月末)から7日以内に、賃金を支払わなければならない(同法17条1項4号)。また、会社によって労働契約が終了された場合、又は労働者が辞職した場合、当該労働者に対する賃金は、終了日から2就業日以内に支払われなければならない(同法17条2項)。
賃金の支払いには現金、小切手、銀行振込又は電子的方法を用いることができる(同法15条)。
賃金控除
賃金法典に規定する場合を除き、賃金からの控除は認めらない(同法18条以下)。その項目としては、同法では、罰金、損失、損害、ローンや前払い金の回収など、控除の対象が包括的に規定されている。
最低賃金
賃金法典7は、非組織化部門(肉体労働等、比較的不安定な雇用形態)か否かを問わず、さまざまな産業分野に携わる労働者を守る最低賃金等を定める(同法5条以下)。連邦政府は、中央諮問委員会(Central Advisory Board)の助言を基に、労働者の生活水準に応じた最低賃金(floor wage)を定めなければならず、州政府が定める最低賃金(minimum rate of wages)は、連邦政府が定めた最低賃金を下回ってはならない(同法9条)。これにより、全業界を通じて最低賃金の統一基準が維持されることになる。実務上は、州ごとに州政府が最低賃金を規定しており、毎年4月に改定されることが多いのが現状といえる。なお、産業分野ごとの最低賃金については、従来は州ごとに乱立していたが、賃金法典では、この産業分野が統一・簡略化されていることに注意が必要である。
賞与
賃金法典は、一定の要件を満たす従業員に対する、所定の賞与の支払いについて定めている。
すべての会社は、ある会計年度において最低賞与金額として、その会計年度における従業員の賃金の8.33%又は100ルピーのいずれか高い方の金額(以下、「最低賞与額」という)を、当該会計年度に30日以上働いた従業員に支払わなくてはならない(賃金法26条1項)。また、いずれかの会計年度に、雇用主の配分可能な剰余金が従業員に支払われるべき最低賞与額を超えた場合、雇用主は、賃金の20%を上限として、その会計年度に従業員が稼いだ賃金に比例した金額として賞与を支払わなければならない(同法26条3項)。
退職金
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適用範囲
社会保障法典は原則、5年以上の間継続して労働を提供した従業員に対し、以下に示すいずれかの事由が生じた場合、退職金を支払うことを定めている。
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① 定年退職
② 退職又は辞職
③ 事故又は疾病による死亡又は労働不能
④ 有期雇用契約の契約期間満了による退職
退職金の支払いは、工場、鉱山、油田、プランテーション、港湾及び鉄道会社に加えて、10人以上の従業員が現に雇用されているか、又は過去12カ月間のいずれかの日において雇用されていた店舗若しくは施設に適用される(社会保障法典別紙1v)。
但し、雇用の終了原因が、会社に属する財産の損害、損失、破壊を生じさせる行為、意図的な怠慢、又は過失による場合は、かかる損害及び損失の範囲で退職金の権利は失われる。又、雇用の終了原因が上記③又は④による場合は、5年間継続の労働の提供要件は要求されない。
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支給額
月給制の労働者の場合に支払われる退職金の額は、労働者が勤務した年数及び6カ月を超えて勤務した年を含む年数に、退職時の月額賃金に15/26を乗じた金額(但しその上限は連邦政府が別途通知する額を超えてはならない)として算出される(社会保障法典53条2項)。
なお当該金額はあくまで退職金支払法の規定に基づく法令上の義務としての最低額であり、会社側がその裁量で最低額を超える金額の退職金を支給することは当然可能とされる(同法53条5項)。なお、最低額以上の額については労働者が当然主張できる権利ではないものの、雇用契約の際一定の支給額について双方が合意している場合は、会社は合意された額を全額支給しなければならない。
解雇制度と留意点
概要
インド労働法上の解雇規制は、原則、労働者(ワーカーまたはWorker)についてのみ適用され、ノンワーカーまたは上級従業員はその対象とされない。これは、インドにおける解雇規制につき最も大きな特徴といえる。ノンワーカー・上級従業員については、法令上定められた解雇規制が存在しないため、解雇をする場合、使用者とノンワーカーまたは上級従業員間で合意した雇用契約に基づき進める以外の方法がないのが現状とされる。
労使関係法典は、労働者の保護を強化しており、会社が解雇を行う際は、法定の手続きを履践するとともに、法定の補償金を支払う義務を課している。又、会社は最後に雇用された労働者から解雇の対象としなければならないため、解雇の対象者を自由に選ぶことは許されない。
労使関係法典は、日本の労働法と同様、「解雇の際に行わなければならない手順」を定めているにとどまり、「どのような場合について解雇が認められるか」という実体的な基準を定めてはいない。企業はこの点については十分な注意が必要である。又、手続きさえ正しく遵守すれば如何なる時でも自由に解雇ができるというものではなく、判例上(労働裁判所(Labor Court))、解雇には相当な理由がなければならないとされている。よって、少なくとも労働者について、整理解雇や、能力不足等の理由による容易な解雇は非常に困難であり、実務上はそれらの場合に当てはまる場合には、労働者に好条件等を提示した上で自主的な退職を促す方法が一般的に用いられている。これらの解雇規制に対応する手段として、企業は1)雇用の初期の段階から正式雇用とせず、3カ月から半年程度の試用期間(Probation Period)を設ける、又は、2)雇用を有期雇用にする等の対策を講じている。
普通解雇(Retrenchment)
労使関係法典上、普通解雇とは、使用者による労働者の雇用の終了(懲戒処分以外の理由に基づく場合)を意味するが、以下を含まない(同法2条zh)。
- 労働者による自主退職
- 労働契約に定年退職の定めがある場合における定年退職
- 契約期間が満了し更新されないこと又は契約の規定に従い契約が終了したことによる雇用の終了
- 継続的な健康不良を理由とする雇用の終了
以上のように、会社は労働者を普通解雇するにあたり様々な制約が課されている。
労働者の普通解雇
1年以上継続的に労働をした労働者を普通解雇するには、以下の手続きを充足しなければならない。なお、原則として、普通解雇に先立つ12カ月間に240日以上の労働を行っている場合、「継続的雇用関係」にあったものとみなされる点につき注意が必要である。
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通知
会社は、労働者に対して、普通解雇の合理的理由を示した書面による1カ月前の解雇通知を行わなければならない(労使関係法典70条a)。但し会社は、同期間に相当する賃金を支払うことにより、当該通知を省略することが認められている。なお、普通解雇の際には合理的な理由の存在も必要とされ、当該理由は、余剰の労働力を解消する等、妥当かつ合理的な理由である必要がある。よって、かかる理由が存しない限り普通解雇を当然のこととして行うことはできない。
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解雇補償金の支払
会社は労働者に対して、継続的雇用関係にあった各年又は、6カ月を超えて継続的雇用関係にあった年につき、平均賃金の15日分の割合で計算した解雇補償金を支払わなければならない(労使関係法典70条b)。解雇補償金の支払は、解雇の前提条件とされている。
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政府機関への通知
会社は、所定の政府機関に対して、所定の通知を行う必要がある(労使関係法典70条c)。
保護が強化された普通解雇
労使関係法典上、一定の産業施設における労働者については、保護が強化されている。過去12カ月の各就業日における平均の労働者の数が300人以上である工場、鉱山及びプランテーションにて勤務する労働者の解雇規制は、上記の普通解雇のための手順に加えさらに保護を強めた規定となっている。具体的には、工場法に定義される「工場」、鉱山法(Mines Act, 1952)に定義される「鉱山」又はプランテーション労働法(Plantations Labor Act, 1951)に定義される「プランテーション」に該当する産業施設(industrial establishment)(併せて以下、「特別産業施設」という)で普通解雇を行うためには、労働者に対する通知及び解雇補償金の支払に加え、更に、政府の特別の許可がなければならない(労使関係法典77条1項、3項、78条1項)。これらの大型施設において解雇が容易になされてしまうことで大規模な失業者が発生し得る可能性を防ぐために当該制度が規定されていることは明確であり、当然、その可否を判断する政府も普通解雇の許可について基本的には消極的な姿勢を保持している。但し、普通解雇に政府の許可が必要とされる特別産業施設の労働者数の要件について、旧産業紛争法においては100人以上であったが、労使関係法典上は、需要に応じて労働者の数を調整する必要がある業界団体の要請も加味し、300人以上と改正されていることに注意が必要である。
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通知
まず、特別産業施設において普通解雇を行う場合、会社は、労働者に対して、普通解雇の理由(前述のとおり、合理的な理由に基づく解雇であること)を示した通知を3カ月前に行うか、又はこの通知に代えて、その期間に相当する賃金を支払わなければならない(労使関係法典79条1項)。一般的な労働者に対する通知は1カ月前で十分とされている点と比較すると、保護が明らかに強化されていることが分かる。
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解雇補償金の支払
労働者は、政府機関からの承認があった場合、その普通解雇の時点において、上記のような普通解雇での、一般的な労働者に対する解雇補償金と同様、継続的雇用関係にあった各年の平均賃金の15日分の支払いを受領する権利を保障される。
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政府機関の承認
特別産業施設において、1年以上の継続的雇用関係にある労働者を普通解雇する場合、会社は、予め労使関係法典所定の政府機関に対して普通解雇の理由を明確にし、許可を得なければならない(同法79条1 項b号)。当該許可の申請にあたり、会社は解雇理由を付した上で許可申請を行う(同法79条2項)。政府機関は会社、労働者及びその利害関係者との間で聴聞の機会を持ち、並びに解雇理由の真実性・相当性、労働者の利益その他の事情に基づく審査を遂行する(同法79条3 項)。政府は、会社、労働者及び利害関係者から意見を聴く際、1)会社が主張する理由の真実性及び十分性、2)労働者の利益、及び3)その他すべての諸事情を勘案した上で、その承認の可否を判断する。又、会社による申請の後、60日が経過してもなお結論が示されない場合は、その60日の経過後より承認が与えられたものとみなされる(同法79条4項)。
懲戒解雇
懲戒解雇は、上記解雇規制の適用の対象とはならない。但し懲戒事由の明確化のために、予め雇用ポリシー(Employment Policy)等に、違反行為や秘密保持義務違反等具体的な事由が発生した場合は懲戒事由に当たる旨を規定しておくのが望ましいものとされている。
定年退職
インドの労働法条、定年退職制度につき定めた明文規定は存在しない。旧産業雇用規則所定のモデル就業規則では定年退職の年齢を58歳としているものの、当該規則は、個別に作成される労働契約又は就業規則においてこれと異なる年齢を定めることを妨げるものではない。
みなし解雇規制
「みなし解雇規制」とは、事業体の経営主体が従来の会社から新たな会社に移転する場合、その移転の直前に1年以上の継続的雇用関係を築いていた労働者が、普通解雇された場合と同様に事前通知及び解雇補償金の支払いを受ける権利の保障制度である(労使関係法典73条)。例えば、事業譲渡、合併、会社分割が行われた場合や、一定の資産(工場等)が労働者と共に事業体の新しい経営者や管理者に承継された場合において、これらは会社の主体が変更されることになるため、労働者保護の観点からこの規制が設けられた。そのため、例えば株式の譲り受け等の方法による単なる株主の変更に過ぎない場合については、当該規制は適用されない。
当該規制には以下の例外事項がある。
- 労働者の雇用が事業の移転により中断されないこと。
- 事業の移転後に労働者に適用される雇用条件が、移転の直前に適用されていた雇用条件と比較していかなる点においても不利ではないこと。
- 労働者がその事業移転の条件その他により普通解雇される場合には、その労働者の雇用が移転により中断されずに継続している前提で算定した補償金を、その労働者に支払う法的義務を新たな会社が負うこと。
以上の3つの要件がいずれも満たされている場合、当該規制は適用から外れる。なぜならばこの場合、すでに労働者の保護が十分に満たされているからである。
最後に雇用された者からの解雇(“last come first go”)ルール
労使関係法典には、会社と労働者の間で別段の合意が存しない限り、会社は、労働者を普通解雇する場合において、原則、当該労働者の特定の職種や所属する部門において最後に雇用された者を解雇しなければならないとする規定がある(last come first goルール)(同法71条)。つまり、会社は任意に解雇する対象者を選択することはできない。但し、会社が当該原則に従うことができない特別の事情がある旨を立証できた場合には、例外的に当該原則の適用を免れる余地があるとされている。
当該原則に則った運用のため、旧産業紛争規則において、会社は、普通解雇の少なくとも7日前までに、解雇対象者が属する部門の労働年数の順に労働者を記載したリストを作成し施設内の目立つ場所に掲示することが義務づけられていた(1957年産業紛争(中央)規則77条)が、詳細は労使関係規則の制定を待つ必要がある。
なお、各職種や部門が完全に区別・分離されておらず、労働者が部門間で移動することがある場合には、各部門ごとではなくその事業に従事するすべての労働者を1単位として捉えるべきであると判例は示している。
再雇用時の優先原則
また、ある労働者が普通解雇された後、会社が新規採用を行う場合には、会社は当該普通解雇された労働者に対し、他の候補者よりも優先して再雇用の機会を与えなければならない旨を労使関係法典は定めている(同法72条)。よって、再雇用の際、会社は、当該普通解雇された労働者に対して再雇用が行われる職務の詳細等を通知する義務が課せられる。また、再雇用の際、募集される人数が普通解雇された労働者の数を下回る場合には、労働年数の長い順に、募集される人数の2倍の数の労働者に対し通知を行えば足りるとされていたが、再雇用の詳細規則については、労使関係規則の制定を待つ必要がある。なお、当該普通解雇された労働者を再度雇用する場合、上記の普通解雇と同様に再雇用の対象となる労働者は部門ごとに考え、部門の捉え方についても上記判例を基準とすれば十分とされる。
労使紛争の解決手続
概要
労働紛争(Industrial Dispute)は、使用者間、使用者とWorker(労働者)間、又は労働者間のあらゆる紛争又は対立と定義されている(労使関係法典2条q)。Workerは労働者またはワークマンを意味するので、労使関係法上、使用者とノンワーカー(上級従業員)の紛争は、労働紛争には該当しない。
労働問題の解決手続きは、大きく分けて、①仲裁手続、②司法的政府機関(産業審判所または国家産業審判所等)による手続、③司法裁判所(労働裁判所)による手続の3つがある。
仲裁手続(arbitration)
労働紛争は、当事者の合意に基づき、仲裁手続により解決することができる(労使関係法典42条1項)。仲裁手続は、労使紛争が、後述する紛争解決機関に係属するまでの間に利用できる。産業審判所等に持ち込まれた労働紛争は、労働者に有利な判断になりやすいと一般的に理解されていることから、使用者にとっては、仲裁手続を利用して紛争を早期に解決することを期待できるメリットがある。
産業審判所等
労働紛争の当事者の一方又は双方が申請することで、紛争解決機関(調停委員会、産業審判所、国家産業審判所、労働裁判所等)を利用して紛争を解決することができる。政府はその申請に基づきどの機関に紛争を係属させるかを決定する。
紛争解決機関として、労働者側は実務上、司法的政府機関である産業審判所(Industrial Tribunal)(労使関係法典44条)に紛争解決を直接求めるケースが一般的であるが、紛争が複数の州にまたがる場合等は、州の産業審判所ではなく、連邦政府の国家産業審判所(National Industrial Tribunal) (同法46条)が利用される。
労働紛争が紛争解決機関に係属している間は、ストライキやロックアウトが禁止され、すでに発生しているストライキやロックアウトも政府命令により中止することも可能であるという点において、使用者・労働者ともに産業審判所等を利用するメリットが大きい。
但し、産業審判所の判断が出されるまでには、2年から3年程度かかるケースが多く、又、産業審判所では、労働者の立場に近い判断が出されやすい傾向があるとされる点は留意しておく必要がある。
なお、労働者個人の契約終了に伴う紛争に関しては、調停(Conciliation of the dispute)を経て、45日経過しない限り、Industrial Tribunal(労働審判)に申し立てることはできない(同法4条)。
労働裁判所
産業審判所等の判断に不服がある場合、地方裁判所に係属(一種の上訴)され、さらに地方裁判所の判断が高等裁判所に控訴されることもある。この場合、地方裁判所においてさらに2年から3年、高等裁判所において決定されるのに1年から2年の期間がかかるケースが多い。
なお、労働紛争に関しては、労働審判の判断を最終のものとし、労働裁判所を廃止すべきであるという議論もなされており、今後の動向に注目する必要がある。
ストライキおよびロックアウト
ストライキやロックアウトを行うには、①実施予定日前の60日以内に、使用者又は労働者に対し通知する必要があり、②最低14日の予告期間が必要である(労使関係法典62条1項a、b)。
具体的には、ストライキを予定する場合、その予定日の2週間前までに、使用者等に対して通知する必要がある。また、労使交渉の長期化等によりストライキ実施日を変更することは可能ではあるが、その場合でも、上記(i)の規定により、最初の通知日の14日後から60日以内にストライキを実施することとなる(すなわち、通知自体の有効期限は60日間、ストライキを実施できる期間は46日間となる)。例えば、ストライキの予定日を3月15日とすると、予告は遅くとも3月1日までに使用者に通知する必要があり、実際のストライキ実施が予定日の3月15日より後になる場合でも、通知が有効である4月30日までが実施可能期間となる。それ以降のストライキ実施には、新たな通知が別途必要となる。
ストライキの予告通知を受けた使用者は、5日以内に、適切な政府当局及び調停官(Conciliation Officer)に対し報告しなければならない(同法62条6項)。ストライキは、調停手続(Conciliation Proceeding)や審判(Tribunal)の期間中および終了後7日間、又、仲裁人による仲裁手続の係属中およびその手続の終結後60日は実施できない。
また、使用者側によるロックアウトの実施の場合も、ストライキと同様の通知が必要となる。
旧産業紛争法では、ストライキ等の制限は公共部門の労働者にのみ課せられていたが(旧産業紛争法23条、22条1項)、労使関係法典では、民間の労働者に対しても制限が課せられている(労使関係法典62条1項a~g)。通知義務により、使用者にとっては対応のための猶予期間ができたが、労働組合および労働者にとってはストライキの実施が困難になったと言える。
外国人ビザ(Pass)の種類及び取得要件
概要
インドに入国を予定する日本国籍渡航者は、観光、商用などその渡航目的の如何を問わず、インド入国前までに適切なビザを取得しなければならない。
ビジネス渡航に関し関連性が高いビザとして、主に以下のビザが挙げられる。
- 商用ビザ(Business Visa)
- 就労ビザ(Employment Visa)
労働に関わる主なビザ
州民優先雇用に関する法律
インドでは近年、一定の割合で州の住民を採用することを民間企業等に義務付ける州法が、各地で成立している。このような状況の中、新たに制定された州法に対し各産業界から反対する声が挙げられ、違憲性や有効性を争う複数の訴訟が係属しており、その動向が注目されていた。
そのうち、ハリヤナ州では2022年1月、月給3万ルピー以下の従業員の75%を州民から雇用することを州内の民間企業等に義務付けるハリヤナ州民雇用法(The Haryana State Employment of Local Candidates Act, 20208 )が施行された。これに異議を唱えた業界団体がパンジャブ・ハリヤナ州高等裁判所に提訴し、同年2月に同法の暫定停止が命じられた。その後、最高裁判所は高等裁判所の決定は理由不十分であるとして同法の暫定停止を取り消し、高等裁判所の審理が続いていた。2023年11月、パンジャブ・ハリヤナ州高等裁判所において、憲法第19条各号(移動、居住、職業選択等の自由)等に反するとして、同法を施行日に遡って無効とする判決が出された。
これにより現時点では同法は無効であるものの、その後州政府は最高裁判所に異議を唱えるために準備を進めているとされる。同州法に関する最高裁判決は今後のインド各州における雇用政策および雇用関連法に影響を与える可能性があり、今後の動向に注意が必要である。
マハーラーシュトラ州では、2018年に、州内の教育機関および地方公務員における雇用枠の16%(後にそれぞれ12%、13%に改正)を、同州の特定の民族(Maratha。同州の人口の約3割を占めるといわれる)を含む社会的・教育的に下位にあたる階層(以下、「SEBC」)9 のために割り当てるものとする法律(SEBC法)10 が制定された。しかし、同法に基づいた場合、Marathaの雇用割合が最高裁判例で定められた上限50%11 を超えることから、2021年5月、最高裁判所は同州法を支持したボンベイ高等裁判所の判決を覆し、同法を違憲と判断した。これにより、同法は現在、無効とされている。
なお、2019年に、州の産業政策12において、大規模プロジェクト等を計画する民間企業等が州による優遇措置を受ける条件のひとつとして、雇用する従業員の80%を州民とする雇用基準を定めている。
現時点ではマハーラーシュトラ州において州民の雇用割合を民間企業に一律に義務付ける法律はないものの、企業が特定の優遇措置を受けるには従業員における州民の割合を厳密に管理する必要性が生じる。
また、民間企業等に対し一定割合の州民の雇用を定めた州法(The Andhra Pradesh Employment of Local Candidates in the Industries / Factories Act, 2019)13を最初に導入したアンドラ・プラデシュ州でも、同法の合憲性をめぐり高等裁判所で係争中である。マディヤ・プラデシュ州やカルナータカ州についても州民優先雇用の法律は発表されたが、いまだ施行されていない。
いずれも今後法律が施行されることがあれば日本企業による採用活動にも影響が出ることが想定され、今後の動向に注目する必要がある。