これまでのコラム※では、パーソル総合研究所「働き方改革による就業と意識の変化に関する定量調査」を基に、働き方改革の成果と副作用について論じてきた。その全体像を示したのが図表1である。
働き方改革の推進により、働き手の残業時間は減少し、睡眠時間は増加した。また、バーンアウト(燃え尽き症候群)の低減や人生満足度の上昇も確認されている。長時間労働の是正と心身の健康確保という点で、その意義は大きい。
一方、気がかりな変化も進んでいる。働くことへの関心や学びへの意欲、仕事への没入、新しいことへの挑戦機会、さらには管理職としてのやりがいが、総じて弱まりつつあるのだ。残業削減や業務達成圧力の中、上司が部下を細かく管理するマイクロマネジメントを行う傾向も見られる。
このような環境下では、部下は与えられた業務をこなすことで「仕事をやり切った」という手応えを得やすい。しかしその反面、自ら考え、判断し、試行錯誤しながら進める経験を積むことが難しくなっている。コラム「その成長実感は本物か―マイクロマネジメントで広がる、部下の『成長錯覚』」で触れた部下の「成長錯覚」は、まさにこうした構造的歪みから生じている。
これは、単に「職場の雰囲気が寂しくなった」「昔の職場は熱かった」といった感傷論で片づけてよい問題ではない。仕事への関心や挑戦意欲が弱まり、部下が試行錯誤する機会が乏しくなれば、企業は将来を担う人材を育てることができなくなってしまう。
働く時間を短くすることは重要である。しかし、その過程で、仕事の意味を共有する対話や、本人が考え抜く余白までもが削ぎ落とされているとすれば、働き方改革は次の段階に進む必要がある。
本コラムでは、これまでに見てきた副作用を乗り越えるための処方箋を提示したい。目指すべきは、過去の長時間労働に戻ることではない。限られた労働時間の中で、仕事に意味を見いだし、深く没入し、一歩先の課題に挑むことができる「熱い職場」をいかにつくれるかが焦点である。
働き方改革による副作用を乗り越えるためにまず考えるべきは、失われつつある「職場の熱」をどう取り戻すかということだ。
もっとも、「職場の熱」と聞くと、かつての「熱血職場」を思い浮かべる読者もいるだろう。夜遅くまでオフィスに残り、上司や同僚と激しく意見をぶつけ合い、自己犠牲を伴いながら仕事に没頭するスタイルである。昭和から平成にかけての日本企業には、たしかにそうした熱量が存在した。
近年でも、圧倒的な成長機会を求めて、あえて負荷の高い労働環境を選ぼうとする若者の声がメディアなどで取り上げられることがある。そこには、時間制約が厳しくなった現在の職場では得にくくなった、濃密な経験への渇望が見え隠れしている。
こうした見方から、職場の熱を取り戻すには、かつてのように長時間労働もいとわず仕事に深く関わる働き方が必要だと考える向きもある。しかし、現代の多くの企業にとって、かつての熱血職場に回帰することは現実的ではない。
今回の調査結果を見ても、「労働時間を増やしたい」と望む層は全体の1割にも満たず、ごく少数にとどまっている(図表2)。また、仮に「増やしたい」と回答した層であっても、希望する追加時間は月間でわずか数時間程度にすぎない。長く働くことを前提として熱量を生み出す職場モデルは、現在の労働市場においてすでに支持を失っているといってよい。
人口減少と少子高齢化が加速する中、日本全体の総労働時間は今後も構造的に減少し続ける。そうした時代に問われているのは、昭和的な発想で職場の熱さを再生産することではない。「時短」を大前提とした上で、仕事の意味、裁量、挑戦機会をいかに組織として設計し直すか。ここに、令和の働き方改革の核心がある。
「職場の熱さを生み出す」という文脈において、「社員の主体性をどう高めるか」という問いを立てる企業は多い。近年注目を集めている「ジョブ・クラフティング」も、働き手自身が仕事に意味づけを行い、主体的に進め方を見直すアプローチである。
もちろん、働く個人の意識変容を促すことは重要である。しかし、冷めきった職場を立て直す上で、個人の主体性だけに頼るのは危険だ。問題を「本人のやる気や意識」などに還元してしまうと、職場側に潜んでいる仕事の設計上の欠陥を見落とすことになってしまう可能性がある。
例えば今回の調査では、「自分の仕事にはこれといった意義や重要性を感じない」「仕事の内容が簡単すぎて、自分の能力を持て余している」と感じている社員が、メンバー層・上司層ともに半数を超えていることが分かった(図表3)。そして、こうした「仕事の無意味さ」を感じる意識が、目の前の仕事への没入や挑戦機会を阻害していることも、統計的に示されている(図表4)。
形骸化した会議、誰も読まない資料の作成、過剰な業務報告、目的が曖昧な多重承認プロセス。こうした無意味に思える仕事が職場に積み重なっていれば、社員は仕事に没入したり挑戦したりする前に疲弊しきってしまう。そのような状態で、「もっと主体的に仕事の意味を見いだしてほしい」と求めたところで、現場の社員からは単なる「負担の押し付け」としか受け取られないだろう。
つまり、職場の熱を取り戻すには、社員の心に火をつける(モチベーションを上げる)ことばかりに目を向けていては不十分なのだ。そもそも「火がつきにくい無機質な仕事」や「火を消してしまうムダな仕事」を減らし、社員が本当に力を注ぐべき価値ある仕事に向き合える環境を整えること。それこそが、経営・マネジメント側に強く求められている。
ここまでの議論も踏まえつつ、職場の熱さを取り戻すためのアプローチを定量的に分析し、以下のように整理した(図表5)。データから見えてきたアプローチは、1.「目の前の仕事への没入」を促すこと、2.「新たな仕事への挑戦」を促すことの2つである。以下では、分析結果を踏まえながら、職場でどのような実践に落とし込めるかを考えてみたい。
図表5の左側に示したように、仕事への没入を高める要素として、成果基準の明確さ、裁量の担保、そして上司による伴走型の支援が分析で浮かび上がった。
言い換えれば、「この仕事を通じて何を目指すのか」「どのような状態になれば成果といえるのか」「本人にどこまで任せるのか」を明確にした上で、必要な支援を行うことが重要だということである。これらが曖昧なままでは、社員は目の前の仕事に深く入り込みにくい。
例えば、部下に資料作成を依頼する場面でも、単に「この資料を作っておいて」と渡すだけではなく、「この資料は顧客の投資判断に関わる。費用対効果が伝わる構成にしてほしい。具体的な見せ方は任せる」と伝える。成果の基準と制約を明らかにした上で、そこに至るプロセスは本人の裁量に委ねる。こうした「責任ある自由」を与えることが、単なる作業を、意味のある仕事へと変えていく。
一方で、図表5の右側に示したように、新たな仕事への挑戦を促すには、働く時間に依存しない条件づくりが重要であることも見えてきた。具体的には、課題の切り出し方、突発業務の抑制、目標管理の適正化、部下がキャリア相談をしやすい上司行動などが関係している。
中でも本コラムでは、実務に落とし込みやすく、かつ挑戦機会の設計に直結すると考えられる「業務アサイン(割り当て)」の観点に焦点を当てて議論を進めたい。図表6は、筆者の前職でもあるリサーチャーの業務を例に、一連の主な業務プロセスとその分担イメージをまとめたものである。
リサーチャーの仕事は、顧客の課題をヒアリングするところから始まる。その後、問いや仮説の設定、調査票の作成、データ収集、集計・分析、報告書作成、顧客への最終報告へと進んでいく。(これは人事、営業、企画などの多くの職種にも共通する、課題設定から実行までの一連のプロセスでもあるだろう。)
しかし実際の職場では、この一連のプロセスのうち、「調査票の設問を一部作るだけ」「データを集計するだけ」「グラフを作成するだけ」といったように、部分的な「作業(タスク)」だけが任される場合も少なくない。
もちろん、チーム内で作業を分担すること自体は必要である。限られた時間で成果を出すためには、仕事を小さく切り分け、効率的に進める工夫も欠かせない。
ただし、作業を細かく分けるだけでは、社員はその仕事本来の難しさや、それを乗り越えたときの面白さに触れにくくなる。分担の仕方によっては、挑戦機会そのものを削いでしまうのである。
仕事の本質的な価値は、個々の切り出されたタスクの中だけにあるわけではない。「何を解決すべき課題と捉え、どのような問い(リサーチクエスチョン)を立てるのか」「そのためにどのようなデータを集め、どう分析するのか」「結果を顧客にどう伝え、いかに次のアクションへと導くのか」――。こうした、どの課題をどう解くかという「イシュー」に向き合う一連の流れを経験することで、仕事への確かな手応えや自身の成長がより育まれるのだ。
だからこそ、時短勤務であっても意欲的に挑戦できる職場をつくるためには、業務を単なるタスクの切り分けにするのではなく、意味のある「経験」として組み直す設計力が求められる。
例えば、プロジェクトの全体統括を任せることが時間的に難しくても、「ある1つの重要な論点」については、課題設定から解決策の検討、最終的なアウトプットの作成までを一貫して任せてみる。あるいは、報告書全体の作成が難しくても、「特定の1章分」については、伝えるべきメッセージの設計から具体的な提言の記述までを丸ごと担ってもらう。
このように、担当する範囲自体は小さくても、その中で本人が「自ら考え、判断し、結果に責任を持つ」ことができる経験を意図的に設計するのである。言い換えれば、切り分けて分担すべきは「タスク」ではなく、「イシュー」である。生成AIが浸透する中、定型的なタスクは今後ますます省力化・効率化に向かうだろう。一方で、イシューは、「そもそも何を問題として捉え、それをどう解くか」を考える領域であり、AI時代においても、人の判断や成長に深く関わる。
これからの職場では、「業務を効率化する視点」と「人を育てる視点」を分けて考える必要がある。会社としては、生成AIの活用や業務プロセスの見直しによって、無意味なタスクや過剰な手続きを減らしていく。一方、上司には、残された仕事をただ細かく配分するのではなく、部下が考え抜くべきイシューとして渡すことが求められる。
令和の働き方改革で必要なのは、「タスクは減らす。イシューは任せる」。この分け方こそが、効率化と人材育成を両立させる鍵になるのではないだろうか。
令和における働き方改革とは、もはや単に「労働時間を短くする」だけの取り組みではない。限られた時間の中で、従業員の「仕事への没入」と「新たな挑戦」をいかに生み出していくか。組織の真の在り方が問われるフェーズに入っている。
その実現には、疲弊を生む無意味な仕事の抜本的な見直し、業務の目的と裁量の明確化、そしてイシュー単位での挑戦機会の再設計など、職場の土台そのものを整え直すことが欠かせない。
冷めきった職場にもう一度「熱」を取り戻せるかどうか。それは決して、働く時間の長さによるものではない。
「人が意味を感じ、力を注げる仕事」を、企業がどれだけ本気で設計できるか。私たちは、まさにその問いに向き合う段階に入っている。
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